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第一話 ~ある日の朝に~

「うん。よし」


 帝都はパーティホームで迎えるいつもの朝。

 リディとの朝の鍛錬たんれんを終えて一度部屋に戻った僕は、身だしなみを整えたのを確認し、部屋を出た。


「あ、おはよう……」

「おはようございます、ルーテリッツさん」


 いつものように・・・・・・・部屋の前で待つ年上の少女に挨拶し、朝食のために歩き出した。


 僕の羽織のそでをちょこんとつまみながら半歩後ろを付いてくるのにも、すっかり慣れてしまった。

 八日前にブレーブハートに入ったルーテリッツさんは、うちに住み込むことになった。

 それは問題でもなんでもないのだが、住み込みを始めて以降、毎日がこうである。朝の鍛錬後に朝食のために部屋を出たら待っているのを始め、事あるごとによく一緒に居ようとするのだ。


「な、なに……?」

「あ、いえ。特に」


 ちらりと様子を見れば、少し慌てたようにそんな反応が。

 その目は、恋いがれた男を見る乙女の目ではない。

 むしろ、そうだったらどれだけ気分が楽か。


 好意的なのは間違いない。

 ただしその目は、対象の奥底まで暴きだしてやろうという熱意の込められたもの。

 人の心の動きに敏感な訳ではないけど、ハーミット様からの、僕に掛かっている『女神の加護』によってルーテリッツさんに背中を見られている話を聞いていれば、流石さすがに勘付く。


 どうして未成年が成人した年上少女に背中を見せねばならないのか。何より、僕は人様ひとさまの子の人格形成に責任を取れるほどに立派な人格をしてるとは思えないんだけど。

 そんな、何度目になるか分からない悩みを思いながら、居間へと続くふすまにたどり着いた。


「おはよ……!?」

「ん? 何よ」


 ちゃぶ台には、先に来ていたのだろうリディが一人。

 そして、同時に目に飛び込んできた、あまりにもありえない光景に言葉が続かない。


「ねえ、何が言いたいわけ? はっきりしなさいよ」

「え……いや、だって……」


「おはよぉ~、そんなところで何を……!?」


 遅れてやってきたメアリーだが、入り口で固まっている僕の横から部屋の中を見て、僕と同じように固まった。


「メアリー……」

「ミゼルさん~……」


 同じ感情を抱いた者同士、自然と見つめ合い、言葉をかわす。


「リディが自発的に新聞を読んでるなんて……」

「世界はもうすぐ滅び去るんだねぇ~……」

「短い間だったけど、本当にありがとう、メアリー……!」

「こっちこそぉ~、楽しかったよぉ……」


「あんたたち、茶番もいい加減にしないと殴るわよ」

「「は~い」」


 青筋を浮かせながら宣言するリディを前に、メアリーと共にさっさと食卓に着き、朝食の準備を万端に済ませた。


「ほら、ルーテリッツさんも。そんなところに立ってないで早く座って下さい」

「え? う、うん……」


 ノリについてこれず、ずっとオロオロしてるルーテリッツさんにそう声を掛けると、戸惑いながらも席につく。


 ずっと引きこもってたルーテリッツさんには厳しいかもしれないけど、こういう空気に触れながら社会になじんで言ってくれればと思う。


「はーい! みなさん朝食のお時間ですよー!」

「あー、みんなおはよう……」


 そうして入ってきたのは、メイド服で元気いっぱいのニーナと、眠たげに目をこすりながら続いて入ってくる師匠。

 ニーナがテキパキと準備をする中、師匠はのそのそと席につく。


「リディ、ミゼル君、悪かったね。今日は朝の鍛錬に出られなくて」

「別に気にしてないわ、先生」

「そうですよ。夜遅くまで緊急の会合だったんでしょう? だったら仕方ないですよ、師匠」


 そんな会話がなされる中、食卓にはおいしそうな朝食が並んでいく。

 ほかほか炊き立ての白米に、菜っ葉の入ったみそ汁と味付け海苔のり。少々の漬物に、主菜はスクランブルエッグとじっくり焼いた大きめのソーセージが三本。そこにいろどり豊かなサラダが山盛りで添えられる。

