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異世界白刃録 ~転生先で至高の斬撃を目指す~  作者: U字
第一章 そして白刃に魅入られる
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第八話 ~斬りたい!~

 乱戦を背に、僕ら三人と、十一……いや、十三のソウルイーターの子を引きつれたデリグが睨み合う。


「大将直々じきじきの出陣とは、ご苦労なことね」


 そんなことを言うアイラさんは、一見すると余裕のある態度だ。

 血走った目で、飛び出さないようにギリギリこらえているリディエラさんとは、比べるまでもない。

 ただし、駆け出しそうな足を無理に押さえ込んでいるような震えを見る限り、内心はリディエラさんや僕と大差ないらしい。


「おう! ついに国盗りだからな。未来の皇帝様として、人形どもに任せてはおれんさ!」

「「……は?」」


 思わずこぼれた言葉が、アイラさんと重なる。


 前世では、体が弱くて動き回れないことから、やることと言えば読書やパソコンばかり。

 その中には戦略戦術シミュレーションや、それに関わる歴史なんかの話もあったわけだ。


「あの、アイラさん。僕はここの・・・常識に疎いので判断がつかないんですけど、いきなり既存国家を潰して皇帝を名乗って、やっていけますか?」

「そうね。少なくとも、戦の一つもなく国家として承認はしてもらえない。小競り合いくらいならともかく、既存体制の破壊なんて、どこの国も自分のところでもされたら困るもの。やらかしたやつは、連合組んで念入りに潰すでしょうね」


 どうやら、統治権について正当性の有無が宣戦布告の大きな理由になる時代なようだ。

 ちょくちょく戦争があると言っても、戦国時代のように力があれば割と押し通せるほどには秩序が崩壊していないみたいである。


「ついでに言えば、たぶん帝国の残党を中心に集まる連合諸国が、戦後に領地や利権なんかを要求してくるところまでが様式美ね」


 流石に、正義だけで動くほどにはおめでたい時代ではないらしい。

 そりゃそうだ。小競り合いが割とある相手のために、無償で自国軍を動かしはしないか。


「デリグ、悪いことは言わないから、さっさとそのバカな計画を諦めて引っ込んだ方が身のためよ」

「バカな計画? 負け犬の遠吠えにしても、程度が低すぎるなぁ!」

「あんたのお人形、魔力を供給しきれなくなったら終わりな上に、補給するための魂は有限ですもの。魔物の魂では補給できないんでしょ? ソウルイーターの仕業しわざだって分かった周辺国に何日も遠距離から削られ続けて魔力の切れた、おろかな先人と同じ道を歩くつもりかしら?」

「問題ねぇな! すべて斬ればいい! そうすれば、俺の天下だ!」


 そう言い切ったデリグの目は、ほの暗い中で赤々と輝いていた。


「あぁー、こりゃ飲まれてるわね……」


 そんなアイラさんのこぼしたつぶやきに、納得した。


 自分たちをエサにしないと維持できないような連中のために支配下の人々が働くだろうかとか、『統治』でなく『収奪』では先は長くないだとか、そんなことを考えていないのだ。

