8.王妃陛下とさっそくのお茶会です
王妃から贈られたドレスに着替えも終わり、これでゆっくりくつろげると、エルフィリアが暖炉の前に座った時だった。
来訪を告げる魔法鈴が鳴り、リオネッタがホールに出た。
エルフィリアはのんびりと暖炉の火が弾けるのを見つめてリオネッタの戻りを待つ。
すると、リオネッタはあっという間に戻ってきた。
「王妃陛下からお茶会のお誘いでございます」
「あら、仕事が早いのね。参加でお返事しておいて。いつなの?」
断る理由はないので先に参加の意を伝え、開催日を尋ねると、信じられない返答が返ってきた。
「これからです」
「………え?」
「これからです」
一度では受け止めがたかったが、この生真面目な侍女に二度言われると信じざるを得ない。
「つまり、今ということね?」
「はい」
「……参加するとお返事してきて」
「承知いたしました」
リオネッタがホールに返事をしに行ったので、エルフィリアは立ち上がって、ミーナのいる衣装室へと向かった。
寒々しい廊下を通り、衣装室へ入ると、ドレスに囲まれたミーナが驚いた様子でこちらを振り返った。
「どうされましたか?」
「王妃陛下にお茶会に誘われたの」
「良かったですね! 王妃陛下は気に入った方しか呼ばないと言われています。いつ招待されたのですか?」
ミーナは満面の笑顔で喜んでくれた。この笑顔を崩すのは忍びないが仕方がない。
「今日これからよ」
「え?」
ミーナの気持ちはよくわかる。先ほどエルフィリアも同じ反応をしたからだ。
そしてリオネッタの気持ちも同時にわかった。これは繰り返して同じことを言うしかない。
「今日これからお茶会だそうなの。私の持ち物に、なにか、プレゼントできそうな品はある?」
「今日、今からですか!? そんな……! 王妃陛下への贈り物? お礼と言うことですよね?」
ミーナが慌てて管理表をめくりながら、衣装室の中を歩き回った。
そこへ、伝言の終わったリオネッタもやってきた。
「リオネッタさん! 王妃陛下への手土産、あるいはドレスのお礼に相応しい品はどれだと思いますか?」
「手ぶらでいけないわよね?」
2人でほぼ同時に質問すると、リオネッタはコクリと頷いた。
「おそらく急な招待なので、準備はしなくて良いというメッセージかと思います。しかし手土産はあったほうがもちろん良いです。レオナールにしかないような珍しいものがあればいいのですが……」
リオネッタはざっと衣装室を見渡した後、ミーナの持つ管理簿を受け取ってぱらぱらとめくった。
管理簿を見る彼女の表情がどんどん曇っていくように見える。かすかに眉根を寄せていっているだけだが、表情変化に乏しい彼女にしては、わかりやすい変化だ。
つまり、よほど、渡せるものがないのだろう。
「渡せそうなアクセサリー類はある?」
「……ございますが、それをお渡しするとエルフィリア様が身に着けるものが減ります」
「0になる?」
「いえ、3つが2つに……」
「それでは、一番、渡すのにふさわしそうなものを選んで。それに私が何か魔法付与するわ」
0でないならなんとかなる。エルフィリアがずっと同じアクセサリーを使いまわしていて後ろ指さされようが、評判が下がるのはレオナールだ。むしろ願ったりかなったりである。
「では、こちらにお願いいたします。ミーナはこれを包むものを用意して」
リオネッタが差し出してきた小箱を開けると、ペンダントが入っていた。使われている石はルビーだ。大きくはないが、石座と鎖は金でできていて、宝石を固定する爪部分の装飾も凝っている。
ヴァルデンの王妃に渡すには、ぎりぎり及第点ぐらいの品質だ。
エルフィリアは小箱からペンダントを取り出すと、石の部分を手で包み込んだ。
ーーー嫌がらせで無駄な付与ついてませんように。
祈りのも似た気持ちで、まずは石の状態を探る。
幸いにも、この石には何の魔力も感じられない。ただし、念には念を入れて浄化をかけた。
浄化をしたことで、魔法的な穢れだけでなく、物理的な汚れも取れたのか、ペンダントが全体的に美しい光を放っている。
そのペンダントに、今度は癒しと浄化の効果のある魔法付与を丁寧に行っていく。王妃も魔物討伐に行くという話だったので、癒しと浄化なら多少は役立てるだろう。
ある程度まで付与をしたところで、仕上げをどうするかについて少し考えた。
浄化の力を高めるには、最後に詠唱をした方がいい。
ただ、浄化の魔法の詠唱はすなわち歌うことなので、リオネッタの前で行うには、やや気恥ずかしさはある。
しかし結局、エルフィリアは歌うことを選択した。
《光よ、わが祈りに応え、清き流れとなりて来たれ。
導きの灯よ 闇を割き 道を照らせ
ふりかかる穢れを払い、はねのけろ》
歌と同時にペンダントから白と金色の光があふれだし、複雑な模様を宙に描いたあと、ペンダントに収束していく。
