第二章第一話 ~ギルドからの来訪者~
帝都を騒がせた無差別連続殺人事件の解決から一週間。
正式に弟子入りしブレイブハートの一員と認めてもらった僕は、師匠や姉弟子と共に修行漬けの日々を過ごしている――とはならなかった。
原因は、騒動の結末があまりにも大事件になりすぎたことらしい。
周辺と比べても頭一つ抜けた大国の首都での市街戦。
軍や警察への襲撃段階で解決したことから民間への被害はなかったものの、皇帝のお膝元での大不祥事の前には、関係者たちへの何の救いにもならなかった。
アイラさんによると、帝都の治安を預かる警察省や、早々に追従して冒険者たちからの信用を失った帝国冒険者ギルド帝都本部では、毎日のように左遷や辞任が発表されて大混乱らしい。
そんな中、彼らに残った最後の問題が、師匠への冤罪事件の後始末である。
組織内での処罰をいくら行い、一方的に賠償金を支払って解決を宣言したところで、当事者である師匠が納得しなければ世間の悪評は残り続ける。
師匠の内心がどうあれ、一度公式の場で手打ちすれば、その後で師匠が何を言っても、蒸し返そうとする師匠がむしろ悪者だ。だからこそ、その手打ちのために全力が尽くされた。
結果、新任の警察大臣だの、帝都警備隊総司令官だの、ギルド長だのが就任当日に謝罪に訪れたり、実務的な調整のためだとあちこちに呼ばれたりで、師匠は一週間ずっと駆けずり回っている状態である。
「構えたわね。じゃあ、行くわよ」
「ああ、どこからでもどうぞ」
そして、今日も今日とてリディと修行である。
「二人とも~頑張れ~」
観客約一名付きで。
「って、また来たのかストーカー女!」
「冷たいなぁ、リディちゃんは。お客様なんだから、もう少し歓迎してよ~」
「朝っぱらから勝手に入りこんで何言ってんのよ! しかも、毎日よ! ふざけんな!」
縁側から足を投げ出して座り、せんべい食べながらだらけきっている女性は、アイラさん。
もう、初めて現れたときの妖艶さの欠片も残っていない惨状が広がっている。
そして、木刀を振り回しながら怒鳴り散らすリディと、適当に流すアイラさんの一騒動が始まる。
ここ三日ほど恒例になったじゃれ合いをぼーっと眺めていると、思わぬ人物が現れた。
「ああ、やっぱりみんなここか」
「あれ、師匠。今朝は来客の予定では?」
「そのお客様がね、君とリディにも関係のある話を持ってきたんだよ」
客人を招いているからか、普段着の袴姿でなく、時代劇でそこそこ偉い人が来ているような和風の正装姿の師匠について歩く。
まだ汗はかいていないと言っても普段着はまずいのでは、と言うと、
「でもミゼル君は、田舎から持ってきた普段着しかないんだろう?」
などという正論を突きつけられ、
「それに、来てるのはギルドの実務担当と言うか、何と言うか……まあ、見てもらえばわかるよ」
と口を濁される。
そして、目的の部屋の前である。
一応は落ち着いたものの、一方的にアイラさんを威嚇し続けているリディや、なぜか当然のように付いてくるアイラさんを背に、師匠が開けた襖の向こうに目を向ける。
「こ、このたびは誠に申し訳ありませんでしたぁーっ!」
「まだやってたのか……さっきも言ったけど、もう良いってば」
「ひゃ、ひゃいーっ! 申し訳ありませんでした!」
ちゃぶ台の向こう側で、指先まで魂が込められた綺麗な土下座をしながら現れた人物は、師匠の言葉に上半身をはね起こす。
そこにいたのは少女――そう、かわいらしい少女たった一人である。
「あの、実務的な会合なんですよね?」
「うん。俺もそう聞いていたんだけどね」
話を聞いてみないことには始まらないと、みんな着席することに。
少女の正面に師匠が座り、左右にリディと僕。僕の反対側の隣にアイラさんとなる。
全員の前にお茶が配られると、ギルドから来たらしい少女が口を開く。
「あ、改めまして! 帝国冒険者ギルド帝都本部所属、財務部の債権債務管理課で課長代理をしているポーラ・ロワイソンです!」
目の前の少女は、贔屓目に見ても僕やリディと同い年くらい。普通に見れば、いくつか年下にしか見えない。
耳が長いわけでなく、長命なエルフやハーフエルフでなくて、人族である。
それで、肩書きが『課長代理』。
こっちでは普通のことだったりするのかと左を見ると、分かってるのか分かってないのか普通の様子のリディに、唖然とする師匠。
