第六話 ~激闘~
「バカ! 近づきすぎだよ!」
「さっき送った伝令が村について援軍来るまでは足止めだけって言ったでしょ!?」
「村までこんなバケモノ連れ帰る訳にはいかないんだからね! みんな、交代で注意を引くの!」
真剣な表情で次々と指示を飛ばす三バカ娘。
巨大黒スライムの本体たる核を守る分厚い粘体部分のせいでまともに攻撃が通らない中、俺やルーテリッツさんと若手エルフたち数十人の連合部隊は頑張ったと思う。
だがしかし、長引く戦いの中で疲労の影響が出始め、一人、二人と犠牲が出始めていた。
いやまあ、三バカは軍事面ではエルフ若手の筆頭だし、指示を出すのはおかしくない。
理屈上はおかしくないんだが――
「三バカがまじめに仕事するとか……あれ、これってマズい状況なんじゃ……?」
「そこの剣鬼! 失礼過ぎだぞぉ!」
「てか、あんたが急に素に戻るとかやめて!?」
「ただでさえヤバいのに、ミゼルが真顔になる状況とか絶望的過ぎて死ねる!」
何か失礼なことを言われた気がしたが、これ以上言葉を交わす余裕もなく、敵の巨体が迫る。
三バカはそれぞれに騒ぎながらも散り散りに上手く逃げ切り、僕も後ろに隠れているルーテリッツさんを抱えて木々の間を駆け抜けた。
「って、こっちか! ルーテリッツさん!」
「う、うん!」
四方向に散った三バカと僕のうち、黒スライムは木々をなぎ倒して僕らの方に突っ込んでくる。
エルフと違って森の中の行動に特化してるでもない僕では、木々をなぎ倒し、障害物などないかのように突っ込んでくる黒スライムから逃れるすべはない。立木や、今目の前で生産されている倒木何かがそこかしこに転がる森の中は、平地と同じ感覚では動けないからだ。
だから、ルーテリッツさんである。
彼女自身が動き回る訓練をしてないだけでなく、砲台としての役目に集中するための采配でもある。
「行って!」
チラッと後ろを伺えば、風の刃に粘体部分の半ばまで斬り裂かれ、そしてすぐに再生していく黒スライムの巨体が。
姿勢を乱されて速度が落ちた間に僕は距離を空け、続けさまにエルフたちの攻撃が叩き込まれることで気を引いてくれ、こっちは何とか一息つける。
ルーテリッツさんを下ろして少し考える。
僕の斬撃か魔法系攻撃は通っている。ただし、かなり高い再生能力を持つ『鎧』によって本体が覆われていることで、有効打には程遠い。
攻撃が通ってるなら連撃で押し切るのも手なんだが、鍔迫り合い様のない大質量で機敏に駆け回る黒スライムを前に一ヵ所に固まるのは押しつぶしてくれと言ってる様なもので、どうしても散らばる以上、タイミングが合わない。
精霊の力によってこの場での最大火力を持っているルーテリッツさんですら粘体の半ばまでしか斬れないのだから、やっぱりこの大きな一撃を起点に連撃が必要だな。
「ルーテリッツさん。さっきの風の刃レベルの攻撃、何連撃できる?」
「えっと……て、適当なら簡単だけど、その、あんまり凝ったのは、難しい……」
「一撃の威力を上げるのは?」
「た、短時間じゃ無理……」
あの機敏な敵に、タメが必要な大技を当てるのは厳しい。
黒スライムは、少しくらいの攻撃なら平然と動いて来る。
粘体の半ばまで届く大きな一撃があってやっと再生のために動きが鈍るのだ。
だから、ルーテリッツさんには最初の全力の一撃に集中してもらうしかない。
そして、エルフたちが連撃を叩き込むまでのほんの少しの時間を稼ぐ方法が必要となるわけだ。
……よし。
「三バカ! 聞いてるか!?」
「聞いてるよ!」
「何か頭おかしい方法でアレを斬ってくれる道筋でもついたの!?」
「流石だよ、皆殺しの剣鬼様!」
「ルーテリッツさんの攻撃に合わせて、傷口に連撃を叩き込め! 必要な時間は僕が稼ぐ! ――いくよ、ルーテリッツさん!」
「ほぇ!?」
牽制だって魔力を消耗するし、逃げるのも当然体力を使う。
そうして消耗しきってるエルフたちの様子を見れば、猶予はなかった。さっさともう一度ルーテリッツさんを抱え、今まさにエルフたちの一団に追いつこうとしている黒スライムへと突っ込んでいく。
最低限の情報は伝えたし、向こうも合わせるだろ。 たぶんな!
