第九章最終話 ~波乱の予感~
「骨は折れるわ、ヒビは入るわ、その他諸々。魔法的処置を前提としても、五日は絶対安静で」
運び込まれたエルフたちの村の救護所で僕が目覚めた時に、村の医者から告げられた診断がこれであった。
なお、すでに運び込まれて二日経ってたので、あと三日は動かないように、とのことだった。
「……あれ? それって、あと三日は刀触れないじゃねぇか!? 待って! 魔法ならもっと早く何とかなるよね!?」
「あんまり強い回復魔法は、相応の負荷がかかるので、平時には絶対使わないよ。三日すれば日常生活に困らない程度には回復するけど、その後も剣はしばらく握らないように。帝都のお医者さんに許しをもらうまでは握らせないようにって、君のお仲間の彼女にも言っておくからね」
絶望である。
師匠に出会ってから長期間剣を握らないことなんてなかったなぁ……。
まあでも、アドレナリンが切れたからか体が痛いのは本当だし、控えた方が……いや、何か行ける気がする。
そうだ、ちょっとくらいなら、むしろリハビリになるし良いはず!
「って訳でして、はい」
「いや、寝てろよ」
「昼間じゃなくて、夜中に抜け出してる時点で自覚あるよね?」
「まあ、こうなるだろうって知ってたから捕まえられたわけだけどね」
夜中に救護所から抜け出したのを見計らったかのように、夜警中の三バカどもに即見つかった件。
なんかこう、捕まったのも説教されるのも仕方ないんだけど、よりにもよって三バカにされることについて、言いようのない敗北感が……。
そんなこんなで渋々、意識が戻ってからの三日間を寝て過ごし、とりあえずは森のすぐ外にある僕の故郷へと帰ることに。
その前に村長から森の様子を調査していた報告を聞いたり、ルーテリッツさんが終わらせた石板の解読結果やらで頭を痛めたりしつつ、とりあえずは医療水準の高い帝都にさっさと向かうことになっていて、そのために故郷の村へと送ってくれることとなった。
僕がとどめを刺した巨大黒スライムの核も持ち帰られていたことや、一緒に戦った若手エルフたちの証言でちょっとした英雄扱いだったこともあってか、木の板で作られた簡易担架のようなもので送ってもらえることになった。
そうして、そこそこ快適な短い旅を楽しんでいると村の入り口が見えたんだけど、何か様子がおかしい。
「ほ、本当じゃった……」
「あ、あのミゼルが、自分で動けなくなるような重症?」
「た、大変だ! 早く逃げないと!」
あれよあれよと、武装して村の入り口にいた男たちが散っていき、すぐに村中が蜂の巣をつついたような大騒ぎに。
送ってきてくれたエルフたちやルーテリッツさんとぽかーんとしている訳にもいかず、とりあえずは僕の実家へと向かうことに。
「お、ニーナ。どうしたんだ?」
「お、お兄ちゃん!? だって、お兄ちゃんが大けがするんだよ? もう村は終わりじゃん!」
なんだか訳がわからないので聞いてみれば、とんでもない誤解が広がっていた。
怪我人助けたり森の安全を確認したりで忙しい中伝令に走ってくれたエルフは、忙しさゆえか、森で変事が起きたことと、僕が大けがしながらも生還したってことだけ伝えていったらしい。
それを聞いた村では、小さいころから一人で怪我一つなく魔物たちを虐殺し続けた僕ですら歯が立たないとんでもないことになったのではないかと不安に。
特に、周辺地域に高位冒険者の来るような旨みのないド田舎で、まともな援軍が来るのはかなり先になることが予想されるのだ。
で、そんな森へ誰も近付きたがらないままに一応みんな武器を取り、さらにいつでも逃げられるように家財道具をまとめる準備をして備えていれば、僕が簡易担架で運ばれてきて話は本当だったと大騒ぎになっているようだ。
「と、そんな混乱を収めたりしつつ最速で帝都に戻ってご報告に上がったのがコレです」
「『神の奇跡の残骸』について書かれていた石板の写しに、黒スライムとやらの退治後に行ってみたら封印が壊れて空っぽだった禁域の封印、か」
そう言って僕の正面に座る皇帝陛下の相談役であるハーミット様はため息をついてお茶を飲み、その横に並ぶ近衛騎士筆頭のエミリアちゃんは、相変わらずの偽装用のメイド服でうんうん唸っている。
こちら側は、偽装用のギルド制服を着た僕に、石板関係の説明に来た、やっぱりギルド制服なルーテリッツさん。
しかし、なんかこう、お堅い服だからこそ、その爆乳のエロさが際立つと言うか――おっと、今はそんな場合じゃない。
集中、集中だ……。
ふと正面を見ると、生温かい目でこちらを見る肩書のすごいエセ幼女二人。
以前、僕の心は簡単に読める云々と言われてた気がするけど、気のせいってことにしておこう。うん。
「しかし、神の奇跡の残骸とは、戦争の影響があったとはいえ、長命なエルフたちですら失伝するような昔に、神の力を下界に降ろして利用しそこなった失敗作、のう。しかも、話を聞くに経年劣化で封印が壊れている。石板にある魔物を強化し凶暴化させる云々の性質的と、お主らが戦った黒スライムが特異個体に見られる強化に近かったことからも、特異個体の発生にも関係している恐れが高い」
「あなた、元は神なんですよね? 後輩が何か知っているようですし、情報はないんですか?」
「昔、下々の連中がやらかしたらしいとは聞いたが、一般に神は下界のこまごましたことまでは興味を持たんからのう……。現役であれば神の力で知識を引っ張ってこれるのじゃが」
こっちとしては報告も終わって口を出せることもない中、エセ幼女二人はしばらく黙り、おもむろにハーミット様の方から口を開いた。
「ミゼルの故郷に調査隊を送って裏を取り、その後に本格的な全土での神の奇跡の残骸が封じられていると思われる場所がないかの調査と、経年劣化対策。特異個体が大陸中で無差別に発生することから封印は一ヵ所ではないと思われるが、伝承が今回のように失われている可能性も入れると、十年単位の仕事じゃな」
「根回しはこちらで。一線を引いた陛下の相談役が直々に動くのは、必要以上の混乱を起こす可能性がありますし」
「そうじゃな、そうしよう」
どうやら話はついたようだ。
ハーミット様がこちらを向いて口を開く。
「ご苦労じゃった。後は国力を使っての地道なごり押しじゃからな。任せてくれればよい」
「はい。よろしくお願いします」
「まあ、お主はなんだかんだともめ事を引き寄せる体質のようじゃし、国が何かを掴む前にまた何とかしてしまうかもしれんがのう」
「ははは、まさか! そう何度も偶然は重ならないですって」
「ははは、そうじゃな!」
……だよな?




