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 間話 ~『敗北者』たち~

 昼下がり、帝国西部にある港町でのこと。

 海上貿易の一大拠点であることから来る賑わいも、港や表通りのこと。

 とある黒髪の乙女が進む中産階級向けの住宅地域は、ところどころで子どもたちの元気な声や奥様方の笑い声が聞こえてくるくらいの静かな場所である。


 腰のあたりまで艶やかな黒髪を流し、安物のシャツやロングスカートを纏う黒髪の乙女は、尾行の気配以外には周囲にほとんど注意を払っていないのに、完全に周囲に溶け込んでいた。

 帝国にはほとんどいないヤマト風の顔立ちも、異種族や異民族が当たり前のように溢れる多種族国家との特性から、どこぞの少数民族か混血か、くらいにしか思われていないのだ。


 この黒髪の乙女、名をマトイ・ヤクサと言い、「少しでも強者に戦いを挑まれたい」との思いから普段は、強者を片っ端から斬ったせいで悪い意味で帝国から目を付けられているのを承知の上で、わざわざ目立つヤマト風の袴姿で動いているのだ。

 しかし、今日は『仲間』が使っている偽装拠点へと向かうところ。反体制派に分類される彼ら彼女らが苦労して手に入れただろう努力を無駄にするわけにはいかないと、服装を変えるのみならず、武装はいくつか仕込んでいる暗器だけで、自らの半身とも言うべき刀を持ち歩いてもいない。


 そんなマトイは坂を上り、町の高台にある少し大きめの屋敷へとたどり着く。

 彼女も詳しくは覚えていないが、ここから港の方へ一望できる景色を気に入った小金持ちが、別荘にしようと買ったという設定だったはず――いや、どこぞの富豪が、妻に内緒で愛人に買い与えた設定だったか。


 考える間に門を抜け、少し進んだ先にある玄関をノックもせずに開く。


「うん、時間ピッタリだ。素晴らしいことだよ。ボクとしては、いい加減にあの変態中年にも時間を守るように言い聞かせてもらいたいものだね」

「リュゼ。私がこの集まりの代表とはなっていても、それは『あなたのために』『形式的に』やっているだけです。あの研究中毒者の対処までは引き受けかねます。それに、今日の報告に、彼は必ずしも必要ないでしょう?」


 変態中年とやらについてうんざりとした表情を浮かべるリュゼと呼ばれた人物は、男性士官用の礼装に身を包んでおり、このまま外の住宅地域へ繰り出せば、目立つことこの上ない。

 しかし、リュゼを何よりも目立たせるのは、男性用の衣服を纏うのが、妙齢の女性であることである。

 その黄金色の髪を女性にしては短めに切っているものの、押さえつけきれていない胸元の膨らみを含め、わずかに少女らしさを残す女性的な魅力を隠しきれていなかった。

 むしろ、一応は隠しているが、本格的に隠す気はないように見える、という方が正確か。


「……まあ、確かに必要ないんだけどね。一応は幹部待遇だから、責任は果たしてもらいたいよ。君の秘蔵っ子のサラや、帝都を滅ぼす寸前まで持っていった武勇伝持ちだからって全会一致で即幹部入りしたデリグの二人は、帝都での作戦からの回復待ちだから仕方ないけどさ。面倒だから、実質的に必要ないから、で招集のかかった連絡会を休まれると、他のところで頑張ってる幹部たちに示しがつかないからね」


 そんな愚痴に特別反応するでもなくマトイは笑顔で受け流し、そうしながら二人で歩いて到着したのは応接室。

 ソファに向き合って座ると、リュゼが間に置いてあるテーブルの上に三人分・・・の書類を置く。


「帝都襲撃作戦の結果から言えば、大成功だ。奪った魔剣は三百二十七本。今は属性ごとに分類中だ。被害と言えば、負傷者若干名に、死者がゼロ。つまり、故意に魔剣を自らの許容量以上に使ったデリグと、魔力切れのサラ以外は全員無傷だよ。帝都を沈黙させてくれていた天剣使い様々だね」

