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異世界白刃録 ~転生先で至高の斬撃を目指す~  作者: U字
第七章 帝都での日々Ⅱ
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第四話 異世界狩猟録 ~転生先で至高の肉を目指す(強制)~・下

「さ、策を出しなさい……!」


 大平原で黒羽牛くろはねうしとの追いかけっこを存分に堪能たんのうしたリディは、肩で息をしながらそんなことを言っている。


 まあ、リディがへとへとになるまで駆け回っても、黒羽牛たちはまったく疲れる様子がないからな。分かっていたことではあるけど、何かしら工夫しないとどうにもならないだろう。


「じゃあ~、さっそく行ってくるねぇ~」


「「へ?」」


 どうしようかと僕が考え始めてすぐ、メアリーがさっさと黒羽牛たちの方へと歩き出す。

 その光景に、僕とリディは思わず声が出た。


 いやだって、何十年以上もいろんな人たちが挑んできた難問に、こんなに早く答えがだせるものなのか?


 とりあえず様子を見ていれば、トコトコとメアリーが近づき、ダっと黒羽牛が駆け出し、トコトコとメアリーが戻ってきた。


「いやぁ~、あえて平常心でなら行けると思ったんだけどねぇ~」

「なるほど。敵意を抑え込むことで、警戒させない。良い発想だったわね」


 違う。

 絶対に違うぞ、リディ。


 副音声を付けるなら、「とりあえずノルマこなしたから、勘弁してくれ」だ。

 明らかにやる気ねぇよ。


「よーし! じゃあ、どんどん行くわよ! ルーティはどう?」

「ふぇ!?」


 突然指名されて、ルーテリッツさんは、戸惑っている。

 まあ、当たり前だろう。関係ないのに巻き込まれてここに居るだけの人だし。


 流石さすがにかわいそうなんで助け舟を出そうとすれば、笑顔のリディをじーっと見るルーテリッツさん。

 ビビッて目をらすならともかく、真逆な行動に様子を見ていれば、ルーテリッツさんがおもむろに口を開いた。


「わ、わかった!」


 今までに見たことないほどに凛々しい顔でなされた宣言。

 黒羽牛の群れを探し、警戒されないくらいの距離に僕たち三人を残して、爆乳魔女は一人進む。


 怒りが抜けて、黒羽牛の肉へのリディの執念をのみ感じ取ることで、そのために協力してあげようって気になった、ってところか。

 その程度には、僕ら――少なくともリディには仲間意識を持ってくれてるってことで良いんだろう。


 良いんだろうけど……。


「……アレ、何?」

「さぁ~……」


 タコ踊りのような、ロボットダンスのような、腹踊りのような何か。


 そんな珍妙な踊りと言うか、儀式と言うか。

 そんな訳の分からない動きで、行ったり来たりしながら確実に距離を詰めていく。


 リディやメアリーが逃げられた距離になってもチラチラ見られるくらいであることから考えると、黒羽牛たちの感情を読みながら、刺激しないように様子を伺いながら近づいてるんだろう。

 そして、射程に入ったら、何かしら精霊に手を借りて発動する魔法っぽいもので捕縛ほばく、か。


 何をしてるかは理解できずとも、今までになく距離を詰めている状況に息を飲む少女二人と状況を見ていたのだが、その変化は突然だった。


「「「「「ブルッ……?」」」」」


 二十頭ほどの黒羽牛たちが、一斉にルーテリッツさんを見る。

 魔女が間合いを測り損ねたのか、どうしようもない致命的な距離だったのか。

 結果として、誰もが動かない均衡状態が作り出される。


「ブルッ!」


 何とも言えない沈黙が広がる中、ルーテリッツさんの一番近くに居た黒羽牛が、一歩踏み出す。


 向こうから距離を詰めるなら、ルーテリッツさんにとってチャンスなのか?


 いな


「ピィィィィイイイイイ!!」


 逃げ足の早さが取り柄の魔物が、逃げ道があるのにわざわざ距離を詰める。

 つまり、それだけ舐められている。


 ルーテリッツさんのビビりまくってる内心を感じ取ったんだろう。

 前世日本でも、動物に恐れを持って接すると、まともにいうことを聞いてくれない、みたいな話があったし。


「こわかった……うぅ……」

「大丈夫ですよ。よく頑張りましたね、」


 僕の胸の中で泣いている少女に、そう声を掛ける。

 僕を怖がっていたころですら、縄張りに入られて怒っていた小さな魔物に頭を下げて回っていたような人だ。二十頭ほどの魔物に敵意を向けられて、こうなるのも当然か。


 しかし、もし黒羽牛が追撃でもかけて来てたらルーテリッツさんは危なかったな。

 叫び声を上げた瞬間に黒羽牛が足を止めたのは、やっぱり本領が逃げ足の早さにあるからだろうか。


「で、我らが頭脳担当様は、そろそろ策の一つも思いついたんでしょうね?」

「ん? まあ、策と言うか、一つあるにはある」


 僕の答えに、難しい顔をしていたリディに笑みが浮かぶ、

 まあ、そこまで大げさなものでもないんだけど。


「だからさ。ルーテリッツさん、借りるよ」





「落とし穴かぁ~」


 メアリーの言う通り、僕の策は、落とし穴を仕掛けるってものだ。

 黒羽牛たちに見られて警戒されないように平原の外れの森の中の道沿みちぞいに作り、ルーテリッツさんに頼んでまともな詠唱もなく精霊の力を借りたのを見られないようにリディとメアリーを待たせておいた。