 いや、考える気すらない。

 殺したいとの魔剣の本能と、富か名声辺りを求める自らの欲望が混じり合い、たぶん結果ありきで動いているのだ。

 それがなまじ力を持っているから、かなり厄介なことである。


「ねぇ、話は終わった? さっさとアレをぶっ殺したくてたまらないんだけど」


 振り向けば、そこにはとてもじゃないが女の子が見せてはいけない表情。

 デリグなんかよりもずっと無差別連続殺人犯らしい、血に飢えた獣がそこにいる。


「まあ、交渉の余地もないみたいだし、準備も出来たみたいだしね。やりますか。――総員突撃! 雑魚どもを足止めしなさい!」


 そんな掛け声と共に、デリグの後ろの連中相手に八つの人影が突っ込む。

 同時に魔法による支援攻撃も開始され、戦端が開かれた。


「こっちの後衛はおねーさん一人だけど、問題ないわ! 突っ込みなさい!」


 そんな指示が飛ぶ前に、すでにリディエラさんは一撃目を放っている。

 話を聞いていたのかも怪しいリディエラさんに少し遅れて踏み込み、一対二の接近戦が開始された。


「ちょっと、リディエラさん! もう少しペースを押さえて、あまり突っ込まないでください! あんな破壊力じゃ、一撃貰ったら落ちますよ!」

「当たんないわ! 心配ならあんたが合わせなさい、弟弟子!」


 そんなやり取りの間も、リディエラさんの無防備な背中に振り下ろされようとしている敵の刃に、右側から突っ込んで弾き飛ばしている。

 僕の一撃でデリグの刃から飛び散った赤い光の下、放たれたリディエラさんの刺突は、吸い込まれるように心臓を貫く。

 ――そして、引き抜かれた傷からは、ほとんど血がこぼれない。


「おうおう、そんなチンケな攻撃で、このデリグさまは止められねぇぜ!」


 その言葉を受けて、忌々いまいましそうな舌打ちと共に、リディエラさんが剣についた血を、一振りして払いとばす。


「リディエラさん。分かっていますか?」

「……そうね。そうだった」


 深呼吸を一つ。

 そして、刀を中段に構えた銀色の獣は、僕と共に並ぶ。


 現状、僕たちの攻撃に意味はない。

 打ち合わせ通り、アイラさんの魔法で一時的にデリグの魔力を吸い取って、回復できなくなってからが本番なのだ。


 再びの攻勢も、リディエラさんが先手を取る。

 真っ直ぐ飛び込む銀色の影に、デリグは大きく一閃。

 しかし、急に方向を変えて後ろに回り込んだ少女にはかすりもせず、ただ虚空を走る。

 間髪入れず体勢の崩れたところを狙って足先に刺突が放たれても、デリグはそれを蹴り飛ばして防ぐ。

 そうして残るのは、攻撃をいなされて体の前面をさらす少女。そして、すでに振りかぶられた魔剣。


「これで――!」

「終わらせない」


 大地を蹴り、一思いに飛び込む。

 目指す先はただ一点。少女をち割らんと迫る赤い刃の、その腹。

 全体重を乗せた足裏が見事に命中し、その刃を地面に叩きつける。


「クソッ! 邪魔だっ!」


 その言葉と共になされた振り上げで僕が吹き飛ばされるまで、そう時間は稼げていない。

 それでも――


「仕事はしましたよ、アイラさん」


 そう、これだけあれば十分なはず。

 それが証拠に、


「『――「吸収アブゾープション」』」


 放つべき魔法、その結びの一節が紡がれている。


「よっしゃーっ! この時を待ってたわ!」


 背中から舗装された地面に衝突した痛みに耐えながら起き上がると、そんな掛け声と共に、黒い魔力に覆われた人影の、大剣を持った右手首を斬り飛ばすリディエラさんが目に入る。


「このアマ! ただじゃ帰さねぇっ!」


 しかし、それだけで即死はしない。

 黒い魔力がくうに溶けゆく中、残った左拳を振り下ろそうとデリグは大きく振りかぶる。


 それだけ認識すると、僕も攻撃態勢に入る。

 狙うは、何の警戒もなされていない大きな背中。

 右肩から斜めに斬り下ろす一撃は、皮を、肉を、骨を断ち、その巨体を真っ二つにする。


「ぐほぁっ!?」


 そんな断末魔の声を残し、不死身の軍団を率いる将は崩れ落ちた。


「これで終わり――で良いんでしょうか?」


 怖いくらいにあっさりとした幕引きだ。


 上手くいきすぎて現実味がなく、血を払って納刀しながら、状況を確認する言葉を発した。


 それにしても、今回は派手に斬ったので、返り血で凄いことになっている。

 特にべっとりやられた上半身は、服を捨てるしかないだろう。


「流石に、これだけやったら終わりじゃないの?」


 剣を握るデリグの右手を外して放り投げながらのリディエラさんの言葉。


「あっと……そう簡単じゃないかも……」


 そう続けられたアイラさんの言葉に目をやると、そこには血を吐いて座り込む魔法使いの姿があった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ちょっ、なんで後衛が一番重傷なのよ!?」


