第四話 ~過去と因縁~
『おねーさんがこうして毎日おせんべいをつまみながら牽制に来てるのよ。いや~、マジ働いてるわ~』
アイラ・マクドゥガルという黒竜騎士について、僕の中のイメージは基本的にこのセリフに現れている。
確かに、状況によって喜怒哀楽がしっかり出ている点ではメアリーほどに徹底はしていないが、努めて明るく、余裕を心がけているように見えていた。
「あなたの姉の――パパの仇の首を、私に捧げなさい」
だから、ただ殺意に満たされたその言葉を聞いた時、本当に目の前の女騎士が本物なのか、確信が持てなかった。
「あの、差支えがなければなんですけど、僕たちにも分かるように説明していただけないかなぁ、って……」
選択肢としては、部外者だからと気を遣って二人きりにするというのもあったかもしれない。
だけど、あまりにも異常な様子は、ただ放置するには危ういものを感じさせる尋常でなさだった。
「あー、アイラ――」
「私は、十年待った。今更、少し話すぐらいの時間は気にしないわ」
何かを遠慮しているような師匠の言葉を遮り、淡々と発されたアイラさんの言葉。
結果、アイラさんの向かいに師匠。師匠の右にリディ、メアリー。師匠の左に僕、ルーテリッツさん、ニーナがちゃぶ台を囲んで座る。
ニーナがアイラさんにお代わりを注ぎ、そして全員の前に置いた湯呑みに口をつけた師匠がちゃぶ台の上に湯呑みを置く。
その、静かな中に響いた乾いた音と共に、師匠が口を開く。
「さて、どこから話すべきか」
「この子たちだって完全に部外者ってわけじゃなくなったんだもの。最初から全部で良いでしょう? 私は、待てるから」
「……そうか。だったら、八色家のことから話そうか」
遥か東の島国、ヤマト国と呼ばれる場所でのこと。
かつて群雄割拠の戦乱が百年単位で続いたその国では、群雄割拠以前には国を治めていたものの、力を失って一地方の支配者にまで落ちぶれていた旧国家元首の血筋が再び諸侯を従えることで平和を取り戻した。
その際、武において功が著しかった『五聖将』と呼ばれる者たちの一人が、当時の八色家当主であったらしい。
「その後、その当主が実戦の中で磨き上げた戦闘技法は、『八色流』という一つの流派になった。本来は、指揮官としての部隊運営全般を含む用兵術と、武人としての戦闘術の両方についての教えなんだ。だけど、平和な時代でも試合なんかで実力を示しやすい戦闘術の方ばかりが今では注目されてるけどね」
だけど、ある時、当時の当主の下に二人の天才が生まれたことで、八色家の運命は大きく変わることになった。
「姉は纏、弟は勇って名付けられた。それぞれ性質はまったく違ったんだけど、他の弟妹たちや門下生に比べて、両方とも間違いなく天才と呼べる資質を持っていた。長子の姉が本命ではあったけど、どっちが次期当主でも次世代の八色家は安泰だって言われてたんだ」
だが、そんな平穏は最悪の形で失われることとなる。
――八色家当主、害される。下手人は、八色纏。
「親子関係に問題があったとか、そういう理由じゃなかった。『強い相手と死合いたかった。強くなるために』。剣に狂い、狂気のままに動いた。その結果が、親殺しだ」
そこで終われば、単なる悲劇。
でも、そうなる訳がなかった。
「親を殺した理由が理由。そこで止まる訳がなかった。強者を求め、斬り続けた。あえて一つだけ問題を挙げるなら、平和なヤマトの国において武の道を進もうと考える連中は、武門の名家の人間がほとんどだったってことさ」
殺すために殺すのではなく、強くなるために殺し合う。
だからこそ、八色纏はわざわざ自らの戦いを隠ぺいする必要を感じず、その凶行はすべて白日の下にさらされることとなった。
