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第二章最終話・下 ~神に愛されるということ~

平成27年10月3日の投稿分、2本目です。

「あー、こりゃ確かに魔法は使えんな。それに、ソウルイーターを斬り捨てた斬撃とやらも、そういうことか」


 第一声がこれだった。

 あいさつすら済んでいないが、その内容が気になりすぎて、そのまま話を進める。


「デリグ戦の時のあの斬撃! 詳しく教えて下さい!」

「いやはや。聞いてはおったが、そっちにだけ喰い付くか」

「ハーミットさま! お願いします!」

「まあ待て。まずは茶でも飲んで落ち着け」


 もしかすると進むべき剣の道の答えるが出るかもしれないとあせる僕に対して、悠然と構えるハーミットさま。

 彼女の指先がそっと扉を指し示すと、計ったかのように扉が叩かれる。


「エミリアか、入れ入れ。お客人がお待ちじゃぞ」

「失礼いたします」


 散らばる本を平然と踏みつけながらやってきたエミリアちゃんは、手早くお茶とチーズケーキを一切れ準備すると、一礼してそそくさと立ち去った。


 そのままハーミットさまに習って手を付ける。

 甘味に詳しくない僕でも分かる上質で濃厚なケーキの旨みや、飲んだことのない香草茶との相性の良さに、平時ならば素直に驚けたのだろう。でも、今の僕にとっては単なる些事さじだ。


「落ち着かせるために間を空けたというに、目を血走らせてどうする。ほれ、深呼吸深呼吸」


 大きく息を吸って吐いてと、繰り返すこと三回。


「ハーミットさま!」

「まあ、これ以上落ち着かせるのは無理か。よかろう、それでは本題じゃ」


 咳ばらいを一つし、ついに話が始まった。


「さっき言った、お主が魔法を使えないこととソウルイーターを斬り捨てたことは、同じ原因じゃ。神に愛されておるからじゃよ」

「神に、愛される?」

「そうじゃ。あまりの強さに『加護』を超え『呪い』とも呼べる域に達したそれは、精霊を恐れさせることで魔力変換過程に入ることを妨げ……っと、魔法職でもなければ、詳しい話は習わんのじゃったか」


 話が理解不能な領域に入りかけたところで、僕の様子からそれに気付いたのだろうハーミットさまは、流れを修正して話を続ける。


「魔法とは、魔力を対価に精霊の力を借りて、呪文によって望む形を伝えることで現象を生じさせる技術。故に、一定量の魔力にどれだけの質と量の精霊が集まるのかを調べる各属性の適性は、より高ければその質と量でより複雑な現象を生じさせることが出来る。そして、魔力の多寡たかなどそう大きな個人差はないことから、同じ呪文を唱えたとしても適性が高い方が質も量も高い精霊を集めやすいのだから、単純に威力も上がるのじゃよ」


 魔法が使えない理由、これだけ聞けば予想はつく。


「つまり、僕の魔力は、精霊にとって対価たりえない」

「その通り。神の与えるその強すぎる愛は、わしらのような大精霊にとって、一々微々たる魔力のために手を貸すなどありえんとのスタンスを差し引いても、厄介ごとの種にしか見えん。それ未満の上級中級下級の精霊にとっては、自我が薄い故に、本能的に恐れて近づかぬだろうよ」

「でも、ハーミットさまは、呪いとも呼べるが加護だとおっしゃいました」

「うむ。それが、ソウルイーターを斬り捨てた力。神の力の一端いったんを振るったんじゃよ。魔法も使わずに魔力切れになったのも、その対価じゃな。――おっと、アイラのことは責めてやるなよ。お主のためを思っての善意からの行動じゃからな」


