第三章最終話 ~また一歩~
ニーナが帰ってきて、三日が経った朝。
身支度を整えた僕は、朝日の差すパーティホームの廊下を歩いていた。
昨日ウチに来たアイラさんによると、今回の事件はとんでもないことになっていた。
違法行為である人身売買に手を染めていた親皇帝派閥連合の旗頭。当然、過半数には届かないが最大派閥である反皇帝派が放っておくわけもなく、政治的大混乱が予想された。
だが、正に攻勢を開始する予定だった本会議当日未明、その反皇帝派代表の右腕が電撃逮捕される。
最初は、皇帝の横暴だ、議会への不当な介入だと息巻いていた反皇帝派だったが、そこに突きつけられたのは、とある帳簿。逮捕された議員が人身売買組織に出資をしていた、その証拠の一つだった。
その後もどんどん提示される証拠の前に、異議を申し立てていた議員たちは、その異議を取り下げた。
出資金に対する配当金の行方が書かれた帳簿が出される直前に異議を取り下げたそうだが、きっと偶然だろう。うん。
結果、親皇帝派のトップが、正体不明の暗殺者に殺されるという不幸な事件を乗り越え、議会が一丸となって危機を乗り越えることで決着。
つまり、現状維持。親皇帝派の第二・第三派閥が連合して主導権を握り、反皇帝派である最大派閥が過半数を目指して有権者である貴族・富豪や上級神官といった上流階級の支持を集めに回る。そんな政治状況が帰ってきたとのこと。
端的に言うと、クソみたいな終幕だった。
とは言え、僕がどうこう出来る話でもないし、どうこう出来る力を得る努力をするくらいならば、刀でも振っておきたい今日この頃。
ニーナは助け出せ、実働部隊のほとんどは僕が斬り伏せていたらしく、組織内で帝都方面を任されていた幹部連中も全員逮捕された。まあ、最低限以上は達成しているし、これ以上関わる必要がなかった。
久々に晴れやかな笑顔のアイラさんを、余計なことは言わずに見送った。
そして、今日は師匠とカルドラルさんと面談である。
正式な依頼と言う形で関わったことによる、事件の後の手続的なゴタゴタを片付けてくれた師匠にやっと時間ができ、僕の剣の道について報告することとなったのだ。
「じゃあ~、それでお願いねぇ~」
すっかり聞きなれた声に気付けば、師匠たちが居るはずの居間から出てくるメアリー(擬態)と目が合う。
「あ~、おはよぉ~」
「……お、おう」
やはり、慣れない。
素を一度見ていると、わざとらしいバカっぽさを意識してしまい、どうも調子が狂う。
知らなければ、普通にかわいらしいなぁ、くらいで見続けていられたのに。
と、葛藤しているこっちの胸の内を知ってか知らずか、周囲を窺いながらずんずん近づいてきたハーフエルフ娘は、耳元でそっと囁く。
「ボロ出すな。怪しまれたらどうしてくれる?」
「なら、普段から素を出せよ」
当然の疑問を、向こうに合わせて囁き返す。
一瞬、ピクリと体が震えた後、一段低い声で答えが返ってくる。
「こっちにはこっちの事情がある。良いから、そっとしといて」
「って、言われても、意識してもどうにもならないし」
僕の返答に、周囲に誰も居ないことを確認してから言葉が続く。
「……わたしは、家なしの戦災孤児だったんだ。孤児院なんて、上等なところにも入れなかった。それが、どこでどう間違ったか、気付けばヤクサ家の次女ときた。だから、家族の期待は裏切れないんだ。『メアリー・ヤクサ』は、ヘラヘラ明るい、優しい娘なんだよ」
「あの師匠やリディやルシアちゃんが、仮面の一枚を剥がしたくらいでどうこう言うとは思えないんだけど」
「そりゃ、そう思うけど……その、なんだ。理屈じゃなくて、だな……嫌われたくないし……」
「師匠やリディにも、思ってることをぶつければ良いと思うぞ。僕相手にやったみたいにさ」
「う、うっさい」
真っ赤になって、随分とかわいらしい告白をしてくれたものだ。
しかも、囁き合えるほどの近距離である。
「うん。十分堪能した。たぶん、もう大丈夫。普通にいこう」
「……え?」
きっと、メアリーは突然のことに、僕の発言の流れがまったく分からないのだろう。
でも、何ごとであれ、全力で頑張る美少女を笑うなんて、そんなことは出来ない。
