第九話 ~さあ、見えぬ刃を突き立てようか~
お待たせしました。
この先しばらくは、今までで通りの週1,2回ペースでの投稿に戻ります。
僕らブレイブハートの若手四人組に、この戦場で出来ることはなかった。
ハーミット様と女神さまは動く気配がないので、もちろん手の出しようがない。
ただのハーミット様付きメイドだったはずが近衛騎士団筆頭だとか言い出したエミリアちゃんは、無数の光の刃を自在に飛ばしながら、自らも杖先に光の刃を出して槍のように使いながら突撃。
対するデリグは、少女一人を抱えているとは思えないほどに軽やかに、空中までも文字通りに駆け抜けながら回避している。これが風の加護とやらがある機動特化の魔剣の力なのだろう。
エミリアちゃんが一方的に押しているが、なかなか決着しそうにないこの戦いは、連携の打ち合わせもなく手を出すには、どんな距離でも繰り出されるエミリアちゃんの猛攻は激しすぎる。
師匠とマトイ・ヤクサの戦いは、単純に両者が近すぎて何もできない。
両方ともに接近戦中心で、アイラさんは奇襲という形で登場後すぐに脱落してしまってからはさらに距離を取ることがなくなり、僕のそばに居るリディやメアリーも介入できずに焦れている。
アイラさんの脱落は、攻撃を受けたのではなく、勝手に落ちたもの。最初の登場時の一撃で飛ばされたときに頭を打ったようにも見えたし、脳に深刻なダメージを受けたかもしれず早く助けた方が良いとも思う。でも、大通りでの戦いの中、道の前後をエミリアちゃんたちと師匠たちの戦いに挟まれていて、下手に近付くことが出来ない。
結果、傷が癒されても血が足りない僕も、剣を抜いているリディも、弓を構えるメアリーも、女神さまの方を見て真っ青になっているルーテリッツさんも、状況や実力的に見ていることしかできなかった。
「これだけ斬り合って、まだ倒せないとは思わなかった。本当に強くなりましたね、弟よ」
「黙れ、マトイ! お前みたいな狂気に塗れた剣の使い手を、姉とは認めない!」
互いの間合いギリギリのところで一息ついて、師匠とマトイ・ヤクサが睨み合っている――はずだったのに、師匠の返答を聞いてニッコリ笑みを浮かべる姉の方。
「またまたぁ~、照れなくても良いんですよ?」
「ふざけるな! 笑い事じゃないんだぞ! 自分の剣のためだけに強者を片っ端から殺して回った狂人め!」
「いや、幼いころに拳骨でおやつのおまんじゅうを奪い取ったことや、あなたが引き出しの奥に一年近く隠していた初恋相手へのラブレターを良かれと思って渡しておいたら儚く散った話なんかを挙げられるならともかく、理由が理由ですからね。――私の同類を二番弟子にしているあなたが、剣のことで私を嫌ってると言われましてもねぇ」
「……え? 僕?」
女剣士の目線が僕を射抜き、リディとメアリーの視線が続く。
突然のことにどう反応するべきか分からないで慌てていると、素直に疑問を持っているリディの視線に対し、なぜか納得したようなメアリーの視線がやけに目に付いた。
「ふざけるな! お前とミゼル君を一緒にするな!」
「おや、剣術について天才的な才覚を持つあなたに、分からないとは言わせませんよ?」
「死ね!」
そう言うと、師匠は一気に踏み込み、上段から斬りかかる。
よく言うなら鬼気迫る剛剣、素直に言うなら感情に任せたただの勢いだけの剣。少なくとも、カルドラルさんが帝都を出る寸前に言っていた、そして僕が普段の鍛錬で見る『どんな些細なしぐさにも意味がある考える剣』とはまったく違うように見える剣。
「だったら、本人に聞いてみましょうか」
その猛攻に対し、マトイ・ヤクサは悠然とかわしていく。
戦い方も、さっきまでの師匠を倒そうとの攻撃的なものではなく、回避と防御にだけ意識を向けるものになっている。
「そうですね。まず、斬ろうと思って誰かを斬って苦しんだことがない。――始めて命を奪ってからここまで、一度も」
「黙れ!」
いや、斬ろうと思ってるんだから、当然じゃないのか?
