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第五話 ~手掛かりを求めて~

 昼日中ひるひなかの街中での追いかけっこは、そう簡単には終わらなかった。


 持久力では決して負けているとは思わないが、獣人という種族的に身体能力に優れる上、その中でも速さを売りに名を挙げたのがリディという剣士だ。その速さに置いていかれないことは、とんでもない難事なんじだった。

 結果、大きな屋敷が立ち並ぶ帝都中央部の高級住宅街の一角でリディが立ち止まったとき、僕の体力は限界目前であり、メアリーに至っては目が死にかけていた。


「で、何で僕らは街中で長距離走をやらされたんだ?」

「さっきの馬車よ。あの家に入っていったわ」


 息を整えてから問いかければ、リディが指さす先にあるのは、周囲と比べても一回り大きい豪邸。

 僕らはちょうど、曲がり角から様子をうかがう形になる。

 ここから見えるのは裏口の様だが、屈強な二人の武装した男たちが門番をしている。

かぶとをしているので分からないが、体の大きさなどを見たところでは、人族か獣人だろう。エルフではあれだけの筋肉はつかないだろうし、小人族やドワーフではあれだけの身長にはならない。


「こんなお屋敷に住むような人間が貧民街に隠れるように向かう用事なんて、ロクでもないに決まってるわ。違法な人身売買取引なんて、その一例でしょ?」

「隠れるように向かうって、そもそも、馬車の中に本人が居たかもわからないんだぞ?」

「でも、少なくともかなりの身分のやつが乗ってたのは確実よ。高級品の香水の香りがしたのは幸運だったわ」

「香水?」


 リディの種族柄、鼻が利くから、臭いで気付くのは確かにあるだろう。

 ただ、いだだけで品質まで分かるほどオシャレの知識があると思えないことから、とっさに問いかけてしまった。

 まあ、バレたら大変だろうけど、たぶん真意には気付かれていないままに話が進む。


「ええ。少なくとも、ちょっとお金を持ってるくらいじゃ手の届かない品ね。男女問わず使われてるけど、それこそ大貴族や大富豪の家の人間じゃないと。ストーカー女がよく使ってるやつだから、間違えやしないわ」


 最後の方で苦々しい顔になったリディの発言で、アイラさんの収入がとんでもないことになってるか、もしくは実家が大金持ちであることが判明してしまった。

 自分の稼ぎならそれに見合う恐ろしい仕事をしているのであり、実家の金ならなぜ裏仕事の黒竜騎士団にいるのかなどのアイラさんに関する考察は置いといて、状況が一気に前進したことを喜んでおく。

 香水をつけた人物は、使用人などではありえない。

 馬車の通る一瞬に分かるくらいだから、近くに控える使用人などへの移り香うつりがの線も薄そうだ。

 なら、それなりの地位の人間が、自らおもむくような理由があったのだ。

 知られたらマズかったり、自分で立ち会う必要があったり――つまり、人身売買で購入する相手の見分など、条件にピッタリ合致がっちする。


「よし、じゃあ突入ね」


 いや、ちょっと待て。


「よし、じゃない。僕らがいきなり乗り込んで失敗した挙句に消されたら、元も子もないだろうが」

「なによ。ストーカー女に知らせたところで、先生が捕まったときみたいにあれこれ調整がどうのって長引くだけよ。何かしらやましいことがあるのは確実なんだから、さっさと殴り込んで暴くべきよ」

