24:真っ直ぐな言葉
真紅と共に生徒玄関を抜けた後だった。
悪魔のような笑みを浮かべた真紅の顔は、聖斗だけに向けるいつもの柔らかで可愛らしい顔に戻っていた。
聖斗はそんな真紅と共に一緒に廊下を歩く。
台無しにされた上履きの代わりに用意した来客者用のスリッパの足音を鳴らしながら、二人で教室へと向かっていた。
周囲から冷たい視線を向けられるが今の聖斗には、彼らのそんな敵意が気にならなかった。意識のずっと外にあった。
聖斗は集中していた。隣を歩く真紅の事が気になっていた。彼女が瞳をきらりと輝かせながら聖斗の顔を覗き込んでいる事が、それがとてもむず痒く感じていた。
「黒曜さん。俺の顔に何かついてる……?」
「いえ、そういうわけではありません。いつもと変わらず綺麗なお顔をされていますよ」
「綺麗な顔って……そういう事を聞いているんじゃなくて……」
「緋根くんは自覚がないのですね。緋根くんの肌はゆで卵のようにつるりとして綺麗で、その肌触りの良さそうな頬っぺたも素敵です」
「あ、ありがとう……って違う、そうじゃないってば!」
「ふふ、ごめんなさい」
聖斗はため息をつく。真紅のペースに巻き込まれっぱなしで、何とか自分の言いたい事を取り戻そうと、こほんっと小さく咳き込んだ。
「あのさ、生徒玄関で色々あった後……何だか嬉しそうに俺を見ているから。どうしてかな、って思って」
「そういう事でしたか。実はですね――」
真紅ははにかんで頬を赤らませた後、ゆっくりと顔を上げた。
それは、彼女が聖斗だけに見せる無邪気で純粋な笑顔。
聖斗の耳元へと唇を寄せ、彼女は小声で囁く。甘い吐息を感じて、聖斗の心臓はどきりと跳ね上がった。
「わたしの為に怒ってくれた緋根くんが、とてもかっこよかったから、です」
そして真紅は自身の指と指をもじもじと絡めて、その照れを誤魔化すように下を向く。
「緋根くんは自分の上履きをめちゃくちゃにされたのを見た時、憤りと悲しみで満ちていました。それをぐっと堪えて飲み込んだ。けれど、わたしが同じような被害を受けたのを見た時の緋根くんは……拳を握りしめて怒りに打ち震えながら、果敢に相手へ立ち向かおうとしていました。あのね、緋根くん。あなたは本当に優しい人なのです。自分の事になれば我慢してしまうけど、誰かの為なら自分を犠牲にしてでも助けようとする、それが出来る。だから……その優しさが、わたしは大好きです」
「……っ!? んああ……本当に、黒曜さんは……っ」
彼女の言葉と仕草にまたもや心を揺さぶられ、聖斗は熱くなっていく顔を逸らして隠すのだった。
真紅が頬を赤く染めて照れながら、もじもじと指先を擦り合わせるその姿はどうしようもなく可愛くて、愛おしかった。
聖斗は思った。この子は一体どこまで自分の感情を揺さぶれば気が済むのかと、しかもそれを全く嫌だと思わない自分がいて――むしろ、そんな風に彼女の言葉と仕草に振り回されるのが心地良い。
聖斗の口元は自然と緩み、笑っていた。今ここが甘楽達によって悪意渦巻く学校の中だという事も忘れてしまう程に。




