第二話 ~森の民~
「おじさん、ありがとうね!」
「なに、良いってことよ。むしろ、Cランク冒険者様の護衛付きで謝礼までもらって、申し訳ないくらいさ」
僕、森の異変調査の主力であるルーテリッツさん、妹のニーナの三人は、僕とニーナの故郷であるリゼット村へと戻ってきていた。
ニーナがここまで乗せて来てくれた行商人に謝礼を払い、今居る村の入り口から中央広場へと進む行商馬車を三人で見送った。
僕とニーナが案内役で、加えて調査の主力のルーテリッツさんが休暇を与えられているが、三人分の急な休暇を認めてくれた師匠の太っ腹さに感謝である。
やはり、金銭的に余裕があると、従業員の福利厚生なんかにも気を配れるようになるのだろう。で、それを受けて従業員が発奮し、さらに業績が伸びる。
正のサイクル万歳である。
とりあえずここにいつまでも居る訳にはいかないし、僕らの実家に向かうことに。
正確な到着の日付までは分からないので伝えようもなく、実家で一泊している間に森のエルフたちに到着を伝えてもらう予定だ。
久々と言うほどではないが長く帰ってこれなかった故郷になんだかんだテンションの上がっているニーナを先頭に、僕、そして初めての場所に少し怖がってるのか僕の服の袖を握るルーテリッツさんが続いている。
「ん?」
「あ、お久しぶりです!」
そうして歩いていると、第一村人と出会った。
いやまあ、狭いコミュニティーなので、農作業の合間に何かしに村に戻ってる様子のこの青年は、僕もニーナも知ってる顔何だけど。
なお、ニーナはともかく、基本的に剣を振りまくってた僕は、言葉を交わした覚えはない人物であり、何なら名前も出てこない訳だが。
「た、たたた……」
で、その青年が僕の方を見た途端に、急にうろたえだす。
はて、何か彼と因縁でもあったろうか?
「た、大変だ―! あの、剣以外には何の興味も示さなかったミゼル坊が、バインバインでくっそエロそうな嫁を連れて帰ってきたぞぉーっ!」
走り去る青年と、呆然と見送る僕。そして、「あー、確かに大事件に見える」と納得顔のニーナと、真っ赤になって機能停止してしまったルーテリッツさんが残される。
その後が大変だった。
「ミゼル……お前、ちゃんと女の子にも興味があったんだね! おやまあ、手を繋ぐんじゃなくて袖を掴むなんてかわいらしいじゃないか……!」
実家にたどり着いて早々、そう言って泣き出す母親。
ルーテリッツさんとはそうじゃないからと説明できないままに他の家族も帰ってきて騒ぎ出し、手に負えない騒ぎになったのだ。
「ニーナ! 何とかしてくれ!」
「仕方ないなぁ~」
で、戦闘以外でなら確実に僕よりも頼りになる最終兵器ニーナさんの説明を経てどうなったかと言うと。
「娼館……あのミゼルが、娼館だって! しかも、お気に入りの娼婦に入れ込んだんだって!」
「良かったな、母さん!」
確かにルーテリッツさんについての誤解は解けたけど、箇条書きマジック的な何かで偉いことになってしまってませんかね?
