第三話 ~アルクスの町~
「すごい人出だな。帝都以上じゃないか?」
太陽が中天に至るにはまだ早いころ、僕たちはアルクスの町に到着した。
僕にリディにメアリーに、ローブと身の丈ほどの杖を身に着けていて、この人混みでも相変わらず僕だけから隠れるルーテリッツさんの四人でやってきた。
しかし、流石に、三十万都市である帝都には絶対数では遠く及ばないだろうが、人口密度だけならば、この小さな町が上ではなかろうか。
まあ、帝都が職業も様々な老若男女が色々と入り乱れているのに対して、こっちは明らかに男も女も武装した戦闘職ばかりなのだが。
「あぁ~、夜襲組が帰ってくるのに出くわしちゃったんだねぇ~。『大掃除』は割が良いからぁ~、AランクからFランクまで冒険者たちがたくさん集まってぇ~、一日中活動してるからねぇ~」
この様子なら、町に落ちるお金も、ものすごい金額になるだろう。
働いて、貰って、そのまま使う。
全額使うバカはいくらなんでも少ない……と思いたいが、普通に飲み食いするだけでも経済効果は凄いことになりそうだ。
「じゃあ、とりあえず宿を取って荷物を置くわよ。そう急ぐわけでもないし、無理に日帰りにせず一泊するってことで良いわよね?」
「それは良いけど、これだけ居て、宿を取れるのか?」
確かに、一泊を想定しての荷物だから少ないとは言え、どこかに置いておけるならありがたい。
でも、この帝都を超える人の波を見て宿が取れるのかと考えるのは、当然の心配だと思う。
この小さな町では、宿屋はフル稼働ではないのか?
「大丈夫よ。数百人規模の高ランクパーティは、主要な拠点にはパーティホームとは別の拠点を構えるの。で、アルクスは少し行くとかなり割の良い高ランク冒険者向けの狩場があるから、別拠点を構えるのに結構人気なのよ。で、そんな拠点を構えられない中堅以下は、パーティの人数も少なければ財力もないから、大部屋か、安めの個室に無理矢理詰め込んで泊まってるのが多いの」
「すると、お高めの部屋は意外に取れるのか?」
「そうよ。まあ、それがダメなら、知り合いの高ランクパーティの拠点に頼んで泊まらせてもらうわ。どこも忙しいだろうから、お邪魔するのは気が引けるけどね」
そんなものかと納得して、リディを先頭についていく。
少し行くと大通りに出た。
「まあ、大通り沿いの宿ならどこも防犯は大丈夫でしょうし、適当に入るわよ」
そう確認してから、一番手前にあった宿に入っていくリディ。
続いて入れば、そこは修羅場だった。
別に、痴情のもつれが云々ではなく、宿の従業員らしい人々が、老いも若きも男も女も凄い形相で走り回っているのだ。
「すいませーん!」
入ってすぐのフロントでのリディの呼びかけに誰も答えない。
「すいませーん!!」
言いながら呼び鈴を何度も押しているが、やはり答えはない。
「すいませーん!!!」
……答えはない。
「オラァ! 客を何だと思ってんだゴルァ!」
「ステイ! リディ、ステイ!」
「がるるるるる――」
「はいはい、そんな騒がなくても聞こえてるってんだ」
出てきたのは、筋肉質と言うほどではないが引き締まった体をした中年の人族の男性。他の従業員よりも身なりも良いことから、ここの主人なのだろう。
「客よ。泊めなさい」
興奮状態のリディは下げるべきかとも思ったが、何とかコミュニケーションを取れる程度には落ち着いてるので、取り敢えずは様子を見る。
……いや、手出ししたらこっちがやられそうだし。むしろ、この状況でも俺の方を見ながらリディの陰に隠れてるルーテリッツさんの胆力を称賛したいくらいだし。
「あのなぁ、ガキども。泊まりたきゃ、『大掃除』の前に来るんだな。大部屋も個室も、お前らみたいなのに貸せるのは埋まってるし、裏通りまで含めてどこもそうだ。諦めて、どっかで野宿するんだな。そら、ギルドに行けば、テントくらいは貸してもらえるぞ」
こりゃ乱闘かなと思って覚悟を決めてリディを見れば、なぜか笑顔で拍子抜けした。
……いや、これ、ヤバい方の笑いだ。
「あら、本当に全部埋まってるのかしら?」
「おお、空いてるぞ。最上階の一番良い部屋がな。ふかふかベッドの二人部屋で、シャワーやトイレも共用じゃなくて部屋ごとに設置。食事も、希望するなら一階の食堂じゃなくて、部屋まで運ぶ。それで、部屋代で一万デルン、さらに泊まる人間一人ごとに一万デルンだ。普通の個室の五倍、大部屋の二十倍だ」
言った主人の方は、こちらが諦めて帰ると確信しているのか、明らかに見下す顔だ。
