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第十二話 ~おかえり~

「なるほどなるほど。話は十分聞かせてもらった。この調書の内容を確認して、間違いがなければ最後にサインを」


 帝都警備隊第三部隊長執務室。

 キツネ耳の中年さん――目の前で胡散うさん臭い笑顔を浮かべるヒュイツ・メルセンさんの仕事場で、応接用のソファに二人で向かい合っていた。

 派手さはないが格式の高さを感じさせる調度品の並ぶ広めの部屋で、僕は事情聴取を受けていたのだ。


 日本で言えば警視庁の幹部クラスだろう人が、もっと下っ端の仕事だろう事情聴取を自分で行うと聞かされたときは、それは警戒したものだ。

 何か釘を刺されでもするのかと思ったが、特にそういうこともなく、ただ僕の語る事件経過を書きとっていくだけ。

 その内容も特に訂正するところもなく、サインして調書を返す。


「ふむ。これで終わりだ。疲れているところでの協力、感謝する」

「いえ、お気遣いなく。関係者として、知っていることを話しただけですから」

「いやいや、謙遜けんそんは不要だよ。公的にも私的にも、君には感謝しているんだ」

「公的にも私的にも?」


 返事をした時の相手の顔を見て、嫌な予感がする。

 どこがどうとは言えないが、何だか面倒な方向に話が進んでいる気がする。


「特筆すべき問題も特筆すべき功績もない経験だけの凡人が、一度目に絡んだときは急に出世コースのエリートポストについた。二度目は大規模人身売買組織の摘発と言う大手柄を得た。公的には、警備隊の不祥事の尻ぬぐいや犯罪者集団の摘発協力をしてくれた。どっちも感謝しかないさ」

「あ、はい……ハハハ」

「またいつか、君たちとは協力したいものだ」


 警察のお世話にはなりたくないなぁ――と、言えるわけもなく。

 適当に愛想笑いをして誤魔化していた時のことだ。


「おお、そうだ。少し待っていてくれ」


 見るからに「良いことを思いついた!」と言いたげな表情で立ち上がるヒュイツさん。

 執務机で何かを書いていたかと思うと、こっちにやってきてそれを手渡してくる。


「えっと、これは?」

「紹介状のようなものだ。受付で提示してブレイブハートの一員だと名乗れば、私がどんな地位・役職でも最優先で面会させてもらえるように話を通しておく」


 蝋で封されたそれは、たぶん、普通に考えればかなりありがたいものだと思う。


「ありがとうございます。何かありましたら、遠慮なく頼らせていただきます」

「私人公人どちらの立場からも、可能な限りは協力する――おっと。違法行為の場合は、バレないように算段を立ててから来てくれ。二度も幸運を運んできてくれた相手を、逮捕したくはないからね。ハハハ」


 愛想笑いを続けて、そのまま退室した。


 本当に、ヒュイツ・メルセンという男は評価に困る。

 凡人を自称する割に、就任したばかりの慣れないポストで、アイラさんが期待した以上に非公式に人員を抽出できる手腕がある。

 言動は、あまりにも飾らなすぎる。地位の差を利用して、言いたい放題と思われるかもしれないくらいだ。

 かと思えば、部下に任せても十分な事情聴取なんて仕事をわざわざやってるあたり、地位や権力をかさに着ているのとも違う気がする。

 実力や言動について判断しかねるのだ。

 たぶん僕と話すために、自ら事情聴取なんて下っ端で十分な仕事を行うような者が、そうまでしてあった相手にそんな言動を続けているのは、何か狙いがあるのではないか。権力に酔った小物なら、僕を呼びつければ十分なはずだし。


 結局、なんだかよく分からないから、あんまり関わり合いになりたくないなぁ……。


 そう思っても、お偉いさんから貰った面会パスを捨てる訳にもいかない。

 とりあえずはふところにしまっておいて、この建物内のとある一室を目指す。


「あ、お兄ちゃん! もういいの?」

「ああ、やっと終わったよ。さあ、帰ろうか」


 その大部屋には、今回の事件の被害者たちがいた。

 とは言っても、種族も頭数もたくさんだった当初とは違って、家族や恋人との感動の再会を経てかなりの被害者が帰宅しているのだが。

 被害者への対応が優先された結果として僕やメアリーなどの捜査協力者の事情聴取は後回しにされ、日が昇る前に解決したのに、今はもう昼過ぎだ。

 最初からこうなるなら一度帰して欲しかったが、被害者について捜索願との照合や家族などとの連絡で大混乱の捜査陣を目の前で見ながら待っていたのだ。文句を言う気にはなれなかった。


