第四章最終話・下 ~帝都へ帰って~
2016.3.5二本目の投稿です。
「はい、という訳で。今日から俺たちブレイブハートの一員になるルーテリッツさんです。拍手!」
わー、ぱちぱち。
「じゃなくて! 師匠、どういうわけなんですか!?」
帝都に帰った翌日の朝食の席。
ニーナも含めたブレイブハート一同に加えて、ルーテリッツさんと、彼女に付き添ってきたヤクサ家三女のルシアちゃんが揃ってご飯を食べていた。
昨日は、旅の疲れもあるだろうと、帰ってすぐ部屋で休んだので、帰ってから始めて師匠とまともにやった会話の内容がコレになる。
しかも、ルーテリッツさんは、なぜか僕の服の裾を掴んでうつむいてるし。
つい最近までの、僕から隠れ続けたあなたはどこに行ったんですかね?
なお、昨日は、アルクス行きを薦めてくれたポーラちゃんがやってきて、責任を取るとか、腹を切るとか、なんでもするとか言って大泣きしていったけど、大した事件ではなかったので割愛する。
「まあまあ、ミゼルさん。ほら、流れで拍手したんですし、流れで受け入れればいいじゃないですか」
「あの、ルシアちゃん? どうでも良さそうな顔で適当なこと言うのは止めてくれないかな? せめて、説得しようってんなら、熱意くらいは見せてくれませんかねぇ?」
「あぁん? あんた、ルーティちゃんに文句でもあるの?」
「いえ! 滅相もございません!」
いつの間にか年上相手にちゃん付けで呼んでるリディさん。
お姉ちゃんオーラに威圧が乗って、シャレにならないくらいこわい。
「いやぁ、本人の強い希望もあったし、ご両親からもぜひお願いしたいって言われちゃねぇ……」
「あの、師匠。魔法学院卒のエリートなお嬢さんなら、もっと世間に対して胸を張れる仕事に――」
「……食事」
目を逸らしながらの師匠の一言で、すべてを理解する。
引きこもり娘が就職したいと言って、ルーテリッツさんのご両親は大喜びだったのだろう。
そして、我らがブレイブハートでは、お米などの帝国で手に入らない食材は、そのルーテリッツさんのご両親の伝手で手に入れている。
世知辛いなぁ……。
「その、いや……?」
止めに、不安げに見上げてくるルーテリッツさんのそんな言葉である。
しかも、僕の服の裾をちょこんと掴んだままだ。
「い、いやそんな! 歓迎です! 大歓迎!」
そうして様々な方面から追いつめられた男の末路がこれである。
まあ、うちのパーティは金銭的に余裕があって仕事なんてほとんどしなくても良いんだから、戦闘などの身の危険について案外、心配しなくても大丈夫かも知れない。
それは引きこもり時代と大して変わらないのでは、なんて疑問を持ってはいけないのだ。
「よし! これでルーテリッツさんもブレイブハートの一員ですね! 私、ここで住み込みで働かせていただいているニーナです! よろしくお願いしますね!」
「う、うん……」
うちの妹の勢いに押され気味のルーテリッツさんだが、何かに気付いたのか、首を傾げながらじっとニーナを見つめている。
何も言わないのでニーナも流石に落ち着かなくなってきたころ。
何事かと全員が固唾を飲んで見守る中、ニーナを、次にメアリーを見て一言。
「姉妹……?」
思いもよらぬ言葉に場が固まる中、最初に反応したのはニーナだった。
「いやいや、メアリーさんみたいな素敵な方と姉妹に間違えられるなんて恐れ多いですよ。それと、私、そこのミゼル・アストールの妹なんです」
「ふぇ……ふぇぇぇぇええええええ!?」
なんで僕を二度見してまで驚いてるんですかね。
「あははぁ~、流石にぃ~、わたしとニーナちゃんじゃぁ~、種族からして違うからねぇ~」
ヤクサ家みたいに義理の姉妹とかならありえても、見ただけで姉妹と判断できる要素は、外見にはまったくない。
精々が、ルーテリッツさんのそびえ立つ胸部装甲からすれば、メアリーの巨乳もニーナのちっぱいもぺったんに等しいってくらいだろうか。
とすると、内面?
