第三話 異世界狩猟録 ~転生先で至高の肉を目指す(強制)~・上
「さあ、一狩りいくわよ!」
「「イエス! マム!」」
「うぅ……」
晴れ渡る絶好の狩猟日和。
先陣を切る銀髪犬耳娘に先導され、僕、ハーフエルフ娘、そして僕の背に涙目で隠れる魔女っ子の四人組は、苦笑いするサムライと今日も笑顔がかわいいメイド娘に見送られて旅立つ。
どうしてこうなったかは、昨日の朝、たった一日で風邪を治したリディが朝食の席に現れたことから始まる。
「昨日のステーキは? あれ、あの『黒羽牛』のステーキなんでしょ?」
「え? メアリーと僕で食べたよ?」
それこそが、『暴力』。
それこそが、『憤怒』。
それこそが、『絶望』。
リディは、とにかく穏やかだった。
どれくらい穏やかだったかと言えば、先の三つの真理に至りそうになるくらいに穏やかだった。
笑顔って、攻撃用のものだったんだな。
そうして、黙々と朝食の魚の切り身をほぐし、どこまでもどこまでもほぐし続ける姿に、彼女の義父と妹メイドがそそくさと去ってもメアリーと許しを求め続けていた時のことだ。
「誠意って、黒羽牛の最高級ステーキの形をしているらしいわね」
僕とメアリーは走った。
とにかく走って、前日に「何でも良い、一番いい肉だ!」と黒羽牛の肉を買い求めた肉屋に飛び込んだ。
「もうないよ。次の入荷は……もう二度とないんじゃないか?」
曰く、黒羽牛はちょっとやそっとお金を持っているくらいで食べられるものではないらしい。
黒羽牛を捕まえるには特殊な方法なり道具なりが必要で、それはとある冒険者パーティに代々独占されているのだとか。
故に、個体数はそれなりに居るのに、独占してる連中が供給を絞りまくって価値が跳ね上がっているらしく、大金にコネまで動員して数年待ち、やっと食べられるような物だという。
「確かに、それだけしても食べたいようなものだってのは分からなくもないけど、昨日はあったよね?」
「どこぞのお偉いさんが、納品寸前に破滅して代金が払えなくなったそうだ。何でも最近一斉摘発が続いてるクスリ関係でしょっぴかれたらしいがね。で、このままじゃ仕入れ分が丸損だし、転売しようにも精肉した黒羽牛の肉はとにかく劣化が早くて売る先が見つかる前に腐りそうだからって、ウチに捨て値で卸したのさ。まあ、付き合いが長いし助けてやるつもりで仕入れたけど、まさか大きめのサイズとはいえ、一枚七百万デルンが売れるとは思わなかったよ」
まあ、千デルン前後で普通にランチが食べられる世界で、この値段はないよな。
メアリーと割り勘したとはいえ、明らかに金銭感覚がぶっ壊れるほどに錯乱してたんだよ。
お蔭で、色々あってウハウハだったお財布が、金貨風呂を楽しめるくらいしか残っていない。
……いや、十分すぎるか。
とにかく、絶望の中で帰還した僕らは、神の裁きを待つ矮小な罪人のように震えつつ、すべてを話した。
「じゃあ、狩るわよ」
それは、すでに決定事項だった。
非戦闘員は連れて行けないだの、先生は忙しいだの、道具は何を持っていくだの。
何も問われないまま、僕らの同行は確定事項なんだと諦めていた時のことである。
「た、ただいま……」
タイミングが良いのか悪いのか。我らがパーティのピーキー爆乳魔女が帰ってきてしまった。
「ちょうど良かった。明日から狩りに行くんだけど、良かったらルーティ――」
「……ピィィィィィイイイイイイイ!!!???」
出迎えたリディを見て、顔中から分泌できるだけの水分を派手に出し、ルーテリッツさんは自主的に跪いて、激しく首を縦に振る。
見ている限りは、にこやかにリディが話しかけただけなのだか、すごい取り乱しよう。
何とか俺がなだめて落ち着いたものの、精霊と同じ世界を見る彼女は、一体何を見たのだろうか。
僕は、確かめなくちゃいけない。
「あれ? 魔法の威力がいつもより上がってるわね」
「ちっくしょぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!」
なんで!? なんでだ!?
