第四話 ~打ち倒すべき敵~
「聞いておきたいんだけど、人を斬った経験は?」
そんなことを聞かれたのは、光の魔石による街灯で淡く照らされた道を駆け抜けているときだった。
もどかしい気持ちはあるが、全力疾走で現場について、戦う体力がありませんとなっても困る。ちょっとした会話を出来る程度の速度で移動している。
「ああ、対人戦で剣が鈍らないか心配しているんですね。だったら大丈夫ですよ。三年前に戦争が終わって職にあぶれた傭兵の中で、魔物を狩るよりも『人を狩る』方が楽だって気づいて実行したバカどもの群れと、師匠と二人で三回ほど大立ち回りしましたから」
「そう。あんたも先生に連れて行ってもらったんだ」
斬ったからと、特に何の感慨もなかった。
あえて言うなら、「ああ、弱すぎて何の足しにもならなかったなぁ」くらいのもの。
襲われた村の惨状がそうさせたのか、僕がおかしいのか。
師匠に感想を聞かれたので正直に答えたときは、言葉も表情も何も語ってはくれなかった。
人と戦う機会が少なくないこの世界では困ることでもないので、気にしないことにしている。
殺さなくても禁断症状はないし、これで良いだろう。
そしてたどり着いた場所は、大通りのど真ん中。
そこにいるのは、フード付きマントを羽織る二つの人影、前後から両刃剣に貫かれている軽鎧の女性、そして、人『だった』五つの肉塊。
「あの装備は、帝都警備隊……六人がかりで二人に負けた……?」
「リディエラさん、一つ確認しておきたいんですが。ここでバラバラになっている方々の所属していた帝都警備隊とやらの質はいかほどですか?」
「皇帝のお膝元の治安を預かるんだから、配属される条件は緩くないわよ。四親等内に犯罪者がいない、最低限の読み書きができる、は当然。実技試験を突破するには、並みの冒険者くらいなら簡単にあしらえる程度の戦闘力は最低限必要だそうよ。その上で、入団後は徹底的に少人数での市街戦における連携を叩き込まれるの」
なるほど。しっぽを掴めないのではなく、しっぽを掴んだ者が片っ端から消されていたからどうしようもなかったんだろう。
そこで貫かれていた女性から剣が抜かれ、その体が崩れ落ちた。
「あと、気付いていますか? 今崩れ落ちた死体、血が出ていません」
「……確かに。状況の割に、血の臭いが薄すぎるわ」
「何かがおかしいです。峰打ちでの生け捕りを基本に、自分たちの生存優先で殺すなり逃げるなりもあり、でどうですか?」
「分かった。じゃあ、あたしは左のヤツね」
二人で抜刀し、刃を返してから同時に駆け出す。
目だけが赤々と不気味に輝く人影たちも、こちらに付き合って一対一に乗ってくれるらしい。
リディエラさんが先手を取って斬りかかるのを横目に、こちらは相手の横薙ぎの一撃を受け流した。
そこから数合打ち合って、分かったことがある。
敵の身体能力は異常だ。
正面から打ち合えば押し負ける。不意を突いたつもりですべて反応される。どれだけ動いても詰め寄られて間合いを外せない。
だが――
「その程度の技量では、宝の持ち腐れだ」
上段から振り下ろされた一撃を、横から軽く叩きつけて軌道を逸らす。
眼前に広がるは、無防備に晒された人体。
遮るものは、何もない。
中段の構えから、刃を寝かせて一度引く。
――大丈夫、敵はまだ体勢を立て直していない。
放つは一閃。右のわき腹を薙ぎ払う。
さらにうなじに手刀で追撃を掛け、意識を完全に刈り取った。
「そっちも終わったようですね」
「……こっちは生け捕りには出来なかった。心臓を一突きにしたわ」
近づいてみると、敵の死体には手足に斬られた跡が複数ある。
おそらくは、人外の域の身体能力に対応するため、斬りつけることで少しずつ動きを鈍らせた。
殺したということは、弱らせきる前に限界を感じたのだろう。
圧倒的な身体能力差は、時に多少の技量差を覆す。いくら身体能力に優れた獣人族でも、危険を感じたならありうる選択肢だろう。
「とにかく、そこの男を警備隊に突き出して先生を――」
「おうおう、情けねえなあ。オラ、いつまで寝てやがる。力はさっきから十分送ってやってるだろうが」
