第四話 ~根回し工作~
遅くなって申し訳ありません。
活動報告にも書きましたが、体調不良で執筆が遅れてしまいました。
「お待たせしました、ミゼル様。ウチのマーレイとの面会希望とのことでしたが、今すぐならば少しは時間が取れるとのことです。それでよろしいでしょうか?」
「は、はい。それでお願いします」
紹介状を渡された上で根回ししろって怒られたんで、ゴンベエさんに教えられたとおりに娼館ギルドの窓口で紹介状を出して待ってれば、本当に娼館ギルド長と面会できることになってしまった。
何をどうすれば、諜報機関風な近衛騎士団の下っ端の紹介状一枚で、花街のドンと面会が出来るのだろうか。
考えただけでそんな疑問が解消される訳もなく、小人族の女性職員の先導で応接室とやらへ進む。
周りを見れば、先導してる女性職員も含め、中年以上の女性職員ばかりが目に入った。
ゴンベエさんによると、大多数の娼婦は出稼ぎで数年で帰るらしいけど、そうじゃない少数が居るってこと。年齢的に娼婦を続けるのが厳しくなったけど帰ることが出来ない人たちの受け皿になってるのだろうか。
そうして、応接室とやらの前に到着したらしい。
先導してくれた女性がノックし、扉越しに声を掛けている。
「マーレイ様。ミゼル様をお連れしました」
「そう。入っていただいて」
……あれ?
おかしい。中に居るのは娼館ギルド長で、メンツ命のマフィアの喧嘩売ってメンツを叩き潰した上で一方的に手打ちさせた、武闘派で頭脳派な人物のはず。
なんかこう、ムキムキゴリゴリな歴戦の初老男性とかが出てくるはずなんだ。僕の脳内では。
「いらっしゃい、ミゼルさん。帝都最強の冒険者の一角にお会いできて嬉しいわ。私が娼館ギルド長のライラ・マーレイよ」
そうして求められるままに握手し、席に着く。
テキパキとお茶が用意され、あっという間に二人っきりである。
まず言いたいのが、エロい。
目の前に座る栗色の髪を腰まで伸ばす女性の衣服は、別に露出が多いわけではない。
むしろ、そのドレス姿は露出が少ない方である。
なのに、所作の一つ一つに自然と惹きつけられる不思議な色気がある。
見た目は若いけど、見た目通りの年齢でこの熟しきった色気が出せるとも思えない。
頭脳派はともかく、この年齢不詳の女性が、とてもマフィアに盛大に喧嘩を売るような武闘派には見えないんだけど。
「あら、私がイメージと違って戸惑ってるのかしら?」
「い、いえ! そんなことは!」
「良いのよ、よく言われるし。実際、女性の娼館経営者なんて多くない。しかも、マフィアなんて連中に正面から『戦争』を仕掛けたのがこんなのだとは思わないでしょうし」
見ている限り、本当に気にしてないみたいだ。
困ったような笑みは浮かべてるけど、気分を害した様子はないように見える。
「私、これでもお嬢様だったのよ? まあ、父が新規事業に失敗して大きな借金作って、返済のためにここに売られてきちゃったんだけど」
「え? は、はぁ……」
何か、居心地の悪い話が始まったんだけど。
武勇伝自慢とかならともかく、なんで不幸自慢を聞かされるのか。
「大変だったけど、娼婦をしてた数年間は良い経験だったわ。ベッドの上での男がどれだけ口の軽い存在かを身をもって知れたし、そのころ贔屓にしてくれたお客さんが役所で出世して良いコネになってくれたりね。でもそれは、両親が幼いころから教育を受けさせてくれたことによる知識があったから活かせたの。お金も物も、すべてを失ったけど、身に着けた知識や技術はなくならないもの――だから、良い師匠や競い合える弟子仲間は大切になさい」
「……何を知ってるんです?」
思ってたより、ヤバいのかもしれない。
俺と師匠やリディの間でギクシャクしてるとか、プライベートも良いところ。
そんなところまで知られてるとか、情報収集能力が恐ろしすぎる。
「ふふ。そんなに心配しなくても大丈夫。これよ、これ」
そう言って彼女が右手でひらひら振るのは、ゴンベエさんがくれた紹介状だ。
「あの死神ちゃんのことだから、プライベートなことは知ったことじゃない、とか言ったんじゃない? でも、大枠だけどしっかり書いてるのよね。『娼館ギルドの情報収集能力を高く見せつけるのに使って下さい。情報を握られてることの怖さを理解する知能はありますから』って理由で自分が書いたことを伝えないでって書いてるけど、明らかに照れてるのよね。良質な教育を受けることの価値を身をもって知った私が、あなたにこうして諭すことを望んでるけど、本人的には知られるのが恥ずかしいのね」
ゴンベエさんのことを随分と物騒な呼び方してるけど、表情はかなり柔らかい。
きっと、個人的に信頼関係がしっかりしてるんだろう。
特に、バラさないでって言われて、喜々としてバラすくらいにステキな友情が紡がれているようだ。
本当に、人それぞれの人生があるとは言え、近衛騎士と元娼婦の娼館ギルド長の間に何があったのやら。
「基本的にはあなた自身で考えることだけど、一つだけ。不器用だったり未熟だったりするところもあるけど、あなたの師匠は人のために頑張れる人よ。短気を起こさず、少し頭を冷やしてから、腹を割って話してみなさい。きっと、それだけで大体の問題は解決するわ」
「ん? あの、うちの師匠をご存じで?」
「ええ。私の娼館の常連ですもの」
常連?
