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異世界白刃録 ~転生先で至高の斬撃を目指す~  作者: U字
第四章 最弱最強の魔女
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第四話 ~『特異個体』とそれぞれの事情~

 アルクスの町に向かって駆け続けていた僕らは、城門を入って町を囲む城壁の内側に入り、町の中央部のひときわ目立つ建物――である町役場の隣、今も鐘の音をかき鳴らし続ける帝国冒険者ギルドのアルクス支部へとたどり着いた。


 その中は、さながら戦場のようだった。


 帝都の物より二回りは小さい建物ながら、普段の帝都の冒険者ギルドすら上回るような人込みに、制服を着た職員たちが全員走り回り、誰一人歩いていないという状況。

 ポールやそれを繋ぐ鎖などで順路を作って管理していることで、なんとか通路が確保できている。

 何が起きているのか分からない僕の耳に、プラカードを持って声を張り上げる職員の言葉が入ってきた。


「Dランク以下のパーティの皆さんは、一階でギルド登録証を提示し、指示を受けて下さい! Cランク以上のパーティの皆さんは、二階窓口へお願いします! 繰り返します! Dランク――」


 それを聞いたリディが、ルーテリッツさんを抱えたままに「行くわよ」とけわしい顔で言い残して奥の階段へと歩いていくので、僕もついていくしかない。

 そして着いた二階は、意外に空間があった。

 ざっと見て一階の倍はある二十から三十ある窓口全部がギルド登録証とやらの提示を受ける業務にのみ従事していて、いくつかは誰も並んでいない。


「冒険者の方々ですね。ギルド登録証の提示をお願いします」


 そんな空いている窓口の一つに行くと、人族の女性にそう言われる。

 それで、ギルド登録証って何?


「ほら、お願いね」


 聞き覚えのないものを求められて焦っていると、ルーテリッツさんを脇に置いたリディのそんな声が聞こえる。

 いったいどんなものかと見てみれば、首元からチェーンに繋がれた金属片のようなものを……って、それのことかよ。


 自分の首元から、リディやメアリーが取り出して提示しているのと同じ金属片を取り出す。

 まだ師匠の冤罪騒動が収まりきっていなかったころ、ポーラのギルド長執務室への襲撃を止めさせたすぐ後くらいに、貰ったものだ。

 修練中に見知らぬ職員が持ってきたもので、さっさと修練に戻りたかったので聞き流した結果、何か大事なものらしいってことだけ覚えてて、身に着けてたんだった。

 まったくギルドを利用してなく、行っても帝都では顔パスでポーラのところに連れて行かれるので、全然気付く機会がなかった。


「では、本人確認をしますので、ご協力をお願いします」


 リディ、メアリーに続いて僕の番だ。

 二人がやっていたようにギルド登録証を渡すと、カウンターの上にある、手提げ金庫くらいの大きさの金属箱の側面に差し込まれる。

 そして、金属箱の上面に右手を置くと、上面右側にある赤と青のランプの内、青い方がともった。


「はい、魔力波形が一致しましたので、本人確認は終了です。Bランクパーティ『ブレイブハート』のCランク冒険者ミゼル・アストールさんですね」


 そうして表面に印字されている情報を読み上げながら手元の帳簿にメモを取ると、窓口の女性からギルド登録証が返却される。

 結構ハイテクなシステムに素直に驚いていると、目の前の女性の目線が僕の後ろに困惑気味に向けられているのに気付く。


「あの、そちらの方は……?」

「ああ、お気になさらず。ただの連れです」


 視線の先は、ルーテリッツさん。

 リディの陰に隠れてただ僕をじっと見ているのは、普通に見て奇行だろう。


 僕の返答に釈然としないものを感じているのは見るからに分かるが、窓口の女性は自己の職務を遂行することにしたようだ。


「Cランク以上のパーティで、現在この町にCランク以上の冒険者が来ているところには、代表者を二名まで討伐部隊会議に出席させて下さい。他の方は、町の中ですぐに連絡が取れるところなら、どこに居ていただいても結構です」


