第五話 ~退却戦~
「ヒャッハー! たーのしー! 女神さま、こんな機会をくれてありがとう!」
――照れるなぁ、私は何もしてないけど!
「なんか、一人だけ生きてる世界が違いすぎるんですが……」
「さっきまで、みんな悲壮感漂わせながら戦ってたんだけどなぁ……」
「何となくぶん殴ってやりたいけど、そしたらこっちまで斬られる気しかしないし……」
女神さまとか三バカどもの声が聞こえた気がするけど、そんなことより斬撃だ!
雑魚も多いが、普通では攻撃の通らない黒いスライムも山ほど出てくるエルフたちの村への森の中の退却戦。
集中し続けてると持ちそうにないので、通常の魔物の時は普通の斬撃で、黒いスライムだけ本気の斬撃ってやってみたんだけど、これが中々良い気がする。
メリハリを意識して戦ってると、何だか少しずつ斬撃の真理に近付いてるような気がしなくもないのだ。
実際のところは知らないけど。
「……あれ? 敵は?」
「後ろ見ろ、後ろ」
「これは酷い」
「この死体の山、『皆殺しの剣鬼』とか呼ばれてた頃のミゼルがこっちで暴れ回ってた時を思い出すわ」
先頭に居たところから振り返れば、辿った道筋に目印のように積み上がる死体たちと、何とも言えない顔のエルフさんたち御一行に、こっちは好き勝手動いてたはずが器用に僕の着物の背中部分をつまんでるルーテリッツさん。
あと、なんか余裕そうな三バカ。
「あー、じゃあさっさと引き上げる感じで」
「やだこの剣鬼。マジで残念そうなんだけど」
「命を救えた実感とかはないのか」
「まあ、前から知ってた」
何か言ってる三バカに拳骨を一発ずつお見舞いしつつ歩き出すことに。
居なくなったものは仕方ない。とりあえず状況を報告せねばとしばらく歩いた時のことである。
「ルーテリッツさん?」
「待って……」
掴まれてる背中部分を引っ張られたので振り返れば、立ち止まってあちこち目を向けてるルーテリッツさん。
よく分からないけど僕らとは違うものを感じ取れる彼女の邪魔をすべきではないかと黙って見てると、何かに気付いたように急に真上を見上げ、突然叫んだ。
「上! 来る!」
その場の全員が釣られるように上を見て、そのままとっさにその場を離れる。
続いて、重量物が落ちたような轟音が響き、巨大な物体が一つ。
「ス、スライ、ム……?」
「いやでも、大きすぎだろ!?」
エルフたちがこんな感じでざわつくのも仕方ないだろう。
突然頭上から落ちて来た巨大スライム。
普通は核と粘体部分合わせて人の頭くらいだが、その個体は核だけで人の頭よりもずっと大きい。
黒く半透明な粘体部分は、前世における戦車くらいなら飲み込めるんじゃないか?
「動くぞ、気を付けろ!」
誰かのそんな声が合図になったのではなかろうが、僕らが逃げた方向と逆方向に居たエルフの集団に突っ込んでいく。
巨体に似合わぬ素早い動きに、木々の隙間を縫って逃げても平気でなぎ倒しながら突っ込む機動力。しかも樹上から奇襲して来たことからしても三次元的に襲ってくるわけで、加えて黒いスライムたち並の防御力もあるだろう。
「ボーっとしないで!」
「こっちに注意惹きつけるよ!」
「攻撃開始!」
三バカたちの指揮の下、呆然と状況を見ていたエルフたちも仲間を助けようと魔法や魔力の籠った矢といった粘体部分を削り取るのに効果的だった攻撃を開始する。
核に攻撃しなければダメージがないのだから当然なのだが、一つ問題があった。
「うそ、粘体が分厚すぎて削りきる前に弾き飛ばした分が戻ってくるんだけど!?」
若手エースの三バカですら、通常サイズのスライムの粘体を削りきるのに一苦労だったのだ。
削ってもなくなるわけでなく、水面に投じられた石によって生じた波がいずれ消えて平穏な水面が戻ってくるように、ほっとけば最初からやり直し。
特に、こっちは生物だけあって積極的に補修をし、短時間で回復してくるのだ。
「この厄介さ……まだ修行相手が残ってやがったか! ヒャッハー!」
「ミゼルが突っ込みやがった!」
「やると思ってたよ、ちくしょう!」
「何でも良い! やっちゃって!」
距離を詰めると、向こうもこっちに向かって突っ込んできやがった。
面白い、正面からのぶつかり合いか!
「だが、僕はその粘体はすでに……あれ?」
振り抜いた刃は、すんなりと粘体を斬り裂いてすすむ。
そう。『粘体を』、である。
「刀身が足りなくて核まで届かない、だと?」
「逃げて!」
俺を包み込むように上や左右と言った正面全体から迫る粘体に、炎の一撃が叩き込まれて攻撃が止まる。
ルーテリッツさんの無詠唱での連撃によって出来た隙で逃げ切れたものの、彼女の攻撃でも核の露出には程遠い。
まさかの、刀身が足りなくてダメージが通らないのか……。
本当に、どうしようか。




