第六話 ~ロリを征く者~
「どうだ、リディ! 羽織袴だ!」
「はいはい、すごいすごい」
「投げやりだな!」
「そう思うなら、まだ昼前なのに朝から同じことを二十回以上言ってるのをなんとかしなさいよ」
そんな僕らは、いつものようにパーティホームの庭での鍛錬をしている。
師匠を含めた三人で行っていたのだが、来客があって、リディと二人で休憩中である。
と、そんなことより、今朝ついに遠征の報酬が届いた。
ルシアちゃんが持ってきた包みを開けるときの興奮――あれは良いものだ……。
品については、ヤマト式の見たことのない紋付きの羽織袴が二セット。
師匠曰く、戦闘を考えて動きやすさを重視しながらも、あらゆる式典に着ていくために必要なポイントは押さえた一品。
流石は高級店だけあり、ルシアちゃん経由で僕がどれだけヤマト風衣装に執着しているか知った職人たちは、可能な限り二着でどこまでも着回せるように頑張ったらしい。お蔭で、どこに呼ばれようと、どこに行くことになろうと、ドレスコードを気にせずにサムライで通すことが出来る。
こちらが言わずとも、オーダーメードだからとどこまでも妥協せずに着る人間の要望を叶える職人たちの心意気に感謝しかない。
「おぉ~い。イサミパパがぁ、全員呼んでるよぉ~」
「あら、先生が?」
「何でもぉ~、お客様に合わせたいんだってぇ~」
先生の知り合いでも紹介してくれるのかと、三人でのん気に廊下を歩く。
そして、襖を開いた。
「ふむ。ロリに、経年劣化物に、その他二であるか。これがブレイブハートの全メンバーのようであるな」
腰のあたりまである長髪を後ろで一つに束ね、眼鏡をかけた細身の男。その体についた無駄のない筋肉を除けば、学者にも見える落ち着いた雰囲気の若い男。
師匠と同年代に見える人族の男の発言のあまりの内容に、場が凍る。
「ちょっと! 今明らかにあたしを見てロリって言ったわね!? メアリーよりあたしが年上よ! 胸か、胸で判断したのか!?」
「お~ち~つ~い~てぇ~!」
必死に止める義妹を振り払って抜刀しようとする、銀色の野獣以外は。
「こいつは、カルドラル・ツェリンゲン。ちょっとした俺の友人だ。冒険者じゃなくて、主に人間同士の戦争なんかに参加する傭兵だよ。少なくとも、悪いやつじゃあないんだけどね……」
少なくない時間を消費して、何とか話し合いの開始である。
しかし、当然ながら友好的に進むはずもなく。
「先生! 初対面の女性相手にいきなりロリ呼ばわりする失礼な男、付き合いを考え直すべきです!」
「そこなロリよ、なぜに心を乱す? ロリこそ至高、ロリこそ真理。君はその領域にいると言っているだけなのある」
「そこへ直れぇーっ!」
ついにメアリーだけではどうにもならず、師匠と二人掛かりでリディを組み伏せている。
僕? 義父親ならともかく、弟弟子が組み伏せるとかねぇ……。
あと、こんなくだらないことで羽織袴にしわが付いたら嫌だし。
「いやホント、悪いやつじゃないんだって。価値観が独特なだけでね」
「……ふん」
何とか落ち着いたものの、しっぽを逆立てたままで、リディの怒りはまったく収まっていない。
そんな中、カルドラルさんは平然とお茶をすすっている。肝が据わっているのか、単に鈍感なのか。
「で、経年劣化物さんは、怒らなくていいの?」
「ロリさんがあんな感じじゃあ、それどころじゃなかったよぉ、その他さぁ~ん」
嵐から距離を取ってそんな交流をしていると、カルドラルさんの視線が唐突に僕に向かう。
「で、この少年が『本題』であるか?」
「え?」
「ほら、メアリーが帰ってきた日の手合せの後、俺が旧友と手合せしてみたら良いって言ったのを覚えているかい? その旧友が彼だよ」
……確かに、そんなこともあった。
衣装を手に入れて形も整ったし、中身の方を充実させるには良いタイミングだ。
「手合せの方、お願いできますか?」
「そうかしこまらずとも、問題ないのである。用事が済むまでここに滞在させてもらう代わりに、滞在中はブレイブハートのメンバーの修行に協力することで話が付いているのである」
