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第六章最終話 ~結局のところ――~

「今回の件、本当にお世話になりました」

「なりました!」


 我らがブレイブハートのパーティホームの居間。

 慣れない正座に苦しみながらも頭を下げるのは、タリアさんと弟君。


 こっちに奉公に出てきた弟君としては、『働きもしないのに三食くれる良い人たち』とマフィアたちのことを認識していたらしく、自由に出歩けないのは不満だったものの、後々まで残るような精神的な問題はないようで良かった。


 捜査も一段落し、タリアさんは被害者ってことで落ち着いた、そんなある日の訪問を受けたのが今だ。

 ブレイブハートが勢ぞろいしてるんだけど、空気が一時期より軽い。

 タリアさんの弟君を救出した後からこんな感じだ。

 考えなくても、一つの『答え』を俺が得て余裕が出来たからだな。


 にしても、タリアさんが持ってきたクッキー美味うまいな。

 意外と、緑茶でもなかなか。


 なんて考えてると、右隣のニーナが、僕のわき腹をひじでつつく。


「何だ?」

「何だ、じゃなくて。何か言ってよ」


 こそこそそんなやり取りをするけど、なんで僕?

 パーティの代表は師匠だし。


「まだ調子は戻ってないのね……。今回話を聞く限り、タリアさんたちは、助けてくれたお兄ちゃん個人に感謝しに来たんだよ? 代表でも師匠でも、お兄ちゃん以外が何も言えないでしょ」


 助けて……あ。


「あ、頭を上げてください! 今回は、完全に僕自身のために暴走しただけで、そんなお礼を言われるようなことじゃないんです! 本当に、自分のためだけで……」


 そうだ。

 最初から最後まで、マトイ・ヤクサに言われたことを否定するためだけに動いていた。

 自分のためだけじゃない、誰かの思いのためにも動けるんだって証明しようとしていただけだ。

 最後の突入の時、タリアさんに感謝されて満足して、同時にそのことに気付いた。

 だから、僕はお礼なんて言われる立場じゃないんだ。


「私のお礼、受け取ってもらえないの?」

「僕には、資格がないんです……」

「あら、十分あるじゃない」


 いつの間にか頭を上げているタリアさんの言葉に、何も答えられない。

 僕の欲しい言葉であるけど、だからこそ飛びつくわけにはいかなかった。


「ミゼル・アストールが、どんな人で、どんなことを考えていたのかは分からない。でも、私たちを救ってくれたって結果は、あなたがくれたもの。他に、どんな資格が必要なの?」


 それは、言われてみれば簡単だけど、僕がたどり着けなかったこと。


 マトイ・ヤクサの言う僕の自己中心的な本質を、否定する必要なんてない。

 それを受け入れて、何をなすかが大切。

 実際に、僕でも目の前の女性を救えたんだから。


 例え僕の本質が剣にしかないのだとしても、自分の意思で修羅しゅらの道以外も選びうるんだ。


 結局のところ、僕自身がどうでも良いところ・・・・・・・・・でから回っていただけのことだったんだろう。


 きっと、リディが僕を痛めつけてでも伝えようとしたことも、似たようなことじゃないかと思う。

 ……だとしても、方法をもっと考えて欲しかった。

 まあ、あの時の僕を相手に、言って聞かせる方法があったのかは知らないけど。


 そうこうして、タリアさんたちは、用事が済んだので帰ることに。

 見送りのために、みんなで玄関まで来ていた。


「そうだ。私、弟と一緒に、近いうちに故郷に帰るわ」

「え? やっぱり、迷惑をかけた責任を取るとか――」

「違う違う。オーナーは、むしろ謝ってくれたくらいよ。ただ、貯金も十分たまったし、いい機会かと思ってね」


 僕の問いかけににこやかに答えるタリアさん。

 まあ、これだけ自然に笑えるなら、大丈夫かな。


「それと、お店の方にはもう出ないんだけど、警備隊の捜査協力もあって、今日明日に居なくなるわけじゃないの。気が向いたら、寮の方に顔を出して。あの日・・・の続き、しましょ? ――お仕事抜きでね」