聞き覚えのない野太い声の方を見ると、淡く赤い光を放つ大剣を持った人族の大男がゆっくりと近づいてくる。
今までの敵よりも一回り体の大きい敵の新手に注意を払い、刀を構え――横に立つリディエラさんを押し倒す形でその場を飛び退く。
「『火よ、形を成して我が敵を刺し貫け「火矢」』!」
起き上がり、僕を上に乗せて仰向けに倒れたリディエラさんの魔法の飛んだ先を確認すれば、まず目に入るのは僕が気絶させたはずの人影。そして、さっきまで僕たちがいた辺りに剣を振り下ろしている人影は、左肩の近くに火の矢を受けているだけでなく心臓を貫かれた跡がある。
「なるほど。いくら精鋭でも、異常な身体能力を持った死なない兵士相手では分が悪かったみたいですね」
「のんびり分析してる場合じゃないわ。新手の臭い。すでに囲まれてる。たぶん、二十はいるわよ」
言われて周囲を見渡せば、確かにその通り。
同じようにフード付きマントを着た一団を見て、おそらく全員が不死もしくは疑似的にそれっぽいことが出来るだろうと仮定した上で考える。
さっきの敵と同じ程度の実力なら、自然と背中合わせに立っているリディエラさんと協力すれば勝ち目はある。だが、それが何度でも向かってくるとなると、間違いなく物量に押しつぶされるだろう。
ならば、狙うは一点突破での撤退かと決断したそのとき、高らかに詠唱がなされた。
「『闇よ、我が敵を貪り尽くせ「吸収」』」
僕の右手側に黒い塊が発生したと思うと、次の瞬間にはそれが晴れる。
残されたのは、崩れ落ちた八人の敵と、カツカツと靴音を立てながら悠々と近づいてくる一人の女性。
「ごちそうさま。魔力、美味しかったわ」
僕よりも少し年上に見える人族のその人は、腰のあたりまで黒髪を流し、白いブラウスに紺色のゆったりしたロングスカートと、一見清楚な令嬢のようにも見えた。
だが、赤い舌でちろりと唇をなめるその表情は、男の本能に訴えかけるような怪しげな魅力すら感じさせる。その妖艶さはまるで――
「ストーカー女、か……チッ」
「あっれー、リディちゃんじゃん! こんなところで会えるなんて、おねーさん嬉しいな」
……うん。敵ではなさそうだ。
「さっさと帰れ、ストーカー! 馴れ馴れしくすんな!」
「もう、リディちゃんは疑り深いなぁ。確かによく二人で出掛けるけど、私とイサミは因縁があるだけで、お互いに異性としては見てないって言ってるのに。パパをとったりしないでちゅよ~」
いつぞや僕にしていたように威嚇するリディエラさんとニコニコしている『ストーカー女』とやらのお蔭で、色々と台無しである。
でも、敵にはそんなことは関係ない。
「おう、このデリグさまを無視するたぁ、いい度胸だ! 全員、この魔剣のエサにしてやる!」
同時に、敵が動き出す。
デリグと名乗った敵の大将は『ストーカー女』に向かい、まだ立っている手下らしき連中は一斉にこっちに突っ込んでくる。
「デリグは僕が! リディエラさんは、あの女の人の前衛に回って雑魚を片付けて下さい!」
「チッ、分かったわよ」
そんな不服そうな返事を待たずに飛び出し、デリグの進路上に立ちはだかる。
「先に死にたいってんなら、お望み通りにしてやるよ!」
そうして振り下ろされる大剣の一撃を受け流す。
正直、リディエラさんと『ストーカー女』の連携には不安があるし、軽装で明らかにスピードタイプのリディエラさんに壁役は向いていないとは思う。
けど、特に武具を持っていない魔法使いに詠唱の時間を与える前衛は必須で、デリグの方をリディエラさんに任せる手もあるけど――
「クッ、やっぱり重い……!」
さっきの戦いで力負けしていたリディエラさんに、明らかにパワータイプの敵を任せるのは危険だ。
これで速さがなければどうにでもなるだろうけど、そんな期待は敵の動き出しの一歩目を見て見事に打ち砕かれている。
そこからの数合の打ち合いは、完全に守勢だった。
刃が打ち合わされるたび大剣の周囲に血煙のように漂う淡い光が散っていく中、必死に考える。