浄化の魔法式はよくわかっていないことも多い。
エルフィリアはあの模様を魔法式だととらえているが、それには諸説ある。
「これでできたわ。確かめる?」
王妃に渡すものだから、検品してもらった方がよいだろうかと思ったが、リオネッタは静かに首を横に振った。
「いえ。問題ありません。美しい詠唱でした」
「え? あ……ありがとう」
流れるように褒められて、エルフィリアは一瞬、反応が遅れたが、ほめてくれたことには素直にお礼を言った。
そして、彼女が持つ箱に目を止めた。
「念のため、それも浄化するわ」
エルフィリアは箱を浄化してからそっとペンダントを戻す。ペンダントも箱も輝きを取り戻していて、贈り物としての体裁は整ったように思えた。
「お待たせしました! こちらの布でいかがでしょうか?」
ちょうどタイミングよくミーナが戻ってきたので、その布にも浄化の魔法をかけてから丁寧に包んだ。
そうして準備も整ったので、リオネッタに案内されて、王妃とのお茶会の会場へと向かった。
ドレスだけでは寒いだろうと言うことで再び、あのローブもまとっている。
エルフィリアは王妃との突然のティーパーティで大きな心配事があった。
開催場所がどこであるか、だ。
レオナールなら庭園もティーパーティの会場として選ばれやすいが、このヴァルデンも同じだったら、寒さに弱いエルフィリアはみっともなく震えてしまう。
だから外ではあってくれるな、と思って歩いていたのだが、リオネッタは無情にも建物の外へと歩いていく。
建物の外に出て、厳しい寒さを覚悟したエルフィリアは、寒さが昨日より断然マシであることに気づいた。
ーーーすごい、全然違う。
王妃のドレスはさすが北国の質の良いドレスと言うべきか、レオナールの冬のドレスとは違い、きちんと防寒性もあるようだ。
そしてもちろん、ローブの存在も大きい。ローブとドレスがヴァルデンの最高級品だから、やはり防寒性能も最高級なのだろう。
これならなんとかなるかもしれないと思いながら歩いていると、リオネッタは木の柱とガラスでできた建物の前で立ち止まり、目の前に立っている衛兵に話しかけた。
そして、衛兵が同じくほとんどガラスでできた開戸を開け、手で押さえてくれた。
エルフィリアは礼を兼ねて衛兵に微笑んだ後、リオネッタに続いて中に入る。
ガラス張りの中は温室のような場所なのか、意外なほど暖かかった。
よく見ると、建物と直接つながる扉があり、城の建物からここに直接来れるようだ。
建物の外壁に直付けしたテラスのような場所なのだろうか。
レオナールでこんなガラス張りの建物を作ったら蒸し焼きになりそうだが、寒いヴァルデンでは理にかなっている。
物珍しくて見回していると、王妃の侍女と思われる人物が、話しかけてきた。
「こちらは王妃陛下のサンルームでごさいます。王妃陛下がいらっしゃるまで、おすわりになってお待ちください」
建物を背にして、庭園が見えるように置かれたソファを指し示されたが、素直に座っていいか悩んでリオネッタを盗み見た。
すると、リオネッタが頷いたので、大丈夫なのだろうと判断して座らせてもらう。
王妃の管轄の場所のものだからなのか、ソファが驚くほどふかふかしていた。そして厚手の毛皮がかけてある。
王妃とのお茶会の前でなければ、このままここでお昼寝してしまいそうな居心地の良さだ。
しかし、くつろぐ間も無く、建物側の扉が開かれた。
「待たせたわね」
「帝国の月にお目にかかります」
王妃に声をかけられ、エルフィリアは立ち上がって挨拶をする。
すると、王妃が目でついてきなさいとばかりに合図をして、もともと座っていたソファよりさらに窓側にあるソファ席に連れて行かれる。
窓を右手に王妃と向かい合うように座ったエルフィリアは、改めて彼女の顔を見つめた。
彼女は黒髪に緑色の瞳をしているが、顔立ちはアレンによく似ている。冴えた美貌の持ち主で、あまり表情豊かとは言えなかった。
「突然、呼び出して悪かったわね。そのドレスで寒くはない?」
「お招きいただき光栄です。そしてドレスも大変暖かく着心地が良いです。ささやかではございますが、お礼の品をお持ちいたしました」
エルフィリアはリオネッタに視線を送ると、リオネッタが王妃の侍女に先ほどのペンダント入りのつつみを渡した。
受け取った侍女は、布を解き、箱を開けて目を丸くした。そして開けた箱の中身が王妃に見えるようにしながら、エルフィリアに尋ねた。
「これは……魔法付与が?」
「はい。拙いながら、癒しと浄化の付与をいたしました。王妃陛下も魔物討伐に足を運ばれたと伺いまして、気休めではございますがご用意しました」
「念の為、検分させていただいても?」
「マルタ」
王妃は咎めるように侍女の名を呼んだが、検分したい気持ちはわかる。
