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第六話 ~剣閃に迷う~

「お前ら、何――」

「「カチコミじゃあああぁぁぁ!」」


 リディと共に屋敷の裏口を守る二人の門番の顔面にそれぞれ前蹴りを叩き込み、そのまま敷地内に突入する。


「うわぁ、ほんとにやっちゃったよぉ~……」


 心配そうに言うメアリーを引きつれ、屋敷建物内に踏み込んだ。

 二階建てではあるものの、外から見たところ敷地は広かった。屋敷内のすべてを調べ尽くすのは困難だろう。


「で、どうすんの?」

「不法侵入らしく、もうちょっとこそこそ入ろうよぉ~」

「どうせコソコソ嗅ぎまわる技術なんてないんだ。見つかるのは時間の問題だよ。だったら、むしろこっちから混乱させて尻尾しっぽをつかむ方に賭ける」

「そんなぁ~……」


 がっくりと肩を落とすメアリーだが、気持ちは分かる。

 僕だって、分の悪い勝負だってことは分かってる。

 でも、時間がない。本人がこそこそ貧民街に出張るようなお偉いさんなんて、お偉いさんってだけで叩けばほこりが出そうなのに、もっと怪しいのだから、アイラさんに情報を伝えたことで最低限の保険が出来たと言い聞かせてやっとここに立っているのだ。


「とにかく動き回って混乱を大きくしながら、情報収集。警備が出てきて継続困難になったら、アイラさんが介入するまで出来るだけ粘って、それも厳しくなったら撤退ってことで」

「もう好きにしてぇ~……」

「だったら、上に行きましょう。さっきの香水の匂い、そっちに続いてるわ」


 時間がない上にアテもない中、リディの提案を否定する理由はなかった。

 そして、悲鳴飛び交う屋敷内を駆け抜ける。

 しかし、現れるのは男も女も使用人のたぐいばかりで、警備要員はなかなか出てこない。

 それを幸いに片っ端から扉を蹴破けやぶり、中を一瞥いちべつして回っている時のことだった。


「さっきから騒がしいぞ! こっちはさっき仕入れた……あっ」


 近くの扉から現れたのは、半裸のデブ中年。

 僕らを見かけて慌てて室内に戻ろうとしたので、とっさに飛び出して中年オヤジに体当たりした勢いのままに突入した。


「ああ、やった。当たりだ!」


 僕に吹き飛ばされた中年オヤジが転がりついた先、部屋の奥のベッドの上。


「んんーっ! むー! むー!」


 年の頃はニーナよりも少し下だろうか。一人の幼女が手足を縛られて寝かされていた。

 猿ぐつわをされながらも必死に助けを求める姿は、多少の着衣の乱れはあるが、怪我なんかはなさそうだ。


「当たりは当たりだけど、素直に喜べない光景ね」

「おじさん、変態さんなんだねぇ~」

「ひ、ひぃっ!?」


 一人暮らしくらいなら十分な広さを持つ部屋の中、ウチの女性陣がベッドに近付くだけで真っ青になり小さくなって震えている半裸オヤジ。

 ……見ているだけで情けなくなる光景だ。


 と、ここで一件落着な空気だが、すっかり忘れていたことがある。


「ここか! 見つけたぞ!」

「お、お前たち! 遅いぞ! 何のために高い金を掛けていると思っている!?」


 部屋の入り口に現れたのは、帝都警備隊――と見間違えてしまう男女の集団。

 何せ、鎧の下の服はリディ達が鎧の下に着るような頑丈なものと変わらないように見えるが、装備一式はいつぞやに見た帝都警備隊の物だ。帝国国旗と警備隊の紋章が入っていないことから、正規品ではないだろう。


