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第二話 ~取るべき道は……~

「ううーん……ふあぁ~……あれ?」

 なぜかガンガンと痛む頭を抱えながら重いまぶたを開くと、おかしなことに気付く。


 おかしいと言っても色々とある。

 普段はまず使わないだろうほどにふかふかなベッドで寝ていたことや、一目ひとめで分かる知らない天井。間接照明によって作り出された、僕ではまずここまで上手には作り出せないだろう落ち着いた雰囲気。

 そして何より、


「あら、おはよう。体調はどうかしら?」


 なぜか目の前で共に寝ながらにっこり笑顔の褐色美女。

 これはあれだ、添い寝ってやつだ。


 ……うん。状況が分かったのは良いとして、だ。


「えっと、その、これは違うんです、お願いします、警察は勘弁して――」

「もしかして、どうしてここに居るか覚えてないの?」


 見知らぬ女性と添い寝なんて訴えられたら何か負けそうな状況に慌ててみれば、思っていたよりも悪くない反応が。

 てか、ここに居る理由……?


「……あ」

「思い出した?」

「その、いきなり倒れて、タリアさんにもお店にもご迷惑をご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」


 師匠に連れられて娼館に来て、適当に飲んだかなりきつい酒を一気に飲んでたぶん急性アルコール中毒か何かで意識が飛ぶ前のことを思い出し、慌ててとび起きて前世の知識に引きずられて即土下座。


「そのポーズの意味はよく分からないけど、謝ってくれなくても良いわ。個人的には特に不利益があった訳でもないし、ウチのお抱えの医者に見せたら、すぐに良くなるだろうってことで大きな騒ぎにはならなかったしね」


 そんな風に軽く流してくれているのに安心し、頭を上げる。

 てか、安心したら、頭の痛みが強くなりやがった。うごごごごご……。


「やっぱり、まだ体調は悪い?」

「えっと、そこまで酷くはないんですけど、頭が……」

「そう。なら、今日はもう帰った方が良いわ。医者が言うからには大丈夫なんでしょうけど、酒精に当たるのは下手すれば死にかねない状態だもの。症状が軽いなら、慣れないここに残るよりも、勝手知ったる場所に帰ってしばらくゆっくりすればいいんじゃないかしら。パーティホームまでそう遠くもないんでしょう?」

「はい、そうします」


 そんなこんなで帰宅準備をし、タリアさんに付き添われながら受付まで戻ってきた。


「……もう起きて歩けるのかい?」

「あ、はい。本当にご迷惑をお掛けしました」


 そう言って頭を下げれば、疲れ切った顔でため息を吐く店長さん。


「正直、イサミにあんたが死んだことをどう言おうか考えてたんだけどね。原酒をグラス一杯分一気に飲んだだけで下手したら死人が出るような酒をビン一本だからねぇ……。医者が首をかしげながら心配ないって言ったのも、さじを投げただけかと思ったよ」

「それは、ご心配をおかけしました」

「どちらかと言えばこっちのミスなんだから、そう何度もかしこまらないでおくれよ。頭を下げるのは、とんでもなく頑丈に生んでくれた両親と、あとは信仰する神様で十分だよ」


 神様と言われ、先日、戦場に舞い降りた白き女神を思い出す。

 考えてみれば、僕って『破壊と再生の女神の加護』を受けているんだった。

 どういう原理だか知らないけど、急性アル中にも効いたのか。ありがとうございました。


――レーヤが喜んでくれた!? やったー!


 聞き覚えがありすぎる、中々聞こえないはずの少女の声が急に頭の中に響く。

 ちょっと、二日酔いの頭には勘弁願いたいんですけど……って、聞いてくれる気はないのか……。


「はぁ、そんな申し訳なさそうな顔をしなさんなよ。それじゃあ、タリアをウチの寮まで送ってくれたらチャラで良いよ。場所は坊やの家への途中。Cランク冒険者の護衛なんて豪華な物をタダで提供してくれるんなら、十分だしね。イサミにはこっちで説明しておくよ。――という訳で、今日は上がりだよ、タリア」

「ええ、分かったわ」

「え? ちょ、ちょっと待ってください!」


 今の時間は日付が変わって少し過ぎたくらい。

 どう考えても娼館の営業時間はまだまだあるはず。ちょっとした勘違いもあるけど、僕に何かさせることで罪悪感を減らそうって思ってるんだけど、そのために早退させるってどう考えてもおかしいだろ。


「坊やが何を心配してるかは想像がつくけどね、一晩で何人も客を取らせる安いところと違って、ウチは高級娼館だ。タリアの今日の客は坊やで、その坊やが帰るなら今日の仕事は終わり。そういうことなんだよ」