それに調べられて困るようなこともない。
「どうぞ」
マルタはペンダントをそっと手にとった。そして彼女が調べるためか、魔力を流す。
すると、次の瞬間、白い光がマルタの右腕を包んだ。
マルタは驚いたように右腕を見つめ、ペンダントを握りしめたまま、左手で右の服の袖を勢いよく捲り上げた。
彼女の白い腕がさらされて、エルフィリアはどこを見ているべきか迷って視線を下げる。
「……傷がない」
マルタの呆然とした声が響いた後、なぜか彼女はペンダントを持ったまま、エルフィリアの方へ歩いてきた。そして、ためらいなく跪いた。
「申し訳ございません。ご厚意を疑ったばかりか、王妃陛下のための付与を、私が使ってしまいました」
エルフィリアはびっくりして、慌ててマルタの腕を掴んで立ち上がらせると、彼女の持つペンダントに触れた。
ペンダントの魔力は大して減っていない。エルフィリアの浄化の力は、さすがに小さな傷を治したぐらいで尽きるほどではない。
念の為少しだけ魔力を補充しておく。
「調べるのは当然のことよ。そして、あの程度なら、大して魔力を消費しないわ」
「ご寛大なお言葉に感謝申し上げます」
マルタは王妃の隣に戻り、ペンダントを王妃に手渡した。
彼女はペンダントを眺めて、石を触り、ひっくりかえしたりしてみている。興味津々だ。
「説明が足りず申し訳ありません。こちらは身につけるだけでしたら穏やかに癒しと浄化を行うのですが、魔力を流すと比較的一気に治癒の力が高まります」
「なるほど」
すると王妃はペンダントに魔力を流した。同時に白い光が彼女の足元から発せられる。
彼女は足を痛めていたのだろうか。
アレンとよく似た彼女は、アレンを浄化した時のかれとそっくりな表情をしていた。驚きと、痛みから解放された喜びだろうか。
わかりやすく微笑んではくれないが、少しだけ、表情が緩んでいる気がする。
「これをもし毎日身につけたら、効果はどのぐらい持つの?」
「短くとも半年はもつのではないでしょうか」
彼女はその言葉を聞くとマルタにペンダントを手渡した。
きっと箱にしまわせて保管させるのだろう。嫁とはいえ、敵国の王女の贈り物を本人が身につけておくとは思えない。
そう思ったのだが、なぜかマルタは王妃の背中にまわり、そのペンダントを王妃の首にかけた。
そして、彼女の緑の瞳がこちらをじっと見つめた。
「まさか、私がアレンディスより先に、瞳の色石を受け取るとは思わなかったけれど、悪くないわ。毎日身につければ、あの子をからかうネタにはなるかしら」
瞳の色石とはなんだろうか。知らない単語だ。
「王妃陛下もお人が悪いですね。ご子息とお争いに?」
マルタの穏やかに笑って話す様子を見ると、エルフィリアの失礼があったわけではないようだが、話の流れが読めない。
「リオネッタもいるから三つ巴ね」
「おそらくエルフィリア様はご存知ない習慣かと。ご説明差し上げても?」
話を振られたリオネッタか、王妃の許可を得てこちらを向き直った。そして衝撃の事実を告げた。
「瞳の色石とは、自身の瞳の色の宝石を贈ることで好意を伝えるヴァルデンの風習です」
「………い、いえ! 私は王妃陛下に求愛したわけでは!」
意味を理解して青くなったエルフィリアは、慌てて弁解した。
王妃に求愛など、色々と問題がある。確かにエルフィリアの持ち物にはルビーしかまともな石はなかったが、リオネッタも止めてくれればよかったのに。
「ふふっ……」
慌てていると、隣のリオネッタが珍しく笑いをこぼした。
驚いて瞬きしていると、今度は王妃とマルタが笑い出した。マルタはともかく、王妃とリオネッタはあまり笑わなそうなので声をあげて笑うとは驚きだ。
ーーーこの2人、笑ったところがどことなく似てるわね。
リオネッタも愛想はないが顔立ちは整っていると思っていたが、笑顔になるとどことなく王妃の面影がある。
「笑って悪いわね。同性に贈ってもそんな意味にはならないわ。陛下があなたに嫉妬したりもしないでしょう」
「あ……。それなら安心いたしました。ヴァルデンの風習に無知で粗相をしたかと思いました」
うっかり王妃に求愛して国王に恨まれるなどごめんだ。エルフィリアにはそんなつもりは全くない。
「リオネッタがからかっただけよ」
「私はあくまで王妃陛下の発言に補足をしただけでございます」
リオネッタの真意は分からないが、彼女はいつもより数段、柔らかい表情をしている。
「さて、お茶会というのにお茶もお茶受けも出していなかったわね。あなたは痩せすぎだから、ここでしっかり食べていきなさい」
今日はアレンと食事をしたのですでに限界まで食べていたが、王妃のその言葉には逆らえない。
結果、王妃の指示によって運ばれてくる軽食やお菓子をたくさん食べることになり、エルフィリアは夕食を全て下げ渡すことになったのだった。