 精霊との対話能力を僕らに隠してるルーテリッツさんの意思を尊重し、穴の注文だけ付けて一人にしたけど、面倒だし、どこかで僕との間だけでも秘密を知ってることを共有しとくべきだろうか。


 現在は、落とし穴の近くのやぶの陰に三人で隠れ、ここまで黒羽牛を追い込んでくる予定のリディを待っている。


「上手くいくかなぁ~」

「追い込めれば捕まえるのはどうにかなるだろうけど、ストレスを与えすぎると肉質が落ちるってところに引っかかるんじゃないかってのがな……」

「チッ」


 メアリーさん。ルーテリッツさんの前なのに、舌打ち漏れてますよ。

 早く帰りたいのは分かるけど、ほら、仮面仮面。


 そうこうしながら待っていると、「さあ、畜生ども! 智恵の勝利よ!」とか言って飛び出していったリディが、二頭の黒羽牛をこっちに追い込みながら必死に走ってきた。

 少しずつ距離を広げられながらも喰らい付くリディに追われた二頭は、一直線に落とし穴に向けて突き進み、僕らの目の前を華麗に飛び越えて――


「リディ、止まれ!」


「え? ――うわっ!?」


 僕が声を掛けた瞬間、唐突に姿を消す銀髪犬耳娘。

 つまり、


「お義姉ちゃんが引っかかったかぁ~」


 見た目の偽装は完璧だったはずなのに、完全に見切られてたか。


 完敗と言える結果にため息を吐けば、なぜか落とし穴に戻ってきた黒羽牛たち。


「「ブフフフフフッ!」」


 そうして鼻で笑うと、二度、三度と落とし穴に土を蹴り落として走り去る二頭。

 僕は、嫌な予感がしながらも、共に居る二人を引き連れて落とし穴に近付いていく。


「あの、リディさーん?」


「あいつら、絶対に喰ってやる!」





「待てー!」


 どれだけ時間が経ったのか、そろそろ空が赤く染まり始めるのではないだろうか。


 頭に血の上りきったリディは、とにかく駆けずり回り、もちろん成果は全くない。


「なあ、一度ツィット村に帰って休もう。続きは明日で良いだろ?」


 両膝をついて肩で息をしながらも、時間を掛けて割り出した黒羽牛たちに逃げられない限界線で鋭い眼光を向けるリディは、戦意をまったくおとろえさせない。


「リディ」

「……分かった」


 それでも、自分のことは自分が一番分かって居るんだろう。

 悔しそうにしながらも、僕の手を取って立ち上がる。


 それでも、動こうとしない。


 いくらなんでも、自分で「分かった」って言ったからには追いかけっこを続けはしないだろうけど、悔しさはある。

 深呼吸を何度かして呼吸を整えると、思いっきり息を吸い出した。


 何をするのか気付いた僕らは、慌てて耳を塞ぐ。


「ちっくしょぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 指を突っ込んだくらいでは、そのすべてを押さえきれない一撃。

 暴力的と言うか、もはや攻撃とも言える一撃に、同じく防御態勢だったメアリーやルーテリッツさんも目を見開いて驚いていた。


「えっと、リディ。そろそろ――」

「あれ?」


 一応は満足してくれてないと困るリディに声を掛ければ、明らかに意識が別のところに向いている。


「これってぇ~、黒羽牛、だよねぇ~?」


 五頭の黒羽牛が倒れ、残りの連中が遠くまで逃げ出している。


 まさかと思って近づけば、完全に意識を失っていた。


「みんな。ここであったことは、絶対に言うなよ」


 ヤバい状況に心の中で慌てながら、とにかく一頭を縛って村まで運ぶ。

 もう、しばらく帰れなくても良いからストレスで肉質が落ちててくれ、と祈りながらリディに先導されるままに村の屠畜とちく場に黒羽牛を引き渡した。


「あんたら……これ、どうやって捕まえた……?」


 肉質は合格点。その最高級の味を存分に楽しめるとのこと。

 つまり、僕らが方法を伝えれば、特定パーティによる供給独占体制が崩壊し、その体制崩壊の元凶は確実に恨みを買う。


「いやー、たまたまこいつが意識を失ってるところに出くわしたんですよ。それ以上は正直、何も分からないんです」


 きっと、リディの大声で気絶したんだ。

 気配に敏感なのは、五感が優れているってことで、そんな優れた耳なら、許容できる音量も僕らより小さい。で、リディの全力の叫びに限界を超えた。

 ルーテリッツさんが逃げた時に動きを止めたのも、彼女が悲鳴を上げていたから、黒羽牛にとってはうるさ過ぎたんだろう。


 敏感だからこそ気配を消そうって考えがちなところに、その裏を突く弱点だったわけだ。


「ふわぁ~、おいしいわ~」


 こんな感じで銀髪のお姫様はご満悦だし、僕らも満足して、師匠やニーナ、ルシアちゃんへのお土産用に処理してもらった分を得て、めでたしめでたし。


 村人たちのぎらついた目に、僕とルーテリッツさんがビビり、状況が分かってないリディが不思議そうにし、見た感じはメアリーは動じてない、なんてことはあったけど、何とかリディの怒りも静まったんだ。


 墓場まで『爆弾』を抱えていくことを決意しながら、無事に帝都へと帰還できましたとさ。





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