 自分が魔力切れで倒れたと聞いても、特に何も思わなかった。いや、どう思えば良いか分からなかった。

 師匠に見せてもらった公式な報告書類とやらにも、僕は極度の緊張から解放されて気絶したとあったし、師匠もアイラさんも何も言わないからこれで良いと適当に流した。

 しかし、公式記録にも載っていない情報をどうやって知ったのか。目の前の大精霊はどこに情報網を張っているのか――と頭を回し始めたところで、その答えを示されたのだ。


「道具も魔法もなく、自らの意思に反して魔力が切れるなど前代未聞。しかも、魔力切れになった経験上分かるじゃろうが、勝手にあんな状態になるなど、かなり面倒なものじゃ。それが病気ではないかと心配して、わしに相談してきただけのことじゃ。害意はない」

「そうですか」

「……お主が信じきれんのも理解はするがな。あの小娘とお主の師匠のイサミ・ヤクサには、浅からぬ因縁がある。わしが言うのも何だし、当事者ではないから勝手にこれ以上は話せんが、イサミ・ヤクサの身内を害することはせん。信じてやってくれ」

「はい、分かりました」


 正直、アイラさんのことはあまり気にしていない。

 ごろごろしているだけと言っても仕事だと自分で言っていたのだ。職務中に得た情報を報告するくらいは当たり前だろう。


 そんなことよりも、一つ大問題に気付いてしまったのだ。


「ソウルイーターを斬り捨てた最後の一撃。その前に声が聞こえたんです」

「声?」

「はい。『ああ、わたしの愛しい人。それがあなたの願い? だったら、手伝ってあげる』。そんな女の子の声です。今までは気のせいだと思っていました」

「まあ、十中八九、お主に加護を与えている神じゃろうな」

「その直後、これまでにないほどに体が軽くなり、精神も研ぎ澄まされました。この力、自分のものだと思っていいのでしょうか? ――もっと言えば、僕は僕のままなのでしょうか」


 デリグとの戦い、その直後からの突然の変調。

 どう考えても、加護の力が影響していると考えるのが当然の流れ。

 無意識の戦闘法の変化も、きっと何かしらの後遺症のようなものだと思われた。


 ハーミットさまはしばらくこちらを見続けた後、急に何かに納得したかのように何度も頷き始めた。


「ああ、なるほどなるほど。そういう心配か。ならば問題ないぞ」

「も、問題ない!?」


 手がかりを失ったかと動揺を隠せない僕に、ハーミットさまは平然とした様子で言葉を続ける。


「そもそも、魔力が足りん。大量の魂を喰らって強固になったソウルイーターの魔力による防御層を破るだけの力を加護によって刀に付与するだけで、お主の肉体が加護に耐えられるようにするために消費される魔力でカツカツじゃろう。お主自身に何かをしていれば、デリグと一合打ち合う前に倒れておるよ」

「はあ、そういうものですか……」


 剣の道については振り出しかとがっかりしていると、ハーミットさまの言葉はまだ続く。


「じゃが、神の力など、存在するだけで周囲に影響を与える劇物。積極的に何かをしておらずとも、間近で浴びたお主の中に眠る性質や特質なんかを目覚めさせるくらいはあり得る。何か気になることがあるのならば、それが原因かもしれんぞ?」


 これは大きな手掛かりかもしれない。

 自覚のないままに目覚めた性質に引きずられているのが現状とすれば、それ相応の対策を考えればいい。

 どのみち、僕自身にある能力の範疇はんちゅうでなされたのがあの会心の一撃ならば、少なくともあの時の相手の動きまではっきり見えた領域までは至ることができることを意味する。

 選択を間違えなければ、あそこまでは進めるのだ。


「ま、お主自身への危険性についてはそう心配せんでも良いじゃろう。肉体と魂が安定して結びついた存在に根源的な細工を施せば、細工をしようとした段階で器である肉体が崩壊して死んでしまう。じゃから、お主の『存在』に関わるような危険はない。良かったのう、最悪でもたった死ぬだけじゃ」

「いや、十分重いです……」

「何を言う。死ぬだけで済めば、記憶が消えようとお主自身として新たに生を受けられる。だが、『存在』を書き換えられれば、今のお主の消滅を意味する。残るは、新たに生まれた『書き換えられたお主』じゃからな。そんな規格外パワーを得ておいて最悪でも死ねば済むなど、むしろそのことが規格外じゃよ」

