第三話 ~類は友を呼ぶ~
「随分と騒がしいので来てみたのですが、大丈夫ですか?」
そんな言葉と共に現れた、黒髪で袴姿の女剣士。
持ってきていた大きなリュックも置き去りにしてきてしまい、キラービーの群れから逃げるのに必死で現在位置すら分からない僕らにとって、幸運としか言いようのない出会い――のはずだった。
「ねえ、ルーテリッツさん。落ち着きませんか?」
「落ち着いてる!」
どう見ても興奮しているルーテリッツさんは、女剣士さんと僕の間に立ちはだかり、女剣士さんに杖を向け続けている。
普通に良い人そうに見える女剣士さんは、僕から見れば特に怪しくはない。
『ヤマト風』なんて呼ばれる、僕からすれば和風な服装や刀を師匠以外に始めてみたってくらいだけど、珍しいだけで、疑う理由になりはしない。
だけど、目の前の魔女が敵視するなら、それを無視するとの選択肢はない。
「あの、すいません。ちょっと連れと話をつけてくるので、待っててもらえますか?」
「ええ、どうぞ」
ルーテリッツさんの反応に苦笑い状態だった女剣士さんに確認を取り、爆乳年上魔女と少し離れた木の陰へ。
「あの女性は、僕らを嵌める気ですか?」
答えを確信しながら、問いを発する。
こうでもなければ、初対面の相手に杖を向けるほどの敵意を持つ理由がない。
精霊を通じて相手の感情を読める魔女の言葉なら、それが真実であることを前提に対処を考えねばならない。
「え……あ、その……」
「その?」
「……ち、違う」
「うん……うん?」
「だから、違うの……」
その答えは、完全に予想外。
だったら、なぜにあれだけの敵意を向ける必要があったのか。
「で、でも! ダメなの! 『あっち』はダメなの!」
「あの、ルーテリッツさん? 僕らは、道も分からなくて困ってるんです」
「う、うん……」
「あの人に頼らないと、とっても困ったことになります」
「……うん」
それ以上、ルーテリッツさんは抵抗しなかった。
ルーテリッツさんと個人的に合わない何かを感じでもしたんだろうけど、個人の好き嫌いを優先してる状況でもない。
不満そうな魔女を引きつれ、女剣士のところへと戻る。
「なるほど、現在位置を見失ったと。でしたら、私が道のあるところまで案内しましょうか?」
「本当ですか! わざわざありがとうございます!」
事情を話せば、わざわざ同行して案内してくれるとのことで、素直に好意に甘えることに。
ルーテリッツさんは見るからに不満そうだったけど、申し出を断ろうなんてありえなかった。
「ほう、その若さでCランク冒険者ですか。凄いですね。それに、そちらのお嬢さんは魔法学院卒の資格をギルドに申請して、飛び級での冒険者ランク取得予定ですか」
「ええ、まあ。あ、あはは……」
道中は、何とも言えない雰囲気だった。
僕の右に女剣士さんが並んで歩いてるんだけど、その間にルーテリッツさんが居る。
いや、別にそれは良いんだけど、なんで僕の右腕に柔らかい二つの小惑星が押しつぶされるほどに抱き付かれてて、ほっぺを膨らませながら女剣士さんを睨んでるんですかね。
それだけ見たら僕のことを好きすぎる年上女性が、かわいく拗ねてるように見えなくもない。
ただし、敵意が尋常じゃない。
ほんとに、なんであの女剣士さんは平然としてるのか。見習いたいほどの肝っ玉の太さである。
とにかく、話を切ると空気が怖すぎて耐えられない。何でもいいから話を続けないと。
「そ、そういえば、あなたはなんで――」
「あ」
「おや」
まずは精霊との感応による広範囲への探知能力を持つ魔女が足を止め、くっつかれててた僕が訳も分からず足を止めることに。
続いて、前方を見て何かに気付いたらしい女剣士さんも足を止める。
「ふむ、ゴブリンですか。三匹で哨戒中ってところですね」
前を見れば、女剣士さんの言う通り、三匹のゴブリン。
棍棒を持って鳴き声による立ち話に興じているようだが、僕らには気付いていないようだ。
「どうやら、彼らの群れの縄張りが近いようですね。仲間を呼ばれると面倒ですし、その前にさっさと倒して先を急ぐのが最善ですかね。遠回りして別の見張り部隊と出くわして、先手を取られる恐れもありますし」
「僕も、先手を取れる状況を生かすべきだと思います。なので、僕が一人で行ってきますね」
「おや、よろしいのですか?」
道案内をしてもらっているのだから、これくらいはこっちでしないと申し訳ない。それに、木々が邪魔で一人で動くことすら制限されるのだから、初対面で連携どころでもないこともあって、一人で行くのが最善。
そんなことを言って、女剣士さんの了解を取り付ける。
まあ、女剣士さんの方はともかく、ルーテリッツさんなら確実に一網打尽に出来るだけの魔法を放てるんだろうけど、そんな派手なことをして気付かれたら意味がない。
それに、敵の感情すら読める彼女に、できることなら自ら手を汚すことはさせたくない。
いずれ慣れないといけなくとも、もっと余裕のある状況で、ゆっくり慣らすべきだ。錯乱でもされたら、結局は敵を呼び集めかねないんだから。
「では、行ってきます」