 慌てて二人で駆け寄ると、弱々しい笑みを浮かべて、弱々しい返事が来る。


「ハハハ。おねーさん、ちょっと魔力を吸いすぎたみたい。――それより、あいつの兵隊、まだ動いてるのよ。おかしいと思わない?」


 言われてみればそうだ。

 使い手の指示もないまま、どれだけの攻撃を受けても倒れずに戦闘を続けている。


「おかしいもんか。当然だろう? まだ、なにも終わっちゃいねぇからな」


 ありえない声が響く。

 まさかと思いながらも、ゆっくりとそちらに首を向ける。


「なんせ、このデリグさまが健在なんだからな!」


 そこには、斬ったはずの上半身がくっつき、見る見るうちに右手が生えてくる巨体が立っていた。

 斬られた装備品はそのまま地面に落ちているので、手ごたえは本物だったはず。

 ならば、考えられる原因なんて一つだけだ。


「お前ら、随分としつこいからな。全力で一気に決めてやる」


 周囲で戦っていたソウルイーターの子らが、一斉に動きを止める。

 何事かと周囲を見回そうとした刹那、体を強烈なプレッシャーが襲った。


 あぁ、そうか。勘違いしていた。

 デリグも、周囲の『兵隊』たちと同じなんだ。

 ソウルイーターにとって、ただの人形の一つ。

 違いは、『子』を介して操るか、自ら操るかだけ。どれだけ壊れても、修理して使えば良いだけの道具の一つなんだ。


「なん、だ……こ……れ……」

「なんでもないぞ! 俺の魔剣が全力を出した単なる余波だ!」


 そのまま大笑いしながら、ゆっくりとソウルイーターに歩み寄るデリグ。

 両手両膝をつきながらも周囲を見渡せば、周囲一帯の人間が同じ状態になっている。


 これが、ただの一本で国を滅ぼしたこともある最悪の魔剣。

 溜めこんでいた力を解き放つだけでこれは、反則じゃないか。


「う、動け……。動け!」

「逃げるのも、無理そうね……。これはちょっと、ピンチ……かしら……?」


 死角にいて様子の見えなかったリディエラさんとアイラさんも、状況は同じらしい。


「そら、殺せ殺せ、殺し尽せ!」


 そして、視界に映るは、すべての元凶。

 その号令と共に、周囲の不死者たちが再び動き出す。


 そこから始まるのは、もう戦いじゃない。

 動けない人々が一方的に『捕食』されていくだけの、ただの殺戮さつりく

 ただ悲鳴を上げることしか許されずに次々と命の灯火ともしびむさぼられていくのを、黙って聞いていることしかできない。


「まったく、無駄に魔力を消耗しちまった。さっさと補給しねぇとな」


 斬るべきモノが、そこにある。

 斬るための白刃が、ここにある。

 だと言うのに、肝心の体が動かない。

 ああ、やるべきことは明白だ。だと言うのに!


「さあ! お前らは念入りに喰ったあと、有効活用してやるから安心しろ! これだけ上等な素体は、中々ないからな!」


 僕は、ここで死ぬのか?

 ただの人形風情ふぜいに殺されて?

 無機物の下僕になり下がった駒ごときに手も足も出ずに?


「……ふん。小娘、お前の目は気にくわねぇ。決めたぞ、お前から殺す!」

「だ、誰が……あんた、なん、か、に……」


 ふざけるな!

 そんな結末、認められない!

 僕はまだ、やりたいことがあるんだ!


 あぁ、斬りたい。斬りたい! 斬りたい!!


 だから斬るんだ! ミゼル・アストール!


