第六話 ~そろそろ、終幕へと至ろうか~
朝にリディ――ってよりメアリーにやられた気がしないでもないダメージを抱えつつ、僕は夜の街を歩いていた。
花街の端っこの人気の少ない道でタリアさんを脅していた目的の男を見つけ、尾行をしているのである。
花街で一番偉い人に話を通し、帝都の治安維持を一手に引き受ける組織の最高幹部の一人に後ろ盾を頼んでマフィア対策を行って、リディの暴発も今朝勝手に対策された。
後は、さくっとタリアさんの弟を救い出せば終わりのはずだ。
「って、ちょっ……!」
なんか、急に標的が走り出したんですけど!?
角を曲がって消えた背中を追って僕も曲がり、再加速――をしようとしたところで、脇道に引きずり込まれる。
……何か、覚えのある流れなんだけど。
とは言え、今度も味方とは限らない。
抵抗できるように体勢を整えたが、次の声を聞いてやめた。
「ね~え~、素敵なお兄さ~ん。一緒に遊ぼうよ~」
僕の口を右手で押さえつつ、ウインクしながら甘い声で体を密着させて来るのは、ペティ。
師匠のお気に入りの、かわいらしい娼婦の子だ。
抵抗はやめたものの、高級娼館で働く彼女が、どうして路上でこんなことをするのか分からない。
なぜだろうと考えていると、駆け戻ってくる足音で気付いた。
「うーん……どうしようかな?」
「え~。サービス、いっぱいするよ?」
そこから適当にいちゃついてると、気配が消える。
「あの、もうあの男行っちゃいました?」
「ん? ああ」
「はぁー、こわかったぁー。じゃあ、ちょっとついてきてもらえますか?」
明らかに尾行してた対象に勘付かれて罠にはまりそうなところを助けてもらったこともあり、大人しく付いていくことに。
ここで脇道に引き込まれなかったら、尾行対象と鉢合わせて面倒なことになっていただろう。
裏道を通ってたどり着いた三階建ての普通の建物の地下室に連れて行かれると、またもや見知った顔が出迎えてくれる。
「あのですね? あなたの尾行スキルがゼロだって根本問題が解決してないのに、なんで後方だけ固めて突っ込むんですか?」
「あの、いや、すいません……?」
謝罪がすっきりしないのは、許してほしい。
まずもってこの人がまだ関わってくることが予想外だし、加えて、ソファの背もたれにだらしなくもたれ掛かり、「マジだりぃー」と全身で表してるゴンベエさんに、どう反応しろというのか。
「まったく、気まぐれに人助けをしてみれば、正しい方向に焚きつけた責任を取れとか言われるし。花街のことはそっちの縄張りのことでしょうに。慣れないことをするんじゃなかった。ほんとにもう……」
なるほど、娼館ギルド長さんの後ろ盾を得て動いてるんだな。
それを、愚痴のふりしてさり気なく……さり気なく伝えてくれた……この場で誤魔化す意味ってないよな?
「とにかく、ロクに証拠もない状況なのにあの帝都警備隊のキツネ野郎を引き入れた功績は褒めてあげます。あんちくしょうから非公式に何人か借りた人員と、そこのペティちゃんの顔利きで使える娼婦の情報網があれば、必要な情報はすぐに集まりますからね」
『あのキツネ野郎』はヒュイツさんのことだろうけど、キツネ耳とキツネ尻尾からの呼び名か、僕と同じく底知れなさが苦手なのやら。
「てか、ペティさんって、そんなに顔が広いんですか?」
「まあ、根性ねじ曲がった某花街の結構な権力者さんから、そっち方面と、タリアさんのことなら死ぬ気で協力してくれるって二点で紹介されるくらいには」
意外にやり手な側面に驚きながら横に居るペティさんの方を見れば、少し悲しそうに口を開く。
「タリアさんは、最初のころ、仕事が嫌で嫌で毎日泣いていたわたしを抱きしめて、ずっと一緒にいてくれた人だから――あ、でも、イサミに会えたのは良かったよ! 本当に良かった……」
最後の笑顔は、弟子の俺に対する気遣いから来るような嘘ではないと思う。
むしろ、何かめんどくさい方の気配すら感じられる。
リディやメアリー、ルシアちゃんに、同年代の母親か。
……うん、ヤクサ家の問題に首を突っ込むのはやめよう。
決して、「イサミパパが欲しければ、あたしの屍を越えていけぇっ!」とか叫びながら真剣を振り回すリディとか、小姑の如くペティさんをいびり倒すメアリーとか、我関せずなルシアちゃんとかが想像できて面倒になったとかではない。
とにかく、今は目先の問題である。
「あの、情報方面はゴンベエさんにお任せしても?」
「ええ。なんで、たぶん明日には動きましょう」
「明日? そしたら、あの男の行動分析でもできるんですか?」
「いいえ。そっちから攻めるなら、立ち寄った場所すべてのどれが怪しいかの分析とか合わせて、何日か掛かりますよ」
「じゃあ、なんで明日なんです?」
「あなたの横に居る子が行動パターンを大体知ってて、定期的に人質のところに行ってる人がいるでしょう? そこさえ解決すれば、誘拐監禁あたりで別件逮捕してからの、余罪取り調べでキツネ野郎のお手並み拝見ですよ」
ゴンベエさんは、それまでの面倒そうな表情から、獰猛な笑みに変わっている。
横を見ると、にっこり笑みを浮かべるペティさんと目が合った。
そうか。居たな、そんな人が。