「んなっ……!」


 そんなことを言って僕を慌てさせるだけ慌てさせると、それは楽しそうに笑って去っていく褐色の美女。


 くそぅ……前世と合わせれば『魔法使い』のおっさん・・・・からかって楽しいかよぅ……。


「良かった……」


 突如投げ込まれたルーテリッツさんの発言に慌てて振り向けば、穏やかな笑顔が迎えてくれる。

 うん、流石にからかいに便乗してくるようなことはしないよな。

 メアリーじゃあるまいし。


 今のはきっと、精霊を通じて僕らとは違う世界が見えている彼女からの、僕がやっと落ち着いたって宣告なんだろう。


 そうして一応の答えが出たなら、まず伝えねばならない人がいる。


「じゃあ、話を聞こうか」


 師匠の部屋で、正座で二人向き合う。

 心配かけた身として、報告しないといけないだろう。


「僕は、師匠の斬撃にあこがれて剣の道を選びました。誰が何と言おうと、その事実は変わりません。僕の本質がどうあれ、僕の気持ちのままに、しばらくは師匠の剣を追いかけることにします。まあ、それでどうしても上に行けなくなったら……そのときのことは、そのときに考えます」


 僕の答えに、安心したようにため息を吐く師匠。

 まあ、師匠でもマトイ・ヤクサの言った僕の本質は否定できなかったしな。

 姉と同じ道を弟子に進ませるのかもって不安は大きかったのかもしれない。


「剣の道を行くならもしかしたらマトイの言う道が正しいのかもしれないけど、そのためにすべてを捨てて、すべてを奪うような道には行かせたくない。真に剣を極めた存在なんて歴史上どこにもいないんだから、絶対の答えはない。君が残るなら、俺は俺のできる最善を尽くすよ。――これからも、一緒に頑張ろう」


 ただの問題の先送りなんだけど、当面の問題はこれで解決。

 転生関係や女神さまのことを隠して雰囲気を悪くしてた時期のことはツッコまれることもなく、部屋を出れば、そこに待つのは素を出しているハーフエルフ娘。


「よっ」

「おう」


 それだけのやり取りで、後は何を言うでもなく、僕の部屋に向かう。


「なあ、何用だ?」

「え? あ、うん……」


 なんだか歯切れが悪い。

 でも、用もないのにわざわざ待ってるやつじゃないしな。


「あれだよ。さっきのタリアさんが救われたって言ってたけどさ……その、他にもお前に救われたは居るんだって伝えたくてさ……」

「救われた? ルーテリッツさぐふぉっ……!?」


 何か赤くなってよく分からないことを言い出すメアリーに答えれば、みぞおちに華麗に叩き込まれる拳。


「今の一撃は許される」


 そんな訳の分からない言葉を残し、去っていくメアリーさん。

 一体何が気にくわなかったのか。


 そんな疑問よりもお腹が痛い僕が何とか自室に帰ると、ラスボスとご対面である。


「ん」


 そう言って自分の正座している正面を二度叩くリディ。

 痛みをこらえながら正座すれば、リディが口を開く。


「タリアさんのこと、あんたがあたしたちに隠し事した後よね? 隠し事、やっぱり言えないの?」

「ああ」


 転生関係や女神の加護について、ハーミット様たちに確認するヒマがなかった。

 そう簡単に信じてもらえることでもないし、誰にでも簡単に言えることでもないから、やっぱり個人の感情だけで判断できない。


 手法はともかく、僕のために表立っては一番動いてくれたんだから、伝えたい気持ちはあるけど、こればかりは僕じゃ責任を取れないから。


「分かった。でも、助けが欲しいならいつでも言いなさい」

「うん……うん?」


 待て。

 なんだか、反応が思ってるのと違うんだけど?


「前は今にも消えそうなくらいに憔悴しょうすいしてたから、何が何でも聞くつもりで徹底抗戦だったけどね。今は何だか元気だし、自分で進みたいって言うなら見守るに足りるから、姉弟子として見守ってあげるわ! 後悔だけしないように精一杯やりなさい!」


 本当に、この姉弟子にはかなわないなぁ、と思わされる。


 誰かを信じて見守っていられる姿は、自分すら信じられなかった僕よりもよっぽど強いかもしれない。

 そう思い、自然と笑みがこぼれる。


 それがマズかった。


「何よ、急に。まさか、なんかまたあたしが変なこと言ってるってバカにしてるの!?」

「いや、待て。なんでそうなるんだ!?」

「そうじゃなきゃ、人の顔見ていきなりニヤニヤする理由がないじゃない! どうせあたしは、あんたと違って頭が悪いわよ! ムキーッ!」


 そこから、必死の鬼ごっこだ。


 本当に、この手の早さだとかがなければ素直に尊敬できるのに……。





本章の登場人物などのまとめは、後日投稿します。

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