右を見ると、なぜか、何かに納得した様子のアイラさんがいる。
「あ、あの! まずはこれをどうぞ!」
そう言ってポーラ……まあ、地位もある人だし、ポーラ『さん』が差し出した封筒を受け取った師匠が中を読むと、表情が緩んだ。
「頼んでおいた連絡を、つけてくれたみたいだね。喜べ、リディ。メアリーがもうすぐ帰ってくるってさ」
「本当!?」
喜ぶ二人を見ながら、メアリーとやらのことを考える。
確か、ブレイブハートには出稼ぎ中の構成員がもう一人いたことを思い出し、その人物のことかと思い至る。
「あ、あと、これは構成員の皆さんのことです! お、おめでとうございます!」
なぜかお祝いの言葉と共に差し出される三つの封筒。
師匠が開いて、順に目を通した。
「君たち、おめでとう。メアリーはEからD。リディはDからC。そして、ミゼル君はいきなりCランクからのスタートだってさ」
そして、僕とリディの前に一枚ずつ差し出される書類。
読み進めていくが、無駄な修飾語が多くて、何が書いてあるやらさっぱりである。
「へぇ。デリグ討伐の功績と、警察大臣の推薦ね。まあ、新人への異例の特別扱いを認めるにはギリギリセーフってところかしら」
「け、警察大臣!?」
なぜか、一番驚いたのが、ポーラさん。
僕としては、どこまで驚いたら良いものか判断がつきかねて、反応に困っているところである。
「あの、アイラさん。それって、どれくらい異例なんでしょうか?」
「そうねぇ……ベテランって呼ばれるくらいまで生き残れれば、実力的にDランクまでは誰でも行けるのよ。でも、Cランクからはそうは行かない。実際、Cランクにまでなれる冒険者なんて、全体の三割くらいだもの。ついでに、大臣クラスの推薦だなんて前代未聞ね」
「へ、へぇ~……」
凄いことは分かったが、まったくもって実感がわかず、気のない返事になる。
「まあ、新しい警察大臣の取り込み工作の一つでしょうね。早い者勝ちなんだから、実力者と見れば素早く恩を売るのは流石ってところかしら」
「えっと、それだと、これを受けるのはまずいですか? ブレイブハートとしては黒竜騎士団に協力するわけで、警察省との繋がりが出来ると面倒そうですし」
「いやいや。別に気にしなくていいわ。そもそも、この推薦だって普通に見れば、恩を売ったってよりも、不祥事のお詫びの色が強いもの。貰いっぱなしでも信義に反しないわ。それに表向き旗色が鮮明になるまでは手が出されるだろうからこそ、おねーさんがこうして毎日おせんべいをつまみながら牽制に来てるのよ。いや~、マジ働いてるわ~」
そんな戯れ言をほざく人物に精一杯の冷たい視線が複数方向から突き刺さるが、向けられる本人は気にもせず話を続ける。
「それに、待遇面でも利点しかないもの。受けときなさい」
自称マジ働いてるおねーさんによると、一番下のFランクとCランクでは、受けられるサポートやサービスが全然違うそうだ。
代わりに、ギルドに毎年納める登録料の額も跳ね上がる。
しかし、構成員が自分ひとりの一人パーティでも良いからどこかのパーティに所属しなくてはならないギルドでは、登録料は基本的にパーティランクで決まる。そして、個人のランクがそれより高いものに限って、個人のランクに応じて支払うのだそうだ。
つまり、Bランクパーティのブレイブハートに所属する以上、まともにFから始めても、特例でCから始めても、デメリットは同じと言うこと。
「じゃあ、この話を受けることにします」
「あたしも、もちろん受けるわ」
「そうだね。俺もそれで良いと思うよ」
そうして、この話も片付く。
「そ、それで、こ、これが最後です!」
差し出されるのは、今までよりも二回りほど大きい封筒。
「こ、これで良いんじゃないかな?」
一通り目を通した後、師匠は、なぜか震え声でそんなことを言いながらリディに書類を渡す。
「……そ、そうね。これで良いんじゃないかしら」
なぜか青い顔で冷や汗流しながら、リディは僕に書類を回す。
「ああ、うん。そういうことか」
その内容は、ギルドからの賠償関係のこと。
貸金庫や預金の封鎖解除。差し押さえた財産について、ギルドが競売で売った相手から買い戻すもの、金銭賠償で良いと師匠が言ったもの、その他支払った金銭の返済について書いている。
財務部の債権債務管理課とやらから人が来たのは、この返済が分割であって、その完済までの担当者として派遣されているのだろう。