「風の刃、もう一丁頼む!」
「は、はぃぃっ!?」
再び黒スライムの粘体が半ばまで抉られたのを見て、ルーテリッツさんを放り投げる。
この魔女は精霊たちがどうせ助けるだろうとの確信に近い予想によって身軽になった僕は、そのまま黒スライムへと肉薄する。
出血を強いることも出来ない『鎧』へと刀で斬りつけても、それだけでは無傷。
「でも、再生を遅らせるくらいは出来るんだよ!」
元の形に戻ろうとしつつある傷を斬り、その再生を少しばかり遅らせる。
その勢いのまま駆け抜け、僕が去った空間に魔法が殺到する。
だが――
「威力が低すぎる! 押しきれないだろうが!」
「あの厄ネタ魔女は例外中の例外なの!」
「魔力があっても、普通は高威力なのは詠唱長いんだって!」
「てか、さっさと逃げて!」
魔法は大した脅威でないと見たか、手近な僕へと巨体が突っ込んでくる。
走って逃げきるのは無理。間合いが近すぎる。
なので、限界ギリギリまで引き付け、一気に跳び上がった。
その勢いのまま左手にあった木に駆け上る。当然のように突っ込んできてすぐにその木は黒スライムに押し倒されたが、その際の傾斜を利用して一気に駆け上り、その先端近くから飛び出して何とか間合いを空けた。
こちらの様子を確認しようと目を向ける三バカや他のエルフたちを無視し、思った通り無傷で立つルーテリッツさんに駆け寄った。
「ルーテリッツさん! 威力もっとあげられる!? 時間は気にしなくてもいいから!」
「そ、その、方法が分からないから……」
「なら、精霊砲で」
ルーテリッツさんの表情が固まる。
連撃がダメなら、一撃でぶち抜く方法を考えるしかない。
そして、具体的に精霊に指示を出さねば思った通りに効果を得られないルーテリッツさん式では、彼女が分からないなら指示の出しようがないので、不可能を意味する。
だから、かつて彼女が特異個体の群れに使ったことのある大魔法を出した。
あの時は特異個体自身は無傷で生き延びたが、今回は黒いことと強化されてるのは同じでも、具体的な性質が違う。
向こうは硬さが売りだったが、こっちは通常魔法でも通るが再生能力が高いだけ。
一般の魔物たちを骨も残らず蒸発させ、大地をえぐり取った攻撃なら、過剰なくらいだろう。
「で、でも……」
「もう足止めも限界だ。森は大変なことになるだろうけど、あの黒スライムを放置するよりはマシなはず。何とか射線に誘い込むのとルーテリッツさんから引き離すのは何とかするから、村と反対側に射線を取ってて」
手近なエルフに村の方角を聞いてルーテリッツさんに伝え、そのまま前線へと出る。
「みんな! 大技で森の一部ごとアレを吹っ飛ばす! その間、ルーテリッツさん――」
作戦を伝える途中、突然、黒スライムが動きを止めた。
何事かと思えば、まるで総毛だったかのように粘体の表面が波立ち、いきなり一方向へと突き進み始める。
こっちとは少しずれた方向へと突っ込んでくるのを何事かと見送り――かけて、慌てて先んじて駆け出す。
その先に居たのは、精霊砲のチャージに入ったルーテリッツさん。
精霊たちへの指示に入っていて、明らかに反応が遅れている。
だが幸運なことに、少しばかり駆ける距離が黒スライムより短かったお蔭で、ギリギリ先にたどり着きそうだ。
ギリギリ、だけど。
悠長に抱えて退避する時間はない。
とっさのことに固まる魔女を押しのけて安全圏へと突き飛ばす。
次の瞬間、全身を衝撃が襲い、天地が逆転した。




