第九話 ~必滅の一手~
「以上で開票は終わりです。千百二十四票中五百六十六票を獲得したクロエさまが新たなるレイバール伯爵ですな」
この言葉により、無駄に広く豪華な部屋の中は、大勢の悲鳴と歓声が入り混じる空間となった。
時は、死んだリディの父親である先代レイバール伯の後継者を決定する一族会議の席上。
不平等選挙においてギリギリ過半数の票を獲得し、リディが後継者と決まったところだ。
師匠とレイバール伯爵との因縁、リディの母親とその一族の末路と言った話を聞いたリディは、その翌朝、伯爵家を継いでほしいと帝都まで迎えにきたダーイッシュさんに伯爵家を継ぎたいと申し出た。
そこからは情勢のよく分からない部外者の僕たちの仕事はほとんどない。
立てるべき旗印を持たない政治の敗者たちの寄せ集めたちが、地盤を持たない旗印を掲げ、同じく敗者たちを集め始める。
強者の陣営にかじりつきながらも、おこぼれすら得るのに苦労している連中が、一発逆転を賭け、見ているものも目指すものも全く違う寄せ集めの群れの中にやってくる。
つまり、押してる候補が勝っても窓際間違いなしな連中や、押すべき候補がすでに敗退してる連中が、地盤のないリディの下なら逆転ありうるとみてやってきたのだ。
領内全部の支持ではなく票数を増すことを優先的に声を掛けたり、そもそもリディに興味を持たせるために広報したりと、この辺はダーイッシュさんの功績だろう。
リディの母親やその一族を嵌めた内乱での武功で出世した生粋の武官みたいなイメージだったけど、政治や謀略においても才を持ってたってことか。
「ではクロエさま、こちらへ。宣誓と、続いて証書に署名を」
「ええ」
今日までダーイッシュさんに言われるままに笑顔を振りまいて来たドレス姿のリディが、顔に営業スマイルを張り付けながら司会のところへと歩いていく。
正装って意味ではあってるんだけど、リディがドレスってだけでものすごい違和感を覚える。
あ、いま絶対に一瞬だけこっち睨みやがった。
……これ、心でも読まれた? まさか、な。
そんな心配をよそに、さっさと宣誓を済ませ、署名を終えるリディ。
立会人も兼ねている司会者も証書に署名し、これで名実ともにリディがレイバール女伯爵だ。
「これで手続はすべて終了です、クロエさま。いえ、ご当主様」
「終わり……そう。じゃあ、あたしからちょっと良いかしら?」
「御心のままに」
リディは部屋を一瞥し、ゆっくりと、しかしはっきりと宣言する。
「レイバール女伯爵クロエとして宣言するわ。えっと、皇帝陛下にしゃ、爵位を返上し、し……そう、領地も返上するわ!」
練習の甲斐もなく、カンペをチラ見しながらのちょっと締まらない演説になったが、意味は通る。
僕と師匠以外の室内の一同は、一様に沈黙し、次に爆発した。
「な、いきなり何を言ってる!?」
「話が違うではないか!?」
「誰か、誰かあの痴れ者を捕えろ!」
そんな罵倒の雨あられを受けてもリディが平然とする中、一人の男が僕らの方にやってきた。
「どういうことです!? 話が違う!」
「いやいや、リディは当主になりたいと言って、ダーイッシュさんは協力してくださった。何か問題でも?」
「小僧、白々しい!」
「まあ、皇帝陛下の直轄領になっても頑張って下さい」
「ふざけるな! そもそも、こんな無茶が通るものか。クロエ姫の当主就任をなかったことにするなど、どうとでも――」
「ほう、先のご当主には世話になったので墓だけでも参らせてもらおうと来てみれば、中々愉快なことになって居るようじゃのう」
部屋の入り口から聞こえる、やけに通る少女の声。
何事かと注目が集まる中、小さな体をフード付きマントで隠す彼女は、淡々と歩を進める。
そして、リディの前へとたどり着いた。
「して、リディよ。いや、今はクロエと呼ぶべきか。爵位及び領地の返上、本気か?」
「ええ」
「ふざけるな!」
「騙しやがって! こんな投票、無効だ無効!」
「そうだ、認めないぞ!」
「黙れ! 誇り高き帝国貴族の後継者を決める一族会議。その投票を、そこまで軽いものと言うか、愚か者ども!」
ローブの少女が言い放った言葉に、野次ってた連中が少し怯む。
普通に考えたら騙されただの錯誤だの主張しても正当だと思うけど、貴族の重みってやつを押し出すと、『少女』の言にも説得力が生まれるのだろうか。
「そもそも、小娘がどうしてここに居る!? さっさとつまみ出せ!」
だが、所詮は身も知らぬ少女の言葉。
あまりにも堂々としていることから予定外に誰も咎めず打ち合わせと違ってまだ正体を現していないので、当然反発が起きた。
「黙れ! 爵位及び領地は、皇帝陛下から爵位を持つ個人へと与えられているもの。その爵位と領地を返上するかどうかは、正規の手続きを経て後継者となったこの娘の専権事項。皇帝陛下の相談役たるハーミット、伯爵のこの申し出、間違いなく陛下へと伝えようではないか!」
何を言われたのか理解できなかったのか沈黙。
そして、僕の生まれたド田舎の村の教育機関でも使うような歴史の教科書にも載ってる有名人の名に本物かと一部が疑いを持ち、恐らくは顔を知っていた比較的身分の高い者たちがどうしてこんなところに居るのかと顔に絶望を映し出す。
特に思い入れもない地で領主として働きたくなく、でも苦しむ一部の領民達も含めて救ってやりたい。
そんなリディに答えるために提示した策。
最後まで意図や仕込みを隠し通した僕らの策の勝利、で良いだろう。