……あれ? でも、始めて殺した時も? いやでも、傭兵崩れの賊だから斬るのが正解だったし、何の足しにもならない雑魚の群れだったし……え?
「次に、今、あなたに私の言葉を聞かせまいとがむしゃらに向かってきているイサミのように、誰かのために戦ったことはないでしょう? いつだって、自分のため、剣のためにしか戦えない。普段ならばともかく、剣が絡めば、すべてにおいて剣だけが優先される」
「誰もが物事の優先順位を持っている! その中で、社会的な規範を守るミゼル君と、自分のためだけに捨て去ったお前を一緒にするな!」
いや違う。僕はニーナのためにも戦ったし……いや、本当にそうか? 地下で戦った時、剣の道を進む手掛かりを得た時に、本当にニーナのために戦っていた? ニーナのためなら、一人残らず狩る必要なんてないよな? 他にも大勢の味方が地下水道中に居たんだから、何人か逃がしたって問題ないんだ。むしろ、適当に追っ払ったら、少しでも早くニーナの無事を確認するべきじゃないのか? 普通はそうなのか? 手ごたえがなさすぎるからってメアリーに斬らせてくれって頼むことまでするのは、よく考えたら普通じゃないんじゃないか?
それに、考えたら、アルクスでの特異個体討伐もそうじゃないのか? 魔物の群れは中級以下の魔物しか居ないとは言っても、駆け出しとか本隊から戦力外扱いされた冒険者連中が命を賭ける中で、女神さまに特異個体を倒せる武器を示されながら断ったのは、自分のためだけに他者を顧みなかったことにならないか?
「心当たりがあるようですね。私と同じだ。それぞれの価値は認めようとも、白刃の前にすべては無価値。誰かの思いなんて、ただの『雑念』。私たちは、そういう生き物なんです。同じだからこそ、すぐに分かった」
「マトイ・ヤクサ! だから違う! ミゼル君は一線を超えていない! アルクスでも、飲まれかけたけど、最後はみんなのために剣を振るった! 他者の言葉に耳を傾けたんだ! 雑念であるものか!」
「イサミ、私やあなたの二番弟子は、あなたとは根本から違うんですよ。見たところは一番弟子の方もそのようですが、あなたは誰かの思いを力に出来る『英雄体質』とでもいうもの。一方の私たちは、そうではない。ただ自らのために生き、ただ自らと向かい合うことでしか先に進めない。だから、誰かの思いは、私たちを弱くする」
ああ、そうだ。
アルクスでの最後の一撃。ルーテリッツさんやリディがやってきて、みんなのために放った一撃。あの時僕は、弱かった。
それまで見えていたものが見えなくなって、気にしていなかったものが見えてきて、ただ自らの剣についてだけ言えば、特異個体と戦っていた中で、あの瞬間の僕が一番『弱かった』。
「同じ道をたどった先達として断言しましょう。あなたの剣は、いずれ大切な誰かを斬り伏せることになる」
「……違う。僕は、自分の親すら斬ったお前とは違う!」
「あなたの今の意思なんて関係ない。これは必然ですよ。強き師と有望な姉弟子に恵まれ、そして強敵を求めずにはいられない。その果てに、必ず身近な強者を斬らずにはいられなくなる。いずれは必ず至るあなたの運命。それが剣に狂う私たちです」
「黙れ! ミゼル君は――」
「では、一つ問います。――剣と大切な誰かを選ぶときに、剣を捨てられますか?」
師匠の攻め手が止まる。
師匠の、マトイ・ヤクサの、リディの、メアリーの、ルーテリッツさんの、女神さまの、ハーミット様の、みんなの視線が集まる。
――そして僕は、何も答えられなかった。
「答えは出ましたね」
そう言う女剣士の笑みが、今はひたすらに恐ろしい。
こんな質問、適当に答えておけばいいんだ。なんなら、その時にならないと分からないとか、抽象的過ぎてなんとも言えないとか、誤魔化す方法もいくらでもある。
