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第一話 ~ミゼル、魔法使いやめるってよ~

2016.07.06の夕方5時過ぎに入れ忘れていた内容を足しました。

ネタバレにもなるので、詳しくは活動報告に書いておきます。

「ミゼル君、女体にょたいに興味はあるかい?」

「無論、大いに」


 気が付けば師匠の言葉に返事をしていた僕は、きらびやかな夜の街を歩いていた。

 一歩前を行く師匠との間に、会話はない。


 これは、マトイ・ヤクサの襲撃後のドサクサで連れて行かれた城から帰ってきた七日前からずっとだ。

 姉を討ち損ねて実家に帰る話がうやむやになり、捜査協力も終わった師匠は、鍛錬には顔を出すし、剣の指導もしてくれる。

 だけどそれだけ。みんな日常に帰ってきたのに、僕と師匠の間だけは何とも言いようがない空気が流れていた。


 たぶん、師匠も何と言えばいいのか分からないんだ。

 だって、マトイ・ヤクサの言葉はきっと正しいのだから。

 それが例え物事の一面だけしか切り出してない言葉であっても、否定なんてできなかった。


 そして、極めつけは、三日前の夜のことである。


「あんた、マトイ・ヤクサのことだけじゃないでしょ。きりきり吐きなさい!」


 夕食後の僕の部屋にいきなりやってきたリディと正座で向き合っての、それが第一声だった。

 当然のようにリディの半歩後ろで正座してこっちを睨むメアリーや、開けっ放しのふすまからコソコソ部屋の中を見ているルーテリッツさんはアテに出来ないことを理解し、頭を抱えた。


 どこで気付かれたか知らないが、女神さま関係でも悩んでたのは事実。

 証拠も何もある訳がないのに確信を抱いている姿を見て、直感を素直に信じて動ける目の前の少女の厄介さに溜め息しかない。


 かと言って、女神がどうの、転生がどうの、失われた記憶がどうのってバカ正直に言えないのだ。

 いくらファンタジーな世界でも、この世界なりの法則はある訳で、本当のことを話したら頭がおかしくなったと疑われることは間違いない。

 そもそも、僕なんかよりも専門家な元女神であるハーミット様があまり他に言いたがってないのに、僕の判断で勝手に言って良いのかって問題もある。

 だから――


「いや、別にないけど?」

「ほうほう、なるほど。――そんな状態で抱え込むとか、なに考えとんじゃぁっ!」


 ここで去り際に、パーではなくグーだったあたりがリディである。

 個人的には、終始無言なまま、最後にゴミでも見るようなステキな目線をくれたメアリーの方がぐさりと来た。いっそ、詰め寄るなりなんなり行動に出してくれた方が安心である。


 その後、夕食の後片付けが終わったニーナがやってきて、顛末てんまつを話すことに。

 問い詰めたりもなく雑談を楽しんでいる時のことだった。


「ふーん。で、お兄ちゃん、何を悩んでるの?」


 気付いた時には戦慄せんりつした。

 何がって、話の流れの中で転生関係も含めて無意識に話しそうになったことだ。

 帝都警備隊にでも入隊させて取り調べ担当にしたら伝説に残るんじゃないかと思うほどの話術に、翌日もまた話しそうになったところで諦めた。

 心配してくれてるんだろうし、雑談なんかも付き合ってくれるだろうけど、怖すぎて会話どころじゃない。


 こうして普通にコミュニケーションをとれる相手がルーテリッツさんだけになった僕だけど、彼女は元々が口数の少ないタイプで、いきなり世間話でもとはいかない。

 結果、リディを怒らせてからここまでまともに口も開けず、みんなの団欒だんらんをただ見ていたり、手合せで殺気マシマシなリディさんの攻撃を必死に受け止めながらいつか殺されるんじゃないかとおびえたりする日々だ。


「着いたよ、ここだ」


 そうこう思い出しながら現実に絶望していると、先を歩く師匠がとある建物に入っていく。

 慌てて後を追うと、受付のような場所に座っている恰幅かっぷくの良い中年女性と目が合った。


「おや、イサミじゃないか。随分と久しぶりだねぇ」

「いやぁ、逮捕されたりお国のために働いたり、色々とあったもんで。アハハハハ」


 親しげな様子を見る限り、ちょっとやそっとの仲ではないように見える。

 一体なんだろうかと考えていると、ドタドタと足音が近づいてくる。


「あっ、本当にイサミだ! ずっと来てくれないから寂しかったんだよ? ねえねえ、今日も指名してくれるよね?」


 奥から現れた小柄な人族の少女は、そう言いながら師匠にくっついている。

 師匠の方もまんざらではない様子で、にこやかに話している。


 その少女は、胸は大きすぎず、垢抜けきってない感じのかわいい系ってところか。

 いつぞやにアイラさんが言っていた師匠の好みの話や、もはや衣服として機能しているかすら怪しいスケスケ衣装を見て気付いた。


「そっちの坊やは、たぶんイサミのところで最近話題の『剣聖の秘蔵っ子』ミゼル・アストールだろ? ようこそ、ウチの娼館へ」


 いやまあ。僕自身、こっちに生まれてからほとんど剣ばっかりで他に趣味もないし、気晴らしをさせたかったんだろう師匠も頑張って考えたんだろう。

 それはそれとして、前もって教えてくれませんかねぇ?


