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第三話 ~二者面談~

「よし、やっと見つけた」


 日が暮れて活気が出てきた花街の一角。

 この三日間、時間を見つけては帝都中を歩き回ってまで探した男――タリアさんを脅していたクスリの密売人の男がすぐ近くに居る。


 広大な帝都の中で、娼館がクスリの取り締まりの盲点ってことで利用してるなら花街が一番見つかる確率が高いのではないかと判断してうろつき続け、ようやく発見したのだ。


 ここで慌てて捕まえたり斬ったりはしない。

 僕が動けば、タリアさんの動きととられる可能性も十分にあり、その場合にはあの男の仲間が人質になってるタリアさんの弟に手を出す可能性もある。

 だから、まずは人質の居場所を掴まなければならない。


 気配を殺し、人込みの中を付かず離れず後ろを歩く。

 見失わないように細心の注意を払い、人の流れに飲まれて進めなくならないようにすき間を縫い、あくまでも周囲に溶け込むために向こうが角を曲がっても一定の速度で同じ角を右に曲が――って少し進んだところで右に引きずり込まれる。


「騒がないで。黙って走って」


 右斜め下に引っ張られるように路地に引きずり込まれた僕は、耳元にささやかれた声と姿を見て、羽織のそでを引っ張られるままにその人物についていく。


「……追っ手はけましたね。気は張らなくていいですけど、話はもう少し待ってくださいね」

「追っ手……? あの、ゴンベエさん――」

「話は後と言いましたよ」


 固い声でそう言い、僕に背中を向けて大通りに出るのは、ゴンベエさん。

 近衛騎士団の一つである黒竜騎士団で小隊長をするアイラさんの、その部下の小人族の女性。

 会うたびに雰囲気が違う人だが、今日は普通だ。

 大通りの辺りで若い女性がちょくちょくしてるような少し露出が多めのスカートタイプの服装で、化粧もそれに合わせてるからか、随分と若く見える。

 ……まあ、本名と共に年齢不詳なんで、どこまでが化粧の力かは分からないんだけど。


 そんなゴンベエさんについて大通りを進めば、一軒の洒落た大きめの喫茶店に入っていく。

 ここで他の客にまぎれてお話しかな、と思っていれば、ゴンベエさんは案内しようとやってきたウェイターを無視して店の奥に居る老齢の店主らしき犬耳の男に話かけている。


 戸惑うウェイターと一緒に様子を見れば、二言三言ふたことみことやり取りがあったのち、僕に向かって手招きするゴンベエさん。

 よく分からないままに黙って店の奥までついていけば、なぜか個室で丸テーブルに向かい合って座り、二者面談である。


「ま、とりあえずコーヒーでもどうぞ。飲んだことがあるかは分かりませんが、慣れればいいものですよ」

「じゃあ、遠慮なく」


 ブラックのまま一口飲んでみれば、前世で数回だけ飲んだ時と同じような味がする。

 細かい味なんて分からないけど、ミルクや砂糖をちょっとやそっと入れても結局苦かったんでブラックで飲むようになった習慣のせいでこうしたんだけど、ゴンベエさんの眉が少し動く。


 師匠のところでコーヒーなんて出てきたことないし、故郷の村でも見たことすらない。

 初めて飲んでの苦みに驚く振りくらいは必要だったろうか?


「で、追っ手のことでしたっけ?」

「え? ……あ、はい! 何が何だか分からないんですけど。そもそも、気配も感じませんでしたし」

「ウチの業界では、気配を簡単に悟られるようなのは尾行って言わないんですよ。あと、花街でマフィア相手に何かやるつもりだったでしょう? 花街は娼館ギルドの縄張りなんで、そこの許しなく争いを持ち込んだら娼館ギルドの治安部門に目を付けられますよ」

「娼館ギルド?」

「冒険者にもギルドがあるでしょう? 娼館にもギルドがあるんです。で、花街に限ってはそのギルドが事実上の自治権を持ってる状態。コソコソ動きすぎて、そこから目を付けられたんです。よりにもよってマフィア相手に下手くそな尾行なんて始めたんで、マフィアの勢力抗争を持ち込むかもって、ギルドが強硬手段に出ようとしてた直前で助けたんですよ」


 あの男がマフィアだってのはともかく、花街そのものといえる存在が敵対してきた?