なのに、何も言えない。
いや、答えはすぐに決まったんだ。でも、理性が、無条件に剣を選ぶのは間違いだって悲鳴を上げている。
「我が同胞、ミゼル・アストール。今からでも私の弟子になりませんか?」
その言葉は、混乱の極みにある僕には、すぐに理解できなかった。
「な!? ミゼル君は俺の弟子だ! お前みたいな人格破綻者のところにはいかせないぞ!」
「それはそれは、酷なことを言う。あなたの門下に居る限り、彼が上に行くことを――より剣に狂うことを決して許しはしないでしょう? それは、彼の芽を摘む行為だ。森で見た限り、ミゼル・アストールという剣士の『斬撃』には並々ならぬ執念が感じられる素晴らしいものだったのに、あなたは、彼の本質を否定することで、より高みを目指すことを否定している」
「違う! それは高みとは言わない!」
「いい加減、物分かりが悪いですね。それはあなたにとっての話だ。本質からして違う私たちにまで、その価値観を押し付けないでもらいたい――さあ、共に行きましょう。私なら、あなたをさらなる高みへと導ける」
そうしてマトイ・ヤクサが僕に向けて手を差し出した時のことだった。
距離はかなり離れていたが動く気配がなかった女剣士は、突如、後方へと跳ぶ。
「暗殺者モドキが。死んだふりでもう一度、私の意識から消えたのか」
側方から突っ込んで両手の短剣を振り下ろすも、その一撃は軽々と回避されたアイラさん。
これで師匠とマトイ・ヤクサの間にアイラさんが無防備な側面を晒すことになる。
二度までも襲い掛かられた女剣士には、アイラさんが邪魔で介入できないこのタイミングで見逃す理由はないとばかりに、すぐに攻撃動作に入った。
「イサミ! 殺れ!」
そのような危機に、アイラさんはそう叫ぶ。
そこからの師匠の動きは速かった。地を蹴ると、次の瞬間にはアイラさんの背中を二段目の踏み台にし、さらに跳び上がり、アイラさんは一拍遅れて崩れ落ちた。
その言葉もなく瞬時になされた連携は、事前に打ち合わせていたか練習でもしていたのかと思わせるほどに見事なものだった。
「今度こそ、ここで散れ!」
「残念。不意を突いたくらいでは!」
頭上を越え、女剣士の背後に降り立った師匠は、右側に体を捻るように振り向きざまに薙ぎの一撃を放つ。
対するマトイ・ヤクサは、右手で持った柄を上に、左手を添えた白刃を下に立て向きに構えて受け止め、その勢いのままに吹き飛ばされる――むしろ、自分からその勢いを生かして飛んだように見えた。
「デリグ! 本隊の撤退準備が整ったようです! 逃げますよ!」
「姐御、やっとか!」
師匠たちから距離を取った女剣士は、そんなやり取りの後、自らに高速で突っ込んできたデリグの首に手を回し、その背に掴まる。
エミリアちゃんと戦っていたデリグは、体中をズタズタに斬られているものの、流血はほとんどない。肉が焼けているようにも見えたことから、光の刃に斬られると出血が抑えられるほどのやけどを負うのだろうか。
それでも、腹に出来た大穴からは流石に血が後から後からあふれ出しているんだけど。
「おっと、そう簡単に逃がしはしませんよ?」
「知ってますよ」
デリグと戦っていたエミリアちゃんが空中に浮く無数の光の刃と共に斬り込むが、それに対してマトイ・ヤクサが地面に叩きつけた何かから煙が溢れて視界が閉ざされる。
「では、この場は失礼。私への弟子入りの話、次に会うまでに考えておいてくださいね?」
突風と共に視界が晴れて、とっさに目を守ろうとかざした手をどければ、そこにマトイ一派の影も形も残っていなかった。
