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第二話 ~始動、ブレイブハート~

 ギルド職員のはずのポーラがギルド相手に喧嘩けんかを売りに乗り込んでから一週間。

 師匠を筆頭としたブレイブハートを取り巻く環境は、落ち着きを見せていた。


 ポーラが帰って三日後、ギルド長がポーラを小脇に抱えてうちのギルドホームに飛び込んできたときには驚いたものだ。

 先に会っていた師匠に連れられて会ってみれば、


「ミゼルさん! こんなハゲオヤジに騙されねぇだぁ! オラ、最後まで戦い抜くだで!」


 てな感じに、なんだかよく分からない方向に覚悟を固めていた。


 その後、何度つまみ出されようとギルド長の執務室に怒鳴り込んで直談判されてお手上げだと言うギルド長の嘆願たんがんもあり、僕が説得をすることに。

 どれだけ言ってもなかなか折れないポーラを相手に、最後の方は自分でもよく分からないトンデモ理論を思いつくままに披露する訳の分からない演説会と化していた。

 結果、ギルド長の毛根は部下からの過度なストレスより解放され、ポーラが俺を見る目の輝きが二割増しされることになった。


 しかし、あれだけ暴れてポーラさんは大丈夫なのか。不本意ながらあおる形になった身として、心配になった。

 リディの冷たい視線にさらされながらアイラさんに話を聞くと、別に致命傷にはならないだろうとの答えが返ってきた。


「彼女、ブレイブハートとかいう『おっかない』連中と繋がり持っちゃったもの。ギルドにすれば、前の勤め先の田舎の支部に左遷するだけでも勇気がいるわよ。むしろ、あのどこまでも喰らいつく根性を利用して、上手いこと言いくるめてブレイブハートとの交渉係に使うくらいは考えてもおかしくないわね」


 そんなものかと一応は納得し、現在は念願の状況を迎えている。


「では、師匠。よろしくお願いします!」

「うん。俺は長く牢屋にいてなまってるから、お手柔らかに」


 賠償金絡みの話も片付いたことで師匠も公式に警察省やギルドと和解。新聞などで大々的に報道されたことで、師匠へのお詫び行脚あんぎゃもようやく収まった。

 そして、やっとこさ落ち着いて修行が出来るようになったのだ。

 このところ来る頻度の減ったアイラさんはおらず、木刀を脇に縁側で正座するリディを観客に、朝日に照らし出されながらの師匠との立合たちあいである。


「この二か月、どれだけ伸びたのか見せてもらおうか。先手は譲るよ」

「それでは、遠慮なく!」


 五マルトほどの距離を一気に詰め、手始めに一撃。

 中段の構えから放つ袈裟懸けさがけの斬撃は、右手一本で握られた木刀に簡単にいなされ、右に流される。

 そこで体勢を崩せば、勝負は決まる。

 そもそも、あんな正面からのバカ正直な一撃が通るわけがないのは自明なのだ。


「これで……終わるかあっ!」


 右足を半歩踏み出し、崩れそうな体を支える。

 体重が乗りきらないのも承知の上。そこから、弾き飛ばされゆく刃の軌道を強引に捻じ曲げ、横薙ぎの一撃へと繋げた。

 もちろん、そこで終わりはしない。

 何度も何度も攻め続け、何度も何度も防がれる。

 それでもひた向きに打ち込み続ける。

 攻撃は最大の防御なり。

 通らないのなら、通すまで。

 師匠だって万能ではないのだから、攻め続ければボロの一つも出るはず!