「だから、その後のことも考えろって言ってるんだって」


 そのまま二人でにらみ合う。

 メアリーはどちらにもつかずニコニコしているだけだが、フード付きのマントを身に着けて高級住宅街に集まる姿は、後から考えれば不審者としか言いようがない。

 人通りが少ないことで助かってはいたが、見られていれば通報は確実。

 だからこそ、見つけた相手がその人物だったことは幸運であったのだろう。


「こんなところで何してるんですか?」

「「「ぎゃー!!!」」」


 気配もなく至近距離に近寄られたことに、三者三様、慌てて戦闘モードに入った。


「ああ、待った待った。私です、私。職業病で気配消したり風下から近づいたりする、小隊長の部下ですよ」


 その小人族の女性は、以前よりも大人びた雰囲気であり、周囲に合わせてか見るからに高級そうな落ち着いた衣服を身に着けている。

 だが、言われてみれば、帝都騒乱の夜の始まりに現れた、アイラさんの部下の斥候だ。


「で、何でこんなところでそんな怪しげな集会を開いてるんです?」


 反論しようもない指摘に対し、貧民街に入ってからここまでの出来事を簡単に語った。


「ふむ……分かりました。私は小隊長に報告に戻りますから、皆さんは帰っていただいて結構です」


 どうせリディは荒れるんだろうな、と思っていた。


「わかりましたぁ~」

「そう、分かったわ」


 メアリーはともかく、リディまで物分かりが良い。

 つい、返事も忘れて驚いてしまう。


「どうしたの? あんたも早く返事しなさいよ」

「えっ? あ、うん。了解しました。えっと……」


 そこで、目の前の女性の名前を知らないことに気付き、口籠くちごもる。


「もしかして、名前ですか? 食べ盛りの息子を抱える未亡人、タニアさん三十四歳。よろしく」

「はい、タニアさ……さ、三十四!? 子持ち!?」

「リディちゃんも含めて、驚きますねぇ」


 前回見たときの若い印象もあり、つい驚いてしまう。

 今回の大人びた姿しか知らないメアリーは、僕らが何に驚いているのかが分かっていないようだ。

 にしても、子供を抱えて裏の世界に足を突っ込むとは、随分と苦労してるんだな。


「ふむ、前に会った時は若めのメイクでしたからね。違和感を覚えるなら、『新婚ホヤホヤ、ローラちゃん二十三歳』ではどうでしょう?」

「……おい」

「これもダメですか。じゃあ、『パパとママが大好き! ジャスミンちゃん八歳』で」

「真剣に話してるんですけど!?」

「失敬な。どれも公的な身分証がありますから、すべて本名ですよ」


 言われて言葉に詰まる。

 考えれば、状況に合わせて服装を変えるように、偵察先に合わせた身分を使う場合もあるのかもしれない。

 使い道がまったくないと言うことはないだろうし、ただの一度のためでも全力で準備することが必要なのが、荒事に関わる身としての心得でもある。そうおかしいことではないだろう。


「……で、どう呼べばいいですか?」

「名前だけなら公的なのがまだいくつかありますけど、そうですね。あなたたちのパーティのイサミ・ヤクサ氏は、『ゴンベエさん』と呼んでいますよ。よく分からないですけど、名無しだからだそうです」


 『名無しの権兵衛』って訳だ。

 畳や建築様式だけでなく、師匠の故郷のヤマト国は、文化的な面でも日本に近い面があるようだ。


「では、私は行きますから。絶対に帰るんですよ?」

「はい、分かりました、ゴンベエさん」


 そのまま、僕ら三人も歩き出し、最初の角で行き先が分かれる。


「帰りますね? 絶対の絶対ですよ?」

「大丈夫ですって」


 そんな疑いの眼差まなざしを見送り、僕とリディは足を止める。


「ほぇ? 二人とも、早く帰ろうよぉ~」

「ミゼル、どうすんの?」

「証拠隠滅のヒマは与えない。当然、強行突破」

「へ? ……えぇ~!?」

「あら、随分と物分かりが良くなったわね」


 ここでゴンベエさんと会えたのは本当に幸運だった。

 これで、思うがままに動ける。


「で、でもでもぉ~、ミゼルさんもぉ、さっきは退けってぇ~――」

「さっきは、僕らが失敗したら、それまでだった。でも、アイラさんに前もって知らせておけば、それをきっかけに動くことが出来る。リディも言った通り、正規の手段じゃ、時間もかかるし、その時間を掛けてる間に気付かれて証拠を隠滅されるだけ。だからこそ、僕らが成功すればよし。失敗しても、騒動があったことは分かるんだから、帝都警備隊あたりの権限を使って適当に理由を作って突入できるだろうさ。つまり、早期解決には、ここで状況を動かすのが最善手になったんだよ」

「あうぅ~」

「何だったら、メアリーは帰ってくれても良い。僕とリディで行くから。実際、相手の戦力すら不明の戦いだから、危険なのは確かだし」


 そう問えば、ちらりとリディに目を遣ってから、おずおずと答えがつむがれる。


「……わたしも行くぅ~」


「よし、決まったな。にしても、ここでリディが素直にうなずいたのは、上手かったな。危険だから反対されるだろうし、説得すれば時間がかかるだろうから、普段と違って消極策に素直に従って違和感を覚えさせ、口論しないままにこちらの動きをさり気なく伝える。これだけ頭が回るなんて、今まで正直見くびってたよ」

「え? いや、口うるさいのをとりあえず追い返したかった……あ、そ、そうよ! 『ずのーぷれー』ってやつよ! あたしだってこれくらいは出来るんだから!」


 さて、これで後顧の憂いはなくなった。

 こっちは時間がないんだ。さっさと終わらせよう。





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