第八章最終話 ~因縁の終わり~
ザックリとした本章のお話
ある日、リディのことをクロエさまと呼ぶ謎の一団が現れる。
ダーイッシュという男を筆頭とした集団は、リディの母はレイバール伯爵の妻の一人で非業の死を遂げたことと、リディの父である伯爵の死を受け、リディを復権させ次期女伯爵とするために来たという。
皇帝相談役であるハーミット様にも相談した結果、継承権放棄のためにレイバール伯爵領へと向かう。
しかし途中で襲撃を受け、ダーイッシュの案内の元、元はリディの母親の一族の勢力圏だった集落へとたどり着き、領内で彼らが不遇な扱いをされている事実を知る。
その日の夜、イサミと、愛はなくともすでに伯爵の妻の一人だったリディの母親との出会いから非業の別れまでの話をイサミから聞く。
知ってしまった虐げられている人々は救いたいけど、関わって欲しくないってイサミの思いも分かり、悩むリディ。
そんなリディにミゼルが示した道は、ダーイッシュたちをだましてリディを継承法に従って女伯爵とし、女伯爵として爵位と領地の返上をした上、こっそり呼んだハーミット様の登場で既成事実としてしまうというもの。
伯爵領の統治機構を根本からひっくり返す、とんでもない荒業だった。
「ありがとう」
僕と師匠しか残っていない会場で黙って二人で並んで座っていると、ふと師匠が声を発した。
リディの爵位返上発言やハーミット様の登場の混乱からそうは経っていないのに、すっかり人が居なくなった次期当主の投票会場。帝国中央との蜜月をアピールするためにリディがハーミット様と親し気に会場を出ると、人々は慌てて飛び出して行ってしまったのだ。
リディの発言を覆せないならばそれはそれで政治的に対応せねばならないだろう他の参加者たちが消えたその場で、何の前触れもなく発された言葉だ。
「多数決で勝ったのはダーイッシュさんが動いてくれたからですし、ハーミット様が来てくれたから爵位返上を覆そうと荒事になることがなかった。何より、やり遂げたのはリディです」
「でも、思いついてくれたのはミゼル君だ。知らない仲でもないんだから、謙遜しなくてもいいよ」
そう言う師匠の様子は、憑き物が落ちたように穏やか。
師匠の思いは分からないが、きっとリディを連れてこのレイバール伯爵領を逃げてからくすぶり続けてきた思いが、どんな形であれ決着したのだ。
この様子も当然だろう。
「さて、俺たちもそろそろ行こうか。ミゼル君は、先にリディ達のところに行っててくれ」
「師匠はどうするんです?」
「いや、たぶん、俺がここに来るのは最後だろうから、さ。まあ、流石に、母親の墓に娘を置いて一人で参ったりはしないけどね」
そう言って、師匠は一人で行ってしまった。
少し話を聞かせてもらっただけの僕には分からないものも含め、良くも悪くも思い出は多いだろう。
許されざるものであれど、リディの母親――師匠が愛した女性との出会いと別れの地なのだから。
そんな思い出巡りについて行こうなんて無粋はせず、大人しくリディの方へと出向くことに。
さて、打ち合わせ通りなら投票前に使った控室に居るはずだけど、しびれを切らして飛び出してたりはしないだろうか?