異常な怪力で大剣を軽々と振り回しているが、取り回しの悪さを完全にはカバーしきれていない。その攻撃は、振り下ろしか横薙ぎのどちらかしか来ない――ただし、信じられない力で剣を引き戻すので、恐ろしく攻撃と攻撃の間が少ない。
この状況、正面から押し勝てない以上、取れる手は限られる。
そこで放たれるは横薙ぎの一撃。間合いを取ってかわす――と見せかけ、刃の下を駆け抜ける。
まだ振り切ってもいないのに体勢も崩さず剣を引き戻そうとしている対応の早さは脅威だが、大丈夫、ギリギリ間に合うはずだ。
狙うは右腕。
見るからに怪しいあの大剣は、敵方の強さと何かの関係があるはず。斬り飛ばせば何かが起きるかもしれない。
振りぬく一閃の行方は見ない。
そのまま一気に駆け抜けると、すぐさま向き直って中段に構える。
「浅かった……」
確かに斬りつけてはいるが、表面をなぞっただけ。
もちろん、この程度では戦況に影響はないだろう。
「おう、ガキ。すげぇじゃねえか。帝都に来て半年、俺に傷をつけたのは、あの間抜けな剣士に続いて二人目だぜ」
「ちょっと待って。間抜けな剣士……?」
デリグの言葉に反応したのは、リディエラさん。
気付けば、デリグ以外の敵はすべて倒れ伏していた。
「おう。脇腹をザックリ斬られて痛かったからよう、お返しにぶった斬ったら、そいつオレらの一味だって捕まってやがんだよ! 傑作だろ? 止めを刺せなかったのは残念だったが、お蔭でおもしろいもんが見れたぜ。警備隊のやつ庇って斬られたってのに、庇った相手はこの魔剣のエサになって、自分は庇った相手の仲間に投獄されたときたもんだ!」
「……分かった、殺す」
瞬間、銀色の疾風が走る。
その攻撃は苛烈だった。
息つく暇もない連撃で、猛烈に押し続ける。――そう、『息つく暇もない』のだ。
そんな攻勢が長く続くわけがない。
遠くないうちに終わることは目に見えている。そして、守勢に立つ側は攻勢ほどには体力を使わないのだ。
「おら! もう終わりか、小娘!」
「……あ」
攻撃の途切れた隙を狙われての逆撃。
だが、分かりきっている展開を許すほどに甘くはない。
「させるか!」
「『闇よ、形を成して我が敵を拘束せよ「闇の捕縛」』」
攻撃を打ち払ってリディエラさんを抱えて離脱し、そこに『ストーカー女』が拘束魔法で動きを止めて時間を稼ぐ。
「こんなもので止められるものか!」
拘束こそすぐに破られたが、『ストーカー女』を後ろにしてリディエラさんを下ろし、戦闘を続行できるようにするには十分だった。
「そこのストーカーさん、援護をお願いします! 前衛は僕が!」
「あ、うん。……まあ良いわ」
そこで足音が響く。
近づいてくるそれは、十や二十という数ではない。
「そろそろ時間切れだな。無駄に消耗する必要もないか――お前ら、引き上げだ!」
大剣の放つ光が一瞬だけひときわ大きくなると、倒れていた連中が立ち上がり、あっという間に立ち去っていく。
「全員動くな! 詰所まで来てもらう!」
敵がいなくなってすぐ後、キツネっぽいしっぽの中年男の掛け声と共に、場に残っていた三人が帝都警備隊に囲まれる。
数はとても数えきれないが、三十や四十では済まないだろう。
「お仕事ご苦労さま。だけど、あなたたちに同行する気はないの」
「貴様っ! 抵抗する気か!」
国家権力相手にケンカ売るような発言をする割に、『ストーカー女』は随分と余裕がある。
帝都の事情に疎い僕は、横で牙をむいて今にも攻めかかりそうなリディエラさんを押さえていることにした。
「抵抗も何も、この二人の身元は私が保証するから、あなたたちが頑張らなくても良いって言ってるの」
「貴様が保障? ただの小娘が――」
『ストーカー女』は男の発言を気にも留めず、手のひらサイズのバッチのようなものを取り出して言い放った。
「近衛軍七竜騎士団が一つ、黒竜騎士団所属騎士アイラ・マクドゥガル」
「黒竜……皇帝陛下直下の、少人数作戦用特殊騎士団……」
「まだ何か?」
僕は、帝都の事情にとても疎い。話してる用語もよく分からないことばかり。
だけど、微笑むアイラさんと周囲の反応を見て思う。
――ストーカーさん、おっそろしく偉い人だ。




