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第二話 ~害虫駆除と役得のお時間です~

「到着よ!」

「わぁ~!」


 朝食の際に告げられたキラービー討伐の当番。留守番のニーナを残し、朝食後すぐに、やけにテンションの高いヤクサ家の長女と次女を先頭にやってきたのは、帝都近郊の森に少し入ったところである。

 僕と師匠とルーテリッツさんが二人の後ろに続いている。

 全員がいつものように武装しているのだが、加えて、五人ともがずっしり重いリュックを装備。そして、僕と師匠とリディが、前世で言うバールのように先の曲がった金属棒を持っている。

 どう使うのかと聞けば、実際に見た方が早いと言われて今に至っている。


「森に入る前も一度説明したけど、この五人で広大な森中のキラービーを駆除する訳じゃない。全員に渡してある地図に印をつけておいた中層の一部だけだから。俺、リディとルーテリッツさん、メアリーとミゼル君の三つに人手を分けて行う。最初は四人でやって、リディとメアリーが中心になってお手本を見せてから、手分けしてくれ。終わったら、地図に書いてある合流地点で落ち合おう――何か質問は?」

「無いわ!」

「あってもぉ~、二人で指導するから大丈夫だよぉ~」


 そんなこんなで、前のめりな義娘二人に苦笑いを残し、師匠は一足早く去っていく。


「じゃあ、あたしたちも行くわよ! とりあえず、キラービーの巣を探さなきゃ!」


 そんな風に意気込むリディだが、五十歩も歩かないうちに立ち止まる。

 犬耳をぴくぴく、鼻をすんすんさせ、何かに気付いた様子の彼女は、唇の前に人差し指を持ってくることで静かにするように合図し、そのまま手招きすることで少し離れた茂みのかげへと誘導する。

 四人ともがしゃがみこんで茂みの影に隠れたのを見て、声を潜めながらリディが指示を出す。


「あれが巣よ。荷物から袋を取り出して、両手に一つずつ持ちなさい」


 ちらりと目を遣れば、羽音を立てながら飛び回る、拳ほどの大きさの蜂のような外見の魔物。そして、僕二、三人分くらいの巨大さで、大木の根の辺りにへばりつくようにくっついている巣らしきもの。


「じゃあ、指示があるまで動くんじゃないわよ」


 リュックの中から、手の平サイズのごつごつした布袋を全員が取り出したのを見てそう言ったリディは、そのまま立ち上がって姿をさらす。


「『火よ、形を成して我が敵を刺し貫け「火矢ファイアアロー」』」


 右手に持った布袋を投げ、一拍遅れての詠唱。

 キラービーの巣、その下方にある出入口らしき穴に布袋が着弾した瞬間に、銀髪犬耳な姉弟子の唯一の攻撃魔法が到達し――


「うわっ!?」

「ひぅっ!?」


 突如押し寄せた爆音と爆風に、新入り二人がまともにダメージを受ける。


 リディとメアリーはと言えば、手慣れた様子で茂みのかげに隠れてノーダメージ。

 二人をにらめば、気付いたメアリーはいつもの作り笑いを向けてくるだけで、反省してるんだかしてないんだか。


「ほら、ぼさっとしてないで、あんたたちも投げ込みなさい!」


 強い口調で言われ、とにかく言われた通りに両手の布袋を燃え盛る炎の中へと放り込む。

 リディやメアリーに習って茂みの陰に身を隠した後に投じられた袋の数だけ爆発を起こしたそれは、火の魔石が詰まった布袋だったんだろう。

 発想としては、アルクスの特異個体騒ぎの際『雷爆弾』と呼ばれた、雷の魔石を満載した樽と同じだ。


 爆発もおさまったのでそっと様子をうかがえば、激しく火柱を上げながら燃え盛るキラービーの巣。

 すると、僕の左腕に柔らかい感触がぎゅっと押し付けられる。

 見れば、少し血の気の引いたルーテリッツさんが抱き付いてきている。

 精霊を介して感情の分かるらしい彼女には、巣の中で燃えゆく魔物の苦しみが伝わっているのだろう。

 何もできないけれど、せめて気持ちだけでもと思い、空いている右手でそっと頭をでた。

 それに対して青い顔をしながらも笑みを返してくれたのだが、無理が見えるからこそ、痛々しさが余計に増している。

 とはいえ、彼女が冒険者という道を選んだ以上、乗り越えてもらうしかない問題だ。続ける限り、折り合いをつけるなり、慣れるなり、当人がどうにかしなければならない。


 と、それはそれで重大事だとして、だ。


「あのー、リディさんや」

「何よ?」

「あれ、燃え過ぎじゃありませんかね? 軽く森林火災になってるようにしか見えないんですけど?」

「ふむ……ちょっと早い気もするけど、まあ、そろそろか。メアリー、消しちゃって」

「はぁ~い」


 メアリーが詠唱すると、そこから飛び出したのは局地的集中豪雨。

 上から降った訳ではなく、水平方向に射出されたのだが、天高く燃え上がる火柱が一撃で跡形もなくなる水量だったあたり、メアリーの魔法のレベルの高さが分かろうものである。