そんなこんなで、さっそく庭へ。
「先手は姉弟子に譲れ! ぶっ潰してくる!」と、明らかに頭に血が上っている銀狼は師匠に退場させられ、拳で戦うのが専門のカルドラルさんと向き合っている。
相手は左半身を前に拳を上げた、半身の構えだ。
一方、僕は手の内を知らない相手に対し、木刀を中段の構えで向き合う。
「それでは、よろしくお願いします!」
「うむ。先手は譲るので、どこからでも掛かってくるのであるよ」
縁側でお茶とおまんじゅうを楽しむ師匠とメアリー、ロリ呼ばわりする宿敵に襲い掛かるために監視役の師匠の隙を窺うリディに見守られ、先手を譲るとのお言葉に甘えて斬り込む。
様子見も兼ねた一撃目は、左拳で簡単に受け流される。
指ぬきグローブをしているが、手ごたえからして金属板などを仕込んではいないようだ。
ならば、相手は回避以外は自らの肉体を使うしかなく、攻撃を受け止められるだけでも向こうのダメージ。
つまり――
「攻撃あるのみ!」
ひたすらに打ち込む。
横薙ぎ、振り下ろし、切り上げ、袈裟懸けなど、とにかく一撃当ててそこから立て直す間もなく畳み掛けようと息つく暇もない連撃を仕掛ける。
「なのに、全部通らない……!?」
「まあ、大体は分かったのである。そろそろ、こちらも行くのである」
変化を持たせればいずれは対応しきれずに通ると踏んでいたが、その気配がまったくない。
数十の斬撃を放ちながら、まともに防御すらさせられない。すべて、きれいに受け流される。
それでも、無手の相手に対し、木刀の分だけ僕の間合いが長いのだから、攻撃が途切れなければ僕には攻撃が届かない。魔法だって、詠唱する暇は与えない。
そう、思っていた。
そう思ったまま、鼻下を狙って刺突を繰り出す。
「それでは、多少の間合いの優勢など、むしろ弱点にしかならないのであるよ」
風切り音と共に突き出された一撃そのものに甘いところなどない。
基本に忠実な、隙のない攻撃。
そのはずなのに、僕の一撃は空を突き、気付けば間合いの内側に入り込んでいたカルドラルさんの拳は正確に鼻下に突きつけられる。
「……参りました」
僕の宣言を受けて戦いは終わる。
始めての手合せでもあったし、正式な作法に合わせて互いに開始位置に戻り、一礼をして観客たちところへ向かう。
「で、傭兵として、ミゼル君の戦い方はどうだった?」
「まあ、大体は聞いていた通りだったのである。半端であるな」
「やっぱり、第三者から見てもそうか……」
「……あの、どういうことでしょうか?」
大人二人で勝手に納得している状況に疑問を差し挟むと、考え込んでいた師匠より先に、相変わらずクールなままのカルドラルさんが口を開く。
「正面からすべてを打ち破る剛剣と、ヤクサ流の避けさせない技巧の間で、どっちつかずな戦い方になっているのである」
「どっちつかず、ですか?」
「そうである。確かに、より多くの選択肢を持つことは有益ではあるのである。しかし、少年の場合、体は相手を守りごと叩き潰そうと動き、思考は守りの隙間を作ろうとしているような印象を受けたのである」
「つまり、切り替えができずに戦い方の方向性が定まらないから、チグハグで無駄が多いんだよ。だから、簡単に崩せる」
自覚がないままに思ったよりも大変な事態になっていたらしい。
そもそも、自覚も何も、いつの間にこんなことになったんだか。
「あの、でも、帝都に来る前は、師匠は何もおっしゃいませんでした。その時は問題なかったんですよね?」
「そうだね。だからこそ、事件解決後に手合せした時には驚いたよ」
「師匠が僕の故郷の村に剣術指導に来なくなってからの二か月ほども、基礎鍛錬しかしていません。正直、心当たりがないのですが……」
「確証はないけど、俺は、ミゼル君がデリグと戦ったのが原因だと思ってる。聞けば、最後の一撃は、相手の武器ごと斬り捨てるものだったんだろう? 普通に考えてありえないとは思うけど、その時の戦い方を体が中途半端に覚えっぱなしだからじゃないかな」
