間話 ~教え導く者たち~
2015年11月24日の2本目の投稿です。
ご注意ください。
「悪いね、俺の仕事なのに」
「事情は知っているから、問題ないのである」
ミゼルが出ていった後の居間。
イサミは、カルドラルの正面にちゃぶ台を挟んで座る。
「俺の場合、生まれたときからヤクサ流を使うことは義務だったし、適性としても問題がなかったからね。武術以外でもいいから君みたいに何かしら迷った経験がないと、人を導くのは骨だよ」
「我輩としても、今の戦い方に疑問を持ったことはないのであるから、大して変わらぬ気もするのである」
「そうかい? 人生に迷う以上の難問なんて、そうそうないさ。――まあ、その答えはさておくけどね」
色々あって得たのが『幼女』だった目の前の友人の答えを思い出してイサミは苦笑いを浮かべるが、すぐに真剣な表情になる。
「ミゼル君はね、白刃に魅入られてるんだよ――俺の姉さんと同じさ」
カルドラルは、何の反応も返さない。
それを無言で続きを促していると判断し、イサミは言葉を続ける。
「彼は危うい。薄々は感じていたけれど、この前、斬撃を見せてほしいって言われたときに確信した。ミゼル君の目指す至高は、きっと戦いの中にある。初めて会った時から、彼は実戦になると別人のように動きが良くなる。修行の中で戦闘スタイルが変化すれば平時も戦時もその変化を反映して常に連動はしてるけど、いくら殺気をぶつけても、訓練でそのすべてを引き出すことは出来なかった。その上、彼は平時の俺の斬撃を見て、明らかに違和感を感じていたんだよ」
「ああ、たまに見かけるタイプであるな。戦いの空気に酔うタイプである」
「きっと彼は、戦いの中にしか答えを持たない。――導き方を少しでも間違えれば、修羅に落ちるだろうさ」
「修羅、であるか?」
カルドラルにすれば、ミゼルの様子を見ていてそこまでの危機感を抱いたことがなかった。
納得していないそんな様子を見て、イサミはさらに言葉を重ねる。
「『ああ、弱すぎて何の足しにもならなかったなぁ』」
「いきなり何であるか?」
「人を斬るってことを教えるために、彼を戦場近くに連れて行ったのさ。思った通り、傭兵崩れの賊が居た。しかも、村を襲撃している最中ときた。ちょうど良かったから、ミゼル君と一緒に斬り込んで、すべて片付けた。その時のミゼル君の感想さ」
湯呑みを持つカルドラルの手が、空中で止まる。
なるほど確かに、それは心配になるだろうとの納得と共に。
「リディに似たような経験をさせた時はさ、胃の中全部吐いて、しばらくは一人で寝られなかった。そっちがよっぽど正常だよ。俺はね、初めて人を斬ったときにあんな反応をした存在を、二人しか知らない。ミゼル君と、俺の姉さんだ」
悲痛な顔で語るイサミだが、カルドラルには根本的な疑問が浮かんでいた。
「ならば、剣を捨てさせれば良いのである。どうして、そこまで思いながら師を続けるのであるか?」
その問いは予想していたのだろう。
イサミは、考えることもなく答えを返した。
「無駄だよ。一度魅入られれば、周りが何をしても勝手に突き進むだけ。そして、進んで進んで進んで――いずれ、すべてを捨ててまで、捨ててはいけないものまで捨てて剣に生きるようになるんだよ」
実感のこもる言葉。
カルドラルは、ニヤリと笑みを浮かべて友に語り掛ける。
「そうならぬように、教え導くか。ふむ。責任重大であるな、師匠殿?」
「……だからこそお前を呼んだんだからな? 宿代と飯代分は働いていけよ?」
「まあ、とりあえずは少年が当面の道を定めるまでは手伝うのである。それが遅かろうと早かろうと、続きは師匠の仕事である」
「分かってるさ」
と、ここでイサミの空気が切り替わる。
例えるなら、誰かを導く師から、年頃の娘を持つ父親であろうか。
「で、メアリーの歪みってどういうことだよ」
「少年に言ったことですべてである」
「テメェ! 誤魔化すつもりか!? さっさと吐きやがれ!」
余談ではあるが。
やいのやいのと騒ぎ続け、遅刻寸前の時間に様子を見に来た某三人組から冷たい視線を向けられて、某人物が師だの親だのとしての大切な何かを失うこととなるのは、極めて近い未来のことである。




