第八話 ~今宵の役者は揃った~
女神さまに致命傷を癒してもらうも、血が足りなくて片膝をつく僕の前で、状況はどんどん動いている。
マトイ・ヤクサと女神さまが戦い出したかと思えば、皇帝陛下の相談役であるハーミット様が乱入して三者間でにらみ合いとなり、挙句、女神さまが『ナズナ』って名前を僕から貰ったって言い出して、ハーミット様が頭を抱えている。
と言うより、僕が女神さまに愛やら名前やらを与えたとはどういうことなのか。
前世も今世も、そんなことをした記憶なんてない。それに、こっちで一度も名乗ったことのない前世の名前で呼ぶということは、前世での繋がりなんだろうけど、黒髪はともかく、青い瞳や顔立ちなど、日本人離れした美少女を見て忘れるはずがない。
けれど、『ナズナ』と言えば、ペンペングサとも呼ばれる前世の植物の名前。名付けに使うかは別として、病弱だった『玲也』としては、その荒廃した土壌でも育つ力強さは、羨ましいものとして思い入れもありはした。
だから、記憶がないことを除けば、僕が名付けたと言われても筋が通らないことはないのだ。
完全に動かなくなってしまった流れの中で、女神さまの言いつけ通りに頑張って僕を守ろうとするルーテリッツさんに身の安全を任せ、体が動かない分まで頭を使っていた時のことだった。
僕らの居る戦場のすぐ目の前、宮殿から聞こえる重低音。そして、
「キャーッ!!」
響く悲鳴と、しばらくして離れていくいくつかの気配と叫び声。
「どうやら、帝都が生き返ったようじゃな」
睨み合う他の二人への警戒を緩めず、ハーミット様が淡々と言う。
宮殿からの音は、爆発音のように聞こえた。ハーミット様にすれば、守るべき皇帝もそこに居るはずなのだが、見たところ、特に動揺はない。
そして悲鳴は、ルーテリッツさんの言うところの『ずっとまとわりついてる、むにゅっとしたの』による干渉が消えて、意識を取り戻したということ。
この近くに居た人々にすれば、気付けば女三人が殺気をぶつけ合ってて、抜身の刀なんかの武器を構えあってるのだ。意識を取り戻せば逃げるのが利口だろうし、その方が戦っている身としてはやりやすい。
以上のことに対して、平然とするハーミット様や女神さまとは違い、女剣士だけは見るからに焦っている。
それも、状況が変わって敵の増援がそのうち来るから逃げなければならないと言う方向ではない。
逃亡の邪魔となる他の二人へ向けるべき注意を減らしてまで、宮殿の方をちらちらと気にしている。どう考えても、自分の身の安全以上に気になる何かがそこにあるのだと思う。
もしくは、この程度の状況は、危機でもなんでもないと考えているのか。
と、周囲の状況だけが動き続ける中、宮殿から一つの影が飛び上がった。
それは高く高く飛び上がり、どこまでも飛び続けるのではないかと錯覚するほどの飛翔時間の後、跳躍地点から数十マルトほど離れていると思われる大地へと降り立った。
この場でにらみ合う三者の、ど真ん中に。
「姐御! 何とかしてくれ!」
周囲を見渡し、迷わずマトイ・ヤクサのところへと駆け寄った影――少女らしき人物を左肩に布団でも干すかのように乗せ、右手に大剣を持った大男の第一声が、これである。
「サラは?」
「ん? ああ、魔力を使い果たしただけだ。本隊は、俺たちが足止めしてる間に目的を果たして逃げ切ったはず……って、そうじゃねぇ! 幼女だ! 幼女が来る!」
大男の答えに、ほっとする女剣士。
そして、どこぞの幼女主義者のようなことを言い出して興奮する大男。
なんというか、どこかで見た気がするんだけど、気のせいかもしれない。
流石に、幼女主義者に二人も会った覚えはない。