僕にとっての斬撃が、彼女にとっては『メアリー・ヤクサ』。
だったら、同志の全力を見守るだけだ。
「ほんとにぃ~、大丈夫なのぉ~?」
「うん。もう、大丈夫」
「分かったぁ~。これからもヨロシクねぇ~――ミゼルさん?」
最後だけ素に戻ったメアリーに笑顔で返すと、いつも通りの『メアリー・ヤクサ』は立ち去っていく。
それを見送って、僕は居間に入る。
「失礼します」
「うん。とりあえず、そこに座って」
師匠に言われるままに座り、ちゃぶ台越しに、師匠とカルドラルさんと向き合う。
「なんでも、道を見定めたとか」
「はい。今日は、その報告に」
カルドラルさんは目を閉じて黙って腕を組み、師匠は無言の笑顔で先を促す。
「直感に任せた、剛剣を」
「……うん。それは、どうして?」
二人とも、特に反応が見えない。
何を思われているのか分からないまま、答えを続ける。
「今回の事件。思うがままに動いて、思うがままに打ち倒して、何かが見えた。あのデリグとの戦いの最後に至った、僕の最高に手が届きかけた。――だから、もう少し、この先に進んでみたいです」
大人二人は、表情を変えずに目を合わせると、互いに頷く。
意味が分からず、ただ黙って待っていると、カルドラルさんが口を開いた。
「我輩はこれで、お役御免である。明日にでも、旅立たせてもらうのである」
「だな。こんなに早くどうにかなるとは思ってなかったよ」
空気が良い。
どうやら、悪くは思われていないみたいだ。
「にしても、弟子を二人取って、二人とも俺の剣には進まないのか」
「当たり前である。どんな些細なしぐさにも意味がある、思考能力の限界を突破してるとしか思えない『考える剣』など、マネできるわけがないのである」
「……え、どんな些細なしぐさも?」
「うむ。すべてが誘導、すべてが罠である。そうして相手の動きを制限し、自ら死地へと飛び込ませるという、ふざけた剣である。個々人で違うはずの思考を手玉に取るその技巧は、バケモノであるよ」
「はへぇ……」
確かに、『何かしらの行動で相手の意識を誘導して裏をかく』のがヤクサ流では一般的とは、正式に弟子入りする前に稽古をつけてもらった幼い日に聞いてはいた。
でも、どんな些細なしぐさにも意味を持たせるなんて、僕だったら敵を前にしてそこまで考えが回るとは思えない。
「いや、いくらなんでもバケモノはないだろ」
「自分の胸に手を当てて、考えてみるのである」
「……いや、確かに、ヤクサ流の門下生でも同じ戦い方をするのは居なかったけどさ……ハハハ……」
苦笑いを浮かべる師匠だが、表情を引き締めてこっちに向き直った。
「直感っていうのは、経験の集積だ。瞬時に最適解を導き出すには、より多くの経験を積み上げるしかない。そんな道を行くミゼル君には、それに合わせた修練を積んでもらうよ」
「はい! お願いします!」
と、いい感じに話がまとまったところで、どたどたと廊下を駆ける音。
何事かと思えば、襖が突然開かれる。
「爆誕! 妹メイド! ――なんちゃって」
「きゃー! ニーナちゃん、かーわーいーいー!」
『きゃる~ん』なんて擬音が似合いそうなポーズと共に現れたニーナと、残念な意味で通常営業なリディが居る。
ってか、
「なぜにメイド服?」
「ふふん! それはもちろん、今日からここのメイドさんだからです!」
言っている意味が分からない。
誰が、何になるって?
「いやぁ、お兄ちゃんも人が悪いよね。普通は数百人で稼ぐBランクパーティの一般的な資産を持っていて、使うのがたったの四人なんて優良会計。数百人で割っても随分と贅沢できるような資産額だって聞いて、びっくりしたよ。しかも、実の兄がその幹部とか、こんな『おいしい』職場を教えてくれないなんて、水臭いよねー」
「ねー。ニーナちゃんなら、あたしも大歓迎だよ!」
そのままキャーキャー騒ぎ出す女子たち。
男たちはついていけないまま、苦笑いを浮かべるしかできない。
まあ、色々と台無しな気がしないでもないけど、これにて一件落着! ……で、良いのかな?
次回より、第四章『最弱最強の魔女』。
年内に一話目を投稿できると思います。