「いや、あの、僕、何も具体的に動いてないんですよ?」

「尾行した相手が、その筋の人なら気を付ければ分かるようなマフィアなのが悪いんですよ」


 そこでゴンベエさんはため息一つ。

 コーヒーを一口すすって、真剣な顔で話を続ける。


「花街って、数年前まで複数のマフィアたちの縄張りだったんですよ。それを、今の娼館ギルド長がマフィア勢力を全部叩き出して今があるんです。末端の雇われ兵とか、数年稼いで帰っていく大多数の娼婦たちはともかく、古参の人たちはそのころのことを覚えていますからね。普通に利用してる分には視線がきつくなるくらいですけど、マフィアが厄介事を持って来たってなると、過剰に対応したがるんです」


 そして、僕はその虎の尾を踏み抜いてしまった、と。

 ……ゴンベエさんが助けてくれなかったら、すごく面倒になってた未来が見える。


「ありがとうございました、ゴンベエさん」

「ええ、次からは気を付けるように――という訳で、どうしてあんな専門外の下手くそな尾行をしていたのか、相談してみませんか?」

「え?」

「だから、事情を話せって言ってるんです」


 ニッコリ笑顔だけど、真剣な顔の時より圧力が強まる。

 だけど、答えは決まってる。


「お気持ちだけ、ありがたくいただいておきます」

「話す気はないと?」

「はい、僕が救わないとダメなんです。関係ない人を巻き込むなんてもってのほかだ」


 ゴンベエさんと、しばし睨み合い。

 先に目を逸らしたのはゴンベエさんだった。


「いつの間にこんな面倒な子になったんですかねぇ……」

「面倒でもなんでも、これが答えです」

「だったら、言い方を変えましょう」


 鋭い目でこっちを牽制するように見つつ、思わぬ言葉が投げかけられた。


「こっちだって関係者です。さあ、事情を話しなさい」


 いくらなんでも無茶苦茶すぎる。


「関係ない人は巻き込めないって言いはしたましたけど、関係者だって言い張るだけで関係者とか、普通に考えてないです」

「いいえ、最初から関係者です。そもそも、なんで私が居合わせたと思ってるんです? 偶然じゃないですよ」


 まさか、タリアさんの弟のことか、クスリのことを追っている?

 クスリの線なら大いにありそうだ。皇帝のお膝元で起きている、流通させたら死罪が適用されるような禁制品の捜査なら、近衛騎士団の後ろ暗いとこ担当の人たちが噛んでてもおかしくない。


 とは言え、思わせぶりなことを言ってボロを出させる気なのかもしれない。

 あくまで何も反応せず、続きを待つ。


「……こういう智恵の回るところはそのままとか、勘弁してくれませんかね。ポロっと何か言うくらいの可愛げが欲しいです」

「お話は終わりですか? なら、帰ります。助けていただいてありが――」

「まだですよ。関係者なのは本当です。あなたの師匠が、うちの小隊長に相談したのが始まりですから」

「師匠が、アイラさんに?」

「ええ。最近二番弟子の様子がおかしい上に、急に家から居なくなるようになった。それまでは、時間があれば庭で剣でも振るくらいしかしなかったのにって。それで、どこに行ってるのか私が仕事終わりのプライベートで見に行ってみれば、この通りです」


 言い分はよく分かった。

 よく分かったけど、


「申し訳ありませんが、それだけなら言えません。当人が、話を広めてもらいたくなって心境なんです。僕はその思いを踏みにじらない。その思いは『雑念』なんかじゃない。無価値なんかじゃない。僕は、その思いに、価値を見出しているはず・・なんだ!」


 思わず語気が荒くなり、丸テーブルに両手を叩きつけてしまう。

 ……ダメだ。

 ゴンベエさんは動揺した様子もなくこっちを無表情でじっと見てるだけだけど、無礼な対応が無意識に出てきてる。

 もう、限界か。


「もう行きます。お代はここに置いていきますね」


 こっちでのコーヒーの値段なんて知らないけど、ちょっと高めのランチを食べられるくらいの値段を置いて立ち上がった僕。

 個室のドアに手を掛けたところで後ろから左腕を掴まれた。


「次で最後です。聞いていって下さい」


 しばし見つめ合い、僕は席に戻る。

 決意を感じさせる強い目が、聞くまで帰さないと言っているように思え、こうするのが一番面倒がないと思ったからだ。


「色々と特殊ですけど、私が近衛騎士のはしくれなのは知っていますね?」

「はい、もちろん」

「近衛騎士にとって、陛下のお膝元で派手な騒乱なんてお断り。特に、デリグがソウルイーターを使っての大規模騒乱を起こした記憶の薄れていない今は最悪。――ここも良いですか?」