「ほう。幼女ですか」
「ああ! バカみたいに強い幼女に追われてるんだ! しかも、石だろうと鉄だろうと平然と斬り捨てる光の刃なんて使ってやがる! だから、まともに斬り合うことすらできねぇ! 姐御の方で何とかしてくれ! 普通にやるならともかく、『荷物』担ぎながらは無理だ!」
「もしかして、その幼女って」
ここで、聞き覚えのある声。
間違いない。ハーミット様がこの場に居ることで、僕はその答えにたどり着いた。
「こんな戦い方をするんですか?」
女剣士と大男はとっさに飛び下がり、その二人が居た地点に光の刃が振り下ろされる。
ただし、音もなければ土煙もない。
杖先に槍の穂先のように作られた刃は、何の抵抗もなく、振り下ろされた先にあった石畳を溶かしてしまったから。
「『初めまして』か『こんばんは』。ミゼルさまはお久しぶりですね。近衛軍七竜騎士団筆頭にして光竜騎士団長、みんなの団長ちゃんこと、エミリア・クラインツァーク。そこで気絶している『天剣使い』の小娘を殺しに来ました」
確かに、知っている人物だ。
名前も、セミロングな金髪金眼の見た目も同じ。
ただし、僕が知っている肩書は、ハーミット様のところで働いていたメイドさん。
決して、目の前の人物のように、白いローブに自分の身の丈ほどの金属製の杖を槍のように構える魔術師風の格好で殺し合う職業ではなかったはずだ。
「ミゼル? おお、ミゼル・アストールか。俺がソウルイーターに飲まれたときには、手間を掛けさせたな。済まん」
今度は、大男の方が訳の分からないことを言い出す。
だが、この言葉を吐く人物に心当たりはあるのだ。
帝都全域に死者を呼び出し、戦場にした狂人。僕が帝都に来て、最初に関わった事件の主犯。
しかし、別人のように落ち着いているとか、立ち姿だけでも僕と戦った時よりも強さを感じさせるとか色々あるが、何よりも大きな問題が一つ。
「デリグ、お前、公開処刑の日の朝に監獄内で殺されたって……」
「ミゼルさま。その男の肩に引っかかってる天剣使いですよ。今日、この帝都にやったことを、大監獄でもやった。デリグ死亡のニュースで掻き消されていましたが、上階の囚人の一人が行方不明になっています。監獄内の全員の意識を奪って、身代わりにしたんでしょう。――違いますか?」
マトイ・ヤクサたちは、答えない。
ただ、女剣士の笑みは、エミリアちゃん……まあ、うん。エミリアちゃんの推測を否定する気がないことを表していた。
「姐御、どうする?」
「帰りましょう。個々の敵は魅力的ですが、少し数が多すぎる」
その言葉と共に女剣士が腕を振れば、響く金属音。
音もなく側方から斬りかかった剣士の一撃を弾き返した音。
「師匠!」
そのまま距離を取った師匠は、僕の方を一瞬だけ見て笑みを向けると、真剣な眼差しで自らの姉に武器を向ける。
「ハーミット様、お聞きしたいことが」
「イサミ。お前の姉と、その横の男だけを気にすればよい」
師匠の言葉への返事は、ハーミット様からの、女神さまは敵ではないと言う宣告だろう。
正直、僕も女神さまのスタンスがよく分からないんだけど、ハーミット様なりに何か分かったのだろうか。
「ミゼル! 大丈夫!?」
「リディ! それにメアリーも!」
二人も来たことで、ブレイブハート全員集合だ。
事前に相談でもしてたのか、二人は師匠の方ではなく、僕の横に来る。
僕が戦った感じ、二人がマトイ・ヤクサ相手に戦力になるとは思えないし、正しい判断だと思う。
「それでぇ~、どちらさまぁ~?」
僕の前に陣取り、ニコニコと状況を見ていた女神さまに、猫被りモードのメアリーが話しかける。