「――とか思ってるのかなぁ」


 もう何撃目になるのか、脳天から断ち割る一撃を放ったはずだった。

 しかし、刃はむなしく空を斬る。


「今のミゼル君のことはよく分かった。――おいで、次で決める」


 真後ろからの声に、とっさに距離を取って構える。


 向き合った姿は、一変していた。

 その構えは、中段。さっきまでは片手だった握りは、両手になっている。

 何より、空気が違う。

 これが命のやり取りであると錯覚させる濃密な殺気を纏い、その眼光は獲物と向き合う肉食獣を思わせる鋭いもの。

 冗談でもなんでもなく、どう転んでも次で終わらせるつもりなのだろう。


「だったら、僕もそのつもりでいきます」


 取るべき構えはただ一つ。

 これまでの剣術人生において、ここ一番を『斬り』開いてきた必殺の構え。


「ここで上段の構え、か」


 頭上に刃を構え、見えるは斬るべき剣線。

 深呼吸を一つ。

 なすべきことを定め――一気に踏み出す!


「悪いとは言わないけどね……ひょいひょいっと」


 何をされたのか、知覚することは出来なかった。

 分かったことは、目の前から師匠の姿が急に消え去り、背中にちょっとした衝撃を受けて――


「きれいに顔面から飛び込んだね」

「……師匠、流石にこれは痛いです」


 最終的に、地面とキスである。


「痛いって言われてもね。後ろへの回り込みはさっきも見せただろう? その上で、背中をちょっと押したぐらいだからね。むしろ、かなり穏健だとは思わないか?」


 ぐうの音も出ない正論である。

 何とも言えないまま立ち上がると、師匠の言葉はまだ続く。


「何と言うか、戦い方がねえ……」

「マズかったですか?」

「うーん……マズいってことはないかな? まあ、こっちが考えることが増えたと言うか……そうだ、近く俺の旧友が帝都に来る。奴とも手合せしてみると良い。後のことはそれから一緒に考えよう」

「はい! よろしくお願いします!」


 何が師匠を口ごもらせたのか気になりながらも、リディに場を譲り、今度は僕が見学に回る。

 そして、二人が木刀を構えたそのときだった。


「おぉ~い! 二人ともぉ~!」


 門の方から聞こえてくる聞き覚えのない声。

 何事かと思ってそちらを見れば、庭に回り込んできたのは長い金髪の少女。

 エルフほどではないが普通よりも長い耳を見るに、ハーフエルフのようだ。


「メアリー! もう帰ってきたの!?」

「やあ、早かったね。明日か明後日くらいかと思ってたよ」

「えへへぇ~、お世話になったみなさんが、早く安心させてやれってぇ、急行便に乗せてくれたんだぁ~」

「あの駅馬車のバカ高いやつか。メアリーを預かってくれたことと合わせて、俺からも向こうのパーティにお礼を言っとかないとな」


 確かブレイブハートの他のパーティにくっついて出稼ぎに行ったメンバーだったかと思い出しながら、一人輪に入り損ねる。

 リディと抱き合ってるのを見ながら、美少女同士で絵になるなぁ、なんて考えていると、メアリーとやらと目が合う。


「あなた、だあれ?」

「えっと、僕?」


 とてとてと近づいてくる少女に、縁側で正座していたのを、立ち上がって庭に下りて迎える。


「僕は、ミゼル・アストールです。イサミ・ヤクサ師匠の二番弟子――!」


 突然、背筋に悪寒が走る。

 今にも食い殺されそうな不快な恐怖。

 師匠の殺気のように、正面から押しつぶそうとする殺気とは違う。

 これは、息をひそめて気付かれぬままに一撃で命を狩りとる、狩人を思わせる冷たい意思。

 どこから放たれたのかと、慌てて周囲を見回す。


「どうかしたのぉ~?」

「……いや、何でもないです。とりあえず、僕もブレイブハートに入れていただいたので、これからよろしくお願いしますね」


 のんびりした声に引き戻されてみると、すでにさっきまでの不快な感覚はなくなっている。

 気のせいだったのかとの心の中の考えは、メアリー嬢の次の一言で吹っ飛んだ。


「よろしくぅ~。でも、敬語はいらないしぃ~、呼び捨てでいいよぉ~。ミゼルさんってぇ、リディお義姉ねえちゃんと同い年の、イサミパパの弟子なんでしょう~? だったらぁ、わたしの一つ年上だしねぇ~」