「って、これ、分割二年払いなのに利子がないし、封鎖中の貸金庫や預金についての利息もないのか」
「あら、本当に気付いちゃった。どこかのベテラン冒険者たちとは大違いね」
二名ほどが居心地悪そうに視線を逸らす中、アイラさんは話を続ける。
「ポーラちゃん。あなた、課長代理になったのは最近よね?」
「え? あ、はい!」
「そして、前は今の部署と全く関係ない仕事だった」
「そ、そうです! 昨日まで、受付嬢でした!」
「そう。じゃあ、残念ながら確定ね。――喜びなさい、イサミ。この娘が利息よ」
あまりにも意味の分からない発言に、空気が凍る。
「何も気付かずに利子なしで受け入れれば最良。気付いても、好みの女をあてがって、手を出すなり情に流されるなりで受け入れてくれれば上々、ってところね。不信感を持った大手や中堅パーティが本拠地を帝国内の他のギルド支部の管轄や外国に移し始めていて、登録料収入が減少する見込み。しかも、後始末の混乱で仕事の効率が落ちて、素材買取りや討伐報奨金の支払い業務も処理しきれずに売上減少。ギルドも支出を減らそうと必死ねぇ」
「いやいや、いくらなんでも僕がこんな幼い子に欲情すると思われるのは――」
「胸は大きすぎず、垢抜けきってない感じのかわいい系――ほら、いつもイサミが娼館でしてる注文そのままじゃない。ちょっと幼すぎる感じはするけれど、流石はギルドね。洗練された娘が多い帝都勤務の中から、頑張って選んだ方じゃないかしら」
「……あの、義娘や弟子の前でそういうことをさらっとバラすの、止めてくれないかなぁ……」
本当に止めてほしいものである。聞かされる弟子の身にもなって欲しい。
リディなんかも、「ま、まあ、所詮はお金の繋がりだし、その……ほ、ほどほどに……」なんて消え入りそうな声で真っ赤になりながら言ったりして、見てられない状況である。
「まあ、実際に会った上で、勝ち目があるって判断されたんでしょう。それに、仮に失敗しても、イサミの人柄からしてギルドに悪印象は持っても、そこからギルドに積極的に敵対はしないだろうとの判断なんでしょうね」
居心地の悪い空気が広がる。
しかし、それは意外なところから打ち破られた。
「お……」
「お?」
ポーラさんが急に口を開き、反射的に聞き返す。
「オラ、もう都会さ、いやだぁ!」
突然の方言らしき言葉。
驚くこっち側を放置して、少女の魂の叫びは止まらない。
「父ちゃんや母ちゃん、弟たちのためさ頑張って、やっと帝都勤務さなっただ! 給金さいっぱい出るけぇ、必死に働いたってのに、来て一ヵ月もしねぇうちにこんなのあんまりだぁ! もう、オラ帰りてぇだ! 父ちゃん母ちゃんの言う通り、怖いところだぁ!」
と、言うだけ言って泣き始める。
そして、置いていかれた四人の間では視線での牽制が始まる。
結果、
「あの、ポーラさん。安心してください」
僕がなだめ役となった。
少女に近付き、片膝をついて目線を合わせて語り掛ける。
「あ、安心だで――」
「大丈夫ですよ。師匠は、嫌がる女の子を無理に襲うようなひどい人じゃありません。それに、誰かがこの件でポーラさんを傷つけるなら、僕たちが助けてみせますから!」
沈黙が続く。
少しくらい大げさな方が安心するかと頑張ったが、臭すぎてスベったかもしれない。
泣きはらした目と、しばらくにらめっこが続く。
「……あの、名前さ、なんていうだ?」
「僕ですか? ミゼル・アストールです」
「ミゼルさん……流石、警察大臣さまなんて偉い人から認められるお人だぁ! Cランク冒険者になれる強さがあるのにこんなに親切な人が、都会にもいるのけぇ。オラ、ブレイブハートはおっかねぇ連中の集まりで、機嫌を損ねたらとんでもねぇことになるって言われてきただけんども、オラを物扱いする連中より、ミゼルさんの方がよっぽど良い人だぁ!」
「あの、ポーラさん?」
「そんな、さん付けなんて恐れ多いだぁ! ポーラで良いだよ!」
「あの、ポーラ……元気になって良かったよ」
目を輝かせながら真っ赤になってまくし立てる少女に、それ以上の言葉をかけることが出来なかった。
結局、「オラ、ギルドから一デルンでも多くの利息を搾り取ってくるだぁ! 期待しててくんろ!」なんて頼もしい言葉を残して、ポーラは帰っていく。
「良かったじゃない。随分と気に入られたみたいで」
そんなリディの冷ややかな言葉に、苦笑いで返すしかなかった。