「それは良かった。で、『人工魔剣使い計画』は順調ですか? 三百二十七人の天然物の魔剣使いの素養持ちなんて、大国でも用意できませんよ?」

「その辺の確認も、ここでするはずだったんだけどね。デリグが入ってから、研究が順調だとは言ってたかな? サラは魔剣使いなんて大きく越えた素養である天剣使いだから、そのまま他者で再現できないから大幅に変更が必要だけど、魔剣使いの中で才に恵まれてるに過ぎないデリグなら、サラのよりはデータをそのまま使えるからね。デリグの帝都襲撃の名声でさらに人を集めやすくなったし、そんな名声持ちのデリグと君の模擬戦を公開したことで内部でも君たち二枚看板の評判はさらに上がった。組織全体としても、いいことずくめさ」


 マトイが帝国に流れてきて、強者と見れば片っ端から斬っていたころのこと。

 個人の強さはそのまま軍への売り込みに使えるこの国で、強者は軍に属しているものが多く、そのような相手を斬り続けていれば、自然と指名手配され、より強い相手を斬ればそれだけマトイの名も売れていった。

 そうして裏社会でも『自らの素性を隠そうともせずたった一人で国に喧嘩を売るバカが居るらしい』と知られ、黙っていても腕自慢達から襲ってくると喜んでいたマトイの下にリュゼと名乗る男装の麗人が現れた。


 マトイは、今でもその時のことを鮮明に思い出せる。

 アイラ・マクドゥガルとかいう暗殺者まがいの戦いを仕掛けてきた魔術師の父親を斬り、久々の『大当たり』に満足する自分に「もっと強い敵を斬りたくないですか?」と話しかけてきたのだ。


 下調べをして分析したか、直感か、マトイの本質を見抜き交渉を持ちかけて来たリュゼ。

 結局、ただ一人で国に喧嘩を売っているとの名声とそれを裏付ける剣の腕でマトイが旗頭となり、権力闘争に負けて先帝に取り潰された公爵家の最後の生き残りらしいリュゼが運営と資金を提供することとなった。

 マトイの存在で人を集め、リュゼがそれをマトイが強者すら超えた帝国軍中枢の『バケモノども』と戦うために立ち塞がる雑魚用の露払い・・・に組織する。


 最近は、帝都で大暴れしたデリグの名声も加算され、デリグが今回使った新しい魔剣の試運転用にマトイがデリグの全力を引き出して叩き潰した模擬戦が『凄い』と話題になって、自分たちを率いる者たちはついていくにあたいすると構成員たちの士気も上がっている。


「にしても、本当に帝国人でない部外者の私が代表で良かったんですかねぇ……」

「実力が確かってことは前提として、部外者だから良いのさ。ボクが代表なら、帝国人同士で過去に何かしらの因縁があることが多いんだよ。経済がうまく回っている中でこんな過激行動、後ろ暗い戦いに負けて全部失った連中しかいないから過去に大体は潰しあってるからね。で、協力を要請しても、向こう側だって配下へのメンツがあるから、因縁のある相手の部下になんてなれない。だから、『体制打倒』って目的のために利害の一致する実力者の下、因縁のある敵とも『同格』の同志として戦うって言い訳できるようにするのさ」


 ――だって、みんな等しく『敗者』で、『勝者』を倒せなかった負け犬だ。とにかく勝って、後のことはそれからどうとでも・・・・・考えるべきだからさ。


 今までで何度目かの自分のつぶやきに、今までと同じように律儀りちぎに答えてくれたリュゼと苦笑いで向かい合っていたマトイは、廊下を駆ける足音に気付いた。

 少し遅れてリュゼも気付き警戒するが、そのときには足音の主に気付いていたマトイはため息を一つ。続いて、応接室の扉が派手に開けられた。


「ひゃっほおおおぉぉぉぉぃぃぃぃぃいいいっ! 何だアレ何だアレ! デリグ君良いよ、すんばらしい! 天然物の魔剣使いであれだけ完成された素養なんて見たことない! 我輩わがはいの研究においては、天剣使いであるサラ君よりも得難えがたい素材だ! ああ、帝都の中央研究所に居たころに彼が協力者として来てくれていれば、国から『人工魔剣使い計画』の予算を切られることもなかったのになぁ!」

「やあ、ドライゼ君。君が今、非常に幸せな気分であることはよく分かったんだけどね。国に代わって予算を出しているボクからの呼び出しに大遅刻してきた言い訳を先に聞きたいんだよね」

「呼び出し? ……あー……えっと、覚えが――ある! あるよ! すっごいある! 申し訳ない! いやほんと、だから剣を納めて下さいリュゼ君! た、大将も何とか言ってくれ!」


