第五話 ~帝都の闇~
結局、僕ら三人は現場での事情聴取だけで解放された。
リディエラさんはデリグの発言を持ち出して師匠の無実を訴えたが、責任者らしき中年キツネしっぽ男にそっけなくあしらわれ、失意の帰宅となるはずだった。
「ねえ、二人とも。イサミを救う策があるんだけど、乗る?」
そんなストーカー女――アイラさんの言葉がなければ。
「改めて。近衛軍黒竜騎士団のアイラ・マクドゥガルよ。よろしくね」
「あ、はい。ミゼル・アストールです。よろしくお願いします」
深夜の道端で立ち話ともいかず、パーティホームに帰ってきた。
何とかギルドの差押えをまぬがれていたちゃぶ台を三人で囲んでいるのだが、お茶の一杯も出ることなく、リディエラさんの拳がちゃぶ台に振るわれた。
「何まったりしてんのよ! ちゃっちゃと先生を救う方策とやらをはきなさい!」
「はぁ、これだからリディちゃんはお子さまなのよ。虚勢でも良いから、客をもてなしてみせる余裕くらいは見せなくちゃ。足元見られるわよ?」
「誰が客か! 先生に付きまとうビッチなんて、必要がなければホームに入れるもんですか!」
「残念でした~。付きまとってるんじゃなくて、お話ししたりお食事したりしてお互いに楽しんでるだけ。ただ因縁があるだけの関係だもの。それに、おねーさん処女だし」
リディエラさんはしっぽを逆立てて不機嫌全開で、アイラさんはクスクス楽しそうに笑っている。
きっと、リディエラさんはアイラさんに当分勝てないのだろう。
でも、師匠について気になるのは僕も同じ。そろそろ割って入ることにする。
「えっと、お恥ずかしながらうちのパーティは余裕がないものでして。お水くらいしか出せないのですが、それでよろしいでしょうか?」
「ちょっと、ミゼル! こんなやつに――」
「いえいえ、お構いなく。流石のおねーさんも、三億デルンも借金背負ったパーティにたかる気にはならないわ。場も温まったし、本題に入りましょうか」
リディエラさんは何か言いたげな目をしているが、本題の内容が気になるのか、しっぽをゆらゆらと不機嫌そうに揺らすだけで我慢することにしたようだ。
「まず一つ質問なんだけど、ミゼル君って何者?」
「何者、ですか?」
「そうそう。出身とか、経歴とか、所属とか――デリグって名乗った大男とサシで戦っても無傷で生き抜いた戦闘技能について、とか」
薄く笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
でも、『今生』に限るなら別に隠すこともないし、素直に話すことにしよう。
「出身は、帝都から遥か東のリゼット村っていう小さな村です。経歴といっても、普通の農家の次男坊としか言いようがありませんね。所属は――正式には、無所属ですね。できればこのまま師匠のところでお世話になりたいのですが、帝都にやってきて早々にこの騒ぎだったもので」
「あら。師匠って、イサミのこと? リディちゃん以外にも弟子がいたのね」
「はい。僕は二番弟子で、リディエラさんは姉弟子に当たります」
「ふうん。……天才イサミ・ヤクサの秘蔵っ子で、実力は上々。これは、結構な拾いモノかもね」
リディエラさんの方をチラチラ窺いながら話を聞いていたアイラさんは、警戒の色を薄めてくれた。
まあ、リディエラさんはあまり感情を隠さないから、コツさえ掴めば嘘発見器がわりに使えるのだろう。
「ああ、いきなり探るようなことしてごめんね。流石に、イサミが無実だってみんな知ってるなんて話、変なところに流されても困るから」
「「は?」」
同時に声が漏れ、思わずリディエラさんと目を見合わせる。
「正確に言うなら、『帝都警備隊の中堅以上の地位にある人間と、その上位官庁である警察省の帝都の治安に関わる部署では常識』ってところかしら」
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、もうすぐ先生は帰ってくるの?」
「それはないわ」
……頭が痛くなっていた。
アイラさんが何を言っているのか分からないのは、僕の頭が悪いのだろうか?
