表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/104

第三話 ~騒乱の爪跡~

 駆ける、駆ける、駆け抜ける。


 日が暮れて、街灯の明かりに照らし出される帝都の大通りを全速で進み続ける。

 途中、夜になって間がないことからまだまだ多い人通りの中、すき間をぬい損ねて何度もぶつかるが、時折背中の方から聞こえる罵声を気にする余裕もない。

 そして、最後の目的地にたどり着き、その裏口の扉をひたすらに叩き続けた。


「ニーナちゃん? 今日は来てないね」

「……そうですか。もし見かけたら、早く帰るように言っておいて下さい」


 雑貨屋のおばちゃんに見送られ、とぼとぼと夜の街へと足を進める。


 始まりは、夕食の時間になってもニーナが帰らなかったことだった。

 パーティホームの近くの奉公先に行っていたこともあって、様子を見に行ったのだ。

 何かトラブルでもあって遅くなっているのだろうと気軽に考えていた僕に掛けられたのは、夕方の今までと同じ時間に普通に帰っていったとの言葉。

 慌てて駆け戻って事情を説明し、その場にいた僕、師匠、リディ、メアリーで手分けして心当たりを回っていたのだ。

 とは言え、ニーナは帝都に来て間がないことから知り合いも少なく心当たりが多くないこともあり、今までの奉公先を中心に回るが、僕の担当分には手掛かりすらなかった。


 ひょっこり帰っているかも、誰かが見つけているかも――そんな淡い期待を胸に、パーティホームへと帰ってきた。


「ただいま戻りました」

「ああ、ミゼル君か。ちょっと、居間に来てくれ」


 玄関口で居間の方からそう声を掛けられた僕は、本当に見つかったのかと慌てて廊下を走り抜け、勢いのままにふすまを開け放つ。


「話がある。そこに座って」


 そう言った師匠を始め、そこにいたのは、アイラさんにカルドラルさん。

 とりあえずは、言われるままに腰の刀を脇に置き、ちゃぶ台を囲む輪に加わる。

 三人が神妙な顔で囲むちゃぶ台の上にはお茶すら置いていない中、その重苦しい空気から何となく答えの方向性が分かりながら、それでも確認の意味と一抹の希望を持って問いかける。


「ニーナは、見つかりましたか?」

「……そうだね、結論から言えば、まだ行方は分かっていない」


 予想通り。

 いや、死体で見つかったのではない分、まだ希望がある方の答えだったかもしれない。


「ちょっと、休んできます。何か進展があったら、遠慮なく叩き起こしてください」


 そう言って立ち去ろうとする僕に対し、立ち上がる間もなく掛けられた言葉は、思いもよらぬものだった。


「話があるって言ったでしょ? お仕事を一つ頼みたいの」


 仕事? アイラさんは今、仕事って言ったか?

 この状況で?


「確かに、黒竜騎士団にはデリグの件の対価として協力をすることになっていますが、今回は流石に勘弁してください。では」

「まあまあまあまあ。もちろん、現状に最大限の配慮はするわ。むしろ、配慮するからこそ・・・・・・・・、おねーさんの話を聞いていってよ」


 返事も聞かずに立ち上がろうとしたところ、後ろに回り込まれ、両肩を押さえられてもう一度座らされる。

 これ以上やっても不毛だろうし、さっさと言えと視線で訴えながら、適当に聞き流してお断りをする準備を万全に整える。


「仕事はね、最近、帝都近郊の治安悪化に伴って拠点を築いたらしい、幼い子や若い娘を主に扱う違法な人身売買組織の摘発のための情報収集よ」

「そうですか、お断りし……」


 聞き流すつもりでありながら、内容が頭の中で引っかかったのは幸運だったと思う。

 最初、言葉を止めたものの、何に引っかかったのかが分からず、しばらく黙り込むことに。


 気付くまで、そう時間はかからなかったと思う。


「受けます! 受けますから、その話、詳しく!」

「は、話す! 話す、から、やーめーてー」


 そして、思わずアイラさんに詰め寄って、肩を全力で掴み、そのまま揺さぶったのも仕方がないのだ。





「落ちついたかい?」

「……はい。アイラさん、すいません」

「別に良いわよ。気持ちは分かるし」

「あと、カルドラルさんにも、お手数を掛けました」

「我輩は、話が進むなら気にしないのである。そもそも、あれくらいならば手間にもならならないのである」


 我を忘れた僕は、カルドラルさんに引き離されて一応の落ち着きを見せ、頭を冷やすためと師匠がお茶を入れてくるを挟んで今に至る。


「まあ、妹さんの行方不明に関わるかもしれない情報をお預けするのもかわいそうだし、詳しい中身を教えるわね」


 そこから語られた内容によると、始まりは帝都での騒乱事件と、それに伴う師匠の冤罪えんざい事件らしい。


 責任者のクビを飛ばすと一言で行っても、騒動終結までの大量殉職じゅんしょくが重なったこともあって警察省や帝都警備隊の各ポストがことごとく空席になり、それを埋めるために下からの昇進が行われた。