 言い終わるや否や、思わず首がリディを向く。


 たった一つの年の差、身長が変わらないのはまあ問題ない。

 包容力だとか余裕だとか表現される面でメアリー嬢の方が上な気がするのも、方向性の違いであって、リディの人間的魅力に問題があるわけではないと結論付けられる。

 だが、義妹の母性の象徴とされることもある某大山脈に比べて、リディの騎兵の運用に適切そうな大平原――


「覚悟ぉぉぉおおおお!」

「ぎょわぁぁぁああああ!?」


 理解する前に動き出した体に従い飛び退くと、さっきまで立っていた位置に、土煙と共にちょっとした穴が開いている。


「おい、リディ! 殺す気か!?」

「知らないわよ! 本能が、あんたを叩き割れってささやいたの!」


 これは、心を読んだ本能を恐れるべきか、理解も出来ないのに迷いなく本能を信じて僕を殺しにきたリディを恐れるべきか。

 どっちにしろ恐ろしすぎる姉弟子に震えていると、そんなこと知ったことかとばかりに呑気のんきな言葉が投げかけられる。


「へぇ~。お義姉ちゃんが年の近い男の子に『リディ』なんて呼ばせるの、初めて聞いたよぉ~。仲良しさんだねぇ~」

「は、はぁっ!? べ、別に仲良くないし! ただの姉弟子と弟弟子だし!」

「ふ~ん。じゃあ、こんなことしても問題ないよねぇ~」


 義姉妹しまい喧嘩をぼーっと見ていられたのはそこまで。

 ふわりとふところにメアリーが入り込み、僕の抵抗もむなしく間合いを外せず、その少女の顔は勝利を確信した得意げなもので、つまり――


「おお、これはなかなか……」

「でしょぉ? お義姉ちゃんじゃあ、まずこんなことできないよぉ~」

「人の義妹いもうとのおっぱいの感触、勝手に楽しむなスケベ!」


 ここで発生した結果は、奇跡と言うに足りるものだろう。

 もう一度やれと言われて、出来る可能性は皆無に近い。


「右腕でお楽しみのまま、利き手でもない左手で全力の木刀を受け止めるなんて、すごい執念ね。そこまで気持ちいい?」

「い、いや、ちょっと待てリディ。世にはな、貧乳は希少価値でありステータスであるとの言葉もあってだな――」

「……ここで潰す。絶対潰す」


 リディの琴線に触れる何かがあったらしい。

 あぁ、これはる気ですわ……。


「ほらみんな。じゃれ合いはそこまで。やりすぎだよ。ミゼル君が、完全に生きることを諦めた顔してるじゃないか」

「はぁ~い」

「……チッ。分かった」


 メアリーがすんなり離れ、生命の危機は去った。

 その際、思わず名残惜しくなって思わず見事な山脈を目で追いそうになったが、野性を感じさせる飢えた狼の眼光を感じ、何とか自重した。


「俺がヘマをして滅茶苦茶になったわけだけど、ここにいる三人がそれぞれに頑張ってくれたおかげで、何とかブレイブハートを立て直すことが出来た」


 来て数日で解決した俺にはあまり実感はないのだが、実際に二か月以上も苦労した二人はそれぞれに思うところがあるらしい。

 涙ぐむリディをその胸で抱きとめ、メアリーも共に涙を浮かべている。

 まったくもってうらやま……ではなく、微笑ほほえましい光景だ。

 義姉妹の役割が逆ではないかなんて野暮なこと、考えてもいない。そう、そんな不謹慎なこと、全く考えていないのだ。


「こうしてかつてのメンバー全員で集まって、加えて新たなメンバーも迎えた。これで新生ブレイブハート全員集合。色々あったけど、今日から再出発だ。これから、張り切っていこうか!」

「「「おーっ!」」」


 新たな始まりを告げる決意の声は、どこまでも澄み渡る青空に吸い込まれていく。


 冒険者として、そして一人の剣術家としての本格的な日々がついに始まるんだと改めて実感し、覚悟新たにこれからの日々に思いをせた。





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