存外すんなりと右手が解放され、抜刀しつつ一気に敵を僕の間合いの内側へと引きずり込む。
「ギャ?」
僕に気付いたのか、そんな声をあげながらこっちを見ようとした真ん中の一匹。
右手一本で上段に振り上げた白刃をもって、脳天から断ち斬る。
横目で確認すれば、とっさのことに動けない右の二匹目。
振り下ろし切った刃の軌道をひねり上げ、その首を刎ね飛ばす。
一瞬目線を切っていた左を見れば、三匹目はすでに棍棒を振り上げようとしている。
間合いを取ればその隙に仲間を呼ばれかねず、攻撃を強行しようにも、右斜め後ろは木であって、勢いを完全に殺してから体の前面を通って攻撃を放たねばならない。これでは、間に合わない。
まあ、想定通りなんだけど。
旅立ちの時、祖父から貰った大きめのナイフ。
いつも腰につけているそれを左手で引き抜き、一閃。
無理矢理に体重移動することで一歩踏み込み、姿勢を完全に崩さないように踏ん張りながらの攻撃は、棍棒が天に向けられきる前にその動きを止め、その小さな体は仰向けに倒れる。
「いや、お見事お見事」
ゆっくりと拍手をしながらやってきた、女剣士さん。
「その、ゴブリン三匹ですよ?」
「いやいや、敵を倒したことじゃないですよ。その『斬撃』です」
今更、褒められる方が恥ずかしくなる程度の戦果に、謙遜でなく顔を引きつらせて返事すれば、思わぬ言葉。
「ええ、本当に興味深い『斬撃』です」
そのとき、女剣士さんの表情が引き締まる。
それまでの笑みが消え、真剣なそれに。
同時に、僕の背中を冷たい感覚が走る。
それは、僕の本能的な恐怖を掻き立て――そして、一抹の甘い快感が混じる。
自分自身でも何なのかが分からない。
だけれども、この相反する感情が共存しているとしか言いようがない。
戸惑う僕を知ってか知らずか、彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「あなたは――」
「ダメ! ダメダメダメ! ダメーッ!」
そこに、ルーテリッツさんが割り込んでくる。
この騒ぎでなんとか混乱から抜け出した僕を背に、杖を向けて女剣士さんと向き合う魔女。
鼻息も荒く、今まで見たことがないほどに攻撃的になっている。
「ル、ルーテリッツさん。とにかく、落ち着いて――」
「ダメ! とにかく『そっち』はダメなの!」
どうしようもない状態。ルーテリッツさんが完全に矛を収める気がないのを見て、女剣士さんが表情を崩した。
「あなたは、私に似ている。だからこそ、良い仲間を持ちましたね」
「え? あ、はあ」
何か褒められてるような気はするが、何の意図があるのかが分からない。
なので、とりあえず適当に合わせておくことにした。
「君が『現状に満足している』なら、その縁を大切になさい。きっと、これほどの勘の良さは二度と出会えないでしょうから」
「あ、はぁ……」
と、好き勝手言い捨てて、勝手に歩き始める女剣士さん。
「さっき進んでいた方向に真っ直ぐ行けば、すぐに道に出ますよ。私はすぐに立ち去った方が良いでしょう? そのお嬢さんのためにも」
僕が女剣士さんの名前も素性も聞いてなかったことに気付いたのは、女剣士さんが立ち去って、ようやくルーテリッツさんが落ち着いた後のことだった。
「あー、疲れた」
日が暮れゆく帝都の大通り。
言葉とは裏腹に嬉しそうなリディ達と一緒に、師匠を先頭にパーティホームへと向かう。
あの後、荷物を置き去った現場で無事に合流できた僕らは、しっかりと仕事を果たしてきたところだ。
行きには主に火の魔石で重かったリュックには、採取したキラービーの巣が入っている。
これでしばらくはおやつが豪華になると義姉妹たちは大喜びし、僕も妹にお土産が出来てほくほくだ。
ルーテリッツさんも、女剣士さんと別れてからは、僕の方をチラチラ見てくることはあっても、基本的にいつも通り。何の問題もなく仕事を終わらせた。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい!」
師匠を先頭に玄関に入れば、出迎えるのは我らがパーティ専属メイドのニーナ。
だが、その様子は何か困惑しているようにも見える。
「どうかしたのかい?」
「いや、その、アイラさんがいらっしゃてるんですけど……」
師匠の問いに、歯切れの悪いニーナの返答。
とにかく居間に来てくれと言われ、みんなでぞろぞろと進む。
「おかえり、イサミ」
襖を開けると同時、僕ら全員の動きが止まる。
「マトイ・ヤクサ」
ちゃぶ台につき正座する女騎士は、いつもの余裕を感じさせる雰囲気を持たない。
いつでも殺せると言わんばかりの張り詰めた空気を放っている。
「守るものが出来た、なんてのは言い訳にさせない。分かりきってたことだもの」
「……そうだね。俺は、そのためにこの国に来たんだから」
「誓いは果たす。だから、あなたも誓いを果たして」
僕、それに見る限りは当事者二人以外が理解できないまま、勝手に話だけが進んでいく。
「あなたの姉の――パパの仇の首を、私に捧げなさい」




