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第三話 ~レイバール伯爵領へ~

 結局、リディが『クロエ姫』なる人物だってことは確からしいので、伯爵位を狙うにしろ継承権を放棄するにしろ、現地に行くしかなかった。

 このことは、ハーミット様に相談した後、師匠を交えた話し合いでも異論が出なかった点である。


「それじゃあ、行ってくる」


 そんな師匠の言葉に、共にパーティホームから旅立つのは僕とリディ。

 不在の間も家事などをしてパーティホームを守ってもらわねばならないニーナはもちろん、直接には今回の件に関係しないメアリーとルーテリッツさんも留守番だ。


 『魔境』には出来るだけ無関係な人間を連れて行きたくないって師匠の意向があったからだけど、「いや。あんたたち二人だけじゃ、政治が分からないでしょ。今回それは、致命傷じゃない」ってアイラさんの推薦で、僕も同行することになった。

 近衛騎士が付いていくのはお家騒動への不当介入って文句言われかねないからって、アイラさん自身が付いてきてくれなかったのは痛い。貴族の跡取り問題なんて前世で聞いたこともない話、まったくもってどんなものなのかの想像すらつかないんだから。


「クロエさま、おはようございます」

「え、あ、うん……」


 パーティホームのすぐ近く。リディをクロエ姫と呼んで押しかけてきた連中の泊まる宿に来てみれば、代表らしきおじさんが迎えてくれる。呼ばれ慣れない名と、慣れないうやうやしい態度を向けられることに、リディも戸惑っている。


 そして、その向こうでは、馬車二台と護衛らしい騎馬が四騎待っていた。

 本当はうちまで馬車で迎えに来てくれるって話だったけど、そこまで入ってこられると交通ルール的に城門まで出るのが面倒だからって理由で、こっちから出向くことになった。

 もちろん、師匠が自分の城であるパーティホームに連中を近付けたくなかったってのが本当のところである。


 そんな不本意な旅は、十二日間にわたって続いた。

 僕らに割り当てられた馬車では、僕らブレイブハートの三人と、向こうの代表のおじさん――『ダーイッシュ』と名乗った人物との四人旅。

 当然、雰囲気は最悪である。

 事前に継承権を放棄しに行くんだって伝えてあるんだけど、そんなことには触れもせず、殺気を込めてにらむ師匠すら気にせず、ダーイッシュさんはリディ相手に雑談に興じていた。

 彼らにしても、『クロエ姫』に爵位を継承させたい理由として、一度は負けた権力争いに再び参加したいってのがあるって師匠の言葉が真実だとして、リディを説得するでもなく素直に送り届ける辺りが怪しすぎる。


「この辺りから伯爵領です、クロエさま」


 十二日目の昼過ぎにそんなことを言われたんだけど、正直、「そうか」以上の感想はない。

 ちょっとした山道に入ったところでの発言なんだけど、急に景色が変わるでもなく、傾斜のついた森が続くだけだった。


 そんな感想を抱いて、そう経たないうちのことである。


「リディ、ミゼル君」


 師匠がダーイッシュさんに向いていた殺気を、馬車の外に向ける。

 きっと僕と同じ違和感に気付いたんだろう二人と共に脇に置いていた武器に手を伸ばす。

 何があるのか分かっていないダーイッシュさんが口を開くよりも早く、左右に木々がしげり、進行方向に向かって右から左に緩やかに下がる斜面にある道だと地形を確認したころ、それは始まった。


「うがっ!」

「て、敵襲! ぐっ!」


 最初の攻撃は、矢の雨だった。

 外では敵襲を叫んだ騎馬の連中が、叫ぶそばからハリネズミになって倒れている。

 もちろん、こっちにも来るわけで、馬をやられたのか馬車はすでに大きく傾いていた。


「全員、衝撃に備えろ!」


 そんな師匠の言葉に続き、横転する馬車。そのまま半回転し、天地がひっくり返った状態で止まる。

 見れば、何とか全員、生きてはいるようだ。

 次はどうすべきか考えようとすると、その前に師匠が口を開いた。


「時間がない、質問は無しだ。敵に、馬車を破壊できる大きな攻撃を出来る中級以上の魔法職は居ないだろう。たぶん、足が付かないように流れの連中を使ってるからこその質の低さだ。ここから出たところを狙ってる射手たちを薙ぎ払って牽制するから、その間に左の木々の中を駆け下りろ。狙いはリディ。分かってるな・・・・・・?」

「はい、師匠」


 そのまま見るからに分かってないダーイッシュさんや、きっと一番肝心なところを分かってないリディを置き去りに、左側から師匠が出て行く。


 少し待てば、再びの矢の風切り音と、馬車の中まで響く轟音と閃光でもって適当に木々を薙ぎ払った雷撃。


「行くぞ!」


 音と光で射手がひるんでいる間が勝負。

 馬車の左側からリディと共に飛び出し、気配的にダーイッシュさんもついてきている。


「来たぞ! 話にあった小娘だ!」

「死ね! 手柄首!」


「「てやっ!」」


 殺気を感じていた通り、伏兵連中が居たのを斬り捨てる。

 弱すぎて、それ以上に言いようがなかった状態だけど、強いて言えば数が多かった。

 一人頭で一呼吸分足止めにはなったから、二十呼吸分くらいは足を止めさせられただろう。


 ちなみに、『狙いはリディなんだから、こっちが気付けてない罠の可能性も考慮してリディをあまり前に出すな』って意味だった師匠の問いかけは、斬り込んだ掛け声が二人分だったあたりで結果を察して欲しい。

 リディの性格的に、仮に分かってても引っ込んでるわけがなかっただろうし。


 そうして適当に駆け回っていれば、横のリディに加え、さっさと追いついてきた師匠。そして、息を切らしながらもなんとかついてくるダーイッシュさんプラス三名。

 それぞれの馬車の御者と護衛の騎馬に乗っていて最初の矢の雨にやられた以外、うちに来た一行の中で、こっちかもう一台の馬車の中に居た連中は生き残ったらしい。


 問題は、これが誰の仕業かってこと。

 本命は、まだ見ぬ伯爵家の継承権保有者たちの誰か。動機から考えれば、一番自然。


 もしくは、ダーイッシュさんたちってことも考えられなくはない。こんな長旅までして担ごうとしたリディが継承権を放棄するって言って、大人しく送り届けようとした辺りが怪しい。

 この襲撃を仕込んで、そこから他の継承権保有者たちと敵対関係にさせようってのは考えられなくもない。上手くすれば、なし崩しにリディを担げるし、そうでなくても政敵たちの力を削ってくれれば御の字だろう。

 他にも、襲撃を仕込んではないけど、知ってて見逃して、そこから僕たちを上手く操ろうって方向性もあるかもしれない。

 ダーイッシュさんの一行に死者が出ているが、彼らの関係性が真の仲間か潜在的な敵であるかも分からない以上、それだけで何も関係していないとは言えないし。


 とにかく、すべては生き残ってからだ。

 個々の戦闘能力ではまったく負ける気がしないが、土地勘もない山の中での戦いじゃあ、何があるか分からない。

 油断せず、一刻も早くここを離れないと。





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