ただし、答えがあるかは別の話。
「……」
「あのぉ~?」
「ああ、メアリー。その人、味方だから」
マトイ・ヤクサとの戦いぶりを見る限り、本気でやり合えば勝ち目がないんだ。
転生の話に繋がる、女神だって話はともかく、味方だって伝えて無用な敵意を向けさせないよう、僕が説明する。
まあ、左腕が勝手に落ちたことといい、何かの制限がありそうだから勝てるかもしれないけど、僕の血が足りなくて戦えないのに、他の人たちに無用な争いをさせる訳にはいかない。
もしかしたら、返事がないのも、その制限が関わってるのかもしれない。ここに存在するだけで精一杯とか。
単に興味のない相手と話す気がない、とかかもしれないけど。
「デリグ。筆頭騎士殿を足止めしておいてください。ああ、サラを落とさないように」
「はぁ!? んな無茶な!」
「あなたの魔剣は、風の加護のある機動戦特化。だからこそ、人一人を抱えてここまで逃げてこれた。手の内はバレてるでしょうが、――私が弟を倒すまで、生き残るくらいは出来ますよ。あなたたち両方と戦ったことのある私が保証します」
そうして、再び戦いが始まる。
デリグは、エミリアちゃんと。
ただし、杖先だけでなく、光の刃を空中に発生させて平然といくつも飛ばしてくる猛攻に、僕と戦った時とは別人のような冷静な動きで回避し続けている。
たぶん、ソウルイーターの影響がない、彼本来の戦い方なのだろう。
ハーミット様と女神さまは、動かない。
何を考えてるかなんてさっぱりだけど、互いに意識するだけで、双方が主に他の人たちの動向を見守っている。
そして、ヤクサ家の姉弟対決は、圧倒的に師匠が不利だった。
今まで、師匠は何度も戦って、姉を仕留められなかったと言っていた。それは、今目の前であるように、師匠が防戦一方で、何とか生き残ってきたのだと思う。
師匠だって負けて、修行して、強くなってはいるのだろう。
それでも、強くなれるのは相手も同じ。
今度こそは、と頑張って、今回も越え切れていない。
「あっ……!」
それは、誰の声か。
姉の一撃が弟の守りを吹き飛ばし、その無防備な胴体を射程に入れる。
もはや、遮るものは何もない。
師匠よりも一手早く刀を構えた女剣士は――
「ハッ!」
「グホァ!?」
真後ろに肘を叩き込み、そこに居なかったはずの人影を吹き飛ばす。
「ざ、残念……とらえたと……」
せき込みながら立ち上がったのは、アイラさんだった。
魔術師であったはずの彼女は、いつもの黒いローブに、杖ではなく、両手に短剣を持っている。
濡れているように見えるのは、独でも仕込んでいるのかもしれない。
その姿や構えは、魔術師ではなく、一撃で相手の急所を撃ち抜く暗殺者とでも言おうか。
まるで、マトイ・ヤクサの影の中から音もなく湧いて出たとしか表現できない方法で、いきなり現れたアイラさんだが、これも魔法なのだろうか。
闇属性の魔法をよく使う彼女なら、影を使うような魔法を使えてもおかしくないようなイメージは確かにあるのだが。
「助かったよ。正直、死ぬかと思った」
「イサミに一撃入った瞬間を狙えばよかった。だったら反応されなかっただろうし」
師匠と、息を整えたアイラさんは、そんな軽口を叩き、女剣士を挟むように立つ。
「ふむ。暗殺技法に目を付けたのは良いですけど、居場所の知れた暗殺者ほどくみしやすい存在もそうはない。こちらも連れの命がかかっているので、さっさと片付けさせてもらいますよ」
こうして、戦いは規模を増し、僕らを置き去りにしたままに大人たちは争いを続けていくのだった。
次回で戦いが終わり、その次からエピローグ(にできたら良いなぁ……)って予定です。