 青筋立てたリュゼに、ヨレヨレ白衣に眼鏡の細身の中年男性が必死の形相で頼み込み、何とか解決する。

 マトイにすれば、このドライゼという男は面白そうな研究テーマを投げてる時はいつもこんな感じでどうせ反省してないだろうし、リュゼもなんで在野に居たのか分からないほどの優秀な研究者をこの程度で斬る訳ない、とのん気に静観している以外の選択肢がなかった。

 本当に、本命の『人工魔剣使い計画』の予算が無くなったからって後先考えず国の研究所をとりあえずやめた、彼の決断に感謝するばかりである。

 露払いが強くなれば、自分はそれだけ強い相手だけに集中できるのだから。


 そうこう考える間に、テーブルの上に置かれていた三人目の分の資料がドライゼに渡され、彼は床の上に正座したままでざっと目を通す。

 慣れない帝国人には拷問に等しかろうとマトイがリュゼに吹き込んだ方法だが、ドライゼはすっかり様になっている。そろそろ、リュゼから次のお仕置き案の催促がくるかも、なんてマトイはどうでも良いことを考えるくらいしかやることがなかった。


「で、ドライゼ君。ボクらはこの通り、魔剣を確保した。肝心の君の研究はどうだい?」

「そうだよ、それ! いやぁ、デリグ君、ほんとに良いよ! 研究は我輩が思っていた以上に順調! これなら、最初に説明した以上に人口魔剣使いたちを強化できるよ!」

「ええ、それは素晴らしい。安全を保障できる範囲なら、ぜひ」

「……最初に何人か使い潰す前提なら、もっとずっと強化できるけど?」


 ドライゼは、マトイ・ヤクサという女を見定めるように鋭いまなざしを向ける。

 一方のマトイは、どうしたことかと気にするそぶりもない――ように見える。

 ただ、一瞬、ドライゼの方を向いた瞬間だけ、彼の背筋に冷たいものが駆け抜ける。

 しかし、次の瞬間にはなくなり、ただやさしげな笑みだけが残っていた。だから、彼はこの底知れない女についてこれ以上考えないことにした。


「私たちはそれぞれの目的のために協力し合ってるだけで、使い潰すのはその信頼に背く行為です。それに、上下があるにしろ、身内同士でいつ潰されるか分からない組織なんて組織として成り立たないでしょう?」

「あー、じゃあ、志願制で」

「ふふ。しっかりと得られる結果を説明すれば、きっと何人か出てきてくれますよ。ええ、誰もが勝った後のことを考えていますから、少しでも将来の敵となる派閥を削ろうと押し付け合いが始まって、その後の殺伐さつばつとした緊張感と共に志願してくれるんじゃないですか?」

「はいはい、分かった。分かったよ、大将。安全を保障できる範囲ですね。スポンサーあっての研究者ですから、我らが『シャルジェア自由軍』のために頑張らせてもらいますよ。この、結成地の地名からとっただけってってなさなんか素晴らしいと思います、はい」


 そんな適当な発言をするドライゼに、マトイの言葉は終わらなかった。


「おや、随分と諦めが良いですね。私を満足させられるだけの強者を生み出せるなら、好きにしていただいても結構ですよ?」

「大将の強さは魔剣の才がどうの以前のところじゃないか。そもそも『一目で見抜いた相手の死角を突いての不意の一撃』を越えないと戦いに入れないって、まったくもって理解不能な壁があるからね。『正面から奇襲』って、何なんだ? 頼むから、そういう方面・・・・・・で我輩をアテにするのは勘弁してくれ」


 何かの参考になるかもとマトイの強さを理論で分析しようとして諦めた過去を持つ男は、そうして大人しく去ろうとする。

 だが、渡した書類を床に置いたまま去ろうとする男にリュゼが小言を言おうと口を開いたそのとき、ドライゼが足を止めた。


「おっと、そう言えば。強者、とは違うかもしれないけど、大将が興味を持ちそうな話を聞いたんだ」

「私が、ですか?」


 マトイにしても、そんなものに心当たりがまったくない。

 はて、自分が強敵以外に何か興味を持つだろうか、と考える間に、ドライゼはマトイへと向き直り、何でもないように言い放つ。


「最近、中央帝国大学に居る友人から聞いたんだけどね。『神の奇跡の残骸』って、おもしろそうだろう?」





今日(2016.6.27)中に、本章終了時点の登場人物紹介も投稿します。

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