 朝からボリューム多めだが、体が資本な職業柄、食べる量は必然的に増える。


「それじゃ、いただきます」

「「「「いただきまーす」」」」

「い、いただきます……」


 そうこうして始まる朝食。

 だが、ルーテリッツさんは、ここに来て初めて習ったはしの扱いに悪戦苦闘していてうまく進んでいない。

 見かねて、つい声を掛けてしまった。


「ルーテリッツさん、フォークなんかもありますし、今日ははしでなくても良いんじゃないですか? ゆっくり使い方を覚えましょう」

「……ううん、頑張る」

「そうですか」


 そうして、むー、なんて唸りながら戦いを再開するルーテリッツさん。

 これまでも最後には箸を使うのを諦めるのだが、簡単には折れなかった。どうやら、意地になってるようだ。


「まあ、これも練習だよ。基本的には、そんな簡単に身に付くものでもないし。こうして苦しみながら上達すればいいと思うよ」

「そう考えると、たった一日でマスターしたニーナちゃんは凄いわよねぇ、えへへぇ」

「そんなことないですよ、リディお姉ちゃん! イサミさんの指導が良かったんです!」


 師匠の発言に始まり、最終的にニーナの発言で師匠が少し照れている。

 ここでちゃんと師匠を持ち上げる辺り、流石さすがはニーナである。


「って、あれ? リディお姉ちゃんの脇に置いてるのって、新聞……?」

「何? 何か問題でも?」

「!? い、いえ、朝の鍛錬の後で疲れているにもかかわらず、しっかりと世間の情報を収集するその姿勢に驚いたんです! ほんと、凄いです!」

「いやぁ、えへへぇ」


 ……なんてやつだ。

 僕とメアリーで新聞ネタをいじって沸点を下げておいたはずなのに、青筋が浮かんだ状態からデレッデレに持っていきやがった。

 我が妹ながら、恐ろしいやつである。


「えへへぇ……って、そうよ! 新聞よ!」


 急に正気に戻ったリディが、そう言いながら師匠に新聞を手渡す。

 食事の手を止めてしばらく活字とにらめっこしていた師匠は、何も言わずに僕に新聞を差し出す。


「……デリグが、殺された?」


 一通り記事を眺めて、思わず言葉が漏れる。

 驚くメアリーに新聞を渡し、頭の中を整理する。


 あの帝都最初の事件、不死の軍団による事件の首謀者であるデリグは、裁判が終わって、今日が公開処刑の日だということは知ってた。

 で、帝都郊外の重犯罪者用の大監獄、その最奥の独房に収監されていたデリグが、その最深部で死んでいたそうだ。

 公式発表はまだないらしいが、犯人も侵入方法も一切不明。死体は徹底的に頭部を破壊され、顔の判別も出来ないほどらしい。


「あの、師匠」


 事件の当事者でないニーナとルーテリッツさんが、この場の空気に対する反応に迷って戸惑う中、事件の一番の被害者とも言える師匠に声を掛ける。

 だが、その様子は随分と落ち着いている。


「別に、どうってことはない。どのみち、今日には散るはずの命だよ」


 平然とした様子でそう言った師匠だが、少し不安げな様子を見せて言葉を続ける。


「ただ、口止めにしては遅すぎるこれが、何かの前触れじゃなきゃいいけど」


 言われて気が付く。

 重犯罪者用の大監獄の最深部なんて、相応に警備が厳しいはずだ。

 それでもわざわざ侵入して、しかも目的がその日のうちに殺される男を殺すこと。

 口封じにしては時間が経ちすぎて手遅れだろうし、怨恨にしても、ほっておけば死ぬ男を、わざわざ厳重な警備を越えてまで殺しに行くだろうか。


 考えれば考えるほど、不可解な事件である。


「あー、はい! この話はここで終わり。切り替えていくよ。ほら、昨日の会合で、今日、俺たちが近くの森でキラービーの駆除に出ることになったから。朝ごはんを食べたらニーナちゃん以外は準備して」

「「キラービー!?」」


 さっきまで重かった空気が、一気に明るくなる。

 と言うか、なぜか義姉妹しまいたちが、目を輝かせて身を乗り出しているんだけど。


「普段なら、素材目当てに中堅くらいのパーティが定期的に狩ってるんだよ。けど、俺が捕まったときのギルドからの処遇を見ちゃったからね。大手パーティが帝都の拠点を縮小して情報収集要員くらいしか残さなかったりもあるけど、自力で政治的な力から身を守れない中小パーティが拠点を移すのはそれ以上に多くて、キラービーがしばらく狩られてなかったみたいだ」

「師匠、それで僕らに話が来るってことは、だいぶひどいんですか?」

「近くの森の奥で繁殖して、子供がすでに巣立っていくつも巣を作ってるそうだよ。お蔭で、その森を利用してる人たちが、危なくて近づけないってことらしい」


 結構前の事件なのに、師匠冤罪えんざい事件の爪跡は、いまだにこんな形で残っているのか。

 故郷に帰ったときに、実力のある冒険者が足りなくて街道の安全維持に苦労してるって聞いたけど、大都会である帝都で同じことになるとは思わなかった。


「他にも似たような感じで、中堅の冒険者が狩っていた魔物の狩場で大繁殖が起きてるらしいんだ。駆け出しは逆に、拠点を移せるだけの財力がないからこそ移動が少なくて、狩場での繁殖はないみたいなんだけどね。とにかく、帝都に残った連中で割り振って当面は乗り切ることになったから、しばらくは定期的に当番が回ってくるんで、そのつもりで頼むよ」

「任せて、先生! キラービーなら大歓迎よ!」

「そうだねぇ~。中堅パーティ向けの狩場だから遠慮してたけどぉ~、狩って良いんだもんねぇ~」


 そうして、怪しげな笑みを浮かべる義姉妹の不気味さにおののきつつ、さわやかな朝の時間が過ぎていった。





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