「さあ、解体の時間よ!」

「おぉ~!」


 感心する僕や、まだ僕にくっついてるルーテリッツさんを置いて、義姉妹たちは駆け出していく。

 置いていかれた僕らが小走りで追いかければ、メアリーが手早く敷物しきものを広げ、リディがバール状の金属棒で器用にキラービーの巣を木から引き剥がしている。

 その手際の良さに見惚みとれていれば、巣の四分の一ほどが取り外されて敷物の上に置かれた。

 四分の一とは言っても、元の大きさが僕の二、三人ぶんなんだから、かなりの大きさではあるんだけど。


「今から解体よ。中の連中の息の根が止まってるのを確認するの。生きてたりしたら、また一気に増えて駆除した意味がなくなるから」


 そう言ってリディが金属棒を力いっぱい振り下ろせば、表面の炭化した層が砕け落ち、中身がさらされる。


「うわぁ……」


 そんな言葉が漏れた僕や、無言で僕により強くくっついたルーテリッツさんの反応はおかしなものではないだろう。

 巣が砕けた中から出てきたのは、動かなくなったキラービーやその幼虫・さなぎらしきものたち。

 空間をびっしり埋め尽くすその数を見れば、戦いを選ばずに一気に焼き打つ方法も納得である。


「ねぇ~、早く解体してよぉ~」

「ええ、任せなさい!」


 こんな気持ちよくはない光景を見ても、この女子二人の士気はむしろね上がっているように見える。

 よく分からないながらもリディがさらに巣を破壊するのを黙って見ていることに。

 そうして五度も振り下ろしたころ、巣から引き抜いた金属棒の先に、どろりとした液体が光る。


「それって、蜜か?」

「そうよ。キラービーの蜜って言えば、色んな蜜の中でも最高級品。お金を出したからって手に入るような物じゃないんだから」


 とは言っても、巣を一つ焼いて手に入る量が限られ、普通はそう滅多に巣も見つからないこともあり、この採取だけで一財産を築くのはほとんど無理なんだとか。


「まあ、一つ食べてみなさい。びっくりするから」


 リディが差し出すのは、蜜を溜めこんだ巣の六角形構造の内壁部分をそのままむしり取っただけのもの。

 舐めればいいのかかじればいいのか迷って先輩方を見れば、サクッといい音をさせながらかぶりついている。

 品なんてものを放り投げ、口の周りをドロドロにしながら幸せそうに味わう姿を見て、僕も無意識にかぶりついていた。


「……うまっ!」

「おいしぃ……」


 『ほっぺたが落ちる』なんて表現があるけど、二度目の人生でようやくその意味を身を持って知った。

 しつこさのないあっさりとした、それでいて濃厚な蜜の甘さが口中に広がり、さっくりとした内壁の歯ごたえが程よいアクセントになっている。さらに飲み込んだ後に、鼻へと抜ける豊潤で脳髄のうずいとろかせるような香り。

 これが『甘い』ってことなのか。


「あたしは残りも解体するから、あんたたち三人は蜜の採取をお願いね」


 衝撃のおいしさに呆けていた僕とルーテリッツさんを差し置いて、メアリーが元気に返事をして作業に入る。

 リュックから金属製の箱を取り出し、メアリーが蜜を溜めこんでいる部分を内壁ごと採取していった。


 事件はそこで起きた。


 こっちも手伝わねばと僕とルーテリッツさんも巣の前にしゃがみ込もうとした時のことだ。

 メアリーが蜜の詰まった巣の一部をちぎって取り出したその時、一匹のキラービーが飛び出してきた。

 たぶん、火の通りが甘くて生き残っていたのだろう。

 ただ、かなり弱っていたようで、そのキラービーが向かった先であるメアリーはとっさに体を動かすことで回避でき、キラービー自身はそのまま地面に落ちて動かなくなった。


 問題はここからだ。


 メアリーが倒れた先に居たのは僕で、しゃがみこもうとしていたのが悪かったのか、とっさのことに体重を支え切れずに一緒に倒れ込むことに。

 で、二人で倒れ込んだ先には、同じくしゃがみ込もうとしていたルーテリッツさん。この前まで引きこもりだった人の脚力で二人を受け止めるなんて到底無理。

 それでもなんとかしようと僕が踏ん張ったことで、ルーテリッツさんを巻き込んで地面に倒れ込むことは何とか回避。

 ただし、それでもバランスを崩してからすぐに立て直すなんて芸当は引きこもり魔女に期待できるものではない。たたらを踏んで倒れ込んだ先には、金属棒を今まさに振り下ろそうとしていたリディの背中が。