「殺しも殺したり。政治勢力図すら塗り替えるほどの結果に、他家は八色の陰謀を疑った。最初の当主殺害以降、有力武門で唯一犠牲を出していなかったからね。個人的には、手合せなんかで実力の底が分かっていたからこそ、わざわざ殺し合う意味を見出さなかったからじゃないかと思うけど、本当のところは本人しか知らない。とにかく、他家からすれば、当主も殺させて疑いをそらし、俺が家を継いで八色一強時代を作る。そう疑っても仕方がないくらいに、あの女は『働いた』んだよ」
そうして政治的に苦境に陥った八色家。
そんな陰謀を抜きにしても、次期当主本命のやった不始末。事の大きさを考えれば、最悪、お家断絶でもおかしくないところにまで至っていた。
「そこで、八色の重臣会議は一つの決断をした。『現当主代行である八色勇を責任者として、八色纏追討部隊を派遣する』。高名な武人がことごとく討ち取られていた状況で、あの女に対抗しうる追っ手を出した。加えて、次期当主本命になっていた俺を、結果を出すまで帰らせないって宣言することで、本気で討伐するつもりだって表明しようとしたんだ」
元々が、政治的に追い詰められていた八色家。
すでに政治勢力図が書き換わってからそんなことをしても手遅れじゃないかと僕は思うけど、それくらいしか出来ないくらいに追いつめられていたってことだろう。
「それからは色々とあった。すでに海を渡って東方諸国で殺し回っていたマトイを追いかけて、追って追って、やっとこの帝国で見つけたと思えば、随員があっという間に全滅して、あの女を取り逃がした。で、サポート要員だろうとあの女を追いかけるのに実力不足の者は邪魔だって判断して追加派遣を断ってからは、遠い異国で一人旅。そう思ってたら、かわいらしい連れが出来た」
そう言いながら、隣に座るリディの頭を撫でる師匠。
リディの方も、顔を真っ赤にして恥ずかしそうだけど、しっぽを大きく動かしてとてもうれしそうだ。
「そうして困り果てていたところで、協力者が現れた」
「当時、黒竜騎士だった私のパパよ」
そう言って言葉を挟んだアイラさんは、淡々とする中にも儚さが垣間見える。
過去を思い出し、懐かしさや辛さが入り混じるその様子は、自分以外の身近な存在の死に触れたことのない僕では、推し測ることはできないだろう。
「そうだ。こっちでもやらかしていたマトイ・ヤクサを追っていたところで、マクドゥガルさんのチームと出会ってね。同じ目的だってことで協力することになった。当時幼かったリディの相手をアイラがしてくれたり、情報面以外にも本当に助かったよ」
すまし顔のままのアイラさんに、嫌そうな顔のリディ。
今現在の『ストーカー女』呼ばわりするリディと、からかうアイラさんの関係を考えれば、一騒動あってもおかしくないはずの場面。
それでも反応すらしないアイラさんの様子は、普段との違いを如実に表していた。
「でも結末は変わらなかった。マクドゥガルさんのチームは全滅して、マクドゥガルさんに庇われた俺だけが生き残った。また俺は、一緒に戦う仲間をすべて失ったんだ」
「そして私は、たった一人の肉親を失った」
「そんな時、アイラは俺に言ったんだ」
「『あなたのせいでパパが死んだなんて言うつもりはない。だけど、あなたのためにパパは死んだ。だから、私の復讐に協力して』てね」
「ところがどっこい、この後、衝撃の事実が判明する!」
「魔法の才そのものは高いけど、その他に戦いに向いた才能がない。これじゃ、マトイ・ヤクサに一撃叩き込む前に殺されるだけ。パパの後を継いで見習いとして入った黒竜騎士団の団長に言われたことよ」
師匠もアイラさんの様子を心配したのか、わざわざ普段とは違う言い回しをしてまで盛り上げようとしたんだろうけど、アイラさんの平然とした返しが思惑を打ち砕く。
結局、慣れないことをしてスベったという結果だけが残った訳だが、咳ばらいを一つし、何事もなかったかのように話が続く。