「ははは……」

「まあ、通常の強化系魔法以上の能力強化が施されるならば、気付く前にお主はとっくに死んでおると言うこと。どんな方向だろうと加護を生かすなら、お主自身を鍛えることは必須じゃぞ」


 ここで一段落ついたかと思ったが、息をいたところでハーミットさまの空気が変わる。


「それで、愛されていることに何か心当たりはないのか?」

「いえ、特に何も――あ」

「ほう、何かあるのじゃな」


 底冷えするような雰囲気に押されるままに答えようとして、一つ気付いた。

 思わず反応してしまった瞬間、身を乗り出した大精霊に至近距離で目を合わせられる。


 とは言え、正直に言って良いものだろうか。

 転生が当たり前のように話していたものの、記憶が消えるのが前提のような話し方。そして、異世界なんて言って、逆に嘘をついたと怒らせることにならないかも心配だ。


「言っておくが、必要ならば皇帝の名で勅令を出して万軍を動かしてでも吐かせるぞ。――ただの人族の小僧が、精霊すら怯えさせるほどの愛を、どこぞの一人の神から一身に受ける。この事実は、それほどまでに重いぞ」


 もう、選択肢は消えた。

 信じてもらえるかなんて考えず、目の前で殺気すらばらまき始めた相手にあるがままに伝えることにした。


「なるほど、異世界の記憶を持っての転生か。まあ、突拍子もないのは確かじゃな」

「僕、嘘はついてませんよ?」

「完全に信じたわけではないが、今のところは嘘とも思っておらん。むしろ、これくらい滅茶苦茶な方が、これだけの異常事態の説明にはちょうど良いな」


 と、今度こそ終わったと油断する僕に、最後の一撃が振り下ろされる。


「必要な情報交換も終わったところで、お主、わしのところに来る気はないか?」

「えっと、僕はもうブレイブハートに所属しているんですけど」

「色々と報告は受けているのだから、知っているに決まっておろう。その上で、奇跡を扱うすべに興味はないかと聞いている」


 考える。

 隠そうともせずに僕の中の力を警戒する権力者は、逃げ道を残してくれる気があるのかを。


「神の力は、確かに自らへの干渉には限界がある。だが、使い方さえ覚えれば、外への干渉は自由自在。奇跡くらい、望みのままに起こせるぞ。お主は、何を望む? 金か? 地位か? 名誉か? それとも女か? わしの力があれば、すべて与えてやれるぞ」


 そうか。

 そう問うか。

 ならば、答えは決まっている。


「その問いへの答えは決まっています。申し訳ありませんが、お断りします」

「ほう?」

「僕が望むのは、ただ一つ。至高の斬撃のみ。あなたは、僕があこがれた一撃を、僕に与えることが出来ますか?」


 答えはない。

 何の表情も浮かべず、互いが身を乗り出すでもなく、ただ見つめ合う時間が続く。


「ふむ、そうか。ならば良い。はげめよ。――エミリア、お客様のお帰りだ」

「はい、了解しました」


 多少は交渉が続くかとも思ったが、存外すんなりと話が終わる。


 そして、ここでエミリアちゃんが現れると言うことは聞かれていたはずなのだが、ハーミットさまは平然としたまま。

 結構危ない話をしていた気がするのだが、目の前の彼女は、大精霊様にそれだけ信用されているのだろうか。


 そのままエミリアちゃんの先導で建物を出ると、少し良い馬車が止められている。


「ギルドにおいて、着替えが手配されています。そこで着換えてから、申し訳ありませんが、徒歩でお帰り下さい」

「はい、分かりました」

「では、ご縁がありましたらまたお会いしましょう」


 一礼するメイドに見送られ、足を進める。


 さあ、手掛かりは得た。

 進むべき道を見定めよう。





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