いやいや。確かにニーナも自分が帝都に行きたいって目的を隠してお兄ちゃんをヨイショするお茶目な一面は持ち合わせてるけど、あのハーフエルフみたいに痛い娘やってるわけでもない――
「ひいっ!?」
「あぁ~、ごめ~ん。手が滑ったぁ~」
僕の顔のすぐそばを、高速で箸が飛び去るような手の滑らせ方?
青筋立ってるあたり、明らかに故意だ。
……心でも読まれたのだろうか。
そんなこんなで、ブレイブハートは新メンバーを加えることとなったのである。
「うむ。お主の気付いている通り、心を読んでおるのじゃよ」
お茶とケーキを楽しみつつそんな言葉を掛けられたのは、皇帝相談役の執務室。
以前呼ばれたのと同じように、僕はギルド職員の制服を着せられて、ソファで向かい合ってこの部屋の主であるハーミット様と向き合っていた。
ルーテリッツさん加入の翌日にお呼び出し。アルクスでの戦況推移や、その中でのルーテリッツさんの無詠唱での魔法発動など、特異個体による襲撃に関する様々な情報をこってりと搾り取られた後のことである。
「心を読む、ですか」
「とは言っても、ルーテリッツ・フラウセルクの場合、字面の通りではないがな。今の話でメアリーなる娘がやった、お主の表情やしぐさから何となく察しているのに近いものがある。それの精度を究極まで高めたもの、と言ったところか」
「……あの、しれっと、僕の心の中が駄々漏れだって言ってません?」
「あら、自覚がなかったんですか?」
本当に不思議そうな顔でそう問いかけてくるメイドさん。
いや、発言も中々ショッキングなんですけど、それ以上にメイドが皇帝相談役なんてお偉いさんと並んでケーキを堪能するのは構わないんですかね、エミリアちゃん。
見た目は幼女二人が並んでお茶する平和なものだけど、どう考えても問題な気がする。
君、前に僕をここに案内してくれた時にはちゃんと、部屋の外に控えてたよね?
それに、給仕担当のメイドさんが当たり前のようにお休みしてるけど、職務中だよね?
何より、ルーテリッツさんの個人情報的な意味でお話を聞かせてもいいんですかね?
「あ、わたしのことはお構いなく――と、まあ、ざっとこんな感じですね」
「あぁ、うん……」
本格的に、内心を漏らさない訓練でも始めるべきかもしれない。
ちょうど良いことに、一緒に暮らすハーフエルフ娘が専門だし、帰ったら教えを乞うてみようか。
……いや、そんな時間があるなら、剣でも振ってる方が有意義か。
「まあ、つまりじゃ。精霊に愛されすぎた魔女は、自我を持たぬ精霊たちと感応しあうことで、精霊たちがぼんやりと感じる、生命体の感情の動きが分かってしまう。で、その感情の動きと、元からの勘の良さがあれば、かなりの精度で相手の考えることが分かる、というカラクリじゃな」
「えっと、それを自分の意思で切れないんでしたっけ?」
「その通りじゃ」
何と言うか、引きこもりになるのも分かる気がする。
相手のわずかな感情の動きまでリアルタイムでぶつけられ続けるなんて、精神的な負担が大きそうだ。
「殺気のような強い感情をぶつけてやれば動けなくなるゆえの『最弱』。アウトレンジからならば万軍を討ち滅ぼすだけの火力を有するゆえの『最強』。両者を兼ね備える、『最弱にして最強の魔女』じゃ。育て方を間違えるでないぞ?」
「え?」
「「え?」」
なんで僕が年上魔女を育成するなんて話になってるのか分からず聞き返せば、ハーミット様とエミリアちゃんは顔を見合わせ、頭を抱えている。
「いや、お主ならば察しておると思っておったが、そうじゃな。これは言われねば気付かぬかもしれんな。――お主、自分が魔法を使えぬ理由を覚えておるか?」
「それは、精霊たちが、僕にかけられてる女神さまの加護を怖がってるからですよね」
「で、ルーテリッツ嬢が感情を読むカラクリは?」
「精霊を通じて……あ」
精霊と感応するということは、彼女も、精霊の感じる女神さまの加護の存在を知っていると言うこと。
だから、最初、僕のことを怖がっていた。
「あれ、でも、今では普通にそばに居ますけど?」
「それじゃよ。どのような感情を抱くにせよ、『女神の加護』は、精霊と同じものを感じる以上は無視できない大きなもの。その近くに居る以上、意識無意識を問わず、大きな影響を受けざるを得ないのじゃ。その結果の一つが、現状なんじゃろう」
僕の背中は、親の背中ってか?
