第五話 ~別動遊撃隊指揮官ミゼル・アストール~
前話の後書きにも追記しましたが、『【暫定版】異世界白刃録・登場人物等まとめ(第四章第四話までの【ネタばれ】注意)』を活動報告に載せました。
「指揮官殿! 陣地周囲への防御柵の設置は、間もなく完了であります!」
「いや、あの、シルルさん? 僕、冒険者になりたてのペーペーなんで、そんなに畏まられるとやりにくいんですけど……」
「んん? それは、そのペーペーに一瞬でランクを追い越されたあたしらへの当て付けか? ん?」
「いえ、そんな……あー……」
太陽が中天に至るにはまだ少し時間がある青空の下、目の前でからからと笑う、小さい体で身の丈ほどの戦斧を軽々持ち歩く女ドワーフ。
虹色蜘蛛討伐時に出会ったDランクパーティ『白銀の戦乙女』のリーダーである。
会議の結果を受けて低ランク冒険者のまとめ役となった我がパーティだが、リディからもメアリーからも、当然のように指揮官役を放り投げられた。
しかし、率いることとなった冒険者のほとんどが経験も年齢も上であり、しかも人を仕切った経験もなくどうしようかと思っていたら、たまたま彼女たちが居合わせたのだ。
ブレイブハートに次いでランクの高いDランクパーティであり、その中でも割と有名な方らしい彼女たちに、僕は迷いなく頼った。
で、パーティ十五名総出で色々と動いてくれたり助言してくれるお蔭で、問題なく済んでいるのだ。
「にしても、僕らはここでじっとしてて良いんですかね? 皆さん休みなく動いてるのに、申し訳ないんですけど……」
僕らが陣取るのは、打ち合わせ通りに、町の東側の山の切れ目の平原。そこのちょっとした丘の上である。
長方形の机が一つあり、僕は、その上座に座っているのが仕事になっていた。
メアリーは僕から見て机の右側の長辺の真ん中あたりでいつも通りニコニコしているし、リディは、一人で置いてもおけずに連れてきたルーテリッツさんを僕から守る盾として、メアリーの対面に座っている。
と言うか、さっきから鬼の形相で貧乏ゆすりが止まらないリディに、どうしてルーテリッツさんは平然とくっついているのだろうか。
そんな僕の疑問はともかく、ブレイブハートは誰も働いていないのだ。
「むしろ、働かないでやってくれ。その辺をうろうろしてるギルドの職員相手にアピールして、報酬を増額してもらうチャンスなんだ。まあ、ちゃんと見られてない時にサボってるから、心配することはないさ」
真剣な顔でそう言うシルルさん。
やっぱり、ギルド登録料が高位冒険者よりも安かろうと、討伐する魔物の報奨金が絶対的に安くなる以上、彼ら彼女らなりに金銭問題は付いて回るようだ。
「一方のあたしらの場合は、実質的に采配のすべてを任されてる状態だからな。お蔭で報酬の上乗せはかなり期待できるぜ。助かったよ」
そう言って豪快に笑うシルルさんにバシバシ肩を叩かれているのを苦笑いで受け入れていると、元気な少女の声が聞こえてくる。
「報告! 東側の柵の設置が終わりました!」
「分かりました、クレアさん。ありがとうございます」
「サー、分かりました、サー!」
力いっぱいの返答に、苦笑いで返すしかない。
虹色蜘蛛狩りの時には『もうすぐEランク』だった彼女も、今はちゃんとした『Eランク冒険者』だ。
正直、冒険者の期間も年齢も向こうが上だから、やりにくいことこの上ない。
だからってシルルさんみたいな対応されても、気は楽だが、それはそれで大変なんだけど。
「ねえ、ミゼル。やっぱり、あたしたちも打って出ましょう。ね、ね?」
「あの、僕ら、そういう仕事じゃないんだけ……です、はい……」
鬼が、僕の言葉で閻魔様に化けている。
今までの顔で十分に怖かったのに、まだ怖くなる余地があったことが驚きだよ。
リディの性格的に、来るか分からないものを延々と待ち続けるのは苦手だろうとは思っていたが、ここまで荒れるとは思わなかった。
やっぱり、会議でのことだろうか。