「でも、たったの一撃ですよ?」
「俺もそう思うけど、他には考えられないんだよね」
確かに、心当たりはない。
って言っても、師匠の言うことも流石に信じがたいしなぁ……。
「まあ、現実に中途半端であるとの結果が生じているのである。一応は基礎が崩れてまではいないから格下に負けるようなことはないと思うのであるが、一刻も早く進むべき道を定めるべきである」
「そう言われても、どっちを選べばいいのか……」
「そう深く考えなくても大丈夫だよ。どうせ、剣に答えはない。当面の方針ぐらいに思って、無理だと思ったら変えるくらいのつもりでも良い。なにせ、『どっちか』に限らず、『どっちも』であっても正解になりうる道なんだから」
『どっちも』……必要な技能が増える分、遅咲きにはなりそうだ。だが、『強さ』としては、完成さえすればかなりのものになるだろう。
だが、そこではない。
僕の始まりは、そうではないのだ。
強い弱いとか、そんなことに興味はない――ただ、究極の斬撃を。
極めるにしろ、手を広げるにしろ、それぞれに戦う上での強みがあるだろう。
武の道を進むのだから、強さがなければどうしようもない壁もあるだろう。実際、強さがなければ師匠を失うことになっていたばかりだ。
だが、あの幼き日の思いは、勝利を求めているのではない。
ひたすらに、心に刻まれた斬撃を、中空に結ばれた銀線を、一瞬に描かれた絶技を求めてきた。強くなることは副産物であって、そのことには何の価値もないのだ。
結局、僕は結論を出せないままに時間だけが過ぎた。
その日の夜、月明かりの下で一心不乱に刀を振るい続ける。
みんなが寝静まる中、庭で一人、答えを求め続けていた。
このまま強くなれないことは別に良い。
だけど、半端者が至高の斬撃に届くとも思えない。
つまり、何かしらの答えを見出し、そこに進む必要がある。
でも、僕にとっては、価値ある答えはただ一つである。
選択を誤ってしまえば、後から取り返しがつくとは限らない。
子孫や弟子が答えを見つけても仕方がない。僕自身がたどり着きたいのだから、人の短い一生を無駄にする余裕などほとんどないのだ。
「はぁ……あんた、こんな夜中に何やってんの?」
「見ての通り、素振りだよ」
パジャマ姿のリディに呆れたような視線と声を向けられ、素振りを中断する。
「どうせ昼間のことを気にしてるんでしょうけど、さっさと寝なさい。体を壊したら、しばらくはなんにも出来なくなるわよ」
正論すぎて反論できない。
リディは、言うだけ言ってさっさと立ち去ろうとしている。
……そうだ、リディだって剣に生きているんだ。
「ねえ、リディ」
「ん? 何?」
「リディの進むべき剣って何?」
ヒントや答えはどこにあるのか分からない。だからこそ、姉弟子の言葉で何かを掴めるかもしれない。
まあ、ダメで元々。失敗しても、特に何を損するでもないしな。
「進むべき剣? そんなの知らないわよ」
だからこそ、こんな答えでも失望はしない。
そう、剣の道の先達のクセに、なんでここまで考えなしなんだよ使えねえなぁ、とか思ってないのである。
「パワーがないから、速さに頼った剣しかなかった。バカだから、体に覚えさせるしかなかった。あたしの剣は、これしか出来ないからこうなった。ただ先生について行くためにこれしか方法がなかっただけの寄せ集め。だから、あんたの悩みは理解できないし、もちろん力にもなれないわ」
……もう、あれだ。なんかごめん。
考えなしにも考えなしなりの理由があることもあると反省したところで、刀をもう一度構える。
「ねぇ、今さっきのあたしの忠告覚えてる?」
「もちろん従うよ。ただ、最後に一振りだけ。な?」
しょうがないなぁ、なんて言いながら見守っててくれるリディの前で、上段に構える。
あの日の斬撃、僕の目指すべきもの。師匠が僕の前で振るった『始まりの斬撃』。
忘れようもないあの一閃を思い浮かべ……。
「あれ……」
「どうかしたの?」
……どう振れば良いんだっけ?
次が第二章最終話(予定)。