……うわぁ、ありそうだ。
結構時間経ってるし、考えるよりもとにかく動くタイプだしなぁ。
「あれ、早かったわね」
「ふむ、思ったよりは早かったのう。もう少し、イサミの方についていると思っておったのだがな」
控室の扉を開けると、そう言って出迎えてくれたのはやけににこやかなリディと、楽しそうなハーミット様。
なぜか、二人で肩なんて組んじゃってるけど。
いや、うん。
ほとんど面識のない権力者相手に、随分とまぁ親しげな雰囲気を出せるものだ。
リディのこれは、考えないことが良い方に出たな。
一歩間違えれば『えらいこと』になりかねない、恐ろしい所業でもあるんだけど。
「それにしても、帝都からわざわざこんな遠くまでご足労頂き、ありがとうございました。まさか本当に来ていただけるとは思わず――」
「『手紙さえ届けば、皇帝相談役は思った通りに動く』と知っておったろうに、よう言うわ」
どう反応するのが正解か分からずにとりあえず笑ってる俺と、何を考えてるのかよく分からない笑みのハーミット様。
そして、ハーミット様と肩を組んだまま首を傾げてるリディ。
確かに、ハーミット様の言うとおりだ。
本来は皇帝の権限である爵位の継承について、慣習上中央が関わらない形の世襲になってることは、権限を失ってる中央にすれば出来れば介入したいだろうこと。
リディや俺を中央のヒモ付きでレイバール伯爵家の当主に据えたいなんてハーミット様が言ったことは、少なくともチャンスがあれば継承問題に介入したい意思はあるということ。
そして、リディの一部領民達の虐げられている現状を何とかしたいって思いは一応手紙に書いたけど、先日帝都に勝手に繰り出した皇帝陛下を背負って帰る時の様子から大切な存在だろう彼女の不要な悪評を立てないために、公正な統治をしようとするだろうこと。
これらのことから、上手くいくだろうとは思っていた。
そして、これらの情報をこっちに提示したハーミット様は、すべて分かっていて乗ってくれるだろうとも。
唯一最大の懸念事項は、帝都のブレイブハートのパーティホームに居る居残り組から、近衛騎士のアイラさん経由で、遠くレイバール伯爵領からお手紙が期限までにしっかり届くか、くらいだった。
にしても、本当に、ガチの権力闘争ってやつは二度とごめんだ。
リディと伯爵位を争った候補者陣営はもちろん、自分の利害は当然あるけどダーイッシュさんを始めリディこと『クロエ』姫のために頑張った人たちからも恨まれてるだろうしなぁ。
どうあっても誰かから恨まれることは決まってて、結果が出るまでは本当に上手くいくのかって胃痛に悩まされるばかり。
ああ、何も考えずに刀を振るだけだった故郷の日々が恋しい……。
「ちょっとあんた、元気ないわね。一本いっとく?」
そう言いながら刀を振るしぐさをするリディ。
どうせ僕は刀振ってれば幸せだと思っていて、それは正解である。
「むしろ、リディが元気すぎるんだよ。この先のレイバール伯爵領には、いくつも大きな動きがあるだろうさ。リディが救いたいと思った人たちだって、本当に救われるとも限らないんだよ?」
「あんたがやれるって判断したんでしょ? だったら、あたしは安心することしかできないわ。考えるのはあんたの仕事で、あんたは一度も期待を裏切らなかった。でしょ?」
嬉しいけど、重いよ。
照れもせずに当たり前のように言われると、その期待に答えなきゃって思うじゃないか。
「まあ、それはそれで良いとしてだ。僕らが一本いってる間、ハーミット様はどうするんだ?」
「あっ……」
やっぱり考えてなかったのか。
だが、この状況でリディに助け舟を出したのは、当のハーミット様だった。
「何なら、わしが稽古をつけてやろうか? 何百年も生きておると、専門外のことについてもそれなりに通じるものでな」
「あら、おもしろそうじゃない!」
リディは素直に喜んでるけど、そんな場合じゃないだろう。
「あの、ハーミット様。皇帝陛下の相談役にケガを負わせると、むしろこっちが大変な目に合うような気がするんですが?」
「ぬかせ、ひよっこ。お前らのようなよちよち歩きの雑魚が、わしにケガを負わせるかもなどということこそが失礼じゃぞ」
かっちーん。
頭の中で、そんな音が聞こえた気がした。
分かりやすい挑発だけど、伯爵家の継承関係でゴタゴタしてた上に敵地ど真ん中ってこともあって、刀の稽古を自重してたんだ。ストレスは最高潮。
言い出したのはあっちだし、もう、我慢しなくていいよな?
「行くぞリディ! 生きた年数が、戦力の決定的差ではないことを教育してやるんだ!」
「よしきた! 久々に暴れられるなら、何でもいいわ!」
「出来ることと向いていることは、常に同じとは限らんのじゃ。ミゼルという剣士の本質は今であることを自覚しておけ」
そんなつぶやきが風に乗って聞こえた気がしたが、あえて問い直すことはしなかった。




