第五話 ~形だって大事である・下~
一人と三人の行軍は、順調とは言い難いものだった。
「さあ、この大先輩に続け!」
などと言っている張本人が、木の根でこける、小指の先ほどの虫にビビる、小石を踏んでひっくり返るなどのイベントを起こしている。
そして極め付けである。
「くっ、みんな下がって! 油断していると、痛い目を見るわよ!」
と言いながら、大先輩ことクレアさんが盾と剣を構えて向かい合うのは、『ツノネズミ』。
確かに、戦闘となれば獰猛で、手の平サイズの体を生かして懐に飛び込んでの額のツノでの一撃は油断できないものだろう。
ただし、ちょっかいを出さなければ温厚である。
「うおーっ! おりゃーっ!」
「チュ?」
現に今も、目の前で不思議な舞を披露するクレアさんに対し、かわいらしく首を傾げているだけだ。
僕の故郷では遊び場の近くに水を飲みに来たところで子どもたちがエサやりをしてる、そんな程度の危険度の魔物である。
「ふぅ……もう大丈夫よ! 敵は、恐れをなして逃げ去ったわ!」
「「「ドウモ、アリガトウゴザイマス」」」
まあ、あの悠々と去っていく小さな背中も、奇行に走る人族の少女に対しての得体のしれない恐怖くらいは抱えていたのかもしれない。
そんなことがあって精神的に限界が近づいたころ、急に視界が広がった。
「さあ着いた! ほら、泉のそばを見渡す限り各種薬草がざっくざくよ!」
チラッとルシアちゃんに目を遣れば、黙って頷かれる。
どうやら、僕らの目的地でもあるらしい。
「ハッハッハッ! ほらほら、取り放題!」
「で、どうするんですか?」
「どうするって言っても、こんなところで放り出すわけにもいかないしな」
「まあ、あたしのDランク昇進試験で虹色蜘蛛とは戦ったけど、非戦闘員二人くらいなら守りながらでも大丈夫だと思うわ。少なくとも、胴体を傷つけないなんて条件を無視する限りはね」
そうこう頭を悩ませていると、気付けば姿を消している大先輩殿。
慌てて周囲を見渡せば、またもや茂みを突っ切って飛び出してきた。
「あの、クレアさん。危ないですから勝手に――」
「キャーッ!」
「キシャーッ!」
必死に飛び出してきた後ろ、ほとんど同時に現れたのは、体長五マルトはあろうかという巨体。漆黒の体に、いくつもの目を持つ魔物。
「ウソッ、虹色蜘蛛ですか!?」
「あたしの昇格試験の時、三日も探し回った苦労はなんなのよ!」
早くも目標を発見したことで興奮状態なウチの女性陣は置いとくとして、こっちに気付いたクレアさんが駆け寄ってくる。
「な、何してるだ!? さっさと逃げんと、死ぬべ!? あれは、オラん『ぱーてー』さ主力のDランク冒険者でも五、六人掛かりで倒すだよ! おめぇらみてぇなヒヨっこ、瞬殺だぁ!」
「ああ、そうなんですか」
「だから、のんびりしてる場合じゃねぇって言ってるだ!」
クレアさんとしては、新人三人が危機感もなく立ち尽くしているんだから、僕の返答に慌ててもおかしくはないんだろう。
まあ、実際に戦ったことのあるリディが興奮はしても慌ててはいない以上、このままで大丈夫だろう。
問題は、わずか十五マルトほどの距離で敵と睨み合ってる状況で、クレアさんをどうするか。
ここで「実はCランク二人いるんで、何とかします」って言っとけばいいのだろうか。
「と、とにかく、なんでか知んねぇが敵が固まってる今のうちに、おめぇらは逃げるだ! ここはオラが食い止めてみせるだで!」
そんなことを言いながら腰の引けた構えで敵と向き合うクレアさん。
本当にどうしようかとこっちの三人で顔を見合わせたときのことだった。
「なんでじゃねぇよ、バカ娘。逃げたら追うのは魔物の本能だって教えただろうが。ついでに、ここの森では背中さえ見せなきゃいきなり襲ってくる魔物はいねぇから、勝ち目がなさそうなのに出会ったら、背中を見せずにゆっくり下がれって教えたぞ」
そして後方から現れるのは、革製の鎧に身を包む一人の女性。
小人族ほどではないが小さい体に子どもかと思ったが、大人びた顔立ちに、身の丈ほどもある戦斧を軽々と持ち歩く怪力を見る限り、多分ドワーフの成人女性だろう。
「り、リーダー! こ、これで助かっただ!」
「ま、『銀狼』がいるんだったら、あたしらの助けは不要だったろうがな」
リーダーと呼ばれたドワーフの言葉と共に、女性ばかり十三人が現れる。
装備からして前衛職の比率が少し高めのこの人たちが、クレアさんのパーティメンバーなのだろう。
「お久しぶりです、シルルさん。メアリーのこと、お世話になりました」
「おう、リディ。こっちもイサミにはでっかい借りがあるんでな。お互い様だよ」
「で、あの虹色蜘蛛、こっちの獲物にしてもらえませんか? そちらのパーティメンバーが見つけたものなんですけど、こっちも事情がありまして」
「ウチらにとっちゃ、大した討伐報奨金も出ない上に、素材も持ち帰れない、そこそこ強い魔物と戦う旨みはねぇからな。精々、Cランク冒険者様の戦いを見学させてもらうさ」
「え、Cランク!?」なんてクレアさんの驚きの声を背景に、リディは僕に話しかける。