「申し訳ありません。屋敷全体が混乱状態で――」

「言い訳は後で聞く! それだけ良質な装備を与えて、数も圧倒してるんだ! さっさと片付けろ!」


 向こうもプロなのだろう。

 街中の屋敷の警備なら、対魔物の専門家の冒険者ではなく、対人戦の専門家である傭兵のはず。

 迷いは見られない。僕らが敵ならば、問答無用で排除しようと動き――させるものか。


「一つ!」

「グハッ!」


 抜きざまに一閃。

 部屋の入口に居た男を切り捨てる。

 戦闘せずに済むなんてありえないことは、話の流れから簡単に分かる。だったら、座して動き出すのを待つことはない。

 部屋の中には拘束されて動けない幼女が居る以上、『流れ弾』で害されないように、こっちから打って出る以外の選択肢はなかった。


「リディ! 左任せた!」

「任された!」


 背中を駆け抜けていく気配と続く断末魔を確認しながら、右方向の敵へ振り向きざまの一撃。


「ぐあっ!」

「ほら、次来いよ。全員纏めてでも良いんだぞ?」


 そうやって余裕ぶって相手に動くことを躊躇ちゅうちょさせて、ふと後ろを見ると、こっちに背中を向けているリディの左側から斬りかかる女性の姿。

 目の前の敵も放置できないしどうしようかと思えば、部屋の中から飛び出した矢が、正確に鎧のすき間を縫って女性の右ひじへ突き立つ。


「ナイスよ、メアリー!」

「え~いっ!」


 部屋から飛び出したメアリーは、気の抜けた声と共に女性に短剣で斬りかかるが、籠手こてで攻撃をいなされると、迷わずリディの後ろに下がる。


「『――「氷矢アイスアロー」』!」

「『――「火矢ファイアアロー」』!」

「おっと……!」


 両側から迫る魔法に対し、敵へと大きく踏み込むことで回避。

 勢いのままに二人を斬り捨てる。


 後衛がいるのはこっちだけではないと言うことだろうが、室内での近接戦では味方に当たるのを恐れて大きいのは使えないのだ。間違えなければ対処しきれる。

 そもそも、大きいのが使えるくらいなら正規軍みたいな安定していて待遇の良い仕事も出来るわけで、室外でも同じ魔法しか飛んでこなかったかもしれないが。


「悪いけど、殺しに来る相手に手加減する余裕はないんだ」


 踏み込んで一薙ぎ。剣士二人が倒れる。

 左に振り向きざまに一刺し。火魔法を使っていた魔法剣士らしき一人が崩れ落ちる。

 最後の一人、さらに奥に構える壮年の男へ振り下ろす。氷の矢を放った指揮官らしき魔法剣士が――落ちない。


「なるほど、子供と思って指揮に集中するべきではなかったか」


 真っ二つに叩き割らんとする斬撃は、その手にある大剣に弾き飛ばされた。


 そこで引かず、無理矢理に踏み込んで袈裟切りにしようと攻撃をするが、一歩引いてギリギリ回避され、逆に横薙ぎの一撃を放たれる。


「うっ……!」

「まだ成長途上のその体。単純な力同士のぶつかり合いならば、こちらが有利か」


 何とか受けて、向こうの間合いの一歩外で中段に構える。

 いや、受けるつもりはなかった。

 単に、受け流そうとして、あまりの重さにさばき切れなかっただけだ。


 さて、困った。

 こっちは、同格以上の相手には、頭と体の意識の差を突かれてやられるだろうとカルドラルさんに宣告されている身だ。

 負ければ手掛かりを失うどころか命すら危うい以上、じっくりと隙を狙うべきか?

 いっそ、全力で攻勢に出て、頭と体の意識の差をなくすか?

 無意識な体を頭に合わせるより、いくらかは意識できる頭を体に合わせる方が現実的かもしれない。


 ――なんて、考え込んでいたのが悪かったのだろう。


「この状況で隙を見せるとは、なめられたものだな!」

「あっ!」


 振り下ろされる一撃は、普通ならば回避できるもの。

 だが、動き出しが一瞬だけ遅れ、その一瞬が致命的だった。


 残る選択肢は、後先考えずにけること。

 転がって後ろに距離を取る。


「ほら、仲間は手助けどころではないぞ! 死ね!」


 何とか片ひざをついている姿勢まで立て直したが、これでは攻撃を受けるしかない。

 受けるしかないが、あの振り下ろしを受け止めるなんて無理だ。攻撃させれば、敗北しかない。


「だったら!」

「……!?」


 右手にある刀を投げつける。

 切っ先から真っ直ぐ飛ばす、なんて器用なことは出来ない。

 むしろ、斬撃もまともにうてない姿勢から、何とか敵に向かって飛ばして刹那せつなを稼げただけでおんの字。


 一気に至近まで突っ込み、勢いに任せて体当たりを決める。


「貰った!」

「グフッ!?」


 半回転してうつ伏せに倒れた敵の背に乗り、祖父から旅立つときに貰って以来、一度も使われなかった大型ナイフで後ろから喉笛のどぶえを切り裂く。


「はぁ……はぁ……はふぅ」


 危機を乗り越え、気が抜ける。

 にしても、これは危ない。自分のミスで剣士が無用な格闘戦に追い込まれるなんて、実力以前の問題だ。

 早急に突破口を見つけないと、命に関わる。


 と考えながらも、周囲の様子は確認する。

 敵地のど真ん中で気を抜くわけにはいかないからだ。

 そして、ぐるりと見回し――放り投げた刀を拾い、一気に駆け出す。


「こっちだ、テメェ!」


 向かう先では、敵に短剣での近距離戦に持ち込まれて苦戦するメアリー。

 後衛職の彼女では、もちろん劣勢だ。

 この敵は練度が低く、問題なく斬り捨てる。


「大丈夫か?」

「え? うん、大丈夫ぅ~」


 さっきまでピンチだったとは思えない、ほんわかとした表情。

 どうやら、本当に無事なようだ。


「助かったよぉ~」

「それなら良かった」

「やっぱり、すごいねぇ~……うん、すごいや・・・・・・・……」


 褒められているだけのはずなのに、何か違和感を覚える。

 何だろうかと考えようとしたところで、声が掛けられた。


「で、手が空いたなら、あたしの心配もしなさいよ」

「……え、るの?」

「いらないわ! 雑魚しかいなかったしね!」


 そう言って胸を張るリディを、せいぜい生温かい目で見てやる。


「っと。さっさとやることをやってしまおうか」


 そう言って、こっちを見ながら顔を青くする中年オヤジを、精一杯のイイ笑顔・・・・で見てやる。





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