 そう言われると、特に断る理由もない。

 タリアさんの仕事がどうせないなら、どの道帰るしかないんだろうし、だったら帰り道の途中にある寮とやらまで送っていかない理由がないのだ。


「お待たせ。じゃあ、行きましょうか」


 着替えに行ったタリアさんが戻ってきたので、一緒に夜の街へ。

 仕事中は褐色の肌や肢体したいを惜しげもなくさらすような薄い衣服だった彼女も、ロングスカートに長袖の上着という落ち着いた今の姿からは、妖艶ようえんさよりもっと健全な色気がかもし出されている。


「ところで、僕が飲んだお酒。かなりの危険物みたいですけど、なんで置いてあるんです?」

「水や果汁なんかで割れば、風味も良くておいしいのよ。ただ、原酒を最初から薄めておくとその風味がすぐに落ちるからあの濃さで売ってたはずよ。本当に、止められなくてごめんなさい……」

「い、いや、そんなつもりじゃないんです!」


 てな感じで、ブレイブハートのパーティホームまで三分の一は進んだかというところ。歓楽街の外れにある六階建ての集合住宅が寮だと言うので、その前で別れることに。


 いつの間にか女神さまの騒々しい声も聞こえなくなり、一人で家路を急ごうと少し歩いたところでのことだ。


「げっ、じいちゃんのナイフ……」


 いつも刀と一緒に腰にある、村を出るときにじいちゃんに貰った大型ナイフ。それがないのだ。

 たぶん、娼館で部屋から出るときに忘れて来たんだと思う。

 頭が痛かったからって、なんて初歩的なミスをしてるんだ、僕は。


 仕方がないので娼館へと引き返そうと歩いていると、寮の前でさっき別れたはずの人影を見つけた。


「タリアさんと……誰だ、アレ?」


 タリアさんが若い男性と寮の脇にある路地の方へと入っていく。

 それだけだったら気にせず進むのが正解なんだろうけど、タリアさんの様子がおかし過ぎる。

 どうおかしいって、どうしてそのまま男を殺しにかからないのか理解に苦しむほどの殺気をまとっているのだ。


 あんまりにもあんまりな様子に、思わず気配を消して僕も路地の方へと向かう。

 すると、二人は路地のそう奥までは進んでおらず、入り口で身を隠しながら耳をすませば会話が聞こえてきた。


「ほら、今回の取引分のクスリだ。客から貰った分の代金は、いつも通りに」

「もう、十分儲けたでしょう? いい加減、あの子を返してよ……」

「返す? いやいや、誤解を招くような表現はやめてくれよ。週に一度は弟君と会えてるし、すごく楽しそうだっただろう? 『毎日お肉を食べれるし、お兄さんたちも優しいし』って。あんたが仕事・・に集中できるように、俺たちが面倒を見てるだけじゃないか」

「ふざけないで!」

「ふざけてないさ。なあ、いつまでも仲良く・・・行きたいと思わないか? 警察省も最近はうるさいからな。あんたがやつらの盲点である娼館を拠点に稼いで、俺たちが弟君に良い生活をさせてやる。どっちも得するいい話じゃないか」


 そのまましばらく黙り込む二人。

 そのままどちらも口を開くことはなく、男は路地の奥へと消えていった。


 ……これって、もしかしなくてもヤバいよな?

 クスリの密売なんて、最悪は死罪も適用される重罪だぞ。

 タリアさんは弟を人質に取られてるみたいだけど、どうすれば――


「あ」

「……あ」


 冷静に考えれば当然なのだが、タリアさんが帰るべき寮はこっち側にあるのだ。

 それなのにのん気に突っ立っていれば、もちろん鉢合はちあわせるに決まってる。


「……聞いたんだ」

「その、はい……」

「誰にも言わないで。そのまま忘れて」

「でも、警備隊とかに相談すれば――」

「マフィアを舐めないで。捜査のために警備隊が動くなんて派手な行動、どこに居るか分からないうちの弟が助けられる前にバレるんだから。面会だって、当日に目隠しされて毎回違う場所に連れて行かれるし、助け出される前にあの子に何かあったら……」


 結局、「何もしないで忘れて」とだけ言い残して去っていくタリアさんを、何も言えないまま見送ることしかできなかった。


 弟君の待遇も悪くはないみたいだし、余計なことに頭を突っ込まないでおこう。

 うん、そうだ。下手に動いてみんな不幸になりましたじゃ笑い話にもならないもんな。当事者たちに頑張ってもらおう。


――私と同じだ。それぞれの価値は認めようとも、白刃の前にすべては無価値。誰かの思いなんて、ただの『雑念』。私たちは、そういう生き物なんです。


 ……いや、本当にそうか?

 目の前で苦しんでいる人が居て、僕には何とか出来るだけの力があるかもしれなくて、ただ見てるのが正解?


 違う。

 そうじゃない。

 そんなはずはない。


 だって、僕はあの女・・・とは違うはずなんだから。





なお、師匠が何も思いつかないから娼館にとりあえず連れて行ってでも気分転換させようと思い立つような状態のミゼル君の考えにツッコミを入れたいかもしれませんが、仕様です。

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