「いい? 駅馬車の中でも話したと思うけど、虹色蜘蛛の攻撃方法は主に四つ。かみ砕き、口から吐く糸での拘束、突進、そして跳ね上がってからのバカでかい胴体部分を使ったのしかかり。これが、見た目を裏切る高速機動から繰り出されるの」
「で、駅馬車では状況によるって言ってた対策は?」
「動かれる前に懐に入れば、速さは死ぬし、巨体は邪魔なだけ。あたしが先にこっちから見て右側の足四本を斬り飛ばすから、少し遅れて入り込んで、頭を斬り飛ばして。――簡単でしょう?」
「うん、簡単だな」
僕の返事と同時に、リディが動き出す。
一歩遅れて動き出したのだが、敵を間合いに捕えたころには、その差が三歩分にまで広がっている。
その速さに感心していると、体の左側に刃を寝かせるように持ったまま駆け抜けていく。
一拍遅れ、刃が走った部分から足がずれ落ち、バランスを保てなくなった巨体が崩れ落ちる。
ここまで場が整えば、しくじることは許されないだろう。
動けない敵の足を失った側に回り込み、白刃を大きく天に掲げる。
回避運動どころか、足掻くこともままならないだろうわずかな時間。すでに頭の付け根を捕えている僕には、十分すぎる時間。
振り下ろされる一閃は、当然のように綺麗な直線軌道を描いて終端へと至り、ここにすべてが決着する。
「いやぁ、Cランク冒険者は本当にすごいな。あたしらみたいな並のDランクじゃ、懐に入る前に逃げられるか反撃されるかだぜ。あのデカい胴体に遠距離から少しずつ攻撃を入れて倒すのが精々だ」
そんなシルルさんの称賛を聞きながら、戦いの終わった僕らは和やかな談笑ムードだった。
すぐそばではルシアちゃんの虹色蜘蛛の糸の採取が行われており、その珍しい技能を一目見ようと出来た人だかりを抜けた、僕、リディ、シルルさん、クレアさんの四人で輪を作っていた。
「そんで、クレア。お前、いくら一人迷子になって不安だからって、危険地帯に新人だと思ってる相手を連れて行くかよ」
「うぅ……おっしゃる通りです……」
戦いの終わった直後、「ナマ言って、すんませんでした!」と土下座するクレアさん。
帝国に生まれてからはポーラのくらいしか見ていない土下座が珍しくて聞けば、メアリー直伝のヤマト流謝罪奥義とのこと。
リディによると、メアリーが出稼ぎに行くために同行させてもらっていたパーティが、彼女たち『白銀の戦乙女』なのだとか。
「にしても、情報には敏感になれって言ってあるだろう? ここ最近の話題の中心『剣聖の秘蔵っ子』はともかく、『銀狼』は容姿や武器を含めて前から有名なんだから、気付けよ。ヤマトの剣を使う冒険者なんて、帝国全土を探したって数が知れてるんだからな」
「いやいやいや、なんですかその、『剣聖の秘蔵っ子』って」
「『剣聖』イサミ・ヤクサの数年前からの弟子。今まで無名だったのに、精鋭ぞろいの帝都警備隊ですら何か月も返り討ちにあい続けた強敵を数日で撃滅。しかも、政治的にも、その道のプロぞろいのギルド相手に搾り取れるだけ搾り取った悪辣な手腕を発揮した、稀代の傑物だって話だぜ」
どこの英雄譚の序章ですかって聞きたくなるような風評に、ただ乾いた笑いがこぼれる。
「「ハァ……」」
もう笑いすら出なくなってため息を吐くと、クレアさんとタイミングが被った。
すっかり憔悴した表情に、自分のことも忘れて、つい声を掛けてしまう。
「顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「敬語なんて、そんな恐れ多くて、あの……オラみたいなダメ人間、ほっといて欲しいだ。そんなに若くてCランクな天才様と口をきく資格なんてねぇだ……」
隠したい様子の方言が中途半端に漏れているのを見るに、かなり精神的に参っているようだ。
「僕だって、初めて素振りをした時には、師匠に拳骨を落とされたんですよ」
「……へ?」
「クレアさんの言う天才様だって、最初から何でもできたわけじゃない。八歳から十四歳になった今までの努力の果てに、これだけ戦えるんです」
「そ、そうだったんだべか」
「クレアさんは、僕らを守るために一人で残ってくれようとしましたよね」
「お、オラ本当にバカなことしただ。一人で先走って、あんなこと……。あれじゃ、ただの蛮勇だで……」
「確かに今は蛮勇かもしれないですけど、実力が伴えば勇気になる。戦闘力は鍛錬である程度はどうにでもなるけど、心はそうじゃない。強い心を持って生まれたクレアさんは、きっと良い冒険者になりますよ」
目を見開いて固まるクレアさんと、しばらくのにらめっこ。
……まて、つい最近、これと似たような流れがあった気がするぞ。
「ミゼルさん! オラのことは、クレアって呼び捨てにしてくんろ! オラ、ミゼルさんみたいに、強くて優しい立派な冒険者さ、なって見せるだ!」
「……ああ、うん。頑張って」
輝きを放つ瞳に射すくめられ、それしか言えない。
「ふーん……」
それだけ言ったリディに向こうずねを黙って蹴っ飛ばされ、なぜかゲラゲラとシルルさんに笑われながら、ルシアちゃんがさっさと仕事を終わらせてくれることを祈ることしかできなかった。