 ――ああ、わたしの愛しい人。それがあなたの願い? だったら、手伝ってあげる。


「!? テメェ、何で立ち上がれる!?」


 その声は、何だったんだろう。

 聞いたことのないような、聞いたことのあるような、聞いていると胸が温かくなる声。


 何が起きたのかは分からない。

 でも、その答えは明白。


 軽い……体が軽い!


 望みを叶えるための、その最後の一かけら。それがそろった。

 理屈も何も分からなくとも、この好機、逃してはいけないことはよく分かる。


「行くぞ。この白刃、届かせる」


 構えは上段。

 幼き日の記憶を呼び覚まし、その立ち姿をなぞる。


「おもしれぇ、やれるものならやってみろ!」


 相手の踏み込みを確認し、こっちも全力で駆け出す。

 視界が開け、こまやかな筋肉の動きまで見通せる。

 今までにないほどの好調な体をり、ついに間合いに踏み込んだ。


 すべてが見えている今ならば、なぞるべき軌跡を正確に描き出すことは簡単だ。

 大地を踏みしめて生じた力を余すところなく斬撃に乗せる。

 思い描く剣筋を振りぬくために、始点を微調整した。

 そして、なすべきことはすべてなした。


 一瞬の交差。

 そのわずかな間に、互いの全力の一撃が振り抜かれた。


「残念だったな。お前の刃は俺には届かなかったぞ」


 崩れ落ちたのは、僕だった。

 刀を杖代わりに、何とか膝立ちでこらえる。


 そう、ここではまだ倒れるわけにはいかない。


「いや。僕の刃は、間違いなく届いたよ」


 同時に響くは、重い金属音。

 何とか振り向けば、真ん中で斬り飛ばされたソウルイーターの刃が落ちている。

 その横では、崩れ落ちゆく巨体。


 あぁ……終わった。


 白刃が届かなかったなんて認識違いを正せたことを確認し、今度こそ戦いを終わらせたことを確認して安心して倒れた――はずだったんだけど。


「ちょっと、ミゼル……血が、こんなに……ウソ……」


 リディエラさんに抱きとめられている。

 口を開こうにも、体が重くていうことを聞いてくれない。


「ほら、リディちゃん。おねーさんが見てあげるから、その子を寝かせてあげて」


 そんなアイラさんの言葉で少しは落ち着いたリディエラさんだが、なぜか膝枕ひざまくらで落ち着いてしまっている。


 意識も朦朧もうろうとしてきている調子の悪さで抵抗できるわけもなく、リディエラさんのひざの上でアイラさんに色々と調べられることに。

 顔色が悪い魔法使いの健診は、むしろ治療が必要なのは向こうだろうと心配している間にすぐ終わってしまったようだ。

 そのときには、目も耳も段々と職務を放棄し始めた。


「血は全部返り血ね。外傷なし。単なる魔力切れよ」

「えっ?」

「詠唱してた様子もなかったけど、大国の国家事業クラスの時間と労力でないと破壊できない魔剣を斬り捨てるような魔法かぁ。ヤクサ流の秘術かなにかかしら?」

「ちょっと待って! こいつ魔力はあるけど魔法は使え――」


「リディエラ、さん……」


 何の会話をしているのかほとんど分からないけど、かすむ視界の中で、心配そうな少女の顔は見えた。

 何とかしようと頑張り続け、ようやく少しだけ動いてくれた。


「な、なに!? どっか痛かったり――」

「師匠、帰って、きますね……もと、どおりです、よ……」


 ああ、笑ってほしかったのに。

 よりにもよって泣かせてしまうなんて、前世の出生時から通算して彼女いない歴の連続記録を更新中の僕には、荷が重すぎたのかもしれない。


「……うん。ありがとう。本当に、ありがとう」


 意識がずるずると引きずり込まれる。


「そ、その……恩人で、弟弟子で、同い年で……だから、リディエラ……リディで良いわ」


 そして世界が暗転した。






次回、第一章エピローグ(予定)。

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