 それだけ言われ、僕らは窓口のすぐ後ろに広がる待ち合いスペースで円陣を組んで相談を開始する。


「じゃあ、ミゼルが代表で。はい、解散」


 うんうん、素早い決断で――


「ちょっと待って!」

「何よ。この中なら、考えるのはあんたの仕事でしょ?」

「そうだねぇ~」

「……うぅ」


 一部例外アリのその信頼は良いんだが、大問題がある。


「僕、冒険者絡みの知識もツテも致命的に足りないんだけど」


 冒険者らしい活動なんてほとんどしてないし、業界の知り合いなんて、ポーラか、虹色蜘蛛狩りの時に出会ったDランクパーティ『白銀の戦乙女』くらいしか居ない。

 これで出席しても、言われたことを理解できるかすら怪しいものだ。


「まあ、それもそうかもね」

「じゃあ~、リディお義姉ちゃんが一緒に行けばぁ~?」


 僕が出るのを撤回はさせられる見込みはなさそうだし、メアリーの提案しかないか。

 引きこもり魔女を一人にするとか怖すぎるし、何でもはっきりさせるタイプのリディと二人きりにさせるとか、トラブルの予感しかしない。


 で、仮面を被って上手いことするのが本職・・のメアリーに安心してルーテリッツさんを預け、僕とリディは、いつの間にか鐘の音が止まっている中を、上の階にある会議室に来ている。

 木の板に走り書きで『討伐部隊会議場』と書かれた手作り感あふれる看板を確認し、僕が先陣を切って両開きの扉を開け放った。


「ほう、見ない顔だな? ……と思えば、リディ嬢ちゃんか。『ブレイブハート』も大掃除に参加していたのか?」

「お久しぶりです、ゲイルさん。先生が逮捕されていた件では、大変お世話になりました。あと、あたしたちは別件で居合わせただけです」


 リディがまるで淑女のように対応した人物は、会議室の一番奥、上座に座る老人。

 白い短髪で筋骨隆々の、浅黒く焼けた人族の大男。

 腕を組んで悠然と座る姿は、強者の風格を有する――いや、それを言うなら、この部屋に居る、長方形に並べられた机を囲む五十人弱の全員が、種族も性別も年齢も関係なく、多かれ少なかれ風格を持っている人物ばかりだ。


「なに、こっちも貸した金は色付けて返してもらった以上は、問題ないさ。それで、リディ嬢ちゃんと一緒に居るのが、イサミのやつの秘蔵っ子か? オレは、Aランクパーティ『ブラックウルブス』代表のAランク冒険者、ゲイル・ジュートだ。噂は聞いてるぜ、色々とな?」


 そう言って、意地の悪そうな笑みを浮かべるゲイルさん。

 たぶん、一般に出回ってる話だけでなく、その実体も聞いているのだろう。師匠たちとも付き合いがあるなら、ありえることだ。


「話が盛り上がっているところ悪いが、お前たちも準備の時間は必要だろうからな。さっさと会議を始めようではないか」


 女性の声で急に後ろからそう言われて驚いて振り向くと、そこにはギルドの制服を着た若く見えるエルフの女性。獣人の若い男の職員を二人引き連れて立っていた。


 いったい何の準備の時間かも分からないまま、とにかく着席することにする。

 いくつか空いている席はあるが、部屋に入ってすぐの一番下座しもざにリディと並んで座った。


 そして、部屋の奥に向かったエルフの女性は、奥にある黒板に大きな紙を貼るように連れている職員たちに指示を出すと、ゲイルさんに呆れた様子で話しかける。


「なんだ、ゲイル坊。そこは総指揮官の席で、まだ空席のはずだが?」

「ほう、オレ以外にやりたいってやつがいるなら、喜んで老いぼれは去るが?」

「ふん。『生ける伝説』相手にそんなことを言えるバカは、帝国の冒険者には居ないさ」


 随分と和やかに話している。仲が良いようだ。

 にしても、やっぱりエルフは年齢が分からん。ゲイルさんは結構な老人に見えるが、それを『坊』扱いするくらいには年がいってるのか。


「さて。見たことない顔が一人いるけど、自己紹介は全部終わってからだ。一先ひとまず、私がここの支部長だって言葉だけ知っといてくれ。それで、先に総指揮官が決まった訳だけど、今回の仕事を説明するよ。『特異個体』だ。群れは、町の東をこっちに向かってる。明日の日の出と共に出てもらうつもりだよ」