「ふむ。『手の内はバレてるでしょうが』か。戦いの前に言ったセリフも、このための布石か。このように後々のために頭を回すあたりはヤクサ流を思わせるのう。デリグの魔剣の最大出力を誤魔化しておるとはな。流石に、普通の適合者程度では一発で廃人になるようなこれほどの出力、数日単位で二発目はないじゃろうが、稼がれた距離が大きすぎて追いつけぬか」
そのハーミット様のつぶやきに、師匠は特に反応もせず、刀を納める。
ただ、刀を持つ手に、いつもより力が入っているように見えた。
「で、ナズナよ。お主はどうする?」
「最後にもう一度レーヤを抱きしめたかったけど……もう限界みたい。仕方がないから、帰るわ」
女神さまとハーミット様は、そのまま互いの警戒を解く。
そのまま足の方から光の粒子となって消えていく女神さまは、僕の方に向けて最後に言葉を残した。
「忘れないで。レーヤがどんな道を進もうと、わたしの愛は、あなたと共にあるから」
そうして、女神さまは慈愛に満ちた笑顔だけを残して跡形もなく消え去り、この夜の争いは終わりを迎える。
「あー、その。ミゼル君……」
そして、ここからは後始末の時間。
突き付けられた課題について、答えを探し求める時間が始まる――と思っていた。
「その話、待ったじゃ。ミゼル・アストールの身柄は、わしが預かる」
互いになんと言ったものかと困っていた僕らの間に、そう言ってハーミット様が割り込んでくる。
それに異議を唱えたのは、リディだった。
「待ちなさいよ! こっちだって分からないことだらけなんだから、部外者の子どもが偉そうにしゃしゃり出ないで!」
「リディ。後で説明するから、今は黙っててくれ」
師匠にそう言われて、リディは勢いを失い、そのまま引き下がった。
不満気だけど、大好きな義父親に逆らってまで首を突っ込む気はないらしい。それだけ、師匠のことを信じているのだろう。
それに、師匠がこう出れば、メアリーは出てこないはず。家族大好きっ子の彼女が、家族の括りの外に居る僕について、家族に逆らってまで関わる気はないはずだから。
ルーテリッツさんは言わずもがな。内向的な性格ゆえに、よほどのことがなければ出てくることはない。
「で、師匠として、保護者として、異議は?」
「……ありません」
「それが良いじゃろう。今は色々ありすぎて頭も回るまい。一度頭を冷やして、どうするべきか、何を言うべきか、じっくり考えるんじゃ。――お主も一緒じゃぞ?」
「……へ? あ、はい!」
突然話を振られて答えれば、うむ、と頷くハーミット様。
あ、これハーミット様への同行の流れになってるや。
「エミリア。アイラの治療はどうじゃ?」
「終わりましたよ。脳の奥の方にかなり深刻なダメージがありましたが、きれいさっぱり治しておきました。この状態で良く動けていたと、感心するばかりですよ」
「じゃったら、すぐに城に戻るか。アイラは、黒竜騎士団の駐屯地に戻って、団長にすぐさまこっちへ来るように伝言を頼む。急いで頼みたいことがある、とな。ミゼルは、今夜は城で休ませるとして……明日も城に泊める。その翌日の朝一番で帰そう。分かったな?」
特に誰も異議を述べないのを確認すると、ハーミット様はすぐそこに見える城へと歩き出した。
そこにエミリアちゃんも続き、僕は、とっさに師匠を見ると黙って頷いてくれたのを確認し、城に向かう二人に続いた。
「今夜は休め。お主の人生について、わしはどうこう言える立場にないが、夜はいかん。闇は、思考を実際以上に悲惨な方向へと振り向けてしまう。明日の朝、わしらと話して、お主の体を少し調べさせてもらうが、それからゆっくり考えるんじゃな」
振り向かずに歩き続けながらそう言うハーミット様に対して、僕は何も言えなかった。