確か、僕が連れて行ってもらった娼館って、師匠の行きつけだったよな。
「どうも。私が、今回の本題であるタリアの雇い主よ」
少しの間驚いたけど、むしろ都合が良い。
つまり、娼婦を利用した違法なクスリの取引に、目の前の人物も部外者ではないってことだ。
「ギルド長さん。だったら話が早い。協力いただけますか?」
「いいえ。迷う余地もない。その質問には、これ以外に返答できないわ」
勝利を確信したら、目の前で幻と消える。
いやいやいや、そんなバカな。
なんでそんな余裕たっぷりな態度でそんなことが言えるんだよ。
「これ、要はマフィアたちがまた花街に手を伸ばしてるんですよ? 全面戦争までして手に入れた独立を、黙って失う気ですか?」
「いいえ。それはあり得ないわ」
「だったら、どんなつもりなんですか!? あなたは、自分のところの従業員がどうなっても良いって、言うんですか!? 彼女の思いが無価値だって言うんですか!?」
「黙りなさい。今はあの時と前提が違いすぎるのよ」
その急に鋭くなった視線に射抜かれ、それ以上何も言えなくなる。
突然のことに頭の回らない僕に、目の前の女性は、教師が生徒にするように語り聞かせてくる。
「前にマフィアとやり合った時は、『終わらせ方』が見えていた。だから、仕掛けたのよ。でも、今回はまだ何も見えてない。そんな状況で、娼婦個人の問題に、花街全体がマフィアと全面戦争になるようなリスクを認める訳にはいかないの」
「でも、だからって……」
「私はね、花街のトップに居ることを『認められている』だけなの。だから、相応しくないって多くの人に思われたら、ただの娼館経営者の一人に戻るだけ。何より今の私は、花街全体に責任を負ってるの。それを放り投げるのは、私を信じてくれた人たちへの背信行為よ」
語られる言葉に、何も言えない。
その言葉には、理があった。
彼女の思いがあった。
何より『それ』は、否定してはいけないんだから。
「以上のことから、あなたが個人で動く分には基本的に手を出さないように話を通しておくわ。ただし、タリアやクスリ、マフィア関係の話を吹聴して回ったら潰すわ。マフィアに拒絶感の強い古株たちに、『戦争』を煽る行為ですからね――そう言えば、あなた、お酒で潰れたそうね?」
――だから、毒も効くんじゃないかしら?
って繋がるんだと思う。
要は、正面から斬れるからって、無敵とは思うな。こっちにも戦いようはある、って警告だろう。
個人で動く分には見逃してもらえるだけで満足すべきか。
「最後にあなたのために言っておくわ。マフィアとやり合うなら、あいつらが、メンツを潰されて構成員の統制が取れなくなる危険を受け入れてでも折れざるを得ないような権威や事情を先に用意しておくことね。あなたやあなたの師匠たちは強くても、あなたの周りは、全員が強いわけじゃないでしょう?」
言われて思い出すのは、妹のニーナが帝都に来て早々に誘拐されたこと。
確かに、僕の手の長さは限られてる。何か対策は必要だろう。
まあ、ニーナのことを思い出した時点で、思い出したくもない心当たりまで思い出したんだけどな……。
「ほうほう、なるほど。それで、私のところへ直接持ち込んだのか。うん、それは正しいと思う」
ここは、帝都警備隊第三部隊長執務室。帝都警備隊で総司令官に次ぐポストである部隊長の一人であるキツネ耳の中年男性、ヒュイツ・メルセンの城である。
ヒュイツさんが執務机につき、僕がその正面に置かれたイスに座っている。
デリグによる帝都連続殺人事件で顔を合わせ、ニーナ誘拐騒動で力を貸してくれた人だけど、本当は実力や言動について分からなすぎて関わり合いになりたくない相手だ。
それでも、証拠がなく、当事者のタリアさんが人質の弟を守るために証言しないだろう状況で、面会パスまでくれたこの人が僕を信じてくれるのを期待する以外、帝都警備隊の力を借りれる気がしなかったのだ。
そして、他に使えそうなコネなんて皇帝相談役のハーミット様くらいだけど、彼女は第一線からは引いたみたいだし、何よりこっちから連絡する手段がない。
だから、選択肢がそもそも一択だった。
「下に言っても、日々、大量の事件を抱える中で、当事者でもない男の証拠もない訴えなんて聞くわけがない。その娼婦さんが自分で相談に来ても、警備隊なんて大組織が普通に動けば、簡単に勘付かれる。そうだな、情報を流すのは一部の幹部に限って、現場捜査は他の案件の捜査に紛れさせながら偽装するってところか」
そうしてヒュイツさんは、引き出しから何枚か書類を取り出すと、ぶつぶつ言いながら色々と書き込み始めた。
「まあ、二ヵ月か三か月あれば、令状が必要な強制捜査ができるだけの証拠が固められるんじゃないか?」
「そんなにかかるんですか?」
「君のお師匠さんの冤罪事件でピリピリしてるからね。色々と厳しいんだよ。まあ、『警備隊と関係ない個人』なら多少無茶をしても、成果があればうやむやにできなくもないけど……なに、君はいつも私に幸運を持ってきた。今回もどうにかなるさ」
そう言いながら胡散臭い笑みを浮かべる中年男に、何と答えるべきか判断が付かないまま、あいまいな笑みを返すしかなかった。




