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第九話 ~癒し手の思い~

「はぁ~い、これで良いよぉ~」

「うん、ありがとう」


 メアリーの生活魔法によって四方ガラス張りの角型の枠の中の光の魔石に明かりがともり、カンテラが周囲を照らし出す。

 そして、僕とメアリーは、帝都の地下を走る地下水道の探索を始めた。


 二人分のカンテラが周囲を明るく照らし出し、思ったよりも順調に進んでいく。


 当然のように師匠から光の魔石を支給されたときには、それは驚いた。

 通常、カンテラには安価な火の魔石を使うものである。

 性能だけで言えば、ほんのりと周囲を照らす火の魔石に対し、はっきりと照らし出す光の魔石が明らかに上なのは間違いない。

 それでも、光の魔石は希少さ故に価格が高く、金持ちの道楽か、街灯のような国家主導の事業でもないと手が出ないのだ。

 そんな品が一山いくらの感覚で支給されたブレイブハートの財力に驚くとともに、そんなパーティに極貧生活をさせた、師匠収監中のギルドの苛烈かれつな取り立ての恐ろしさを改めて感じた。


 そうこうありながら、何を話すでもなく黙々と地下水道を進んでいる時のことだった。


「うわっ!?」

「ど、どおしたのぉ~!?」

「えっと、足元を虫が……」

「なんだぁ~、そんなことかぁ~」


 具体的に何だったかは分からないが、高速で駆け抜けたカサカサ動くアレは、単なる虫だった。

 そんなものに声を挙げてしまったことは情けない限りだが、考えるとおかしい。


「あれ、虫系が苦手だから虹色蜘蛛を狩るのに付いてこなかったって聞いたけど」

「……そうだねぇ~、虫は好きじゃないよぉ~」


 カルドラルさんの言葉が思い出される。

 『少年、気を付けるのである。あの娘は、かなり厄介であるぞ』

 どうするべきか。

 考える間にメアリーは進み、とりあえずは僕もやるべきことに集中することにした。


「あれ……?」

「? どうしたのぉ~?」

「何か、居る」


 足を止め、カンテラを置いて刀を抜いた。


 ここは、中央に水路があり、通れる場所は、その両端にある大人がすれ違うのがやっとの通路だけ。


「下がってて。必要そうなら、援護を頼む」

「うん、分かったぁ~」


 地形上、そう簡単に後衛までは通れない。僕らの組み合わせ的に、戦いやすい場所と言える。


 そして、中段に構え、意識を前方に集中させる。

 カンテラの光の届く先の少し向こう、動いた気配は大きくない。

 恐らくは小型の魔物と思われる敵を待ち構えていると、それはゆっくりと姿を現した。


 ひたいには鋭い角が生え、その手の平サイズの体はネズミのよう。その名も、『一角ネズミ』。

 数は、一、二……全部で五体か。

 縦一列に並び、キィキィ鳴き声を上げながら進んでくる。


 一気に動き始めたのは、先頭の一角ネズミが僕の間合いの三歩ほど外にたどり着いたときだった。

 加速し、その角で一刺ししようとわずかな時間差で敵が迫る。


 一振り――一匹斬った。

 二振り――続く二匹をまとめて斬り捨てる。

 三振り――残る二匹をこの一撃で斬り……裂けない!?