「じゃあ、行きましょう、メアリーさん」

「ん? そうだねぇ~」

「ヒッ……」


 二人分の視線が集まる。

 いや、僕は悪くない。

 メアリーの素を見た後でこんな痛々しい演技を見せられれば、鳥肌や悲鳴の一つや二つは出てくるに決まってる。

 だから、「ボロ出すな。ぶっ飛ばすぞ」とか言いたげな殺意の衝動を目いっぱいぶつけるのは止めて下さい……。


「あ~、ごめ~ん。わたし、ちょっと用事があったんだぁ~。悪いけどぉ~、先に帰っててぇ~」

「あ、そうなんですか。じゃあ、先に帰ってますね」


 危険を察知したメアリーからのフォローなのだろう。

 ……後から、呼び出しかなぁ。

 本当に、何であんな痛い子ぶってるのか知らないけど、この機会に素を出してくれれば楽なのに。僕が。


 とりあえず、今はニーナだ。

 まるで何もなかったかのように何でもない雑談を次々振ってくるのに対応しながら、自然公園に差し掛かった。


「なあ、ニーナ。ちょっと、公園に寄らないか?」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「公園の中の屋台のお菓子、何でもおごってやるぞ」

「寄ろう! ぜひ寄ろう! すぐ寄ろう!」


 飛び出していったニーナに言われるままにいくつかの焼き菓子を買うと、噴水の近くのベンチに並んで腰掛ける。そのまま、美味しそうにお菓子を食べるニーナを、何をするでもなくしばらく見つめていた。

 周囲は、平日の昼間と言うこともあって、お年寄りや子供連れがいくらがいるが、全体としては閑散としている。


「美味いか?」

「うん! まあ、ご飯もしっかり貰ってたけど、マズくも美味しくもない微妙な味だったからね。あ、でも、毎食スープにお肉が一かけらは入ってたんだ! いやあ、お得だったよね。こんな贅沢ぜいたく、人生初だよ!」


 見た感じ、何の問題もない。

 いつも通り、いや、いつも以上にはしゃいでいる様子を見れば、そう思える。


「なあ、ニーナ。無理しなくても良いんだぞ」

「無理? 何言ってるのさ、お兄ちゃん」

「手、震えてるぞ」

「え、嘘!?」

「嘘」


 僕の返しに、慌てて自分の手を見ていたニーナが固まる。

 口を開けて呆然とこっちを見ているだけだったのが、しばらくしてやっと理解できたのか、あっという間に怒りだした。


「ちょっと、お兄ちゃん! 嘘吐いたの!?」

「お互いさま」

「うっ……」


 簡単にボロを出した我が妹は、観念して怒りを飲み込んだ。

 そのほおが膨らんでいるのは、それでも飲み込み切れない怒りによるものか、ヤケになって一気に食らいついた焼き菓子によるものか。


「もう、絶対にばれない自信あったのに」

「何年ニーナ・アストールのお兄ちゃんをやってると思ってるんだ。分かるさ」


 そのまま、お互いに正面を向いてしばらく沈黙する。

 焼き菓子を食べ進めるわけでもなく黙っていたニーナが、不意に口を開く。


「最初はさ、何が何だか分からなかったんだ」

「うん」

「帰ろうと思って歩いてたはずなのに、気が付いたらあの牢屋に閉じ込められてて。他の子もよく分かってなくて。ただ、ご飯は三食出るから、よく分からないままに食べてたんだ」

「うん」

「でさ、そうしてご飯が三回出たくらいだったかな。見張りの人たちとは違う感じの人が来て、うちの牢屋のある子が良いとか言ったんだ。その子が連れて行かれて、大きい子たちは状況が分かっちゃったんだ」

「うん」

「次は自分の番かもって怖がって、小さい子は元々お母さんに会いたいお父さんに会いたいってぐずってて。私も……怖く、て……」

「うん」


 涙声になりながらも話し続けるニーナ相手に、同じような反応を返す。

 かしはしない、こっちから止めもしない。ただ、紡がれる言葉を受け止める。


「でも、みん……な、怖がってる、から。わた、し……頑張って……お兄ちゃんが、きっと、来て……くれるって……みんな、励まし、て……」

「うん」

「だ、から……ありが、とう。ほんと、に……!」


 感極まったニーナは、遂に言葉を紡ぐこともできなくなる。

 うつむいて固まるニーナをそっと抱きしめてやると、大声で、思いっきり泣きだした。


 ようやっと溜まっていたものが吐き出せているのだろう。

 本当に、自分もつらいだろうに見ず知らずの周りのやつのために頑張るなんて。僕にはもったいないできた妹だ。


「おかえり、ニーナ。本当に、おかえり」

「うん……うん……!」


 無事でよかったよ、本当に。





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