第四章第一話 ~魔女との出会い~
「ギルドから財産を取り戻すついでに事務手数料だの利息だのの名目でお金をふんだくり、パーティ関連の諸手続きをお義父さんに丸投げし、仕事もせずに日々を過ごす皆さん。ついにはお金の力で家事まで外注しだしたせいで本格的に穀潰しと化したそこの三人に、労働の喜びを思い出す機会を持ってきました」
カルドラルさんがまだ見ぬロリたちを救うために旅立って数日経った、とある暖かな朝。
メアリーに見守られながらリディと模擬戦をしていた僕らに、いつの間にか現れたルシアちゃんから無表情なままに掛けられた第一声である。
念のために弁明しておくが、別に遊び暮らしていたわけではない。
師匠が捕まっていた時に借りて回った借金を返済しても、この先何年も衣食住に困らない財力があったことから、ちょっと鍛錬に時間を多く使っただけのことである。
……まぁ、ニーナが来たことで家事すらする必要がなくなって、刀を振る以外は何もしてない気がするが、それが冒険者として魔物と戦う準備という本職の一部なので、問題はないはずである。うん。
「それじゃあ皆さーん! いってらっしゃーい!」
師匠は今日、必須ではないが顔を出しておいて損にはならないどこぞの会合に行っているので、こうして見送ってくれているニーナに留守を任せて、ヤクサ家三女様の後に三人で続く。
大人しく付いていっているのは、ルシアちゃんが多分困っている感じがきっとしないでもないからである。
決して、冒頭のセリフにグサリとやられた少年少女が三人ばかり居たとか、そういう現実はない。断じてない。
「一つ聞くけどさ、あんた、どうしてあたしたちの日頃の生活を見てたみたいな言い方で現れたの? いや、まったくもって誤解なのよ?」
目的地も分からぬ道中、リディから当然と言えば当然の疑問が出る。
確かに、他所で住み込み生活をしているにしては、ブレイブハートの事情に詳しすぎる。
……いや、誤解が多々含まれているんだけどね?
「ニーナからですよ。一昨日、ウチでバイトをしてくれるってお義父さんとあいさつに来た時です。ちょうど休憩時間だったので、雑談がてら色々と」
「……え、バイト? 僕の妹が?」
「……あー。これは、本物ですね」
何かを一人で勝手に納得する、小人族の少女。
もちろん、僕たちに心当たりは全くない。
「ニーナは、その日の朝食の後で言っておいたって言ってましたけど。もしかして、皆さんが大して反応しなかったのって、そもそも聞いてすらなかった……?」
「いやいやぁ~、そん……あ」
あのメアリーですら軽く素を晒す事実。
リディの何かを思い出したような表情からして、こっちも気付いただろう。
……おう、思い出した。
確か、一昨日の朝食後には、朝練を終わらせてシャワーも浴びてお腹も膨れて、幸せ気分で温かいお茶をすすっている時にニーナが何かを言っていたような気がしないでもないようななんというか……。
「まったく。この三人がどれだけ腑抜けた生活を送っていたかはよく分かりました。――一気に不安になってきましたけど、もう目的地ですから。話は中でしましょう」
言われてそっちを見てみると、立派な造りの服飾店のようだ。
それも、店内を覗いた感じ、中古品や既製品を売っている様子はない。
そこそこ大きな街には一つはある大衆向けの量販店ではなく、オーダーメイド限定の高級店だと思われる。
「ここってぇ~、ル~ちゃんの奉公先だよねぇ~?」
「そうですよ。――マダム! 今戻りました! ちゃんと連れてきましたよ!」
大通り沿いの正面入り口から入ったルシアちゃんの言葉を聞いて、すぐに店の奥から一人の女性が現れる。
少しばかりふくよかな体を簡素なドレスに包むその人族の中年女性は、所作の一つ一つに優雅さと落ち着きを感じさせる上品な印象を受ける人物だった。
「まあ! お忙しいところお越しいただき、本当に申し訳ないザマス。どうぞ、奥の応接室へ」
そんな社交辞令にダメージを受けながら、曖昧な笑みを浮かべて僕ら三人は続く。
ルシアちゃんからの、女性の言葉を聞いてからの鼻で笑うような視線は気にしないようにしている。
そして、通された部屋では、部屋の奥からリディ・僕・メアリーと並んでソファに座る。
向かい合って座るのは、しかめっ面の寡黙そうな中年人族男性とさっきの女性。ルシアちゃんは、向かい合う僕らの間のローテーブルの短辺、下座に一人で座っている。
獣人の少女がお茶とお茶請けを全員の前に運んで退室した後、口を開いたのは、ルシアちゃんだった。
「こっちの三人は、今朝お話しした、ブレイブハートの構成員たちです」
事情はよく分からないが、そのままこっち側三人分の自己紹介をしておく。
最初に気付いた僕を皮切りに、リディが続いたところまでは良かった。
「わたしはぁ~――」
「ぷっ……ぶふぉ!」
「ブレイブハートのぉ~、メアリー・ヤクサですぅ~」
「……あの、その子は大丈夫ザマスか?」
「えっとぉ~、大丈夫だと思いますよぉ~」
などと白々しく供述する巨乳ハーフエルフ。
ちなみに、この空気で仮面を被り続けていることについ反応した僕の、つま先が何者かに踏みつけられなければ生じなかった悲劇の結果である。
「そして、こちらの女性が、このフラウセルク洋裁店のオーナーであるシェリア・フラウセルクさんです。店ではお客様からも従業員からもマダムで通っているので、皆さんもそう呼べばいいと思います。あと、隣の男性は、旦那さんのセジラ・フラウセルクさんで、この店の職人のまとめ役をされている方です」