「なあ、ニーナさんや?」
「嘘ではないし」
ただし、正確には本当でもない、ってか。
疲れ果てた俺は、お祭り騒ぎの家族たちや、酒が出ると聞いて集まってきたご近所さんたちにもみくちゃにされながら、ただあいまいに笑ってるだけのお仕事だった。
「だからって、『ミゼル・アストールが娼館の女に入れ込んだ記念飲み会』ってのは酷いと思わないか? みんな、田舎のノリでルーテリッツさん相手に下ネタブッ込みまくるし」
「お兄ちゃん、無理矢理話を変えても、納得しないからね」
帰郷の翌朝。
森の調査のためにエルフたちの森に向かうのは僕とルーテリッツさんの二人、と二―ナに告げたところである。
「エルフたちだって生活があるし、調査に使える人手はどれだけあっても足りないと思うんだけど。私なら、森の中に土地勘もあるし」
「いやほら、ルーテリッツさん以外はおまけだし、お前は休暇を楽しんどけって」
「……何かあるの?」
思い出されるのは、メアリーの言葉。
『普通の危険地帯だと思うな。生き残るために邪魔な要素は、出来るだけ減らせ――覚悟を、決めろ』
エルフたちの勘についての、ハーフエルフの少女からの意見。
それが、どうしても頭から離れなかった。
師匠がニーナも一緒に休ませてくれるって言った時もその後も、メアリーは何も言わなかったけど、彼女のことだから、言うことは言ったから最後はこっちで決めろってことだろう。
エルフたちは普通に生活してるらしいし、ただの調査にそこまでの危険があるのかと思う一方、かつてニーナが誘拐されたときのことがどうしても頭をよぎったのだ。
「あ、あの、わたしたち、二人で、行く、よ……」
「ルーテリッツさん?」
「そ、その、よく分からないけど、お兄さん、は、あなたのことを、その、思って……」
僕の感情を読んだのか、少々頼りない援護射撃をするルーテリッツさん。
すると、ニーナがため息一つ。
「……絶対、無事に帰ってきてね」
そのままブスッとした顔で見送ってくれるニーナ。
何はともあれ、二人でエルフの森へ。
異常の発生する危険地帯へ、いざ――
「って言っても、これじゃあなぁ……」
日が出て間もない澄んだ空気の中、大人しく危険のほぼない小型の魔物たちがじゃれ合うのを横目に、森の中を歩く。
あまりにも長閑すぎる道を、ルーテリッツさんのペースに合わせてエスコートしながら進むと、エルフたちの村の入り口が見える。
木の上に住居を構え森と共に生きる彼らの集落はすでに動き始め、いくつもの気配が動き回っている。
そして、入り口に待ち構える武装した三人の女エルフたち。
昨日のうちに連絡が行ってるはずだし、出迎えかな、と思っていると、こっちに気付いた彼女たちが互いに頷き僕らに背を向ける。
「た、大変だ―!」
「あの、剣以外には何の興味も示さなかったミゼル坊が!」
「バインバインでくっそエロそうな嫁を連れて帰ってきたぞぉーっ!」
「おら、三バカども! ネタを仕入れるのが早すぎんだよ! どんだけ暇なんだよ!」
「三バカとは言ってくれるわね! 集落若手エルフの中で戦闘最強の美人チームを相手にね!」
「小さいころに、お菓子を何回もあげた恩を忘れたの!?」
「Cランク冒険者とか呼ばれて慢心したか、ミゼル! 私たちの十分の一も生きていない身で、我ら三人の鋼の連携に勝てるものか!」
「よし、試してやろう」
「思い上がったことを申してすんませんした、ミゼル様!」
「『皆殺しの剣鬼』様に勝てるなどと滅相もない! ミゼル様に勝てるなどと妄言を吐くこの身の程知らずのエルマは、煮るなり焼くなり性のはけ口にするなり、お好きになさって下さっていいので、我らにはお慈悲を!」
「アリナ!? パルヴィ!? 私、みんなで打ち合わせした通りに言っただけだよ!? この裏切り者!」
調子のいいことを言いながら、刀を抜くだけでこの様である。
もうすこし、頭を下げることと仲間を売ることに戸惑いを覚えてくれないだろうか。
隣で目を白黒させているルーテリッツさんのエルフに対する印象が、間違いなく崩壊し続けてるだろうしさ。
まあ、割とこんなノリの連中が多いので、少なくともこの村のエルフに関しては風評被害ではないんだけどさ。
さらに言えば、こんな連中が本当にエルフの村の若手最強の連携を持つ三人組で、次世代の村の防衛を担う存在な辺り、エルフたちの未来に不安しかない。
師匠に通ってもらいながら修行してた頃、師匠が居ない時に魔物を斬っても手ごたえを感じなくなったので手合せを願って、三対一でボッコボコにしたのが悪かったのか?
いや、その前から、うちのじいちゃんが幼いころにばあちゃんのスカートめくって泣かせた話を始め、じいちゃんや父さんの世代の恥ずかしい話を僕らに聞かせては爆笑してたやつらだしなぁ……。
もっと言えば、かつてボコられたことまで計算ずくで『コント』をやってるあたり、どこまでも救いようのない連中である。
こんなやつらの直感だけを理由に、僕は帰郷したんだよな。
……もう、帝都に戻ろうかなぁ。