 部屋中が良い意味での緊張感に包まれる中、僕は一つリディに問わねばならないことがある。


「なあ、リディ」

「何よ?」


 ひそひそと話しかけて、同じくひそひそと返ってきたので、本題を伝える。


「『特異個体』って何?」

「……え?」

「特異個体とは、文字通り、特異な個体のこと。原因は不明だが、魔物の種類を問わず、他種族の魔物まで従える特別な個体が数年に一度は生まれるのさ。で、そいつらがお山の大将を気取ってる間は構わんのだが、そのうち人里に攻めてくる。その時には、ギルドが『緊急招集』をかけて近隣の冒険者を動員して対処するのさ。ま、義務ってことにはなってるが、逃げても分からんがな」


 僕の質問に一瞬固まったリディに代って答えてくれたのは、支部長さんだった。


「エルフは耳が良いんだ」


 そう言ってウインクする女エルフだが、二十数人分を間に挟むくらいの距離でもひそひそ話が聞こえることに驚く僕を放置して、どんどん話を進めている。

 連れていた職員たちが貼った大きな紙を、懐から取り出した指示棒で指し示しながら説明がなされる。


「この地図の通り、アルクスは周囲を山に囲まれた地形だが、東西にちょっとした切れ目がある。その東側から、敵はやってくる。お役所の方からは、町自体の防衛は守備隊でやるから心配しなくていいこと、山に囲まれた内側に入り込まれると『大掃除』の意味がなくなるから、外側で倒してくれって言われてるよ。――ここまでで、質問は?」


 支部長がそう問うと、次々と手が上がっていく。


「こちらの戦力は?」

「中堅上位以上であるCランク以上のパーティは、ここの三十三に加えて、遠出してる連中がまだくるから、人数は三千弱。うち、EやFランクは戦力にならないとして除外すると、二千強ってところだろう。あと、Dランク以下のパーティはまだ受付を始めたばかりだから完全に予想だが、六百人は超えるだろう」


「なら敵は? 情報は入っているのか?」

「ざっと、二千以上」


 聞いた瞬間、空気が凍る。

 僕はよく分からないが、リディまで苦々しい表情ということは、一般にとんでもないことなんだろう。


「もう一度ギルドから斥候を走らせてるが、質はそう高くないみたいだよ。この辺りの雑魚から中堅辺りの魔物ばかりだってことだ。百八十年前に竜種が群れで参加してたのに比べれば楽なものさ。敵の数が相場の十倍以上だって言っても、こっちも大掃除中で、他では考えられないくらいに戦力が充実しているしね。さっさと特異個体を倒して統率を失わせれば、異種族の魔物同士で殺し合いまで始めるんだし、そう悪くない状況だよ」


 安堵あんどとまでは言えないが、少しは空気が緩んだ。

 その後は、特に質問はない。

 敵に味方に、出撃時間と戦術目標。これだけ知れば十分と言うことだろう。たまにあることみたいだし、招集手続が定まってるなら、報酬の決め方も決まってるんだろうからな。


「じゃあ、後はゲイル坊の仕事だよ」


 それだけ言うと部屋の脇の椅子に座り、連れてきた職員たちを両脇に立たせて黙って腕を組んでいる。


「よし。今回は戦力も充実しているからな。Cランク以上のパーティに所属するDランク以上の冒険者が本隊として出撃。敵を捕捉して撃滅。残りが町の東の山の切れ目に陣取って、討ち漏らしが迷い込まないように対処ってあたりだと思うが?」


