第二話 ~風邪っぴきのリディさん・下~
「宴会芸をやろう」
看病の仕方なんてさっぱりな役立たず二人で頭を捻っていたところでの、僕の天才的なひらめき。
「……は?」
まあ、根が野生児なメアリーさんには難しいかな?
「何、少し考えれば分かることさ」
「いやいや、分かんねぇよ」
「まあ待て。今のリディは病気だ。苦しくて、とにかく不安なんだよ」
しょっちゅう入院してた僕が言うんだから、間違いない。
「不安だから、宴会芸?」
「だってほら。不安な時には誰かにそばに居て欲しいし、その上、楽しませてやれる。リディの心を一気に癒せる名案だ!」
しばらく口を開けて呆けていた巨乳ハーフエルフは、一気に目を見開いて叫んだ。
「すげぇ! ブレイブハートの頭脳すげぇ! よく分かんないけど、なんか上手くいくような気がする!」
そうと決まれば、さっそく準備だ。
小道具を用意し、打ち合わせと練習をして、さっそく本番だ。
前を行くメアリーが、リディの部屋の襖を開ける。
「どうもぉ~」
舞台に上がる芸人のように、小走りで部屋に入っていくメアリー。
そう広くはない部屋で、こっちに右側面を向けて布団を敷かれているリディは、気だるげにメアリーの方を見た。
「本日の演目ですがぁ~、まずはぁ~、ミゼル先生によるぅ~、抜刀術の妙技ですぅ~」
約一名の拍手に迎えられ、神妙に入室。
それに合わせてメアリーは拍手をやめ、廊下に置いてある、手ごろな大きさに切られた細い丸太を持ってくる。
「まずは、抜刀薪割り。三本から」
僕が構えて頷くと、メアリーが手ごろに切られた丸太を三本投げる。
軌跡を見極め、斬るべき剣線を導き出す。
「そこだ!」
抜き打たれる白刃。
その一瞬の絶技をもってなされた結果は、十字に斬られ、十二の薪となった丸太たち。
「おぉ~、すごいねぇ~」
メアリーの拍手が響く中、僕は刀を納める。
肝心のリディの反応はどうかと見れば、身を起こして手を精一杯に伸ばし、薪を一本拾っている。
はて、切り口にでも興味が湧いたのか?
「出てけぇーっ!」
そんな叫びと共に不意打ち気味にリディの右手から発射された薪は、見事に僕のあごを打ち抜いた。
そんな訳で、居間に戻って作戦会議からやり直しである。
「おかしい、村の宴会では鉄板だったのに……。やっぱり、メアリーの『おっぱい☆ですとろいやー』を最初にやって、空気を作るべきだったか……」
「おいバカやめろ。そのクソみたいな没ネタのことを思い出させんな」
一度壊れた空気を立て直すのは難易度が高く、宴会芸という僕の天才的アイデアに変わる策を考えるしかなくなってしまった。
う~ん……。
何か思いついても、またリディが訳の分からないイライラを発揮したら意味が――
「なるほど、イライラか」
「何? また何か思いついたの?」
「ああ! 腹を満たしてやるんだよ!」
僕の答えに、メアリーも納得する。
「そうだな。腹が減ってたら、とにかく感情的になるからな」
実体験に裏付けられているのだろうそのセリフは、しみじみと語られる。
衣食足りて礼節を知る。
良く動くだけあって健啖家なリディが、朝からニーナの作っていったおかゆ一杯で腹が満たされているのだろうか。
「あのリディお義姉ちゃんだろ?」
「ないな」
「ないない」
となれば、何を食べさせるかが問題となるんだけど。
「肉だな」
「肉に違いない」
好き嫌いはないけど、明らかに肉への食いつきは良いリディ。
何を食べさせるかは、すんなり決まった。
僕も入院中は、好きなものを好きなように食べられなくて随分と不満を溜めたものだ。
ここは思い切って、良いものを食べさせなくちゃ。
それはもうあちこちを駆けずり回り、準備を整えて昼食の時間である。
「リディ、入るぞ」
「ゲホッ、ゲホッ……うん……?」
部屋に入れば、少しばかり上の空な様子で見返された。
「ほら、リディ。昼食だ」
そうして僕の後ろにいたメアリーが、枕元にステーキを置く。
肉屋までひとっ走りして、僕とメアリーのへそくりを使って一番いい肉を購入。
肉屋で言われた通り、塩コショウ以外の味付けはせずに焼いただけだけど、味見をした僕とメアリーのほっぺが落ちるような一品に仕上がった。
リディも感激したのか、じーっとステーキを見つめて、口を開いた。
「おう、なんでそれを今持ってきた?」
再び、居間に戻ってきた。
この肉、どこぞの珍しい魔物の肉で、火を通したら冷める前に食べないと味が急激に落ちるんだそうだ。
なぜかリディが食べてくれずに追い出されたので、仕方なく、僕とメアリーのお昼ご飯になっている。
にしても、この柔らかい中にも程よい歯ごたえに、口の中でとろけ出すほんのり甘い脂身。加えて、それを銀シャリで一気にかっこんだときと言ったらもう――幸せって、こういうことを言うんだなって。
と、そんな食事も終わり、食後のお茶をすすりながら作戦会議再開である。
「で、実際どうすんだ?」
「メアリーよ。僕の中にはすでに次の策が――」
「いい加減に、ゲホッ、しなさい……」
いつの間にか現れたリディは、右手をメアリーの肩に回して抱き寄せ、さらに左手を僕の肩に回して抱き寄せる。
自然、僕の右腕は、リディの永遠に希望が詰まっていることになるんだろう大平原に当たることになり――すごく、申し訳ない気分になる。
……うん。なんていうか、すぐ目の前には、大平原に押しつぶされているメアリーの母性の象徴があるわけで。
……笑えばいいのかな?
「二人が、あたしの、ゲホッ、ために色々やって、ゲホッ、くれてるんだってことは、考えに考えて、ゲホッ、何とか分かったの」
あれ? いつもならこの辺で、僕の考えを察したかのようにヘッドロックあたりが来るはずなんだけど……。
本当に、かなり重症みたいだな。
そんな僕の内面を知ってか知らずか、リディはメアリーに語り掛ける。
「メアリー。戦いでは回復役としてサポート、ゲホッ、してくれて、普段も細かい、ゲホッ、ところに気を配ってくれて。自慢の義妹に、いつも、ゲホッ、感謝してるわ」
「それほどでもぉ~」
照れる義妹に続き、今度は僕に語り掛ける。
「ミゼル。うちの、ゲホッ、パーティで一番頭の回るあんたの、ゲホッ、ことは頼りにしてるし、剣術の成長速度、ゲホッ、も素直に凄いと思う。自慢の弟弟子よ、ゲホッ」
「……ありがとう」
なんかこう、正面から褒められると、照れるな。
「だから。だからね――」
僕ら二人に語り掛けるリディの目から、一筋の涙が流れ落ちる。
「ゆっくり寝か、せ、て……」
「うわっ!? 倒れた!? 珍しく脳みそを働かせたせいで、知恵熱を併発しやがったのか!」
「お、お義姉ちゃーん!?」
ちなみに、リディは翌朝にはケロッとしてましたとさ。
※リディエラ・ヤクサ氏は、特殊な訓練を受けています。
決して、寝込んでいる病人の枕元で騒いだり、明らかに胃にもたれて消化に悪そうなものを食べさせようとしたり、説教させたりしないでください。
普通に悪化する可能性が大です。




