第十話 ~見習い剣士の思い~
カンテラを掲げ、周囲を警戒しながら地下水路を歩く。
あれこれ問題が生じているところに、これまた困ったことになった。
そう、非常に困っているのだ。
後から考えれば、メアリーの僕への態度について、怪しいところはあったのだ。
なるほど、彼女の思いは、大変なものだろう――彼女にとっては。
彼女にとっては、である。
確かに僕が贔屓してもらってることを否定するつもりはない。
でも、これは師匠とメアリーの間でしか解決できない。僕に言われても、結局は師匠を巻き込んで二人で話し合う場を整えるくらいしかできないのだ。
要は、八つ当たりに等しいもの。
仮に僕が謝ったとして、メアリーが自分の行いにどれだけ自覚があるかに関わらず、彼女の悩みは消えるわけではない。
説教なんてしようものなら、意地になって余計に反発されるだけだろう。
つまり、高確率で敵対勢力が根城を構える戦場をただ一人でうろつく後衛を回収し、根本的解決方法のない安全装置の吹っ飛んだ爆弾をなだめすかしながら、進むなり撤退するなりせねばならないのだ。
頼りになるのは己一人。
戻るにしても、前衛なく敵地のど真ん中にメアリーを置いていくわけにもいかないあたりが難易度を跳ね上げている。
だが、それ以上に難しいのが、メアリーの気持ちそのものには共感するところがあるところだ。
いっそ、もっと滅茶苦茶言ってくれれば、すっぱりと見捨ててアイラさんにでもメアリーの回収を丸投げできたのに。
「おーい。メアリーさんやーい」
あまりにも見つからなすぎて、小声でバカな呼びかけをする。
まあ、敵に見つからないよう、聞こえない程度の小声の呼びかけに答えなんてあるはず――
「そっちだっ! 回り込んで逃げ道を潰せっ!」
響き渡る声と、続く石造りの床を駆け抜ける無数の足音。
慌ててカンテラを置き、抜刀して臨戦態勢に入る。
……だが、足音は遠ざかり、すぐに流水の音だけがする静かな世界が帰ってくる。
落ち着いて気を抜いたところで気付く。
人手不足で一チームごとの管轄範囲は結構広い中、僕らのチームの管轄範囲のほぼど真ん中で、敵に追われている可能性が一番高い人物は誰なのか。
思い至った以上、考える時間はない。
抜刀したまま左手でカンテラを掲げ、耳だけを頼りに僕も駆け出す。
しばらく駆けると、人の気配がいくつも感じられる。
消してしまうと生活魔法すら使えない僕ではもう一度つけることが出来ないカンテラを、左の袖の中に入れ、半身になって後ろに隠す。
刀を下段に構える右手を前に、通路の角からそっと覗く。
そこは、中規模な部屋くらいの空間。
水路から外れたそこは、いくつか出入口があるようであることからも、地下水路の点検時にあちこち簡単に行き来するために作られた道の合流点なのだろう。
そこに見えるのは、弓を取り落として壁際で尻餅をつくメアリーと、その首に剣の切っ先を向ける男。そして、その後ろで構える数十の人影であった。
メアリーが取り落としたと思われる光の魔石のカンテラと、敵方が持つ光量で劣る火の魔石を使ったカンテラで、状況は良く見える。
メアリーから見て右手側から様子を見ているのだが、戦いの決着がつき、敵方が何やら話し合っているようだ。
「おい、結局何人やられたんだ?」
「六人死んだ。けが人は、その三倍はいるぞ」
「ちっ、面倒掛けやがって。精々、高値で売り飛ばして回収させてもらうか」
どうやら、今すぐメアリーを殺す気はないようだ。
これは助かる。
敵は数十と言ったが、ざっとみて三十は超えている。
かつて師匠と傭兵崩れの賊を狩ったときには、師匠のフォローが期待できる状況で、しかも地の利を生かしたゲリラ戦的な戦い方で数的不利をひっくり返したのだ。一人で三十を超える敵と戦うなんて、分が悪すぎる。
「でもさぁ、このまま売っ払うだけ、ってのも気が済まねぇよな?」
「確かに、それじゃあ死んだ連中も納得しねえよなぁ。ゲヘヘ」
ここで心中して、どうなる?
「売り物になる程度にしとけ。それに、コイツの仲間がうろついてるかもしれねぇ。手早くな」
――貫くにしろ折るにしろ、自らの意思を大切にするべきである。
気付けば刀を左手に持ち替えていて、右手でカンテラを放り投げていた。
放物線を描いて飛んだそれが、メアリーたちの頭上を越えて落下し、派手な音を立てて注目を集めるほんの少し前。両手で刀を構え、僕は一歩目を踏み出していた。
誰かに気付かれる前に、敵中を縫うように進む。
確実に周囲の様子が手に取るように分かるこの状態、今までにないほど世界が見えて……いや、違う。前にもあった。
デリグのと戦いの決着の一撃。あの時の、すべてを見通せた状態の、下位互換とも言うべき状態が今だ。
でも、例えあの時の全能感に及ばずとも、今この状況で届かせるには十分。
間合いに捕えたのは、驚きに目を見開く男の姿。
メアリーに突きつけた刃。それを動かす暇など与えはしない。
見えたままに軌道をなぞり、一閃ですべてを終わらせる。
首を失った体を蹴り飛ばし、メアリーを背に敵と向かい合う。
「お、お前、なんで……」
「いや、見た通り、助けに来たんだけど」
「助けに来た、じゃねえよ! 状況見ろよ! なんで、あんな八つ当たりした嫌なやつを助けるために、死にに来るんだ!?」
なんで、か。
問われて考えてみると、答えにたどり着くのは早かった。
気にくわなかったのだ。
理不尽を目の前に、ただひたすらに逃げる理由を探す自分が嫌だった。
例え、この分の悪い賭けに自分どころかメアリーまで巻き込むことになろうが、知ったことか。
僕は、僕の気にくわない理不尽を放って置きたくない。
僕の斬る理由は、僕だけが決める。
「おい、黙ってるなよ! もう答えとかいいから、お前だけなら多分まだ逃げられる――」
「黙れ」
「……え?」
「黙れって言ったんだ、メアリー」
我ながら、酷い言いざまだ。
きっと、僕の後ろでは、メアリーがそれは愉快な顔をしているのだろう。
「悪いけど、そっちの意思は関係ない。僕は僕の思うまま、自分の意思を貫くだけだよ。泣いている女の子を勝手に救う。――だから、僕に勝手に助けられろ」
「え、……わたし、泣いて……え?」
やっぱり、自分の状況に気付く余裕もなかったらしい。
まあ、そういう僕も、この集中状態で近づいて初めて気付いたんだけど。
そして、今回のことで分かりそうなこともある。
今回とデリグとの最後の戦い。どっちも、ただひたすらに敵を打ち倒すことだけを考えた。
多分、デリグとの戦いの方が追いつめられていた分、より潜在能力が絞り出されたのだろう。
まさに、頭と体が、ただ一つのことのみを考え、実行した結果だ。
でも、今のこれは、ただの僕の想像にすぎない。
「これだけ居れば、十分か?」
三十は下らない数の敵。
今もパラパラと増え続けるこいつらを斬りつくせば、何か見えるだろうか。