 最後の二匹。

 一匹は問題なく真っ二つにした。

 そのままの軌跡で終わらせるはずの攻撃は、もう一匹をかすめて空を斬った。


 そのまま進めば、心臓のあたりへ届く一撃。

 考える暇もなくとっさに左腕でガードし――攻撃を弾き返して仕切り直す。


 腕一本捨てる気で行った防御は、しかし虹色蜘蛛の糸でまれた生地を貫くことはなかった。

 なるほど確かに、前衛職を鎧なしで送り出すための条件にされるだけはある。

 攻撃を受けた辺りに鈍い衝撃が残っているが、戦闘には支障ない程度だ。


 的は小さい。狙いにくいのは確かだ。

 でも――


「一対一で、近接攻撃しかないなら……外さない!」

「キイィィィ!」


 敵を斬り捨て、すぐに周囲を警戒する。

 ……もう、居ないみたいだ。


「すごかったねぇ~。じゃあ――」

「!? 後ろだ!」


 振り返った先、メアリーの後ろ。

 まだ三匹も居やがった。


 すでにメアリーに飛びかかろうとしていた一匹から守るため、彼女を押したまでは良い。

 だが、このままでは、角に貫かれるのは俺の顔だ。

 元々、捨てたつもりの左腕。とっさにかざして防御する。


「っ! ってぇ……」

「キキィッ!」


 左の手の平を角が貫通し、右目の目の前まで迫ったところで何とか止まる。

 この破壊力を受け切ってくれた虹色蜘蛛の糸に感謝しつつ、後続の二匹が迫る。

 最初の一匹に構えば、続く二匹に対処できない。

 左手をそのまま握って最初の一匹の顔面を掴んで動きを封じ、右手一本で刀を振るう。

 その剣閃は、続く一匹を両断し、返す一撃はもう一匹を叩き割る。


「そら、これで終わりだ!」

「キヒィッ!?」


 左手を思い切り振り下ろして手の中の一撃を叩きつけ、逆手に持ち替えた刀を突き立てる。


 ……今度こそ終わったようだ。

 周囲すべてに気を配りつつ、納刀する。


「……治療、するよぉ~」

「あ、うん。頼む」


 改めて見ると、中々に凄いことになっている。

 角が貫通しただけあって、手の平の真ん中に穴が開いているのだ。

 ……あ、ダメだ。今更になって痛くなってきた。


「『水よ、形を成しての者をあるべき姿に戻せ「高位治癒ハイ・ヒール」』」


 メアリーが手をかざして詠唱すると、傷口が見る見る塞がっていった。


 村で魔物に襲われて骨が見える傷を負った人が出たことがある。

 その時は、街の治癒士の所に送られてから治療完了まで、移動を抜いて丸一日も掛かっていたらしい。

 似たような傷だというのにこれだけ早く治すのだから、メアリーの凄さが際立つ。


「はぁ、凄いな」

「えへへぇ~、そうでもないよぉ~」

「いやいや、凄いって」

「ミゼルさんの方がすごいよぉ~。助けてもらっちゃったしぃ~」

「そんなことないって。プロよりも凄い治癒魔法が使えるんだぞ。メアリーの方が僕なんかよりもずっと凄いって」


 間違いなく、本心だった。

 僕は、まだまだ未熟で、ただ立ち塞がるものを打ち倒すだけの存在。

 比べると、多くを救えるメアリーの力は、一般的に見て、僕なんかよりもずっと凄いと思う。


「……じゃあさ。その剣の才能を捨ててでも、わたしの才能が欲しいって言える?」

「え?」

「答えて」

「いや、それは……」


 その眼光は、殺意に満ちあふれていた。

 その意思の強さに、簡単に答えることがためらわれた。


「……わたしはね、言えるよ。わたしのすべてを捨てても良い。――お前の才能が欲しい」


 何も返せない。

 その言葉は、彼女の心だ。

 その言葉は、あまりに重かった。


「イサミパパはさ、あなたのために、毎月無理をしてでも時間を作って通ってたんだよ? 何を置いても、どれだけ大変でも、お前に剣を教え続けたんだ。それで、お前がイサミパパに何をした? リディお義姉ちゃんはね、ずっとイサミパパを支えてた。あなたのところに行っててイサミパパが留守にしてる間、わたしやルーちゃんの面倒を見てさ。与えられた分だけ、イサミパパを支え続けたんだよ。――もう一度聞く。お前は、何をした?」


 答えられない。

 ああ。僕は、確かに師匠に受けた恩に見合う何かを返せていないのだ。


「そうだ、冤罪事件のことをやったことのうちに入れるなんてふざけたこと許さないよ? あれだって、きっと、お前のために無理に時間を作ろうとして疲れてなかったら起きなかったに違いないんだ!」


 メアリーの声に、涙が混じる。

 もう、彼女自身もあふれる感情を抑えきれていないんだろう。


「イサミパパはさ、結局、どこまで行っても剣士なんだよ。わたしたち三姉妹、みんな大切に育てられたけど、剣の道を進んだリディお義姉ちゃんがやっぱりイサミパパの一番近くに居られるんだよ。でもさ、それだけなら良いよ。お義姉ちゃんがどれだけパパのために頑張ってるか知ってるもん。でも、お前は何? ただ、パパに与えられて、負担になって、なのに大切にされて……」


 痛々しくて見ていられない。

 内容の是非なんて関係ない。

 これが、彼女の苦しみそのものだからこそ見ていられない。


「わたしもさ、剣を持ったことがあるんだよ。振って振って、何日も振って、振り続けて――才能がないって、さ。言われたんだよ……。それでも置いていかれたくなくて、どうしてもついていきたくて、もがいて、足掻いて、何とかパパの視界の端にでも映り続けたくて頑張って……。それを何? パパと同じ道を進み続けられる天才さんが、わたしなんかに凄いって? ふざけないで! その才能だけでパパから貰い続けたやつが、パパと一緒に進めなかった無能を凄いなんて冗談じゃない!」


 メアリーは、そのままカンテラを持って駆け出していく。


 さて、カルドラルさんの言うとおりに厄介なことになった訳だ。

 どうするかなぁ……。





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