「ええ」

「なので、『ミゼル・アストールの起こす戦争の種』を見逃すわけにはいかないんですよ」

「ふむふ……え?」


 今日はこんなのばっかりだ。

 思いもしないところにばかり話が飛ぶ。


「今日、あなたは娼館ギルドと戦争になりかけた」

「そんな大袈裟おおげさな」

「じゃあ、いきなり襲われたあなたは、大人しく『正体不明の』襲撃者に拘束されるんです?」

「……」

「娼館ギルドの治安担当がどこまで見逃すか未知数ですからね。任意同行ならともかく、黒だって判断してとりあえず逮捕なんてなったら前触れなく強硬手段もありうる。危険すぎるので身柄を先に押さえようって。そして、あなたは、正体も知らぬままに返り討ちにする。そうすれば、あなたと娼館ギルドで戦争だ。解決までに、どれだけの者が巻き込まれるか」

「でもそれは、今日教えていただいたので――」

「マフィアを舐めないでください」


 向かいに座るゴンベエさんが身を乗り出す。

 心なしか、言葉にも力がこもっているように感じる。


「あいつらは、何よりもメンツで成り立ってるんです。メンツで人を従え、独自のルールで自分たちなりの秩序を生み出す。あなたが何の対策もなくマフィアの構成員に手を出すなら、向こうは敗北すると知っていてもあなたを殺しに来る。舐められたら崩壊しますからね。なにせ、存在からして違法なんですから。ほら、裏社会のことを何も知らないあなたは、目的を果たして一大戦争。帝都の安寧あんねいを願う心清らかでかわいそうな私は、お膝元で連続して大騒乱を許してしまった皇帝陛下のご威光がかげるのに心痛める――どうです? あなたの行動は、私の仕事の邪魔なんです」


 ここに至って白旗を上げる。

 言われてみれば、絶対にそんなことにはしない! とは言い切れないからだ。

 僕だって、そんな大事になることは望んでいないのだ。


「なるほど、娼婦を使ってクスリをねぇ……」


 観念して事情を話せば、紙とペンを取り出して何かを書くゴンベエさん。

 書き終わると、それを封筒に入れてこっちに差し出してくる。


「どうぞ」

「何ですか、これ?」

「娼館ギルド長への紹介状です。娼館ギルドの受付で出してください。花街のど真ん中、周りよりも大きな建物ですから分かると思います」

「……え?」


 あれ、僕を動かせたくないんじゃなかったのか?


「ああ、疑問があるようですが、別に問題はありませんよ。私にとって、直接関係があるのはあなたが騒乱の火種になること。お師匠さんとの関係は知ったこっちゃないんで。だから、ちゃんと娼館ギルド長と話をつけてきてくださいね」

「はぁ……」

「大丈夫ですよ。花街の支配者だったマフィア全部に一気に喧嘩売って、花街での利権を全部奪い取りながら、メンツ命のマフィア全部に手打ちをさせた武闘派で頭脳派な人ですから」


 ハッハッハ、なんて笑うゴンベエさんだけど、笑えねぇよ。

 それって、油断したらどうなっても知らないよ、ってことじゃないか。


「ま、まあ、ありがたくいただきます。それじゃあ」

「あ、コーヒー代はおごりなんで気にしないでくださいね」


 そうして今度こそ平和的に席を立つ。

 自分ひとりで経験豊富な大物とどうやり合おうか考えつつ扉に手を掛けたところで、また声を掛けられた。


「これは知らない仲でもないから言うことなんですがね」

「はい?」

「あなたは『救う』って言いましたけど、私には、あなたの方がよっぽど救いが必要だと思いますよ」


 思わず振り返る。


「救う? 僕を? 何からです?」

「そんな不安定な心でマフィアなんかに関わったら死にますよ――って普通なら言うんですけどね」

「普通なら?」

「ええ。あなたなら、半端に揺れた心のままでも、どうしようもなくなったら全部斬り捨ててしまえるでしょ? ほんと、才能持ちって嫌になりますね。――ただ、主に被害を受けるのは後ろ暗い連中だからいいとして、あなたの入れ込んでる娼婦さんの人生にも大きな影響が出るんです。後悔しないように覚悟だけは決めた方が良いですよ」


 それ以上、何を問いかけてもゴンベエさんが口を開くことはなかった。





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