第八話 ~姫君の選択~
も、木曜の25時だし、活動報告での投稿予告には遅れてないし(震え声
「これで全部。もう、何もないよ。俺とソニアの間の、あったことのすべてさ――いや、まだ後日談があったか」
僕もリディも、口を開くことが出来なかった。
僕は、部外者として発する言葉が見つからなかったから。
リディは、きっと思った以上にひどい話に、飲み込み切れていないから。
「こうしてエディラ氏族による『反乱』を鎮圧した伯爵領では、結局増税はなされなかった。エディラ氏族から没収した権益を分配した結果、必要がなくなったのさ。あ、あと俺たちをここへと引っ張ってきたダーイッシュ。あいつ、『反乱』での功績で伯爵が俺に新設させようとしてた精鋭部隊の隊長に任命されたんだよ。それがまあ、落ちぶれたものだ」
「そ、それって、『お母さん』たちは、騙されたってこと?」
「詳しくは知らないけど、そうなんだろうね。何でエディラ氏族が狙われたのかなんて難しい話は分からないけど、少なくとも他の氏族たちは打ち合わせ済みって考えるのが一番自然だと思う。もしかしたら、伯爵自身も関わってたかもね」
「そんな……どうして、どうして――」
「何度聞いても今まで教えなかったか? 今みたいに、リディが感情を暴走させると思ったからさ。俺が彼女に任されたのは、リディを守ることで、危険を冒して仇を取らせることじゃない」
まだ、怒り狂って暴れている方がマシなのかもしれない。
それだけ今のリディは、見るからに恐ろしい状態だった。
一見すると落ち着いていて、なのに薄っすらと涙を浮かべるその目だけは、明らかに危険な光を灯している。
このまま今夜の宿である村に帰ったら、その足で手始めにダーイッシュたちを殺しに行っても、僕は驚かない。
「先生。いや、イサミパパ」
「なんだい?」
「それって、お母さんに言われたからあたしを育ててくれたの? あたしは、お母さんの代わりなの?」
師匠が言葉に詰まる。
ただ無言のまま静かに目を合わせ、それ以上の何もない。
リディは正解を引き当ててしまったのか、それとも思いもしない問いに答えられないのか。
そうして、当事者たちが堂々とする中、第三者の僕だけが冷や汗なんてかきながら見守っていると、ようやっと師匠が口を開いた。
「最初は、間違いなくそうだった。否定できないよ。じゃなきゃ、どこかの孤児院にでも放り投げて終わりさ。俺には、やらなきゃならない仕事があったからね。彼女の子どもだからこそ、どこに預けるべきか迷いに迷った挙句、自分で育てることになった」
「じゃあ、今は?」
「始まりがどうであっても、日々大きくなっていくのを見ているとね、情が湧いてくるものさ。『父親』として、『娘』の成長が楽しみになってくる」
「父親……娘……ぐすっ」
そのまま大泣きしだすリディ。
少女がアラサー男性の胸の中で泣いている絵面はどうみても事案――なんて失礼なことを考えつつ、一歩下がって部外者は見守るのみ。
きっと、普段の信頼の積み重ねがあったからこそ、こうまで簡単に落ち着いたんだろう。
実際、伯爵家の後継問題がどうのなんて面倒な時に、敵地で別な問題を抱えてる余裕なんてないから、助かるんだけどな。
しばらくしてリディが落ち着いたころ、第三者なりに話を聞いていて気になった点を聞いてみることにした。
「あの、師匠。僕からも一つ良いでしょうか?」
「良いよ。何だい?」
「話の流れ的に、自分も生活しつつリディを育てるためにブレイブハートを作ったんですよね。師匠自身が戦死したり、お役目を終えて国に帰ったりしても、リディに居場所が残るように」
「まあ、そうだね」
「で、銀髪の獣人は珍しくて、しかも師匠はエディラ氏族の壊滅後に行方をくらませたんですよね?」
「うん」
「なんで二つ名持ちの冒険者なんて有名人になったんです? 食べていくだけなら、Bランクになる必要ないですよね? しかも、数百人規模での討伐をしないといけないような強力な魔物を個人で狩るとか、目立つことこの上ないと思うんですけど」
師匠の顔が強張る。
何か言えない訳でもあるのかと身構えていれば、今度は意外と早く口を開いた。
「ある日、姉さん――マトイ・ヤクサを討伐に行ったんだ」
「はい」
「それまでも何回か返り討ちにあって命からがら逃げだしてたんだけど、その時は向こうの反応が違ったのさ。『ああ、ちょうどいい。アレは私が狩るつもりだったけど、あなたが狩れば、一皮むけるかな?』って」
「はい……はい?」
「山奥で一対一で戦ってたんだけど、こっちがかなり劣勢な中、現れたのは巨大な竜種。気が付けばマトイは居ないし、完全に竜種には狙われているし……あれで自分の糧として俺を育ててるつもりだってんだから、頭がおかしいんだよ」
「あの、それでまさか……」
「逃げ回りながら魔法でも剣技でも、使えるものは何でも使ったよ。ふもとの近くまで戦域にしていくつもの下級や中堅のパーティを巻き込みかけたけど、何とか討伐。で、竜なら色々と高く売れそうだと地元の冒険者ギルドに相談して、倒した敵の恐ろしさを初めて知ったんだよ。まさか、一番下からBランクまで即時飛び級は、驚いたよ。目撃者が多くて、逃げられなかったし」
「え、そんな一線級冒険者が数百人で狩るバケモノを個人で討伐させる姉……?」
「一番悔しいのは、自分がそれを出来てしまったことさ。あの女、そういう目利きだけは確かなんだよ」
改めて、師匠の戦う次元の違いと、そんな師匠でも勝てないマトイ・ヤクサの恐ろしさを感じる。
いやぁ、そりゃあの女の斬撃が素晴らしいわけだ。
そんなものを見られた俺は、とんでもない幸運だ!
ああ、願わくば、もう一度だけでも見られないかなぁ!
「で、ミゼル君。君の策って何だい?」
「……え?」
「いや、君が言ったんだろう? その策とやらをするかリディが判断するために、俺にリディと伯爵領の因縁を語らせたんじゃないか」
……ああ、そう言えばそんなこともあったような。
いやぁ、あの夜、僕を斬り裂いたマトイ・ヤクサの美しい斬撃を思い出してすっかり忘れてたや。
あまり長く三人そろって村から離れてるとダーイッシュさんたちに怪しまれるかもしれないし、手短に済ませようか。
目の前の義父娘が真剣な顔でこちらに耳を傾けるのを確認し、僕は、僕なりにリディの希望に沿うように考えて見た策を語る。
「この土地に明確に味方といえる勢力がないリディは、ここの政治に関わるべきではないと思います。でも、搾取されているエディラ氏族系の人々を救いたいってのも正しい思いだと思います。だから――」