「あっ……」

「きゃっ! ――あぁっ!」


 結果、何とかリディの背中がルーテリッツさんを受け止めたものの、金属棒はすっぽ抜けて明後日の方向へと飛んでいくことに。


「みんなぁ~、ごめ~ん」

「大丈夫よ。ちょっと取ってくるから、そっちの作業をやっといて」


 状況を確認した後、そんな会話をしてリディが走り去っていく。


 さあ、僕らは作業をするか、としゃがんでメアリーの手元を見ながらまず一つ取ろうかと頑張り始めた時だった。


「ひぅっ!?」

「ん? どうした?」


 突然立ち上がってリディが走り去った方を見るルーテリッツさん。

 話を聞こうにも、言葉にもならないなにかをつっかえつっかえ言うだけで、何かに慌てていることだけはよく分かる。


「ってぇ~、あれぇ~、リディお義姉……ちゃん……?」


 見れば、金属棒を回収もしてないのに駆け戻ってくるリディ。

 何事かとよく見ると、後ろから黒い霧のような物が……。


「って、キラービーの大軍だ!」


 気付くや否や三人で駆け出し、すぐにリディが追いついてくる。


「な、何ごとだ! リディ!」

「さっき飛んでったのが、向こうにあった巣に突き刺さったの! それで興奮してるところで見つかってこの様よ!」


 状況は分かった。

 救いはない。


 いやだって、数が多すぎて刀でどうこうする次元の話じゃねえよ。


「メアリー! ルーテリッツさん! 迎撃を!」

「え、詠唱とかしてたらぁ~、死ぬぅ~!」

「あうあう……」


 こういう時こそ無詠唱で魔法を使えるルーテリッツさんの出番のはずが、完全に混乱していて使い物にならない。


 結局、頼りになるのは、日々の鍛錬と自らの脚力だけである。





「ま、いたか……!?」

「う、うん。大丈夫」


 へとへとになりながらも、どうやら逃げきったらしい。

 動き回りすぎて、森の中である以外は現在位置も分からないし、ぎゅっと僕のそでに掴まってたルーテリッツさん以外とははぐれたけど、命は助かった。

 まあ、リディもメアリーも殺したくらいで死ぬとは思えないし、自力で何とかしただろう。


「はぁー……にしても、全然疲れてないみたいですね」

「精霊さんが……あ!? えと、じゃなくて、が、頑張った!」


 たぶん、混乱状態の中で無意識に精霊に速度強化魔法でも使ってもらったんだろう。

 逃げたいって思いが強かっただろうし、大いにあり得ることだ。


 体力の限界が見えるところまで来ていた僕は、ルーテリッツさんに追及もフォローもせずにその場に座り込む。

 精霊との感応能力のことを隠しているルーテリッツさんとしては安心した様子だったが、その顔がすぐに引き締まった。

 何事かと疑問に思えば、僕を背中に立ち塞がり、杖を前方に向けだす。


 まるで僕をかばうかのような行動に、慌てて立ち上がり、腰の刀を抜いて構える。

 精霊との感応で何かを感じ取ったらしい方向から来るだろう脅威に、前衛が前に出るべきだろうと進もうとするのだが、


「ダメ!」

「でも、僕は前衛職――」

「何でも! ダメなの! 『アレ』は!」


 そんな必死な剣幕けんまくで僕を後ろに押しとどめようとする。


 仕方なくいつでも横を抜けて飛びだせるようにして警戒すると――来た。


 草を踏み進む音からすると、かなりの速さ。

 リディならともかく、僕らでは追いつかれるほどの速度で近づいてくるそれは、完全に僕らを認識しているのか、迷いなく進んでいる。

 このことから、ルーテリッツさんもかなり警戒する割に逃走は選ばなかったのだろう。


 そして、ついに邂逅かいこうする。


「随分と騒がしいので来てみたのですが、大丈夫ですか?」


 そこで現れたのは、左腰に刀を差すはかま姿の女性。

 腰のあたりまであるつややかな黒髪を後ろでまとめ、優し気やさしげな笑みを浮かべる彼女のどこに、警戒すべき要素があるのか。


 僕には全く分からないのだが、ただ、ルーテリッツさんの警戒は高まるばかりである。





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