「えーっと、まあ、そんな訳で、改めて約束を交わしたんだ。黒竜騎士団の一員として、危険人物マトイ・ヤクサの捜索は一手に引き受けるから、見つけた後、必ずどんな手段を使ってでも首を獲って欲しいってね。そうして、探し回る必要のなくなった俺たちは、帝都に定住することになった。――で、見つかったんだろ?」
「ええ。だから、誓いを果たしてもらいに来た。あの強敵相手に、勝利を掴んでもらいにね」
そこで、これまで話していた二人が口を閉じる。
話が終わって沈黙が続く中、口を開いたのはリディだった。
「……聞いてない」
「ごめん。言おうとは思ってたんだ」
「でも、今まで、何年もあったのに聞いてない……」
「黒竜騎士団なんて国家権力を使っても何年も足取りがつかめなくて、たった一人の流れ者を見つけだすなんてもう無理だと思った。アテもなく永住するしかないのかもって思ったら、説明して余計な心配を掛けたくなくてさ」
リディのすすり泣く声に対して、誰も反応を返さない。
こんな重大なことを聞かされなかったというショックについて、誰も口を挟めなかった、というのが正確かもしれない。
ルーテリッツさんやニーナは最近繋がりを持ったばかりで、ここでは一番部外者に近い存在。
アイラさんは師匠と『共犯』関係。
僕は月一指導の弟子でリディほど濃いつながりはないし、唯一リディと同じ立場に立つ権利を持つだろうメアリーは『仮面』を被り続けている負い目がある。僕としては大したことじゃないと思っても、本人は素を出さないことに大きな罪悪感を持っているようだし、隠し事について誰かを攻めようとはしないだろう。
「ここ数年はね、国許から早く結果を出せって催促の手紙が良く来るんだ。政治的なことを抜きに、遺族の心情的に下手人を討ち取って、区切りをつけたいって圧力が強いみたいでね。そのうっ憤が八色家に向けられてるらしい。元々、被害者は武門の家ばかりだから、発想も血の気が多くなるみたいだ」
師匠は、ここで言葉を切り、深呼吸を一つ。
何か、覚悟を決めた目で続きを語る。
「だから、ここでマトイ・ヤクサの首を獲ったら、俺は故郷に帰る。そして、その功績を理由に当主の座に着いて、俺自身の幼いころからの名声と実力を利用して家中の引き締めを図り、お家の立て直しをすることになる。そうなれば、一生、この国に戻ることはない」
沈黙。
リディの涙すら引っ込めたそれは、それだけの重みを持っていた。
「俺にとって、ここも大事だけど、八色家は生まれ育った場所なんだ。落ち目の家は、強力な当主の才覚でもってまとめるのでなければ、立て直し以前にバラバラになってしまう。そして、残念ながら、現在の当主や、他の当主になりうる人材に、そこまで力強い者は居ないらしい。でも、俺なら、力押しで分解を防ぐくらいは出来ると思う」
「待って、先生……待ってよ、パパ! それじゃ――」
「取り逃がすかもしれないし、今度は俺が殺されるかもしれない。それでも、この先の身の振り方を考えておいてほしい」
すがるようなリディの言葉に、つらそうにしながらも、師匠は冷たく言い放つ。
「俺としては、一緒にヤマト国までついてくるのはお勧めしない、とだけ言っておく。政権中枢ってのは、みんなが考える何倍も真っ黒な世界だからね。こっちのすべてを捨ててまで、そんな地獄に来ることはないよ。それと、この『ブレイブハート』のパーティ財産は全部置いていくつもりだから、生活のことは心配しなくても良い」
そこで師匠は立ち上がり、続いてアイラさんが立ち上がる。
「パーティリーダーの代行として、冒険者ギルドにリディを申請しておく。悪いけど、ミゼル君にその補佐を頼む。二人で、パーティ関係の仕事をやっておいてくれ」
――俺が居なくなった後の予行としてさ。
まるでそう言ってるかのような言葉を残し、答えが返るのを待つこともなく、二人は立ち去って行った。




