第七話 ~暗中に光を見る~
「おねーさん、やっと気付いたの。あなた、バカだわ」
頭を抱えるアイラさんにそんな言葉を投げかけられたのは、僕らが突入した屋敷の書斎であった。
リディがひとっ走りしてアイラさんたちを呼び、屋敷の主人と部屋にいた幼女を引き渡した。
特筆すべきことと言えば、「やっぱりか」って気持ちの籠った呆れ返ったゴンベエさんの視線に対し、満面の笑顔とサムズアップで答えたら、全力で向こうずねを蹴り飛ばされたくらい。
つまり、万事順調に運んだのである。
そして、僕ら三人は別々に事情聴取となった。
『主犯』扱いの僕だけ聴取が長引き、後の二人は先に帰されたとのこと。
一方の僕は、終わってからアイラさんに呼び出されて今に至る。
片っ端から物が運び出された書斎は、戦闘装備のアイラさんが席についている執務机と空っぽの本棚だけが寂しく残されていた。
向かい合って立つ僕は、堂々と言葉を返す。
「考えあってのことですよ。リディと一括りにされるのは心外です」
「心外な方の気持ちは理解できないではないけどねぇ……」
「これだけの財産あってこそこそ貧民街なんて不相応なところに自ら出入りする人間が、自分たちの求める方向かは置いといて、叩いて埃が出ないなんてありえないでしょう。大穴でバレないように慈善活動でもしていたのかもしれませんが、バレたく無い人間が、高い香水の匂いなんてつけていくんでしょうかね?」
にっこりと言い分を伝えるが、反論は来ない。でも、そのジト目は何よりの不服を表している。
分かってる。「香水まで気が回ってなかったんでしょ?」なんて反論を始め、推測と願望で組まれた論理は、結果が出る前なら突っ込みようがある。
でも、結果が出てしまったからこそ、そんな粗探しに時間を割く気はないんだろう。
「ほら、それに。公務員がすれば違法捜査だって大問題ですけど、一般人ならただの不法侵入で済みますから」
止めにそう言えば、大きなため息が返ってきた。
「まあ、そうね。今回捕まったここの当主、法務省の幹部一歩手前くらいの地位にあるのよ。正規手続なんてしてたら普通に証拠不十分って言われるでしょうし、証拠があっても、色々と揉めてる間に証拠をきれいさっぱり処分されてたでしょうね」
「それだけの地位が全部パーですか」
「どうとでもできるって自信があったんでしょうね。それがこんなバレかたするなんて、同情するわ。あんな幼い娘、娼館でも流石に置いとけないから、仕方なかったんでしょう。ほんと、性癖ってのはやっかいね」
遠い目をするアイラさんだが、まだ肝心なことを聞いていない。
言ってくれる様子がないので、こっちから問うことにする。
「で、何か分かりましたか?」
「ああ、まあ気になるでしょうね。でも、残念。詳しいことはこれから裏取りするけど、初回利用だから信用がなかったのか、重要な部分はほとんど知らないみたい。取引も、前もって要望を伝えて、向こうの指定する場所に何人か連れてこられた候補から選んだみたいね。手掛かりにはなるけど、正直、ここからどこまで辿れるのか……」
「……そうですか」
精々が半歩前進、ってところか。
まあ、僕らの突入で救われた幼女が確かに居たことで良しとしよう。
そして、申し訳なさそうなアイラさんから目線を外し、その後ろにある窓の外を見る。
遅々として捜査が進まないが、ニーナは無事だろうか――なんて考えながら動かした視界に、それは入ってきた。
「……火事?」
「ん?」
僕の言葉に反応し、アイラさんも上半身をひねって振り返り、青空の中に立ち上る黒い煙を目に入れる。
「……ちょっと待って。あっちの方向は帝都中心部よね。で、幼女……人身売買……性癖……」
「あの、アイラさん?」
「……あっ。――ミゼル君! ラルさんは、ラルさんはどこ!?」
考え込むアイラさんに声を掛けると、突然立ち上がって机越しに僕の両肩を掴み、鬼気迫る表情で何やら慌てだした。
「どこって言われましても、カルドラルさんなら、私的な線から情報収集するってくらいしか聞いてませんけど」
「しまったあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのまま部屋を飛び出す女騎士の背中を、反射的に追いかける。
ついて来いとは言われてないが、来るなとも言われてない。
それに、これだけ慌てると言うことは、何かがあるのだろう。追いかける価値はあるはずだ。
そうして進む先は、火元と思われる方向。
今まで居た屋敷よりもさらに大きく立派な屋敷が並ぶ、帝都の中心部であった。
「うわぁ……うわぁ……」
「ふむ。そっちの捜査の進み具合はどうであるか?」
そこで見たのは、カルドラルさんだった。
ただし、燃え盛る屋敷と、無造作に転がされる数々の人達を背景に、毛布にくるまれた意識のないニーナくらいの年頃の少女を抱えているが。