「じゃあ、店長! イサミはワタシをご指名だから、もう行くね!」

「あの、すみません。ミゼル君のこと――って、ペティ待って! 引っ張らなくても行くから!」


 そうこうして連れ去られる師匠。

 初めての娼館で、初対面の店長さんと二人っきりで取り残されることに。


「すまないね、坊や。ペティも悪い子じゃないんだけど、ちょっと……いや、かなり考えが足りなくてね」

「ア、ハハハハハ……」

「で、どんな娘が良い? ああ、支払いはイサミにツケとくから、心配しなくていいよ?」

「どんな……?」


 いきなり聞かれて、言葉に詰まる。


 いや、前世から特に強いこだわり無くて、何となくかわいいなぁ~とかきれいだなぁ~くらいしか区別なんてしてなかった。

 いやでも、そんな抽象的なので大丈夫なのか?


「女が嫌なら、男もいるよ。見繕ってやろうか?」

「女性! きれいな女性が良いです!」


 ゲラゲラ笑い出す店長を見て、からかわれたことに気付いた。

 くそぅ……。


「店長。初心うぶな子を見たら従業員でもお客様でもからかうのいい加減やめたら? 良い趣味とは言えないわよ?」

「ああ、タリア。こればっかりは性分だからね。オーナーも諦めてるんだから、あんたも諦めな」


 奥から出てきたのは、褐色肌の人族女性。

 鼻筋の通った美しい顔立ちに、背の高さは低くはない僕の身長とほとんど変わらず、肉感を感じさせるむっちりした体なのに、まかり間違っても太っているとは誰も言わないだろう。

 端的に言って、エロい。

 さっき去っていったペティと同じデザインの煽情的せんじょうてきな衣服を着ているはずなのに、僕に対する効果が段違いだ。


「……ほう。よし、タリア。この子イサミの連れのミゼル・アストールなんだけど、『初めて』なんだとさ。今夜、頼むよ」

「え!?」

「満更でもないように見えたんだけど、見間違いかい?」

「あー、そのー……えっと、お願いします」


 そんなこんなで、タリアさんに連れられて店の奥の個室へ。

 そこは調度品などに飾られ、大きなベッドや浴室、さらにソファや飲み物・果物などが備えられた立派な部屋だった。

 少なくとも、前世含めて僕が使っていたことのある部屋では比べ物にならない豪華さだ。


「店長がごめんなさいね。とりあえず座ってちょうだい。少しお話しましょうか」


 そうやって、先導されるままにあれよあれよとソファへ。


「飲み物はどうかしら?」

「い、いえ!」

「心配しなくても大丈夫よ。ここに並んでる分は元々料金に含まれてるから」

「は、はぁ……」


 さりげなくくっ付いてきてくれるのはとてもうれしいんだけど、言葉が出てこない。

 女性とこんなことをするなんて初めてで……


 てか、考えたら、前世合わせたら余裕で魔法使いじゃないか!

 ファンタジー世界で唯一まったく全然これっぽっちも魔法を使えない存在だけど魔法使いじゃないか!

 それがついに卒業……。

 いや、むしろこれで良いのだろうか? いや、やっぱり始めては……


「あの、どうかした?」

「ああ、もう!」


 こんがらがって訳が分からくなった僕は、とりあえず近くにあった瓶のふたを開けてラッパ飲みすることに。


「ぷはぁ……これ、おいしいですね! ギャハハハハッ!」

「ちょっと待って! それ割って飲むもので、原酒直接は、酒豪でも一杯でぶっ倒れる……」

「よーし! 一気にいくぞぉー!」


 そのまま、半分ほどまで減っていた残りを一気に飲み干す。


「うぃ~。ふぇっふぇっふぇっ!」

「ちょっと、大丈夫!? ねえ、ねえ!」


 タリアさんが何か言ってるけど、なんか、意識が、とお……く……。





ミゼル、魔法使いやめるってよ(やめるとはいってない)



イッキのみは、冗談じゃなく死にます。

ミゼル君は女神さまの特殊な加護を受けています。女神の加護、またはそれに類する守りを受けていない方々は真似しないでください。

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