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第五話 ~かつてあった日々・上~

 イサミ・ヤクサは、その時、人生最大の危機にあった。


 姉であり、ヤクサ流の後継者候補筆頭であったマトイの出奔しゅっぽん

 さらに、その姉による、相手の社会的身分なんてお構いなしの強者狩り。

 そして、ヤクサ家として責任を取るために遠く海の果て、異国の地へ姉を殺すために送られる。


 まあ、そこまではまだ良かった。

 その後、その異国の地で姉と戦い、供回りのすべてを失ってしまったことが痛手だった。


 ヤクサの最精鋭とも言える者たちをすべて失い、命からがら逃げだしたイサミ。

 姉を相手にするには自分以外、まともな肉壁としての仕事すらさせてもらえなかった光景を思い出し、なんとしてでも追加の人員は断らねばと思う。

 あれを相手にするたびにこの調子で人材を失っていては、目的を達する前にヤクサ家が消滅してしまう。


 加えて言えば、命からがらの逃亡。

 もちろん、持ち込んだ物資や、金品を換金して作った資金もほぼすべてを失っている。


 武力が売りの身として、手っ取り早く稼ごうと地元ギルドへ行くが、上手くいかない。

 駆け出しには駆け出しらしい仕事しかくれず、収入もお察し。

 特例でもう少し上のランクから始められる制度があるらしいと申請すれば、遥か異国の戦闘術では認定できないと門前払い。

 大手パーティに直接腕を売り込めば生活は安定するかもしれないが、お役目を果たすための自由は確保できない。勝手に強い魔物を狩って素材を売ることを考えてはみたが、土地勘も魔物の情報もロクにない状態で魔物の本拠地に乗り込んで一人で戦うのは危険すぎる。


 どれも一長一短だが、ほとんど聞きもしない異国からの流れ者に他に取れる選択肢もなく考え込んでいたところ、幸運は思わぬところからやってきた。


「そこまで! 合格だ。明日から、レイバール伯爵家の剣術指南役としてつとめよ」

「はっ、ありがとうございます」


 地元の伯爵家で、剣術指南役を募集しているらしい。

 伯爵直属の護衛を主任務とした精鋭部隊。その性格上、少数でも戦いきれる個人戦闘力が求められ、その指導をする武芸者が求められていた。

 報酬が良いのはもちろん、住み込みで二ヵ月ほどの短期契約だったのもありがたい。


 ヤクサ流が主とする刀による戦闘は必要とされていなかったが、実戦武術としてどのような状況でも戦い抜けるように、そして状況に応じてより有利な選択を出来るように、主要な武器と徒手空拳は一応おさめている。

 剣、槍、弓と、イサミとしては教養として身につけている程度でも、客観的には高水準で繰り出される技に、試験監督を自ら行っていた伯爵をして、採用は即決であった。


 さて。二ヵ月契約とは言え、ずっと働き詰めではない。

 多くはないが休日も存在する。


 当初、その休日を来たるべき姉との再戦に備えた鍛錬についやすつもりだったが、早々に諦めた。

 今までをなぞっても、勝てる気がしない。

 一度考えてしまえばがむしゃらに動く気すらなくなり、気分転換に出歩いてみることにした。


 剣だけでダメなら、魔法はどうか。

 今まではヤクサ流を身につけるのに必死だったが、いつぞやに調べた適性では、中堅魔法職として食っていけるくらいには才があると言われていたはず。

 ただ、このレイバール伯爵領は種族的に魔法が苦手な獣人が主で、種族特性として高い生命力と回復力を頼りにした近接戦闘が好まれている。ならば、剣術指南役を辞した後でどこか学べるアテを探すべきか。


「……ん? 何だ?」


 考え込むイサミは、不意の気配に周囲を警戒する。

 ただ、とっさに反応したものの、殺意だの敵意だのはなく、何とも反応に困る視線とでも言おうか。

 伯爵の城内にある広い庭園部でのことであり、政治的に無力な自分が狙われているとか積極的に害されようとしているとは考えにくいものの、捨て置くのも気味が悪い。


 気配を辿たどり歩いていけば、二階建ての小さな屋敷にたどり着く。

 小さな、とは言っても平民基準ならば十分豪邸のうちだろうが、イサミはそんなことを気にすることもなく、ただ二階のとある窓を見ていた。


 そこからは、小さな人影が一つ。


 正体が子供だと分かった時点で、イサミとしてはほとんど興味を失っていた。

 獣人であれば極めて高い視力で遠くを見通せるものなど普通に居るし、子供であれば害意を隠すなんて芸当を完全にこなすのは困難。

 仮にその困難を乗り越えて害意を隠しきって居るならば、そんな訓練を受けている時点でほぼ確実に厄ネタだ。

 ここに永住するでもないのに、そんなものに構っていられないのが本音である。


 そうして来た道を帰ろうとしたところで、イサミの足は止まった。


「手招き、だよな?」


 つまり、完全にこっちに興味を持たれている。

 正体は知らないが、城の中に居る以上、伯爵の縁者って線もある。

 正直、国許くにもとの服を着て刀を持つ自分は、ここでは異質極まりなく、ここで無視しても、あの子供が有力な血筋なら簡単に見つかってしまう。

 むしろ、ここまで来て無視したとか変な言いがかりすらつけられかねない。

 使用人とかなら良いが、権威や権力だけはある子どもってのは、本当に面倒だ。


 とにかく、ここで招きに応じてさっさと帰るのが、一番穏便だろう。

 だが、普通に玄関から応じるのも負けた気がする。

 普通に考えて勝ったも負けたもないのだが、当時まだ十代のイサミにとっては、ただ相手の思惑に乗るのは、とにかく気にくわなかった。


 窓の側には、おあつらえ向きに木が立っている。

 子どもの近くまで伸びる太い枝があることを確認し、一息に駆け上がる。


「どうも、お嬢さん。お呼びですか?」


 精々丁寧に声を掛けてやれば、ぽかんとする赤髪の獣人の少女が一人。

 木に登るまではともかく、手を使わず駆け上るなんて非常識は、流石に予想外だったらしい。

 ヤクサ流様々である。


 さらに、その少女の身につける衣服は上質なもの。

 やはり、無視せず顔を出しておくのは正解だったようだ。


 さて目の前の少女。

 まだ発育途上であり、かわいらしくもあるが、どこか垢抜けきって居ないように見える。

 そのことが、身につけられた衣服や装飾品の品良さもあって、どこかチグハグさを感じさせていた。

 はて、それなりの身分だが、生まれついてのものではないのかと考えていると、再起動したらしい少女が口を開いた。


「うわぁ、驚いた。脚力なら誰にも負けないと思っていたけど、私もそんなことは出来ないわ。どちらかと言えば、技術によるものかしら? 見たこともない異国の服を着たお兄さん、あなたはだあれ?」


 これが、この先のイサミ・ヤクサの人生に大きな影響を与えた少女、ソニアとの出会いであった。





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