ルーテリッツさんが僕の女神の加護を見てビビってる頃と反応が似てたから、僕と同じように精霊がビビって魔法を使えない仲間になるかもって思ったのに!
なんで、むしろ威力が上がるんだ!?
――あなたには、まともな自我すら持たないカスどもの力なんて必要ないでしょう? レーヤを満たすのは、わたしの『愛』だけで十分なんだから。
……急に、背中に冷たいものが駆け抜ける。
まあ、答えを知りえない問いを考えるのはここまでにしよう。
徒歩や馬車で進むこと五日。ようやく目的地にたどり着いたのだから。
「ここがツィット村ね!」
意気揚々と進むリディに続き、村の中で聞き込みを始める。
何でも、ここは牧畜が盛んなところで、周辺に住む食肉用の様々な魔物を飼育し、交配し、食肉処理をして売ることで金銭を稼いでいるそうだ。
「だが、黒羽牛は例外だ。あいつらを捕まえて飼育しようってのは何十年も前から挑戦してきたが、逃げられるかストレスですぐに死ぬかのどっちかだ。そもそも、気配に敏感な上に、足の速さも異常で、捕まえるところから一苦労だしな」
そう語るのは、村の屠畜場の責任者のおじさんだ。
加えて、一定以上のストレスを与えると肉質が落ち、傷つけるなんて論外。
それでも狩り方を独占しているパーティは、ストレスも与えずに意識を落としており、やり方は想像もつかないとのこと。
結果、解体の仕方そのものはそう特別なものでないこともあって、この村で解体しても、黒羽牛の莫大な利益のほとんどはパーティの連中が持っていってるらしい。
僕らも、肉質を落とさずに生け捕りにした黒羽牛を捕まえてきたら、特別に安く解体してくれるらしい。
まあ、前世でもダイヤモンドの価値を維持するために産出・生産量を巡って血なまぐさい戦いとかがあるみたいだし、手法が独占じゃなくなってツィット村も知る方として世間には隠せば、一枚七百万デルンなんて値が付く肉の利権に食い込めるかもしれないんだしな。ダメ元で言ってるんだろう。
「情報は十分ね。行くわよ」
リディに停滞とか休息といった文字はないらしく、宿も押さえずに再出発である。
荷物は最低限だし、野営してでも狩るまで引き上げるつもりはないって覚悟なんだろうなぁ……。
「あれね」
村のすぐ近くの草原で標的を見つけ、ちろりと舌でくちびるを舐める銀色の狼。
視線の先には、黒羽牛の群れ。
外見は、白と黒のまだら模様の普通の牛を基本としている様だが、胴が短くて前足が無く、代わりに黒い大きな羽が胴の両側に生えている。
「ちょっと、狩ってくるわ」
どう考えても、話を聞いてる限り普通にやっては狩れる気がしない連中にどう対処すべきか考えようとすると、そんな言葉と共に丈夫な縄を持ち、銀色の疾風が駆け出す。
出発からずっと面倒そうなのを必死に隠してたメアリーも、『神』の怒りが静まるように祈るので精一杯だったルーテリッツさんも、ぽかーん、と見送るしかない。
「待てーっ!」
さて。
全冒険者中でもスピードだけならトップクラスのリディが、全力で駆けまわっても黒羽牛の群れに全然距離を詰められない光景。
少なくとも僕はこれくらいはあるからこその希少食材だと覚悟はしてたけど、どうやったら銀色のお姫様は納得してくれるのかなぁ……。