よく知りもしない女神さまのせいで、とんでもないことになってやがる。
「って、そう! 女神さまですよ!」
「ああ、うん。忘れろ」
思わぬ返答に固まる僕に、ハーミット様の言葉は続く。
「神格持ちが世界に干渉すれば、簡単に滅びかねんからな。それぞれの神々が牽制しあって、普段は地上に干渉できんようになっておる。危機が去った以上は、こっちからどうすることもできん」
「そんなぁ……」
仕方ない。『斬撃』を次の段階に進めることが出来ただけで満足しておくか。
いや、むしろ、加護のルーツとかより、大収穫じゃないか!
「あ、でも。すると、そんな神様が地上に干渉できるほどの危機だったんですか? 聞いた限り、特異個体って、割と発生してるみたいでしたけど」
「だからこその、ゲイル・ジュートからお主の師匠への言伝じゃよ」
あぁ、ゲイルさんのただの勘じゃなかったのか。
「魔物が策を用いたってのも、その繋がりなんですね。師匠が『あのじいさんが言うなら、そうなんだろうね』って言ってたのは、合ってたんですか」
「おそらくはな。お主の師匠は、他に何か言っておったか?」
「いえ。特には」
「それでよい。規模が大きすぎるからな、特異個体に関する今回の異変は、帝国が預かる。どれ、次の御前会議で議題に挙げておこう。――ふふっ、わしが出席するのも随分と久しぶりじゃからな。陛下以外が嫌な顔をするのが目に浮かぶわい」
そんなことを言いながら楽しそうに笑うハーミット様だが、嫌な顔もされるだろうさ。
建国以来、数百年間も帝国の中枢に居座る重鎮なんて、今の世代にすれば相手にしたくないだろうさ。
見れば、エミリアちゃんも思いっきり嫌そうな顔。たぶん、僕と同じ結論に達したのだろう。
「まあ、一つだけ覚えておいてほしいのは、今回のようにお主の『加護』による一撃に頼ることがあるかもしれんと言うこと。『神の奇跡の残骸』とかいう、女神の言葉も気になるしな」
「いえ。次は、そんなの抜きに斬ります」
「うむ。心強い限りじゃな」
ハーミット様やエミリアちゃんは笑うが、僕は本気だ。
今回も、皮一枚は斬り進んだんだ。
次こそ、その骨まで斬ってみせる。
「で、こうなると、世界の危機に対処できる人材が野にあるのはマズいとは思わぬか? ん?」
「いやいや、勧誘は前に断りましたよ?」
緩んだ空気のままだし、軽いノリだろう。
「本気じゃぞ?」
「うげっ……」
「まあ、色々と隠す訓練もしておくんじゃな」
「あ、はい」
「で、本題じゃがな。わしは、魔法学院在学中のルーテリッツ・フラウセルクにも声を掛け、そして断られた。わしが声を掛けて現在生きている三人のうち、二人までが誘いを断り、しかも、その二人が同じところに所属しておるのじゃ」
「いや、たまたまですって。お気になさらずとも。ハハハ」
「いやいや、わしはお主を引き抜けばセットで彼女も付いてくるだろうと――」
「ハーミット様、そろそろ冗談の域を越えますよ」
「……うむ、そうか」
もっぱら聞き役だったメイドさんの見事なアシストで、何とか危機を脱した。
ってか、簡単に静止できたわけだけど、この皇帝相談役とメイドさんの上下関係ってどうなってるんだ?
「まあ、何じゃ。結局のところ、お主は何も気にせず至高の剣――」
「『斬撃』です」
「ああ、うん。その斬撃を目指して精進すればよい。お主の仕事が来るまでは、こちらで全力を尽くすゆえな」
こうして非公式な会談は終了し、僕にとってのアルクスへの襲撃事件は幕を下ろしたのだった。
『第五章 ヤクサの血族』へ続く。
投稿日については、活動報告の、三月の投稿予定についての記事をご覧ください。