「そりゃあ、訳が分からないわよね。今から順を追って話すわ」
アイラさんの話によると、次のとおりだそうだ。
二か月ほど前の夜のこと。
帝都警備隊が、巷を騒がせる無差別連続殺人事件が起こっているらしき現場へと急行した。
何か月間も手掛かりすら掴めず肩身の狭かった彼ら彼女らは、今回もまたダメだろうと諦めを抱えながら現場へ赴くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
その場から慌てて立ち去る大男。
そして、いくつも転がる同僚の死体の中、そこにうずくまるのは血濡れた刀を持つ一人の男――イサミ・ヤクサ。
負傷して意識もはっきりしていなかった師匠は何の抵抗もせず捕縛され、犯人逮捕の報はすぐさま帝都警備隊と警察省を駆け回ったらしい。
事件捜査に進展がないことで政治的に苦しかった警察省大臣は、即座にこの事実を公表。
それを受けて、ギルド所属の高位冒険者が起こした前代未聞の規模の不祥事に対して、ギルドは厳正な処分を速やかに行うことで信頼回復に努めた。
「ところがどっこい。イサミの刀に付いていた血の魔法適正を調べても、どの死体とも合わない。まさかと思って調べてみたら、逃げた男の残したものとぴったり一致。意識を回復したイサミの、犯人と交戦したって供述とも合っちゃったからさあ大変」
「それのどこが大変なのよ。犯人じゃないなら、釈放して終わりでしょうが」
「普通ならそうなんだけどね。何か月も帝都を騒がせた事件で、初めて進展があったって大々的に宣伝したばっかり。――これで他に進展もないまま間違いでしたって発表したら、どれだけの『クビ』が飛ぶのかしらね。お蔭で、どうするべきか結構もめてるんですって」
悔しそうに黙り込んだリディエラさんは、すぐに明るい表情で口を開いた。
「そうだ、ギルドよ! 冒険者を守るなんて言って年間何百万デルンも登録料を持っていくんだから、こんなときくらい――」
「ないない。黙殺されて終わりね」
名案! と言わんばかりの笑顔での発言を遮られて固まったリディエラさんを気にせず、アイラさんの説明は続く。
「ギルドの収入源は、主に四つ。警察省から委託されている魔物の討伐対象指定の委託料が約三割、軍務省から委託されている討伐報奨金の支払い業務の手数料が約三割、商務省から得ている冒険者から買い取った素材を市場に卸売する許可からの利益が約二割。残りの約二割が登録料なんかのギルド独自収入に当たるわけ。下手に警察省の顔を潰したら、帝国冒険者ギルドは破産ね」
「なによそれ。どうしろって言うのよ……」
なんだ。あれこれ言っているけれど、
「つまり――」
やるべきことは、ただ一つ。
「敵をすべて、斬ってしまえば良いんでしょう?」
それなら得意だ。専門分野だ。
「なによそれ……」
「……ぷっ。ふはははは! そうねそうね。あれこれ言ったけれど、立ち塞がるもの、すべて『斬り』なさい。後は、おねーさんたちが何とかしてあげる。プロの意地にかけてね」
リディエラさんはぽかんとしているけど、そういうこと。
事件が終息すれば、警察省側にだって面子を潰さずに済む落としどころは見つかりうるのだ。そこが折れれば、ギルドにも警察省の顔色をうかがう必要がなくなる。
「で、そこの秘蔵っ子君。さっきからほとんど聞いてばかりだった訳だけど、何か質問はないのかしら?」
「質問ですか。じゃあ、アイラさんはなんで助けてくれるんですか?」
「って言うと?」
「いえ、軍人さんが警察の領分に踏み込むって、マズイんじゃないかと思いまして」
一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうにアイラさんは答えてくれた。
「君は本当に頭が回るんだね。冒険者って言うより、若手官僚って言われた方が信じられそう。――で、助ける理由だっけ? それはね、一つは、軍人が大っぴらに動くと問題になるから無所属の戦力が必要なの。もう一つは、Bランクパーティ『ブレイブハート』を黒竜騎士団に取り込むため」
「取り込むですって……?」
途端、リディエラさんが殺気すら漏らしながらアイラさんを睨む。
それはそうだ。取り込むなんて不穏当な言葉、誰でも警戒するだろう。
「別に、変なことしようってんじゃないわよ。むしろ、部外者にヤバいことさせて、その情報を流されたら困るもの。手が足りない時に、表に出せるような仕事を代行してもらうの。物品輸送とか、街道の『大掃除』なんかが代表的かしら。払いも良いから、高位パーティは大抵どこかとそんな関係を築いて収入源にしてるもんよ。帝都のBランクでそういう契約をしていないのは、ココくらいのものね」
そんな説明を聞いても警戒を緩めないリディエラさんに、アイラさんはさらに話を続けた。
「あのね。ここで断っても、いずれはどこかと繋がりを持つしかないわよ。普通は数百人規模で挑まないと討伐できないような魔物を狩って、Bランクパーティへの昇進に必要な実績を積み上げた三人だけのパーティ。史上最年少Bランク冒険者の『剣聖』に、その弟子であり史上最年少で中堅の入り口であるDランクの『銀狼』、今は留守みたいだけど、Eランクながら一流の回復魔法を使う『水の癒し手』、なんて二つ名持ちばかりの少数精鋭な編成。しかも、『銀狼』は実績不足で上に行けないだけで、実力はもっと上のランク相当だと見られてる。――どこも人手不足なお役所が、こんな有望な下請け候補を逃がすと思う?」
しばらく睨み合いが続いたが、折れたのはリディエラさんだった。
殺気を納めて、不機嫌そうにアイラさんから目を逸らした。
「じゃあ、おねーさんたちを手伝う話は、了承ってことで良いわね。もう遅いし、あの『不死』を打ち破る策はまた明日伝えるわ」
こうして、やるべきことは定まった。