 特に異論がないのか、誰も発言しない。

 ただ気になるのは、なぜか僕とリディが大体七割方くらいの冒険者たちにチラチラ見られていることくらいか。


「……あー、それと。討ち漏らしを見張る連中にも、まとめ役が必要だろう」


 その言葉を聞いて、僕とリディ以外が一斉にゲイルさんを見る。

 言いようのない雰囲気に居心地の悪さを感じていると、全員の視線が自分に向いているかを確認し、ゲイルさんがさらに口を開く。


「Dランク以下パーティの冒険者は若手が中心だから、ベテランが言っても無用な気遣いをさせるだけだろう。だから、警察大臣直々に推薦するような剣士なんかの有望な若手ぞろいのBランクパーティ――ブレイブハートが適任だと思う」


 今度は、部屋中の目が僕らに向く。

 そして、リディはここで黙ってられる性格ではない。


「ちょっと待って下さい! 主戦場から外されるって、もしかしてあたしたちが頼りないって――」

「リディ、待って」


 激昂して立ち上がるリディを手で制し、座らせる。


 ゲイルさんは、付け足すようにブレイブハートを本隊から外した。

 しかも、明らかに周囲の様子を見てからだ。

 考えろ、どうしてだ?

 ガキばかりで舐められた? だったら、適当に引っ込んでいても問題ない。

 それとも、他に深い理由がある? ものによっては、しかるべき手が必要かもしれない。


 とにかく、僕には情報がない。

 思いつくところをつついて、情報を集めなければならない。


「先ほど聞きそこなったことを聞いておきたいのですが、ゲイルさん、良いですか?」

「構わんぞ」

「報酬について、教えていただけますか?」


 その質問を聞いて、ゲイルさんが優しい笑みを浮かべる。

 対照的に、他の冒険者は、苦々しい顔だったり、我関せずだったり。


 どうやら、一発で正解を引いたようだ。


「基本的に、割り振られた役割に応じて査定される。査定額については、普通に狩りをするよりも、よっぽど割が良いぞ」


 ここでゲイルさんが一度周囲を見回すと、苦々しい表情の冒険者だけがさり気なく視線をそらしている。


「で、もちろん活躍すれば、相応に取り分も増える。この辺は、ギルドから人が来てしっかり見ているぞ。――例えば、特異個体を討ち取ったとくれば、他の連中の倍は固いな」


 ……話は見えた。

 安心してため息を吐く僕に、ゲイルさんはさらに言葉を続ける。


「ブレイブハートみたいな例外はあるが、パーティランクを上げるには、頭数を増やさないと話にならん。数十や数百は居ないと、パーティランクを上げるために必要な討伐は出来ないからな。その方法は、引き抜きだの合併だのはそう多くない。ほとんどは、若い連中をFランクから育てるしかない」


 冒険者たちをちらっと見れば、何人かは大きくうなずいている。

 うち以外では、普通の話なのだろう。


「ところが、だ。そんな若い連中は、実力が足りないからランク相応にしか稼げないのに、ギルド登録料はパーティランクを基準に、他のメンバーと同じ数百万デルン取られる。加えて、装備や生活費、ある程度の遊ぶ金も渡さないといけない」


 三百万デルンもあれば、一人が慎ましく一年は軽く生活できる。

 高ランク冒険者ならそれだけ払える稼ぎはあっても、低ランク冒険者の狩るゴブリンやオークの一体で万にも届かない討伐報奨金では、とても払えないだろう。

 つまり、高ランク冒険者の稼ぎから出さねばならない。

 痛いだろうが、Bランク以下のパーティが上を目指すために大きくなりたいなら、必要経費となっているわけだ。


「なあ、坊主。ギルド相手に十分じゅうぶん稼いだ坊主なら、分かって・・・・くれるよな?」


 ――B・Cランクパーティにとって、払いの良いここの稼ぎは重要だ。金に困ってないお前たちは、手柄てがら競争から降りてやってくれ。


 つまりは、そういうこと。


 まあ、今回は、楽をさせてもらえてラッキーと思っておこう。





※2016.1.17、23:12ごろ追記。

 『【暫定版】異世界白刃録・登場人物等まとめ(第四章第四話までの【ネタばれ】注意)』を活動報告に載せました。

 完成後、第四章か第五章辺りからは、章ごとの頭か末尾にそこまでの情報を反映させながら載せる予定です。

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