その光景を見て、アイラさんは崩れ落ちてしまった。両手両膝を地につけ、この世の終わりのような空気を出している。
「あぁ、どうするのよ……」
「あの、確かに大事ですけど、僕らがしたのと同じですよね? ほら、被害者も確保されてるみたいですし、そんな大げさに考えなくてもどうにかなるんじゃないんですか?」
「ならないの! ここは、ならないのよ……」
顔を上げて力強く反論したかと思うと、次の瞬間には、また下を向いて絶望的な様子である。
「ここはね、帝国議会第二派閥を率いる超大物の屋敷なのよ」
そのまま三角座りに移行したアイラさんは、軽く投げやりな様子で語り出す。
曰く、帝国議会とは、皇帝大権に対抗する唯一の機関。貴族からの推薦枠二割、教会からの推薦枠一割、残り七割が一定以上の税を納める富裕層の投票で決まる、六年ごとに改選な組織らしい。聞く限り、解散はなさそうで、一院制のようだ。
そこで過半数が反対すれば、皇帝及びその権限を代理行使する宰相府は立法行為を行えないらしい。
で、現在は、反皇帝派の第一派閥に対し、皇帝派の第二派閥と第三派閥が組むことで、なんとか皇帝派が過半数を維持しているらしい。
で、第二派閥は、長の家が代々世話してきた人々の集まりであり、長の家と構成員間には深いつながりはあっても、構成員間の連帯感は薄いのだそうだ。
「で、何の調整もなく、第二派閥の長がこの様よ。どうせ、殺したんでしょう?」
「当然である。ロリを汚すものに生きる価値はない。情報については、そこで意識を失っている執事に聞けば良いのである。ここの主は上客らしく、実際に色々と取り仕切っていたこの男は、問題の組織のアジトについても知っているようである」
ふと、あごで指し示された方を見れば、顔面がはれ上がった執事服の男が放り出され、少し離れたところに毛布にくるまれた意識のない小さな人影が三つ地面に並べられている。
上客ってのは、何人も買っていたってことなのだろう。
「あぁ、これからどうしよう……。特大の不祥事がバレて当主が死んだ家の跡取りを議員ってのもすぐには難しい……ハーミットさまに報告して、何とか第三派閥にうまく動いてもらって政局の安定を……いや、これだけ根が深い話なら、変な横槍が入る前に、帝都警備隊と相談して今夜にでもアジトへの強襲も考えないと……」
僕としてはかなり有力な手掛かりに喜びでいっぱいだが、ぶつぶつと死んだ魚のような目でつぶやき続けるアイラさんはそうではないらしい。
抱えてる一人をさっきの三人の人影と並べてそっと寝かせるカルドラルさんに、見回して気になったことを尋ねてみた。
「ここに倒れている使用人たち、みんな生きてるみたいですね」
「ロリを汚すものに生きる価値はない。ロリを見捨てる者も同罪である。まあ、立場の差を考えての情状酌量は考慮したであるが」
「向こうのメイド服の幼女たち。固まって震えてますけど、無傷みたいですね」
「ロリは未来、ロリは希望、ロリは救い。故に、純真なるありようを、我欲を満たすために汚すクズは万死に値する。だが、その罪をどうしてロリに負わせられようか。この幼き存在に、何を責めるというのだ?」
「そうですか。――そこに無造作に転がされているショタを見て、一言どうぞ」
「……ショタ?」
無言。
「……えー、あー、うん。まあ、適当になんとかしておいて欲しいのである」
ここでさり気なく目線を逸らすあたり、ロリに対して筋金入りでも、一般的な社会通念が分からないほどではないらしい。
「ロリじゃないかもしれませんけど、ニーナは僕の大事な家族なんです。だから、ありがとうございます。重要な手掛かりを掴んでくれて」
頭を下げる僕に、普段通りの落ち着いた声が掛けられる。
「我輩は我輩のなすべきこと、ロリの敵の討滅を行っているだけである」
そこで、頭を下げたままの僕の右肩に手が掛けられ、少しばかり低い声で言葉が続けられる。
「それに、礼を言うよりも、自分の問題を何とかするべきである。次の戦場は、貧民街の地下水道。そこまでは分かっても、入ってからは目隠しされて進んだらしく、ここの執事も当主も細かい場所は分からないようである。ならば、あの広大な地下空間の探索に、頭数が求められるは当然である。そして、帝都防衛隊は、通常業務を行うので手一杯なほどに人手不足なのである」
そこで、気が引き締まる。
カルドラルさんは知らないだろうが、ついさっき、戦闘でポカをやらかしたばかり。
次も同じ状況で乗り切れる保証はないのだ。
もしかすると、僕の失敗で、ニーナが手の届かないところに行ってしまう可能性もある。
「そこの黒竜騎士の言葉を聞く限り、捜査そのものが続けられなくなるかも知れないほどに根が深いようである。急げ、少年。動くとするなら、そう遠くないはずである」
最後に掛けられたその言葉、今の僕には重すぎる事実。
結局、何も答えることが出来なかった。




