第三話 ~森の禁域~
「久しぶりだな、ミゼル。わざわざ戻ってきてもらって悪かったな」
「いえ、お気遣いなく。困ったときはお互い様ですから」
「そーそー、村長」
「気にしなくていいって」
「ミゼルだしねー」
「本当に、ミゼルはよく出来た若者だ。しかも、こんな根拠の薄い話に名門の帝都魔法学院の卒業生まで呼んできてくれるとは。うちの若い連中の一部にも見習わせたいくらいだ」
「まあまあ。そんなこと言わないでよ、村長」
「そうそう、みんなも頑張ってるんだから」
「なんなら、私たちからも、もっとしっかりするようにみんなに言い聞かせておくし」
「お前たちはちょっと黙ってろ!」
「「「はーい」」」
村の入り口でエルフ三バカ娘と合流後、村長の家に直行し、目の前でエルフ四人組のコントを眺めている。
気安すぎる気はするが、閉鎖的になりがちな僻地の小さな集落であるのに風通しが良い証拠でもある。風通しが良すぎる気もするが、まあ、逆よりは楽しそうだし大丈夫だろう。
そこにお茶を持ってきた村長の奥さんにお礼を言いながら、戸惑うルーテリッツさんと共に待っていると、ようやっと一段落ついたようだ。
「それで、なんだったか……ああ、そうそう。今日の調査は、この村からは私とそこの三バカだけが出る」
「え? この森って、結構広さがありますよね?」
「村総出の調査はすでに二度やっている。頭数を使っての捜索は何も出なかったのだ。それに、日々の生活もあるからそう簡単に動員も出来なくてな。幸い、以前の調査でいくつか目星はつけているから、そこから回っていこうと思う」
そんなこんなで、早速森の奥へ。
村長の家を出てからは、俺と村長が先を進み、女子四人が女子トークという名のルーテリッツさんへの質問タイムを繰り広げながら森の奥へと続く村の裏口へと向かう。
まあ、おどおどして「あ」とか「う」とかしか言ってないルーテリッツさんの周りで三バカが騒いでるのを質問タイムと称するなら、だけど。
そうして村長の案内に従い、森の中を進む。
体力の足りないルーテリッツさんに合わせてか歩みは遅かったが、突然ルーテリッツさんが足を止めた。
「え? ……えっと、それの原因が知りたくて……」
「おーい、ルーティちゃーん?」
「そこ、何もないんだけど、何が見えてるのかな?」
「ちょっと、やめてよパルヴィ! そ、そんなお化けとか幽霊とか嫌いなの知ってるでしょ!?」
「……うん。って、うわあああぁぁぁぁぁぁ!?」
精霊と話しているのか、何もない空間と話しだしてすぐ。
ふわりと風が頬を撫でたかと思うと、ルーテリッツさんの体が風に乗って森の奥へと飛ばされるように消えていく。
器用に木々の間を縫ってるから大丈夫だろうけど、異常が生じている地域で近接戦が苦手な彼女に孤立されるのは困るんだけど!?
「ミゼル! まだ森の中を走れるか!?」
「大丈夫、村長! 最近は都会暮らしだけど、僕がその前に何年この森の中を駆け回ったと思ってるんだよ!」
「よし、お前ら行くぞ!」
五人で木々の中を駆け回り、何とかルーテリッツさんに置いていかれないように奥へと進む。
先頭の村長が先を読んで地上のみならず木々の枝や幹も使って三次元機動を行い、置いていかれないように必死についていく。
そうして足が重くなり限界が見えてきたころ、ようやく地面に転がるルーテリッツさんが見えた。
「ルーテリッツさん! 大丈夫ですか!?」
「はふぅ~……」
目を回しているようだが、無事の様だ。
にしても、ここはどこだ?
円形に草一本生えていない不毛の地が半径三十マルト(≒三十メートル)ほど広がり、その端っこに居る形だ。
「やはり、禁域か……」
「えっと、村長。禁域って?」
「ああ、ミゼルは村の住人ではないから知らないか。昔から、ここには出来るだけ近づくなと言われている場所だ。しかし、二度の調査でも調べたはずだがなぁ……」
「あの、今から道を開くって――」
直後、轟音と共に円の中心部から土や岩が舞い上がり、そこには人が二人並んで何とか通れるくらいの穴が残された。
近づいて覗けば、地下へと続く階段がある。
どうするかと考えようとしていると、三バカ娘たちがおずおずとルーテリッツさんの方を向いていた。
「あの、ルーティちゃん。さっきから話してるのってさ――」
「お前たち、そこまでにしておけ。少なくとも、元々精霊と親和的なエルフの場合はロクなことにならん」
三バカの言葉を止めた村長は、そこで僕に言葉を掛ける。
「で、ミゼルは彼女のことに心当たりは?」
「あの……大いに」
「そうか。なら良い。さっさと進もう。折角の導きだからな」
そうして、ルーテリッツさんと、袖を掴まれている僕を先頭に、村長と三バカが続いて下りていく。
ルーテリッツさんが入った瞬間に周囲にいくつも現れた火の玉に、エルフたちが精霊関係のルーテリッツさんの厄ネタに気付いたのかため息をついたりする中、地上からそう深くないところで最深部にたどり着く。
「ひびの入った石の壁に、これは……模様? いや、文字か」
二十か三十人も入ればいっぱいになる空間に、奥には村長が言ったとおりの石の壁。
そして、左側の壁に、石板がいくつか並べられている。
「村長、これ文字なんですか? 見たことないですけど、昔のものとか?」
「そうだな。だが、恐らくはエルキドア文字だが、教えているとなると――魔法学院での選択科目は?」
「あの……選択で、一通りは……でも、ずっと使ってないから、色々と忘れてて……」
村長に尋ねれば、ルーテリッツさんに話が飛び、この答えである。
僕が、じゃあ手掛かりが読めないのかと頭を抱えていると、村長は対照的にほっとしている。
「なら、村に持ち帰って解読してくれないか。書庫に辞書がある。私たちには文法やらがさっぱりで使いこなせなかったが、基本が出来てるならば使えるだろう」
「え!? 村長、あのバカデカい地下書庫の蔵書、もしかして全部把握してるの!?」
「いや、あれって大半が文字すら不明で、忍び込んだ子供があまりの意味不明さと大きさに投げ出すまでがお約束じゃん!」
「うへぇ、村長とかやりたくないわぁ……」
「昔は読める者たちがたくさんいたんだよ。疫病やら戦争やら魔物の大量発生やらで、えっと私が子供の時だから……千年くらい前に、当時の長老格や学者の家系が全滅して、大変だったんだ。失われた知識を復活させようと当時の若手で書庫をひっくり返したことがあるんだよ。まあ、ほとんど文字が分からないか、内容がちんぷんかんぷんで成果は半端だったがな」
で、石板を持ち帰るために持ち上げれば、風が吹いて重量が軽減された――らしい。
うん。僕は相変わらず精霊にビビられてるらしく、見た目通りの重量を頑張って持ち上げたからな。
さて、森の中を爆笑しながら歩く三バカは後でシメるとして、これで手掛かりだけでも手に入ればいいんだけど。