 だが、さらにそれで空席になったポストを埋めるため、と際限なく動かすことになり、その候補者の選定などの作業は膨大なもの。結果、ピークは過ぎたものの、今でも日ごと週ごとに人事異動や昇進が行われているらしい。

 つまり、元々が騒乱とそれまでの騒動で多数の殉職じゅんしょく者を出して不足気味だった帝都警備隊の人手は、そこに経験不足なままでの昇進による練度不足や、しょっちゅう部隊の顔ぶれが変わることでの連携不足が加わることになった。

 そんな、なかなか終わらない帝都警備隊の大規模再編の影響で、裏社会勢力の力が元々強い貧民街などへの対策がおろそかになっていて、そこに目を付けた組織が、潜在的な顧客である金持ちの多い帝都近郊に拠点を作った疑いがあるのだ。


「疑いってことになってるけど、ラルさんのロリ情報網にも入ってきてるらしいし、存在することは間違いないと思うわ」

「ここに滞在している間、『私用』で色々当たったが、あることは間違いないのである。ロリの敵は、殲滅である」


 ラルさんことカルドラルさんのお墨付きの価値は不明だが、アイラさんや、黙って聞いている師匠にとっては、随分と高そうだ。――『ただし、ロリ関係に限る』なんてふと思ったが、多分間違いではないだろう。


「で、ブレイブハートの立ち位置は、黒竜騎士団の協力者。ことが重大だから、遥か雲の上の人たちの間で、帝都警備隊と黒竜騎士団の協力捜査になったわ」


 あまりそんなイメージはなかったが、帝国も人権だとかを大切にするお国柄だったのだろうか?


「人身売買なんて、人さらいまがいの方法だと治安の悪化に繋がるし、身売りだと比較的貧しい中小地方領が供給源になって人口が流出する可能性が高い。そりゃ、自分の派閥の地方領主の突き上げもあるだろうから、見逃せないわよね。娼館への自分での身柄買戻し権付き身売りと、期限付き債務奴隷を解禁するときも、解禁を求める連中の圧力をらしながら、いかに法律の規制を厳しくして『使えない』制度にしようかって暗闘は凄かったらしいわよ」


 まあ、そんなもんだよな。

 人道云々うんぬんを語られるよりも、この国の話だと思うと、よっぽどしっくりときた。


「とにかく、その組織が帝都近郊に来たと思われる時期から、幼い少年少女が帝都やその周辺でも行方不明になってるの。夕暮れ時の帝都中心街近くで危うくさらわれそうになった若い娘がいる、なんて大胆な手口での被害報告も出始めているのよ」

「夕暮れ時の帝都中心街――まさに、ニーナちゃんがここに戻るために帰ってくる状況そのまま。多分、今のところ、これが一番の手掛かりだと思う。多少は動きにくくなるかもしれないけど、捜査協力をすれば、捜査情報の提供もしてもらえることで話はついてる。悪くはないだろう?」

「むしろ、師匠にそこまで手回しをしていただいて、ありがたい限りです」


 やることが定まったのだ。さっきまでの、それすら分からないときと比べれば、悪くはないなんてものじゃない。


「それじゃ、これから協力してくれる君に、おねーさんから助言ね。――『商品』である以上、『出荷』まではそれなりに扱われるでしょう。でも、『出荷』されれば、そこからは買い手の『所有物』。そこでどう扱われるかや、そもそも売られた先を追えるのかは何とも言えないわ。一つ救いがあるなら、帝都では人脈もそうはないでしょうし、当分は『商品』たちが飛ぶように売れることはないでしょう。それに、流石に捕まえた『商品』を運び出すのは、リスクが高いからそう簡単にできない」


 これは、現状の宣告。

 時は僕にとって大敵であると言う、ただそれだけの現実の確認。


「アイラさん。あなたは、僕に何を求めますか?」

「ただ、あなたの全力を預けてちょうだい。――簡単でしょう?」


 ああ、もちろん。


「言われるまでもなく」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