まあ、一般の冒険者がよく狩る魔物の代名詞であるゴブリンの討伐で一匹二千デルン。一般的には強敵とされるオークで一匹七千五百デルン。
ゴブリンなら一般冒険者で倍まで、オークなら同数か少し多めを相手にするのが限界とされている。これが集団行動しているのだから、冒険者側も集団行動しないと死ぬから、一匹分の討伐額も頭割りとなる。
で、軍の管理で魔物が少なめだったとは言え、街道を三日通って帝都に来るとき、僕が出会ったのが、オーク七匹にゴブリン八匹。短時間でもっと見つけるには人里から遠く離れる必要があるので、往復時間を考えると、同じ三日間で極端に多く出会うのは困難だろう。
それで生活費や装備代などを考えれば、確かに僕らと同年代の若手冒険者には厳しいだろう。
まあ、一般的にはそうだろうさ。
「そう、つまり二部屋で片方は三人分のベッドをお願いして……えっと、その……ミゼル!」
「六万デルン」
「そう! 六万デルンで文句ないでしょう!?」
と、財布から取り出した札束を叩きつけるリディ。
ああ、そのドヤ顔が眩しい。
「ん? ……んん?」
「も・ん・く・な・い・で・しょ・う?」
「――!? は、ハイィッ!」
正直、Bランクパーティが払い渋るような金額ではないのだ。
一応勉強した限りでは狩る魔物の討伐額が違うし、その上、うちはギルドと揉めた結果としてパーティの人数から考えると多額のお金も入ってくる。
主人が引っ込んでいった奥では、「夕食の仕込みなんて後で良い!」だの「簡易ベッドがない? どっかから借りて来い! 夕方までだ!」だのと、大騒ぎだ。
あの喜びぶりからして、たぶん、普段は飾り扱いで、たまに来る場違いな客用なんだろう。
と、すぐに出てきた若い女の子に連れられ、最上階である五階へ。
すぐ下の階では十二個あった扉が、ここには四つだけ。実際、中は随分と広かったし、言っていたようにベッドもふかふかだった。
てなことがあった訳だが、目的を見失うわけにもいかないので、荷物だけおいて今は町の近くの平原である。
ポーラの言っていたように、すでに『大掃除』が終わっているのか、魔物も人影も見当たらない。
「じゃあ、ここから本題だ。ルーテリッツさん、僕らは離れたところで見てるので、どうぞごゆっくり」
そう言って、まずは僕が離れ、ルーテリッツさんがリディの陰に隠れるのを止めたところで、リディとメアリーもこっちに来た。
三人で観察を行う。
おろおろして、びくっとして、ぺこぺこして、移動。
おろおろして、びくっとして、ぺこぺこして、移動。
おろおろして、びくっとして、ぺこぺこして、移動。
おろおろして、びくっとして――
「あれ、何?」
「いや、いくら何でも分かるわけないだろ」
「じゃあ、あたしが――」
「メアリー! ちょっと確認してきてくれ!」
「分かったぁ~」
少し不満そうだが、さっきの宿屋での騒ぎみたいに平常運転のリディをよく分からないところに投入する度胸はない。
ここ一番なら、度胸も思い切りの良さもあるから頼りになるけど、今回はなあ……。
そうしてメアリーが行くわけだが、気付いたルーテリッツさんは慌てて逃げ出す。
諦めずにゆっくりメアリーが近づくが、一線を超えるとやっぱり逃げ出す。
そんなやり取りを何回か繰り返し、近づける限界線を見極めたらしいメアリーは、じっと観察を開始する。
おろおろから始まる一連の流れを三回見たところで、メアリーが帰ってきた。
「あのねぇ~。よく分からないけどぉ~、小さくて大人しいから狩られてない魔物相手にぃ~、謝ってたぁ~」
謎が深まっただけである。
結局、夕方までその調子であり、収穫があったのかなかったのかも分からない。
もやもやしたまま町へと向かうが、その町が見えたころ、盛大にかき鳴らされる鐘の音が聞こえてきた。
「メアリー」
「緊急招集だねぇ~」
「緊急招集?」
聞きなれない単語に問いかけるが、リディとメアリーは明らかに焦っている様子だ。
まあ、メアリーは相変わらず笑顔の仮面は外さないんだけど。
「説明してる時間があるかも分からないから、話は後で。とにかく、ギルドに急ぐわよ」
そうして駆けだすリディとメアリーに、僕と残されてはたまらないとルーテリッツさんも駆け出したのだろう。
「ぴぅっ!」
顔面から、華麗にずざーっと。
「ああ、もう。そう言えば引きこもりだったんだっけ? ――ミゼル! あんたも急ぎなさい!」
そう言ってリディはルーテリッツさんを抱えてダッシュ。
何が何やら分からないままに、メアリーと一緒にそれに続いて走るしかなかった。