夫婦そろってそこで頭を下げたので、こちらも慌てて下げ返す。
自己紹介も終わったし、そろそろ本題に入ってくれるだろうか。
「いきなりで不躾ザマスが、皆さんにお願いしたいことがあるザマス」
「お願い、ですか?」
「ええ。ウチの娘を、部屋の外に引きずり出してほしいザマス」
僕の疑問への答えは、極めてシンプル。
だが、シンプル故に話がうまく見えない。
「あの娘は、昔からそうだったザマス」
見るからに寡黙な職人気質な夫が一言も発さないまま、マダムの方が事情を説明してくれた。
曰く、娘さんのルーテリッツ・フラウセルク――ルーティさんは、幼いころから極度の人見知りだったらしい。
実の親相手ですら、未だにビビってるんだとか。
そんなある日、ルーティさんの魔法適正を計測したことから大きく流れが変わったのだとか。
翌日には、お偉いらしい先生方らしい方々が家に押しかけ、帝都魔法学院へと入学することが決まったそうだ。
魔法学院は、流石に僕でも知っている場所だ。何せ、義務教育課程の初日に、強制的にその先の進学についても聞かされたからな。様子見をしていて、授業中に居眠りをする前だから聞いていた。
確か、新呪文やマジックアイテムの研究など、魔力関係のあらゆる研究と教授を行う学校だったはず。その中でも、帝都魔法学院は、魔力研究で周辺国の半歩先を行く帝国でも一番の名門だとか言っていたはずだ。
とにかく、両親としては、そのまま娘がエリートの道を歩んでくれると信じていたのだ。
しかし、娘は、卒業すると学院の寮をさっさと出て、実家の部屋にこもる生活に逆戻りしたのだとか。
「もう十八になるのに……。今でも学院の先生や学友がたまに訪れてくれるザマスが、忙しいのか、すぐに帰っていくザマス。それで、年が近くて少し下くらいの子たちなら、あの娘の心を開いてくれるかもしれないと……」
「マダム、任せて! あたしたちが何とかするわ!」
ご両親の辛そうな表情を見て、リディが喰い付くだろうなぁと思ってたら、案の定である。
メアリーも予想通りなのか、少し呆れが入ったような笑みだ。
でも、別に異存はない。
こうして知ってしまった以上は、何もしないのも後味が悪いし、何より、リディが言い出したことを引っ込めるとも思えないし。
喜ぶご両親を先頭に、案内されたのは、店の三階。住み込み職人たちの生活スペースの上にある、フラウセルク家の居住スペース。その一室の前だった。
「ここが娘の部屋ザマス」
「よし。ミゼル、やりなさい」
「おう!……おう?」
「なによ。考えるのはあんたの仕事でしょう? それとも、あたしが考えたくらいでどうこう出来ると思ってるの?」
「お、おう」
真顔でそんな自虐ネタを振られると、こっちもそれ以上言いにくくなる。
ある意味、とんでもない策士ではなかろうか。
と、そんなことは頭の片隅に置いて、ご両親からお借りした部屋の鍵を片手に、部屋をノックする。
「あの、ルーテリッツさん。初めまして。Cランク冒険者をしているミゼル・アストールという者ですが、少しお話良いですか?」
ここで無反応なのは予想通り。
最後にご両親に目線で確認を取ってから、鍵を開けて室内へと進む。
引きこもりと言うくらいだから、カーテンでも閉めた真っ暗な部屋を想像したのだが、実際は、窓が開けられて温かな風が吹く明るい部屋だった。
一人で住むには少し広いその部屋は、ほとんどが本棚と、それを埋め尽くす膨大な書籍に占拠されている。
後は、机に、イスに、ベッドに……その上に転がる、布団玉。
明らかに年上の少女が籠城しているだろうそれを指差すが、誰も手を貸す気はないらしい。
観客たちは、年頃の娘に見知らぬ男の手が触れると言うのは、許容範囲なのか?
あと、悪意に満ちた笑みで返してきたメアリーは、おやつの時に一人だけぬるいお茶を出してやる。
「あのー、ルーテリッツさーん。ご自分で出てこられないのなら、僕がお布団を剥がしますよー?」
しばらく待つが、反応はなし。
仕方がないので、「えいやっ!」と一息に引っぺがしてやった。
まず目に入ったのは、うつ伏せに丸まった、ワンピースタイプの寝間着に身を包むその肢体。
引きこもりなのに、意外に体つきは悪くない。
――そんな風に思っていたのは、少女が起き上がるまで。
「ふえっ……?」
そんな声と共に起き上がった少女。
僕の目は、ただ一点に吸い込まれる。
ゆったりとした寝間着では、体のラインがはっきりとは出にくい。
そのはずなのに、彼女の体のごく一部は、そのような常識に喧嘩を売っているとしか思えない。
リディは問題外として、メアリーのそれが大山脈なら、彼女のそれらは小惑星とでも言おうか。
さらに、不安の隠しきれないその表情は、元が美人系に整っていることもあって、猛烈に庇護欲がかき立てられる。
結論。
――なにこれ、エロい。
「ピィッ!? ほぇっ、あれ……精霊さん、なんで、えぅ……キュ~」
そうして年上爆乳美少女が泡吹いて意識を失うのと、『女の子に乱暴狼藉を働いた罪』とやらに対するリディからの誅罰が僕の脳天に振り下ろされたのは、ほぼ同時だったらしい。
そのことを知ったのは、刈り取られた僕の意識が暗闇の奥底から帰還を果たしてからである。