僕の一存でブレイブハートが『特異個体』を討伐する本隊から離れることを了承してから、ずっと不機嫌だ。
どれだけ説明しても納得してくれない。理屈以前に、感情の問題なんだろう。
彼女にすれば、理由はどうあれ、自分たちが主力から外されたのが気にくわないんだろう。お金に困ってないから困ってる連中のために手を引けと言われても、正直、僕らが知ったことでないと言ってしまえばそれまでだから、気持ちは分からないでもない。
そんな銀髪の少女に手を焼いて言葉を掛けかねていると、シルルさんが口を開いた。
「リディ。頼むから、今回は働いてくれるなよ? お前が本気で暴れたら、他の冒険者の取り分が消滅しちまう」
「分かってるわよ……」
真剣な表情で告げられる要望に、ぷいっと顔を背けながら答えが返される。
本質的に優しいリディは、感情で納得できなくても、他の人たちの生計を危機にさらしてまで意思を通すことはないようだ。
一先ずは空気も落ち着き、暇な時間が生まれる。
クレアさんが気合を入れて僕の後ろに控えている以外は、何をするでもなくそれぞれがただ時間を過ごしている。
ルーテリッツさんの視線もすっかり気にならなくなった僕は、話題すらなくなり、上から適当に陣内を見回していた。
「来る……?」
そのつぶやきの発生源を探せば、リディの陰にたどり着く。
何が来るというのか疑問に思っていれば、そこで状況が一変した。
「精霊さん……!? そんな、本当に……いやあぁぁぁぁあああああああ!」
僕も含めて周囲の何も目に入れず、東の方を見て急に叫び出すと、その場でしゃがんで震え出した。
「ねえ、ルーテリッツさん? どうしたの?」
「あぁ……ひぅ……」
リディが声を掛けるが、まともに意思疎通が出来る状態ではない。
今までの反応からして僕が近寄って好転することはないだろうし、リディに任せておくか。
と、それはそれとして、ちょうど良いのでメアリーに疑問をぶつけてみた。
「なあ、この辺に居る精霊と話すことってできるのか?」
皇帝陛下の相談役のハーミット様が、精霊関係は魔法職なら知っているようなことを言っていた以上、この場では唯一の魔法職であるメアリーに聞くのが今は最善だろう。
「できるもなにもぉ~、詠唱はぁ~、精霊たちに語り掛けてるんだよねぇ~。こうこうこうしてくれってぇ~」
確か、自分の魔力を引き換えに結果を発生させてもらうんだったか?
「まぁ~、向こうの考えることは全然分からないからぁ~、話してるのとは違うかもしれないけどねぇ~」
そんなものか。
だったら、ルーテリッツさんがちょくちょく『精霊さん』と言ってるのは、頭がかわいそうなのか?
「仮に自由自在に意思疎通ができるならぁ~、すごいよねぇ~。詠唱なんか知らなくてもぉ~、その場で細かく指示すればぁ~、好きに結果を起こしてもらえるしぃ~。精霊からの愛され方もすごそうだからぁ~、一流が数十人で魔力を振り絞ってやっと発動させる大規模魔法もぉ~、一人で簡単に使えるかも……あれ、そう言えば、そんな話が――」
急に素に戻ったメアリーに驚くが、そのことを指摘する機会は失われることとなる。
「ふへぇっ!?」
突然のクレアさんの奇声が響き渡る。
「どうしたんだ? バカみたいな声出して」
シルルさんが呆れたようにそう問うが、クレアさんは、東の方を指差したまま口を開閉させるだけ。
「おい、何だってんだ。はっきり言え」
イラつきを隠しもしないシルルさんの言葉に、一瞬飛び上がると、クレアさんが再起動する。
そして、誰もが予想だにしなかった言葉が飛び出してきた。
「ま、魔物だぁっ! 凄い数の魔物が、こっちに来てるだぁっ!」
来週から試験なので、今のうちに頑張るスタイル。
今週はあと一話投稿し、来週と再来週は週一くらいだと思います。
あと、第一章の第八話 ~斬りたい!~を修正しました。
本筋をいじってない応急処置的なのを三十分ちょっとでやっただけですが、一千字以上増えてしまったので、一応ご報告を。
筋は変わってないので、別にチェックしなくても問題ありません。




